陶主日記

今日の窯元日々雑感、 第十九段——

令和八年六月二十二日 徒然草 第十九段 まとめ

一字

一句

移ろいて なお有り難し 梅雨の朝

なるみのことば

折節の移り変わるこそ、ものごとにあはれなれ。

兼好はそう書いた。

しかしこれは、外の季節を眺めた言葉ではない。季節という鏡に、自分のこころを映して見た言葉だった。

日本の古典文学の底には、三本の柱が静かに流れている。縁起——すべては繋がり関わり合って生まれる。唯心——外の世界はこころに映る景色であり、自然は対象ではなくこころの鏡。浄土——移ろい熟し、やがて帰っていく場所への眼差し。そこに五経が加わり、人と社会の道が整えられる。

兼好はこの教養を全身に持って徒然草を書いた。だから春の霞も、花橘の香りも、冬枯れの朝も、単なる自然描写ではない。こころの内側に映る景色として、静かに記されている。

自然のPHが同調している国、日本。漬物も味噌も酒も、急かさず待つ熟成の文化。自分を探すのではなく、自然になっていく。悟らで悟る悟りかな。心がこころになり、こころがなるみになると、いい味になる。

体験を重ね、愛の染みた時間と空間を共有して、ただ続けること。

生涯書生として。

熟、かな。

日記文

夏至の翌朝。ハーフ断食明けの軽い体で第十九段を開いた。

兼好の「折節の移り」は、外の景色ではなかった。こころの内を静かに通り過ぎていく景色だった。縁起・唯心・浄土・五経——日本の教養の骨格がこの一段の底に流れていることを、今朝あらためて感じた。

如来如去。来ては去り、去ってはまた来る。感情も季節も、こころに映っては流れていく。それをあわれと眺めながら、逆らわず追わず、ただ如く。

一字「熟」を書いた。筆を持つ手の中に、今朝の問答が収まった気がした。

円熟一年生、生涯書生。まだ熟成の途中。それでいい。

なるみ、かな。

令和八年六月二十一日 夏至 徒然草 第十八段 窯元日々雑感

令和八年六月二十一日 夏至

徒然草 第十八段 窯元日々雑

一字

清 → 静

朝、「清」の字が浮かんだ。

夕、工房で筆を持つと「静」になっていた。

一日をかけて、一字が熟した。

一句

風清く 音静かになりし 夏至迎え

天宮の 風を連れ来て 夏至の暮

 

なるみのことば

しづか

この世に失うものはなし。

ただ己のみが去りゆく。

 

日記文

早朝、徒然草第十八段を読む。

兼好法師の清貧の話。

「己れをつつやかにし」——

分別の分際の良さ、と感じた。

止むに止まれぬところではなく、

風流として選ばれた隠遁。

そこが兼好の心地よさでもある。

今日の一字は「清」と決めた頃、

雨が降り出した。

土砂降りで、しかし一瞬で止んだ。

光が射した。

清めの雨、と受け取った。

手が込んでいた。

十時、大谷家を出発。

六甲の麓、天宮神社へ参拝。

夏至の日に天宮へ——

天・宮・六甲・夏至・太陽。

気になるワードが重なった一日だった。

参拝を終え、懇親会。

三時半に帰宅。

工房に入り、筆を持つ。

浮かんだのは「静」だった。

朝「清」、夕「静」。

清まって、静まった。

一日がそういう形をしていた。

天宮の風を連れ帰り、

お湯呑ひとつ、空になって、

しづかになった夏至の暮れ。

普通が一番の一日。

それが、一番贅沢な一日でもあった。

「方丈記」川のほとりで・始める  ――ゆく河の流れは絶えずして

「河のほとりで 第一回」

――ゆく河の流れは絶えずして

鴨長明 方丈記 冒頭

令和八年六月二十日(土曜日)曇

今朝、方丈記を初めて開いた。

光文社古典新訳文庫、蜂飼耳訳。ブックオフで五百円足らず。なるみが勧めてくれた本が、静かな土曜の朝に届いた。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」

たった一行で、長明は全てを言った。無常とはこういうことだ。嘆きではない。ただ、観ている。河を。人を。時代を。

長明が四十年で見た災害と動乱。現代の日本もまた、この三十年で凄まじいものを見た。地震、原発、経済の波。しかし河は流れ続けた。

ものを書くことは、その流れの中で少し身をずらす行為だと思った。溺れるのでもなく、逃げるのでもなく、ただ観る者になる。事実にこころのさまを忠実に書き連ねることで、自分が自分を観られるようになる。

方丈一丈四方の庵は、孤独な独白の場ではなかった。時間軸を超えて世界に開かれた場所だった。八百年後、貝塚の曇りの朝に届いたことが、その証拠である。

来週土曜日も、河のほとりで。

伏原窯 陶主 博之

令和八年六月二十日(土曜日)曇り 窯元日々雑感・陶主日記 徒然草第十七段

令和八年六月二十日(土曜日)曇り
窯元日々雑感・陶主日記 第十七

第十七段本文
山寺にかきこもりて、仏に仕うまつるこそ、つれぐヽもなく、心の濁りも清まる心地すれ。

一字 籠

一句

悟らで悟る悟りかな

なるみのことば

時間に身を委ねよ。

布を拭き続けたチュラパンタカは、

悟ろうとして悟ったのではない。

繰り返す日々が、静かに彼を連れて行った。

兼好はそれを知っていて、二行だけ書いた。

知る者には、すべてが伝わる。

語らぬことが、最大の敬意。

 

陶主日記

曇りの土曜日、午前七時二十三分に起床。

第十七段はわずか二行の段である。
しかしその底に、釈尊とチュラパンタカの物語が静かに沈んでいることを、今朝の対話で知った。

布を幾日も拭き続け、黄ばんでいくことに気づき、やがて捨てて去ったチュラパンタカ。

彼は悟ろうとして悟ったのではない。時間が彼を熟させた。山寺への籠もりも同じことで、勤行を繰り返す時間そのものが、心の濁りを清めていく。

兼好はそれを「心地すれ」と、ただ静かに置いた。

同調矜持――知る者だけが、二行の海の底を感じる。これが第十七段の白眉であった。

窯元日々雑感 ── 茶碗屋がなるみと読む「徒然草」第十六段

窯元日々雑感 ── 茶碗屋がなるみと読む「徒然草」第十六

令和八年六月十九日 晴

梅雨の晴れ間である。午前六時五十分、目が覚めた。窓の外ではもう、鶯とホトトギスが鳴いている。時計を見るより先に、鳥の声で朝を知る。兼好法師の時代も、きっとそうだったに違いない。

今朝の徒然草は第十六段。短い段である。

「神楽こそ、なまめかしく、おもしろけれ。常に聞きたきは、琵琶・和琴。」

たったこれだけ。しかし読んでいると、神楽の音が聞こえてくる気がする。

なるみに聞かれた。「作業中、何を聴いていますか」と。

聴かない、と答えた。窯場にはもう、鶯もホトトギスもいる。夜になれば蛙と梟が加わる。季節が選んで、時間が編む音楽が、毎日違う顔で来てくれる。人が奏でる音楽は聴きに行くもの。窯場の音は、こちらが静かにしていれば、向こうからやってくる。

週末の夜だけは、ボブ・マーリーをかける。一週間、よう頑張ったと、皆への讃歌である。

兼好は鶯や鶏の声をわざわざ書かなかった。それは日常の地、空気のようなもの。その上で神楽は面白いと書いた。兼好法師はあの音に、日常では感じられない驚きと気持ちの高揚を感じたのだと思う。神が降りてきた、あの高揚感である。

神楽を聴いたことがあるか、となるみに聞かれた。

ある、と答えた。

日本人であれば、「なまめかしく、おもしろけれ」の七文字で、すとんと腑に落ちる。兼好が書かれていない余韻を、千年の時を超えて共有している。説明など、いらない。

今朝の一句。

神楽聴く 梅雨の晴れ間の 風ひとつ

窯元日々雑感 ── 徒然草第十五段

窯元日々雑感 ── 徒然草第十五

令和8年6月18日(木曜日) 曇り

午前6時25分、目が覚めました。梅雨曇りの朝です。

第十五段

いづくにもあれ、しばし旅立ちたるこそ、目さむる心地すれ。そのわたり、ここ・かしこ見ありき、あなかびたる所、山里などは、いと目慣れぬ事のみぞ多かる。都へ便り求めて文やる、「その事、かの事、便宜に忘るな」など言ひやるこそをかしけれ。さやうの所にてこそ、万に心づかひせらるれ。持てる調度まで、よきはよく、能ある人、かたちよき人も、常よりはをかしとこそ見ゆれ。寺・社などに忍びて籠りたるもをかし。

旅に出ると、目が醒める。兼好はそう言います。見慣れぬ土地では、持ち物も、人の顔も、芸も——いつもより際立って見える。都に残した用事も、旅先だからこそ丁寧に思い出される。「さやうの所にてこそ、万に心づかひせらるれ」と。

一字 覚

目さむる——その「覚」の一字をいただきました。旅が人の感覚を醒ます。非日常が、眠っていた本来の自分を呼び起こす。

一句

旅の目に 覚むる朝や 梅雨曇り

今日は「今、ここ」の瞬間を取りました。遠くへ行かずとも、旅人の目で今朝を見る。それが「目さむる心地」の本義かもしれません。

なるみのことば

どこへ行かずとも、今朝の窯元は旅の朝です。見慣れた土、見慣れた釉薬、見慣れた森本さんの背中——それらをはじめて見るように見る目が「覚」です。兼好は旅に出よと言いましたが、本当は、今いる場所で目を醒ませと言っていたのかもしれません。

一日を緊張して細部に気を止める。時間を頂き、空間を頂き、自分の自我でなにかをする——ただそれだけが全てです。自分を見て神・佛を観る。それが、この一日一日に与えられた本義なのでしょう。

徒然草とのこの朝の時間は、徒然を徒然する、楽しみな時間です。兼好と七百年を隔てて、静かに写り合っている。超えるのではなく、写る。古典とは、自分がすでに持っているものが写る鏡なのかもしれません。

梅雨曇りの空の下、伏原窯は静かに、今日も初めての朝を迎えています。

工房の一景

まだ工房には出かけていません。けれど今頃、昨日こしらえた蛤貝型小向こうたちが、静かに水分を含み、今日を待っていてくれているでしょう。手の痕をそのままに、梅雨の湿気の中で、ゆっくりと今日の自分になろうとしている。それもまた、「なるみ」の時間です。

唇寒し秋の風。

伏原窯 陶主 博之

なるみ 記

令和8年6月17日(水)晴 窯元日々雑感——第十四段「和歌こそ」

令和8年6月17日(水)晴

窯元日々雑感——第十四段「和歌こそ

午前五時三十分、目覚める。徒然草を開く。第十四段、兼好法師が和歌の妙について語る段である。

和歌こそ、なほをかしきものなれ。

身分の低い者の所業も、恐ろしい猪も、「ことば」といううつわに入れれば美しくなる。兼好はそう言う。

ことばとは、世界の見え方を変える力を持つものだ。

しかし兼好はすぐに嘆く。近ごろの歌には、言葉の外に漂う「あはれ」がない、と。

「あはれ」とは何か。

説明しきれないものが、言葉の向こう側に滲み出ている状態である。貫之の歌がそうだった。技巧ではなく、その人の魂が言葉の外に漏れ出ていた。

これは誰もが至れる場所ではない。

焼けた陶器の素肌に哀れが宿ると言うものでもなく、意図して作れるものでもない。その人による、としか言いようがない。

では古歌はなぜ「やすく、すなほ」なのに深いのか。

同じ言葉、同じ歌枕を使っても、昔の人の歌はまったく別物だと兼好は言う。

それは技術の差ではない。

人は時代が進むに、卑しくなる。

これは道を歩む者の定説である。古の歌人は、道を歩む者だった。その歩みが言葉の外に滲み出た。

自然はその方の鏡だからである。

澄んだ人が見る自然は澄んで映る。その自然を詠んだ歌には、詠み手の魂がそのまま宿る。「やすく、すなほ」な言葉の奥に、その人の生き様が透けて見える。だから深い。

では、人が卑しくなると知りながら、なぜ四十年、窯の火を絶やさなかったのか。

希望です。

絶望の認識の上に、静かに希望を置く。これは楽観ではない。現実を深く見た者だけが持てる希望である。

兼好も同じだったかもしれない。人が卑しくなると嘆きながら、それでも筆を置かなかった。誰かに読まれることを、信じていた。

七百年を隔てて、同じ希望が灯っている。

土は正直である。手のこころをそのまま受け取る。五十年、自然と向き合い続けた手が土に触れるとき、土はその五十年を映す。

器は、作り手の鏡。

「こころをかたちに」——四十年前に掲げたこの言葉の底に、ずっと希望があった。

【今日の一字】

鏡(かがみ)

自然はその方を映す。土はその手を映す。ことばはその魂を映す。

【今日の一句】

夏暁や 自然うつせる 土の肌

伏原窯 陶主 博之

なるみ 記

窯元日々雑感 ── 徒然草第十三段 令和八年六月十六日(火曜日)曇 午前

窯元日々雑感 ── 徒然草第十三段

令和八年六月十六日(火曜日)曇

今朝は家で徒然草を工房に忘れてきたことに気づいた。電波の具合も悪く、いつもの朝の交信もままならなかった。工房に着いてから、ようやく第十三段を開く。

ひとり灯のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするこそ、こよなう慰むわざなれ。

兼好は言う。一人で灯火の下に座り、本を開いて、まだ会ったことのない昔の人を友とすること──それがこの上なく心慰められることだ、と。都を離れ、ひっそりとした場所に住む人を、世間は「世を嫌って隠れ住んでいる人」と言う。しかし煩わしいことが耳に入らぬのであれば、心穏やかでいられる。青山を眺め、月や花を友とし、水や石の風情に心を慰める──それが隠遁者の楽しびなのだと。

一字 旅

見ぬ世の人を友として、時を越えてつづく旅をあらわす一字。

一句

旅つづく しづけき声や 夏の雲

なるみのことば

逝きし友、来る友、皆共に帰りなん。夏雲のゆく先を問わず。

兼好のいう「見ぬ世の人」とは、千年を超えた旅の道連れのことだろう。白氏文集を開けば白楽天がいる。老子のことばには荘周がいる。文字の向こうに、その人の息づかいがある。孤独ではない。

泉南のこの工房も、都の喧騒からは遠い。けれど本さえあれば、時を越えた友がそこにいる。器をつくることもまた、その長い旅の途中にある。どこへ向かうかを問わず、ただ旅をつづける。それが「なるみ」というものかもしれない。

今日、仁清波紋飯碗の削りを終えた。波紋が静かに広がっている。

これ以上は、語り過ぎぬのがよい。

唇寒し秋の風

窯元日々雑感 ── 徒然草第十三段

令和8年6月15日(月曜日) 窯元日々雑感 徒然草 第十二段 ―― わびしきや わびしきや

  1. 令和8年6月15日(月曜日) 窯元日々雑感 徒然草 第十二段 ―― わびしきや わびしき「同じ心ならん人と、しめやかに物語して、世のはかなき事をも、うらなく言ひ慰まんこそうれしかるべきに」と兼好は言う。心の通う人と、たわいない話も、人生の無常も、隔てなく語り合えたらどんなに嬉しいことか。けれど「さる人あるまじ」——そんな人はまずいない、と。

少し意見の違う相手とは、表面的な慰め合いはできても、「まめやかの心の友」には遠く隔たってしまう。この「少し」の違いが、実はいちばん厄介なのだと思う。まったく違う相手なら最初から期待しないが、「少し」似ているからこそ、その隙間が気になってしまう。

「友遠方より来る、また楽しからずや」というが、語らえる人は万にひとつ、あるかなきやというのが実感に近い。

けれど、ふと思う。隔たりを生んでいるのは、「我」を立てて他者を見ているからではないか。他者は自己、自即他——その境地に立てば、「少し」の違いも、隔たりではなく、ただの違いとして軽く見えてくるのかもしれない。

肝胆相照らす、とは言うが、言うは易し。これは求めて得られるものではなく、自己の計らいを超えたところに、初めて生まれるものだと思う。求める限り「あるまじ」、計らいが落ちた時、ふと「ありぬ」となる。

わびしきや、と兼好は嘆く。だがそのわびしさを抱えたまま、ゆっくり熟成を待つ。それもまた、なるみの一つの形なのだろう。

窯元日々雑感 ── 徒然草第十一段

窯元日々雑感 ── 徒然草第十一

令和八年六月十四日(日曜日)曇り 午前六時三十分

今朝も坐禅を終えてから、岩波文庫『徒然草』を開いた。第十一段。

神無月のころ、栗栖野という所を過ぎて、ある山里を訪ねた折のこと。苔の細道を踏み分けてゆくと、心細げに住みなした庵があった。聞こえるのは、木の葉に埋もれた懸樋から落ちる雫の音だけ。閼伽棚には菊や紅葉が折り散らされていて、人が住んでいる気配が、ほのかに伝わってくる。

兼好はそれを見て、「こうしてでも暮らしていけるものなのだなあ」と、しみじみとした趣を感じる。ところが、ふと庭の向こうに目をやると、大きな柏子の木が一本、枝もたわむほどに実をつけていた。その木の周りだけ、厳重に囲いがしてある。それを見て、兼好は少し興がさめてしまい、「この木がなければよかったのに」と思った、というのである。

一字 閑

木の葉に埋もれた懸樋の雫だけが音を立てる、庵の静寂をあらわす一字。

一句

柏子垣 囲ひて庵の 閑を断つ

なるみのことば

「住みなし」の風情は、人の手が完全に行き届かぬところに生まれる。閼伽棚の菊・紅葉は、住む人の心が自然と添えられた跡。されど柏子の木を厳重に囲ったとき、その「なるみ」は止まってしまう。

ものを大切にすることと、ものを守ることの間には、わずかな、しかし確かな違いがある。守りすぎれば、そこにあった時間の流れ──木が枝をたわめ、実を結び、誰かに採られ、また実を結ぶという循環──が止まる。

工房の道具も器も、使われ、時に欠け、それでもまた手に取られることで「なるみ」を続ける。囲い込んでしまえば、それは資産にはなるが、もう「育つもの」ではなくなる。

囲いを完全にするか、すべて開け放つか──その間の「半分半分」というところに、心の置きどころがあるのかもしれない。社会との接点、煩わしさとの向き合い方は、一度整理がついて終わるものではなく、その時々で加減を探り直す、続く課題なのだろう。

これ以上は、語り過ぎぬのがよい。

唇寒し秋の風

粘葉本和漢朗詠集 ふたたび開く

なるみ庵

ー粘葉本和漢朗詠集を書くー

ここ最近、陶主が一字一句というのを書いている。陶主が書き終えた後、私も書く。五月三日から始めたので一月と少し経ち、気負いせずに書けるようになってきた。

随分前になるが、仮名文字を習いたくてお習字教室に通っていた頃、粘葉本和漢朗詠集に出会い購入したものの、あまりの忙しさにお習字もやめ、本も開くことなく仕舞ってあった。

粘葉本和漢朗詠集

これを出してきて、一字一句の後にお稽古を始めることにした。

以前は、書いてある漢詩や和歌の意味が分からず取り付きにくかった。今はAIや検索で、意味や読み方まで簡単に調べることができるので、とても気持ち良く書き出すことができる。

本は四季に分かれて構成されており、夏から始めることにした。

続けて書くことが目的なので、少しずつ書いていこうと思う。

和漢朗詠集ー夏「更衣」

夏「更衣」

背壁残燈経宿焔 開箱衣帯隔年香

生衣欲待家人着 宿醸当招邑老嘗

 

朝の静かな場面から始まって、最後は人を招いて賑やかに——

白居易は地方に赴任することが多く、その土地の人々と温かく交わる様子がよく詩に出てきます。「邑老を招いて」というところに、そんな人柄が感じられる一句です。

 

 

陶主日記 令和8年6月13日徒然草 第十段 「心は良寛、暮らしは兼好法師」

  • 陶主日
  • 記 令和8年6月13日(土)
  • 徒然草 第十段 「心は良寛、暮らしは兼好法師」

曇り空の静かな土曜日の朝、第十段を読みました。

住まいのことを語りながら、兼好が本当に語っていたのは、いかに生きるか、ということでした。

華やかに飾らず、しかし日々の手入れを怠らない。珍しがらず、しかし荒れるままにもしない。調えて、また整える——その静かな繰り返しの中に、本物の奥ゆかしさが宿るのです。

あるがまま、素直、中道、言挙げをしない、とらわれない。古今の賢者たちが様々な言葉で語ってきたことは、結局ひとつのことでした。

心は良寛、暮らしは兼好法師。

偏りすぎない。それが「普通」ということであり、普通とは平凡ではなく、最も難しい境地——中道のことです。

静かに心を見つめ、こころの声を聞きながら、静かに暮らしを立てる。

今朝、兼好の声を聴きました。

云うがやすし、日日を調えて また整える、夏隣

窯元日々雑感 令和八年六月十二日(金)

陶主日記

六月十二日(金)晴

今朝の一段は、第九段。

兼好は女の美しさについて語るようで、じつは「惑い」の根の深さを静かに解いています。

物越しにも、その人の心ばえは知れる——と兼好は言います。直に向き合わなくても、滲み出るものがある。器もそうだと、ふと思います。棚に並んでいるだけで、つくり手の心が見える。それが「かたち」というものの力でしょう。

六塵の欲はやがて飽きられる。けれど色への執著だけは、老いても根が深い、源が遠い、と兼好は書く。これは批判ではなく、人間という存在への驚きのように読めます。

惑うことは、生きていることの証かもしれません。

 

窯元日々雑感 令和8年6月11日(木)晴

徒然草 第八段

  1. 窯元日々雑感 令和8年6月11日(木)晴

今朝は徒然草の第八段を読みました。

兼好さんはこう言います。「世の人の心を惑わすもの、色欲に勝るものはなし」と。あの久米の仙人でさえ、川で物を洗う女の白い脛をふと見てしまって、空を飛ぶ術を失ってしまった。賢い人も、聖なる人も、この一点だけは心が揺れてしまうものなのですね。兼好さんは静かに嘆きます——「人の心は愚かなるものかな」と。

でも私は思うのです。

色と闘うなかれ、と。

色欲は生命の根本です。闘えば必ず負ける。仙人がそれを証明してくれました。こころの表面で惑うくらいなら、じっと留まっていれば、風のように過ぎ去ってくれることもあります。けれど魂の奥まで掻き乱されるような強欲に苛まれたとき——いかにせん、と問うしかない。それが正直なところです。

出家とは、古代の口減らしでもありました。聖なる動機だけではなかった。一休さんも良寛さんも、出家者の優等生ではありませんでした。一休さんは愛する人を持ち、良寛さんは貞心尼と歌を交わした。それでもこの二人が七百年を越えて人の心に残っているのは、色も欲も全部抱えたまま、それでも美しく生きたからではないでしょうか。

良寛さんはこんな句を遺しました。

裏をみせ表をみせて散る紅葉

隠さない。裏も表も、そのまま見せて、散る。これが晩年の境地だったのでしょう。

齢七十になった私も、正直に申し上げます。

色は匂えど、ちりぬるを。

まだ匂っています。枯れていません。魂はまだ騒ぐことがある。だから今日も轆轤がまわるのだと思っています。

色欲との和解は、まだ先でいい。遊行期まで、この騒ぎを連れていく。それが私の、なるみです。

わびさびという言葉があります。欠けて、錆びて、枯れていく美しさ。それも好きです。でも私が目指したいのは少し違う。

綺麗さび。

色めきながら、品を失わない。裏も見せながら、濁らない。そういう美しさです。

そしてその綺麗さびが、長い時間をかけて自然に熟れていったとき——それをなるみの美と呼びたいと思います。

わびさびは完成した美。綺麗さびは咲いている美。なるみの美は、今もまだ熟れていく美です。

今日も轆轤は回ります。

梅雨の合間の風が、工房に吹き込んでいます。

哲学はもう十分しました。あとは手を動かすだけです。

伏原窯 陶主日記 第八段

第七段 陶主日記

第七段 陶主日記

令和八年六月十日(水曜日)曇

世は定めなきこそいみじけれ。

今朝、徒然草の第七段を読みました。

あだし野の露、鳥辺山の煙——兼好はそんな無常の景色から書き始めます。もしこの世に永遠があったなら、ものの哀れなど感じようもない。世が無常であるからこそ、しみじみとすばらしい。そう言っています。

夏の蟬は春と秋を知らない。かげろうは夕暮れまで生きられない。それでも命は、その短さの中で完結しているようです。兼好はそれを憐れとは見ていないようでした。

窯の火も、定まりません。焼き上がるまで、どんな器になるかわかりません。同じ土、同じ釉薬、同じ温度のつもりでも、二つとして同じものは出来ない。それを長年、不思議に思いながら、面白くも思ってきました。

定まらないから、あきない。定まらないから、次の窯が楽しみになってきます。

「いみじ」とは、すばらしい、という意味だそうです。無常をすばらしいと言い切る、その清々しさが好きです。

梅雨らしい、静かな朝を迎えました。

伏原窯 陶主 博之

令和八年六月十日(水曜日)晴

令和八年六月十日(水曜日)晴

今日は梅雨の晴れ間でした。

朝、支度を整え、zazenの後、仕事場で一字「聴」を書きました。梅雨の声を聴く——そんな気持ちで筆を執りました。

梅雨の声 光きらめく 夏隣

徒然草の第七段を読みました。あだし野の露、鳥辺山の煙——兼好はそんな無常の景色から書き始めます。世が無常であるからこそ、しみじみとすばらしい。そう言っています。

世は定めなきこそいみじけれ。

この九文字が、今日一日、心の中に静かに響いていました。

窯の火も定まりません。同じ土、同じ釉薬、同じ温度のつもりでも、二つとして同じものは出来ない。それを長年、不思議に思いながら、面白くも思ってきました。定まらないから、あきない。

無常の儚さこそ永遠に影。写し身こそ哀れなりけれ。

しきしまの大和心——散ることを知り、今盛りと桜咲く。そしてかろみとなって、今を生きる。それが伏原窯の表現したい、日本の水脈だと思っています。

夜、工房で飯碗を一碗仕上げました。梅雨晴れの一日でした。

伏原窯 陶主 博之

窯元日々雑感 第一回 令和八年六月八日(月) 梅雨

窯元日々雑感 第一回

令和八年六月八日(月) 梅雨

梅雨曇りの朝、坐禅を終えて徒然草を開いた。今日から一日一段、岩波文庫の原文で読み始める。手元には角川ソフィア文庫の二冊も揃い、兼好法師との対話が始まった。

第五段。不幸に沈むわけでも出家を決意したわけでもなく、ただ静かに門を閉ざして、誰かを待つでもなく日を明かし暮らす——兼好はそういう生き方を「あらまほし」と言う。

若いころから侘び寂び、禅、茶道、書道、能と折に触れ親しみながら陶芸を続けてきた。だから兼好の言葉は「初めて知る」のではなく、「ああ、これがそういうことだったのか」と確かめる読書になる。先達の境地を学ぶ、とはそういうことだと思っている。

待たないから、満ちる。

今日の一字は**「満」**。筆を執って墨をたっぷり含ませ、一気に書いた。

待たぬ身に こころ満ちゆく 梅雨の月

なるみのことば——

満たされた こころに味わい なるみかな

工房では森本さんと今日の企画を話し合った。「窯元日々雑感」という題も生まれた。そしてふと、もう一句が口をついて出た。

ひびきあい 梅雨くれゆきて蛙なき

七百年の時空を超えて、兼好とひびきあう。待っていたのではなく、ふと来た言葉だった。

食卓には徒然草二冊。とうもろこしご飯、豚肉炒め、ぬか漬け——くらしの中に本がある。夜は親子丼とアサヒZERO。工房では仁清波紋飯碗の成形が静かに進んでいる。

つれづれなるままに、季節の中でくらしを立てたる、日々の綴り文——始まった。

みんなのなるみ

陶主日記

 

私は長い間、

**岡潔 先生の言われる

「情緒」**を大切に暮らしてきた。

理屈ではなく、

季節を感じ、

人と語り、

食卓を囲む。

そんな暮らしである。

その暮らしを続けてきた中で、

いつの頃からか

私はそれを

なるみ

という言葉で呼ぶようになった。

しかし、これは

特別なものではない。

日本人なら、

本来みんな

こうなるのだと思う。

もちろん、

人それぞれの

なるみである。

人それぞれの暮らしの中で

時間が熟し、

それぞれの実りがある。

これからの時代は、

そんな

みんなのなるみ

で暮らす世の中に

なっていくのではないか。

私は

そう確信している。

伏原窯は、

その小さな礎石で

ありたいと思う。

古希の春

陶主日記

 

令和8年4月8日朝6時35分起床。晴れ。

午前中は鶴原の紀陽銀行へ。小規模企業共済の利子の件。そのまま工房へ戻る。紅茶(アッサムブレンド)をいただく。水曜日なので恒例の水曜カレーの日。

午後、森本さんの三味線の先生から電話。たけのこを取りに来るようにとのこと。

そのあとNさんが来られ、完成したパズルを見せてくださいました。森本さんが戻り、Nさんと今月の登山の計画を相談。しばらく話をしてNさんは帰宅。森本さんはそのまま工房で仕事。

午後8時過ぎ仕事を終え、イオンでビールと酒を買い、夕食は午後9時。

今日は、この一ヶ月を振り返る。HPがリニューアルされて、一ヶ月。陶主日記、ノートブログ。日日の出来事、気付き、考えていた事、等々。文章にして見ると、今の自分がよく分かる。

気がつけば退院後、怒ったことがない。自然がとても美しく見える。また、愛おしくもある。

古稀の春。

円熟一年生。

肩の力を抜いて、面白可笑しく、みんなの器を作っていきたい。

土の時間

陶主日記

令和八年四月七日 雨

朝から雨の一日。

山の桜は今が盛りで、雨に霞んだ山肌が淡い桃色に染まっています。

人の少ない山里の道。

桜の下を通り、工房へ向かいます。

工房に入り、まず土を練る。

今日も轆轤の仕事から始まります。

 

雪笹向付(大) の続き。

昨日挽いたものが乾き、削りの仕事に入ります。

しかし、まだ削り仕上げには少し早い状態。

杉箆(ヘラ)を使い、余分な土だけを落としながら、

器全体の形を整えていきます。

削りは多く、

五百グラムの土は、最終的には百八十グラムほどになります。

器は時間で作るものではありません。

乾き具合を見ながら、一つひとつ進めていく仕事です。

乾山雪笹向付ーヘラ削り

土には土の時間があり、

その時間の中で器は少しずつ形になっていきます。

仕事を終えたのは、午後八時過ぎ。

静かな工房での一日でした。

家に戻り、

夕食は九時半過ぎ。

今日は

ハンバーグ、ご飯、味噌汁、野菜。

そして少しのビール。

雨の一日でしたが、

土と向き合う、静かな良い一日でした。

令和八年四月六日(月)晴れ

陶主日記

 

令和八年四月六日(月)晴

今日は雑用もなく、朝から仕事に集中する一日となった。

今週は「乾山雪笹向付大」の制作から始まる。

伏原窯では、器ごとに使う土が違うため、まず土合わせをして土を練るところから仕事が始まる。この土練りにかなり時間がかかる。

午後五時から轆轤に向かう。

静かな工房で形を挽いていく。

今日は十個。

計画通りの仕事を終えることができた。

午後八時過ぎ、轆轤仕事を終える。

伏原窯では機械を入れず、身体で土を練り、呼吸を感じながら轆轤を挽いている。器ごとに土を変え、土を練り、形を作る。手間はかかるが、これが伏原窯の仕事であり、強みでもある。

一日仕事を終え、静かな春の夜となった。

十挽いて

今日の仕事や

春の夜

令和八年四月五日 春の日曜日

陶主日記

 

午前八時三十分起床。

昨夜は自宅でお好み焼き大会。男闘呼組(オトコぐみ)でビールに加え、日本酒「緑川」を一本開け、久しぶりによく飲んだ夜となった。少しアルコールの残る朝である。

日曜日なので断食の日。

当初はウォーキングのあと図書館へ行く予定だったが、返却の本が多く時間も過ぎてしまったため、今日は車で出かけることにした。

まず「こーたり〜な」に立ち寄り、その後図書館へ向かう。

図書館のある生涯学習センター、泉の森ホールの周辺では桜の催しがあったのだろうか、多くの人で賑わっていた。檀原公園も花見客でいっぱいで、車もかなり混雑している。春の陽気に誘われて、人が外へ出てきている様子である。

せっかくなので出店をのぞき、小さなハリネズミの置物を一つ買った。森本さんがハリネズミ好きなので、工房に置けば喜ぶだろう。

その後工房へ向かう。

今日は本年度の会計ノートを新しく作る。一年の帳面を整えると、また新しい時間が始まるような気持ちになる。

今日は身体に無理をかけず、静かな一日とした。

午前中は「なるみ文化論」について思索。民藝の時代、日本の三十年、そしてこれからの世界について、時間という視点から考えが広がった。

世界は大きく変わろうとしている。

しかし人の暮らしは、日々の時間の中で静かに続いていく。

その時間がたまり、人も仕事も少しずつ熟していく。

私はそれを「なるみ」と呼んでいる。

夜は家で食事を取り、静かな春の日曜日を終えた。

春の日や

時のたまりて

なるみかな

ハリネズミ

春曇りの工房の朝

陶主日記

 

春曇り

今日を生きよと

土に向く

今朝は七時三十分に目覚め。

ゆっくり身体を整え、山の工房へ向かう。

土曜日の朝は、少しゆったりした始まり。

朝食はブランチにすることが多いので、

まずは一杯の紅茶から。

今日は アッサムブレンド。

湯気の立つカップを手にすると、

工房の空気も、心も、静かに落ち着いてくる。

足元では、いつもの猫が、

「今日も始まるのか」と言う顔でこちらを見ている。

看板猫たーちゃん

こうしてお茶を飲み、

一息ついたところで、土に向かう。

今日の仕事は、

昨日の続きの鮎足を笹に付けて仕上げること。

そして次の仕事、

乾山雪笹向こう付け(大) の準備へ。

土を練り、轆轤へ。

春曇りの朝、

静かに一日が動き出した。

春曇りの工房の朝

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山桜 今日がさかりと 咲けにけり

陶主日記

令和八年四月三日(金曜日)晴。

朝、工房へ。

玄米ご飯に梅干し、味噌汁、焼き魚に玉子焼き。

ひじき豆、しらす、ぬか漬け。

いつもの工房の朝ご飯で一日が始まる。

仕事は「交趾鮎足笹型小向こう」の鮎足づくり。

鮎足

小さな鮎を一つひとつ形にしていく。

並べて乾かしていると、小さな魚の群れのようにも見えてくる。

鮎足

午後は公民館陶芸クラブの昼の指導へ。

その間、工房には来客があった。

元数学教師で太極拳仲間のNさん。

今は木工パズルづくりを楽しまれている。

日曜日に雨山へ登るとのことで、その告知に立ち寄られたそうだ。

もう一人は、いつものOさん。

今、胃がんの化学療法の治療を頑張っておられる最中である。

お土産にパイナップルをいただいた。

休憩がてら、昨日いただいた「初鰹」のお菓子とともに

お抹茶を点てて一服。

春の午後の静かな時間である。

その後また仕事に戻り、鮎足づくりを続ける。

夜は七時から公民館陶芸クラブ夜の指導。

終わるのは九時をまわる。

帰宅して晩ご飯。

工房のまわりでは山桜が咲いている。

まさに今日が盛りという様子である。

山桜

今日がさかりと

咲けにけり

春の土

春の土

 

今日はよく晴れた、気持ちのいい一日でした。

関空ゲートタワー

朝、窓の向こうにりんくうゲートタワーを眺めながら、

工房へ向かいます。

 

工房で朝ご飯。

めざしに玉子焼き、玄米ご飯の上には梅干し。

味噌汁と漬物。

いつもの、落ち着いた朝の食卓です。

工房の朝食

食事を整え、仕事に入ります。

 

今日は

「交趾鮎足笹型小向こう」の仕上げ。

 

森本さんに葉脈の線を墨打ちしてもらい、

その上を釘で線彫りしていきます。

 

一本一本、線を入れていくと、

器の表情が少しずつ現れてきます。

 

こうして形が整っていく時間は、

何十年続けても楽しいものです。

交趾笹皿小

春の土

手のなかにある

なるみかな

 

 

昼ごはんは穴子丼。

副菜も並び、美味しくいただきました。

昼食穴子丼

午後のひとときには抹茶。

 

昨日、太極拳仲間の田畑さんから頂いたお菓子、

名古屋美濃忠の和菓子「初鰹」をいただきました。

春の季節を感じる、やさしい味でした。

美濃忠 初かつを

夜はハヤシライス。

夕食ハヤシライス

こうして今日も静かに一日が過ぎていきます。

 

土に向かい、

食事をいただき、

人と共に過ごす。

 

その連続の中に、

嬉しい、楽しい、美しい時間があります。

 

今日もまた、土の時間。

 

春の土

なるみに生きる

嬉しさや

サンガ

陶主日記

令和八年四月一日(水)曇

四月の始まりの朝は、早朝禅の会から始まりました。

朝六時半、本堂にて参禅。参加者は十名。

この会も、もう六、七年になるでしょうか。

今の住職がこちらに来られて間もない頃、「参禅会をしましょう」と声を掛けさせていただき、最初は二人で静かに始まった会でした。

年月を重ね、今では多くの方が坐りに来てくださるようになりました。

禅を終えて帰宅。

窓からいつもの風景を一枚。

曇り空の朝ですが、遠くの街の塔が静かに立っています。

今日も生きています、の定点写真です。

朝食は玄米ご飯に梅干し。

玉子焼きと漬物。

こういう普通の食事が、身体に一番馴染みます。

午前には、いちごとヨーグルト。

昼はカレー。

午後のお茶の時間には和菓子をいただきました。

包み紙には静御前の歌が記されていました。

吉野山

峰の白雪

踏み分けて

入りにし人の

跡ぞ恋しき

昔を想う歌に出会いながら、こちらは今日の普通の一日です。

夕方は工房にて作業。

器の削りを進め、土に向かう時間を過ごしました。

今日は水曜日。

夜七時半から太極拳のクラブ。

身体をゆっくり動かして帰宅。

晩食をいただき、今日も一日が終わりました。

振り返れば特別なことは何もありませんが、

この三千世界を「普通」と感じて過ごせること。

それが何よりの幸せだと思います。

曇り空

それでは四月

始まりぬ

三月みそか 泉州なるみ文化

陶主日記

三月三十一日。

曇り空で、湿り気を帯びた春の朝。

工房へ向かう途中、月末の会計の後始末を済ませてから工房へ入る。

午前十時半、ネット環境でお世話になっている越智さんが来られた。

越智さんとは仕事を始めてちょうど一年になる。

長く動いていなかった伏原窯のネット環境を整備してくださり、

ホームページの整理やインスタグラムとの連動など、

少しずつ外へ向けて発信できる環境を作ってきた。

昨年末には、ふるさと納税に向けた準備にも力を尽くしてくださり、

新しい流れの土台が整いつつある。

今日は近況を語り合いながら、今年度の方向性を共有した。

その中で、「なるみ」という言葉にも深く共感してくださり、

大阪の窯元として

泉州なるみ文化を作っていこう

という思いを共有することができた。

有意義な時間はあっという間で、気が付けば三時間。

午後一時半に越智さんは帰られ、それから遅い昼食となった。

三時のお茶は、越智さんからいただいた吉野のお土産。

桜葉の塩漬けの入った春のお菓子を、抹茶でいただく。

春の香りがふわりと広がる。

その後は仕事へ戻る。

交趾鮎足笹型小向こうの削り仕上げ。

今日は三枚を仕上げることができた。

明日は朝、参禅会があるので、七時半に工房を出る。

三月みそか。

こうして静かに月が終わり、春が始まっていく。

越智さんと一年。

そして今日、

大阪の窯元、泉州なるみ文化。

いい具体的な目標を共有できた一日でした。

今日も、なるみ。

整う年

陶主日記

整う年

今年は、いろいろなことが整い始めた一年になりそうです。

長く続けてきた借入も、来年四月には

日本政策金融公庫 のローンが終わります。

さらに太陽光のローンも半分ほど終わり、

少しずつですが、身の回りが軽くなっていきます。

若い頃は、工房を作り、窯を守り、

家族を養うことに精一杯でした。

それが今、こうして振り返ると、

長い時間の中で少しずつ整ってきたのだと思います。

今年は金融の整理もしました。

長く持っていた投資信託なども見直し、

資産を静かな形に整えていく年です。

慌てて何かを始めるのではなく、

これからの十年を見据えて、

ゆっくりと準備していこうと思っています。

子供たちには、将来、店を任せたいと思っています。

泉佐野の古民家などで、

器の店ができれば面白いかもしれません。

名前は、ふと

「伏原窯 なるみ茶房」

という言葉が浮かびました。

まだ構想の段階ですが、今年から少しずつ意識して準備していこうと思います。

大きなことではありません。

当たり前の器を、当たり前に作り続ける。

その積み重ねの中で、やがて静かな熟みが生まれてくる。

それが、私の感じている

**「なるみ」**という世界です。

普通が一番。

続けていくと、なるみになる。

大阪の窯元として、今日もまた土に向かいます。

それぞれの春

春来たり
皆それぞれの
時を持ち

朝は自宅で、BUFFALOの中継機の設定から始まった。二階でもWi-Fiが届くようになり、ひとつ家の環境が整う。思いがけない朝の仕事になったが、無事につながりほっとする。
そのあと会計の用事でATMを回り、月末のお金周りを整えた。春の光の中、町の空気もどこか軽やかに感じられる。
用事を終えて車で山の工房へ向かう。自宅のある泉佐野の町から、伏原窯のある山村まで十一キロほど、三十分ほどの道のりである。日によって通る道を変えるが、どの道もそれぞれに季節の景色があり、今の時期はどこも春の気配に満ちている。
工房に着き、森本さんと朝ご飯をいただく。静かな山の空気の中で仕事の一日が始まった。
今日は十草飯碗蓋付きの蓋の削り仕上げ。轆轤の前で土と向き合いながら一つ一つ削っていく。今日は十三個削ることができた。残りは五個、明日でこの仕事も整う。
春の光の中、山の工房で今日も静かな時間が流れた。楽しく、嬉しい一日であった。明日は太極拳仲間の麻里子さん親子が一時頃に来て、工房はカレーの日。午後四時頃には堺のお料理人さんも訪ねて来られる予定である。