乾山土器皿を思う

乾山土器皿を思う

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こんばんは。二月も今日で半分が過ぎてきました。二月逃げる、三月去るなんて言いますが年度替わりで、明日から確定申告も始まり、ますます慌ただしくなって来ます。
今日の巷は「バレンタイン」なんかで、華やいでいるのでしょうか?わたくしなんぞは、とんとお呼びも掛かりません。当たり前ですが。

工房は今日、昨日焼き上がった窯を出しました。難なく無事に温度は上がり、新作の千鳥紋小皿もかわいらしく仕上がりました。乾山陶器の釉薬テストも三種類入れました。予想していた以上に釉薬が融けていたので、今後の展開を考えるに、今一度テストを重ねていきたいと思います。

私どもの作品は古典が重要なベースになっています。新しく物を作るにしても古典からの写しを一度試して、今使える器に転化させていきます。一昨年から工芸店ようびとの関係で、乾山陶器に力を注ぎ込んで来ました。京焼きの頂点とされる乾山の食器は、仁清や他諸窯の陶器とは全く異なった趣があり、単にデザインや様式を写したところで乾山陶が醸し出す王朝陶器にはなっていません。

今私たちが一番苦労しているところは、釉調の部分です。所謂素地のマチュールの所です。乾山の特徴は、歴史上かつてなかった芸術性の高い絵画陶器であるということです。もちろん光悦、宗達、光琳の琳派が大きく影響しているのですが、世界の焼き物技法を駆使し絵画化させた乾山陶器は今も陶器愛好家の羨望の的です。またその殆どが懐石食器に集中しているのも、特徴の一つではないでしょうか。私は主にその食器の世界を作ろうとしています。

乾山写し 桐文土器皿昨年末乾山土器皿をようびに納めました。土器皿なんて聞きなれない言葉でしょうが、今も日本で土器を作っているところもあるのです。神事に使う器はかわらけ(土器)と云い、素焼きの姉さん程度の温度で焼いた無釉陶器を使います。それを専門に作る方も昔は居られたようです。土の塊を肘に当て、形を出していくところを写真で見たことがあります。実際の現場は伊勢神宮かどこかで見た様に記憶しているのですが、定かではありません。

乾山はこの土器皿を模したのでしょう。当時土器皿が各諸窯で流行ったという文献もあるのですが、乾山もまた色々な技法を使い、独特のデザインで見事に絵画陶器に高めています。私はその一端を探りたくて、今回土器皿に挑戦してみました。自分でも面白いように難なくイメージが出来、工芸でよくいう「手なり」の仕事が出来ました。

いい土に出会い、自分の持っている世界がすんなり出てくると、自ずといい食器が生まれるのだと、実感する事の出来た仕事でした。これからも奥深い幽谷を一歩一歩進んで行きたいと願っています。

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