こんばんは。一月には珍しく温かな雨が降っています。まだ寒中というのにこの頃の温かさは三月の陽気だそうです。一月も終わり、また今日は週末とあって心身とも疲れが溜まって来ました。午後4時に整骨院に行ってきました。一週間に一度の通院で何とか腰痛にもならずに一年を過ごすことができました。やはり冬は身体も委縮していて背中に疲れをため込んでしまいます。午前中実家に通っていたので朝の散歩で十分な距離が歩けず、大分身体がなまってしまいました。年を重ねながらいい作品を作り続ける術を身に付けなければなりませんね。私はウォーキングが趣味で、一日に4キロ以上は歩きたいと思っています。いつもこの自然に恵まれた環境でアップダウンが適度にあるところを歩いているので、実家に泊まった時など朝も歩くのですがいくら歩いても身体に満足感がありません。やはり自然の中を歩くのはすごいですね。全然調子が違います。この1か月生活環境が変わったので、身体も緊張していた分疲れも奥にため込んだようです。今日は先生に十分見て頂きました。週2回に増やしたいと思っています。
工房は桜紋の汲み出しの見本です。今回は従来の大汲み出しに加えて、少し小ぶりの汲み出しも新しく出してみましょうという事になりました。一昨年から金の値段が注文を出す度にどんどん値上がって、今は3年前に比べて倍近くになってしまいました。桜の大汲み出しは値段を上げてもいい作品ですが、一つ新しい汲み出しを考えてもいいと思っています。小ぶりにすることで色々な使い方も出来るのではないでしょうか。煎茶も入るかとも思っています。
汲み出し茶碗はあまり普段家では使わないのでしょうが、この頃は大きな汲み出しを好んで使われる家も増えてきたそうです。この頃は大分メジャーな器として定着しています。本来お茶室の待合などで最初に出されるものなのです。清めという意味も含んでいると思うのですが、釜から最初に汲み出されたお湯を召し上がってください、身体を温めて、心を静めて下さい。という思いなのでしょう。そんな器ですので少し丸みのある、両手で持って温かさを感じる器でありたいですね。
今回は小ぶりの茶碗に「しだれ桜」をデザインしてほしいといわれていますが、面白いアイデアができればいいと思います。


その後土練りをし、「京焼十草紋飯茶碗」を水挽きしました。華奢なご飯茶碗に呉須と鉄で十草を描きます。細かな線が活きるように、腰に少し膨らみを持たせながら口元まで続く優しいカーブがこの茶碗の命です。このラインは日本特有の世界だと思っています。古くは弥生の木器、漆が施された器がありますが、それはやはりこのラインなんですね。仁清のお茶碗は腰に特徴があると云われていますが、やはり同じこのカーブなのですね。
工房は昨日焼き終えた素焼きを出し、釉薬掛けをしました。すたっふMさんもお手伝いに来てくれて、スムーズに窯詰めまで終えることが出来ました。明日は陶芸クラブの指導日なので、今夜は焼くのを止め、明日の夜に火を入れることにしました。今年の初窯になります。お神酒、榊をお供えして、今年の安全をお祈りいたします。
工房は午後から「色絵梅紋輪花向付」の削り仕上げをしました。今日のノルマは土曜日の残り全部を仕上げることです。7時に削り完了致しました。明日から輪花を取っていきます。口に墨で印を入れ、カンナで一つずつ輪花を取っていきます。輪花を取るとどうしても口元が堅苦しくなるのですが、絵が紅白の梅で日本情緒の強い器なので、柔らかな口元になるよう工夫しなければなりません。均一な輪花ではなく、梅の花びらに合わせた変形輪花になっています。そこが中国の器と違った趣のある輪花となっています。
今日から大阪市立東洋陶磁器美術館で「浜田庄司展」が有るということを言われました。日曜日にでも行ってみようとおっしゃる方がおられました。どうも新聞に紹介されていたようで、神戸のコレクターの作品80点を紹介するという企画の様です。関西は案外民芸ファンが多く残っていて、今でも人気が高いです。万博公園には民芸館もあり、アサヒビールの大山崎美術館には多くの浜田先生の作品が展示されています。神戸にも多くのコレクターが居られるようで、この展示会もその方面の方のようです。何と云っても、民芸運動の推進者で有名な人は大原さんでしょう。私はまだ行く機会がないのですが、「大原美術館」は民芸運動の核となった大きな存在でした。
お正月実家にいると身体が鈍るので、かなり距離を歩きました。しかしどうもいつのも様な高揚感がなく、心は晴れなかった。ただ身体がくたびれたという思いでした。やはり自然はすごいですねえ。工房の周辺を一時間も歩けば、心地よい疲労感と気持ちの開放感を得ることが出来ます。一日の仕事のイメージもすっかり出来上がり、どことなく確信に満ちた世界を味わうことが出来ます。自分にとって改めて環境の良さを思いました。
桂離宮は誰もが知る日本文化の代表格です。庭園、お茶屋、書院からなるその全ては、月の桂と呼ばれ、月の名所であるここに最高の月を愛でるための装置を作った、とされています。柱一つ、襖のデザイン、違い棚の工夫、細かな細工の工芸品。庭に点在する置き石の数々。池に船を浮かべ歌を詠む。八条の宮家 智仁(とししと)親王(1579-1629)と続く智忠(としただ)親王(1619-62)が創設されました。御水尾上皇の桂御幸に際して各書院の増築が施され、現在の古書院、中書院、楽器の間、新御殿と雁行する書院群はこの時以来のものです。上皇の御幸に際しては特別な思いれが有ったように思われます。

民芸運動の代表的作家、河合寛次郎先生の詩です。
こんばんは。昨夜から続いていました窯焚きも無事午後5時に終了いたしました。これで今年の最後の窯で、明日は工房も御休みにして、29日月曜日に生徒さん達が午後から集まって、窯を出す予定です。年始に仕事が入って来たの、今日の内に片付け出来るところはサッサッと、体裁よくあまり深追いしない程度の片付けで今年は終わりにします。と言っても工房はかなり広いので、やり出したら恐ろしく手間が入ってしまいます。



この様な小物でも、仁清陶器はどの様に作ったのだろうかと深く考えさせられる作品が多く有ります。一つの作品に仁清は一ひねりも二ひねりもしてくるので、単純にかかって行くと大きな落とし穴があります。これは古清水も言えることですし、乾山にも言えることです。他の窯業地にはあまり見られない独特の仕掛けが色々と施されています。やはり都の持つニュアンスの複雑さ、掛け言葉などで飛躍させるイメージなど、一筋縄ではない、手の込んだ仕掛けが散りばめられています。

振り返れば今までに色々な窯を焼いて来ました。鉄砲窯、登り窯、瓦斯窯、電気窯、灯油窯、穴窯、等々。色々な窯で色々な火を体験してきました。そこで数々の作品を見て来ました。その経験が今生かされています。一目見ればどの様な土でどのように焼いたか、かなり誤差がないくらい分かる様になりました。


