陶主日記

季節は桜の大汲み出し

こんばんは。一月には珍しく温かな雨が降っています。まだ寒中というのにこの頃の温かさは三月の陽気だそうです。一月も終わり、また今日は週末とあって心身とも疲れが溜まって来ました。午後4時に整骨院に行ってきました。一週間に一度の通院で何とか腰痛にもならずに一年を過ごすことができました。やはり冬は身体も委縮していて背中に疲れをため込んでしまいます。午前中実家に通っていたので朝の散歩で十分な距離が歩けず、大分身体がなまってしまいました。年を重ねながらいい作品を作り続ける術を身に付けなければなりませんね。私はウォーキングが趣味で、一日に4キロ以上は歩きたいと思っています。いつもこの自然に恵まれた環境でアップダウンが適度にあるところを歩いているので、実家に泊まった時など朝も歩くのですがいくら歩いても身体に満足感がありません。やはり自然の中を歩くのはすごいですね。全然調子が違います。この1か月生活環境が変わったので、身体も緊張していた分疲れも奥にため込んだようです。今日は先生に十分見て頂きました。週2回に増やしたいと思っています。

工房は桜紋の汲み出しの見本です。今回は従来の大汲み出しに加えて、少し小ぶりの汲み出しも新しく出してみましょうという事になりました。一昨年から金の値段が注文を出す度にどんどん値上がって、今は3年前に比べて倍近くになってしまいました。桜の大汲み出しは値段を上げてもいい作品ですが、一つ新しい汲み出しを考えてもいいと思っています。小ぶりにすることで色々な使い方も出来るのではないでしょうか。煎茶も入るかとも思っています。

汲み出し茶碗はあまり普段家では使わないのでしょうが、この頃は大きな汲み出しを好んで使われる家も増えてきたそうです。この頃は大分メジャーな器として定着しています。本来お茶室の待合などで最初に出されるものなのです。清めという意味も含んでいると思うのですが、釜から最初に汲み出されたお湯を召し上がってください、身体を温めて、心を静めて下さい。という思いなのでしょう。そんな器ですので少し丸みのある、両手で持って温かさを感じる器でありたいですね。

今回は小ぶりの茶碗に「しだれ桜」をデザインしてほしいといわれていますが、面白いアイデアができればいいと思います。

季節は桜の大汲み出し

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十草紋飯碗の削り

こんばんは。後二日で一月も終わります。今年の姿も見えてきました。この様にしていこうという計画も大体出揃ってきました。カレンダーにスケジュールを入れていくと、一年もすぐに埋まってしまいました。二月は「逃げる」とも言いますが、逃がさないで何とか内容をいれ込んで行きたいと思っています。

工房は十草紋飯碗の削りが終わりました。明日からは桜紋の組み出しや煎茶碗の見本を挽いていきます。一月が二日残っているので指一本が掛かっている状態です。絵描きさんのところで仕事が詰まってくると辛くなってきますね。今年はどこかで肩の力が抜けるような仕事を作って上げないと、身体が心配になっています。

今日は「ますらおぶり」、「たおやめぶり」のお話をしたいと思いました。どういう訳でもないのですが、ふと朝そんな気がしました。うまくいくか分かりませんが、さあどうでしょうか。日本文化にはこの勢力が交互に現れると云われています。男性的、女性的と別れるのでしょうか、また、父性的、母性的と云いった方がいいのでしょうか。歌の世界では万葉集はますらおぶり、古今集はたおやめぶり、といわれています。縄文的なるもの、弥生的なるものと表現する哲学者や建築家がいますが。岡本太郎さんもよく「縄文的なる世界」と云われていました。白井晃一さん(建築家)の著書にも日本の根底にある縄文的なるものという表現があった様に記憶しています。私が初めてこの言葉に出合ったのは、岡清先生の著書でした。日本文化の源流を考える興味ある本でした。卑近な事ですが私の作品はどこを突いても縄文的なるものや、ますらお的なるものは出てきません。若い頃は無いものに憧れるのでしょうか。しきりに先生方の本を読みました。自分の中のたおやめ的な情緒世界があまり芸術にそぐわないと思いこんでいました。時代がその様な日本原始回帰の様なものを欲していたのだと思います。戦後の日本はどこか彷徨っていたように思います。その彷徨も今がピークに達してきた様ですが。民族の精神がお落ち着くところを探したいのでしょうか。縄文的と云えば太古の血が騒ぐのでしょうか。どうも我々日本人の精神構造に縄文的なるもの、弥生的なるものという二重構造が潜んでいるようです。

一つの時代が行き詰まりを感じ出すと、日本はこの二重構造の故に先と違う精神がとってかわる様に出てきます。しかし21世紀この構造に大きな変化が有ったように感じています。この「ますらお」「たおやめ」を超えた第三の精神世界が現れるように思うのですが。

十草紋飯碗の削り

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辰砂釉の花瓶

こんばんは。昨日今日と春を思わせる陽気が続いています。散歩で見る梅も早いところではちらちらと咲いていました。昨年生まれたのでしょうか?かわいい鶯が枝に止まっていました。絵に描いたような光景に思わず笑ってしまいました。

工房は京焼十草紋飯碗の削り仕上げを続けています。昨年大阪の雑誌「大阪 大人組」に掲載された記事が、読売新聞にも掲載されました。朝から古くからのお客さんが連絡してくださり、また奈良から水間寺にある三重の塔を写真に撮りにきたと言うお客さんも、新聞を見て足を延ばして来てくれました。なかなかのタイムリーです。雑誌の反響はイマイチだったのですが、やはり新聞は皆さんも目にとまるのですねえ。思わぬ効果が有りました。この何年間は展示会もしていないので古くからお付き合い下さっているお客様ともなかなかお会いする機会もないままでした。何とか個展も開いてみたいと思うのですが、注文で時間がいっぱいになってしまっています。これも今年の課題の一つなのでしょう。直にお客様と接する機会を作りたいものです。

今は京風の作品がメインになっていますが、その前は個人的に進めていた仕事に「辰砂釉」が有ります。今日も辰砂の掛かった小花瓶を購入されました。辰砂釉とは赤い釉薬でなかなか美しい赤は難しいものなのです。土、窯、釉薬、作者の気質とが合わないと美しい赤は生まれません。私はどういう訳かこの辰砂釉とは相性が良くて、若い時分からうまく赤を出すことが出来ました。その後色々と研鑚を積んで独自の色を作ることができるようになりました。この辰砂で何回か展示会もしました。かなりの好評を得ましたが、特に女性の方には人気が有りました。この辰砂がうまく出るためには特殊な材料を使うのですが、この材料が今はもう手に入らなくなりました。今手元に残るこの材料はほんのわずかで、それに代わるものを見つけるには大変な労力が必要と思います。今となっては貴重な色だと思います。

いい色を出し続けていくことは至難の業です。その時代その時その人びとの感性で色は変わってしまいます。これからの時代の色はどの様な色合いになっていくのでしょう。コツコツと積み上げていくことでしょうか。この道は長いですね。

辰砂釉の花瓶

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観一等

こんばんは。今日朝の光が変わったことに気付きました。窓に射す朝日でいつも目覚めるのですが、季節が動いたことを実感いたしました。大寒とは言うものの、寒中の春を感じさせてくれる朝でした。人は春を思うだけでも心がうきうきし出すものです。この様に春を待ち遠しく思う時が一番楽しいいのかも知れませんね。これから自然の色んな場面で微かな春を見つけていく楽しみが出来ました。

工房は午後から火曜教室でした。お一人お孫さんがインフルエンザに罹ったという事でお休みされましたが、良いお日和だったので静かに集中して作品を作ることが出来ました。この工房の最大の特徴は「静けさ」にあります。午後からは鳥の鳴き声もなく、ストーブの微かな炎の音だけが聞こえるくらいです。ある読者の方が私たちのブログに「静けさ」がある、と云われていましたが、きっとこの環境から醸しだされているのでしょう。それは作品にも通じることで、環境が大きく影響していることでしょう。

この村の一番奥に木工をされている方が居られます。私が紹介してここに移ってこられたのですが、彼が云うには「伏原窯の作品は、この自然のどこかの場面が写されている。」といいます。面白い表現だなあと思いました。大阪湾が近くにあるせいか夕焼けが素晴らしく美しい時があります。空の色が微妙に変化していく様子は何とも言えない気持ちになります。この微妙な色合いを感じる感性をここは養ってくれます。

人は外の世界と内の世界が実は繋がっているのです。夕焼けを深く感じることが出来るのは、内にその感受性があるからです。同じ色を見たとしても千人が千人同じようには見えていません。一輪の花を見たとしても人によってみんな違っています。自然、宇宙は一人一人に開かれているのです。そんな事を思うだけでも大変面白い事だと思います。人一人がみんな宇宙を持っていることになります。そこには「希望」という言葉が浮かんでくるのですが。皆様は如何でしょうか。

内を観ることは実は外の世界を創造することで有り、外の世界は実は自分自身だと気づくでしょう。私は陶芸と全く所縁のないこの辺鄙なところで作陶活動をすることでこの世界観を実証しようとしたかったのでしょう。未だ道半ば、一つづつ作陶の世界を歩んで参ります。

観一等

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飯椀雑感

こんばんは。冷え込みのきつい日が続きます。実家が大阪湾に近いせいもあってか、夜は暖かく羽毛布団一枚で寝ることが出来ました。今朝山に帰ってくると冷たい凛とした空気が流れていました。山の冷え込みは午後7時を回ってくると一段ときつく、工房はストーブ二台を付けても間に合わないくらいです。

一昨日は今年初めて「工芸店様」にごあいさつして参りました。2月になると早速桜の文様の器を自社HPに掲載するようで、見本を早く出すように云われました。その前に三月桃の節句があります。節句用に毬紋の5寸皿も急がされてしまいました。すたっふMさんの仕事はこれで3月いっぱいまで埋まってしまいました。やれやれ、不景気といわれる中仕事に追われるなんて、有り難いことですね。絵描きさんの体調を考えますが、自己管理よろしくお願い致します。

工房は今日「京焼十草飯碗」の削り仕上げに入りました。先週木曜日から落ち着いて工房に入れず、今週は何とか詰め込んで轆轤をして行きたいと思っています。真木さんとのお話ですが、抹茶碗を作るより、いい飯碗を作る方が自分たちにとって喜ばしいことです、と云われます。そこは私も全く一致する考えです。器作りをして30年、飯碗にはいささか自信があります。食器は飯碗に始まり、飯碗で終わると思っているくらいですので。日本人ならだれでもが自身の器として持っているものですが、案外皆さんは無頓着なものです。やれどこそこの何々店のお料理はどうのこうの、美味しかったのなんのと云われていますが、肝心の自分の毎日使う飯碗はどうなのでしょうか?ひとコース何万もするお料理を召し上がっておられるわりには、身近な器にはむしろ冷淡なものです。

三度三度使う飯碗は、作る側には制約の多い器です。それは色々な動作が入って、徐々に手に馴染んで行くからです。そんな飯碗はいつか身体の一部になって、使う人と同化していきます。その様な食器が欠けたり割れたりするだけで、どこか寂しいものです。昔は欠けたお茶碗は漆なんかで修正し使っていました。またその専門職がいて、家家を回って食器を直していました。繕い屋さんですね。今はすっかり物が豊富になってしまいましたので、その様にしてまで使うとなればお茶の道具くらいなものなのでしょうか。「金接ぎ」なんていいますが。

しかし、物が多くなった半面、私は多くの物が無くなったと思います。特にしっかりした職人の仕事が無くなってしまいました。少し前までは簡単にとは言わないまでも、どうにか手に入れることが出来たものが、今はどこにもないことが多くなってしまいました。工芸の材料となると寂しい限りです。私どもは「新古典的」な仕事をしていますが、無くなりつつあるものに、今という生命を息吹かせていきたいと願っています。

飯椀雑感

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用の美とお念仏

こんばんは。いよいよ明日から大寒らしい厳しい天候になって来そうです。これからの雪はこちらでも積もる可能性があります。明日は再び大阪市内に出かけなければならないので、帰りは雪道にならないか用心しています。天気予報ではかなり冷え込むようで、大阪の予報は珍しく雪マークが付いていました。

今日のブログのネタをどうしようかと思っていました。すたっふMさんが云うには、私フシハラの独立した時の様子を書いてください、とのこと。ふううん、まあ色々面白いお話はありますが。昨日の「用と美」について、もう少し書いてみたいと思います。

明日は工芸店「ようび」に出かけます。先日店主である真木啓子さんからお電話を頂き、今年はまだ一度もお会いしていないので、丁度作品も焼き上がることですので納品を兼ねて伺います、ということになりなした。では、お食事でもとおっしゃってくださったので、はいはい、と喜んで出かけます。この「ようび」の名前は、懐石料理店「辻留」の先代辻嘉一さんが命名されたと聞きます。もちろんこの名は「用と美」から出てきたものでしょう。

昭和初期の工芸運動の一つに民芸運動がありました。昨日紹介いたしました濱田庄司先生なんかは人間国宝にもなられ皆様もよくご存じだと思いますが、柳宗悦という先生の思想が民芸運動の根本とされています。柳先生の著書は数多くありますが、面白いところでは「南無阿弥陀仏」というのがあります。「他力」を説かれたなかなか面白い本です。また、「美の法門」なんかもこの運動の根本的な著書になるのでしょうか。

「用」という文字には働きという意味が含まれています。一般に思われている「人が働く」と云うような意味ではなく、少しスケールが違っていて、宇宙大の働きを意味するようです。仏教のいう仏の働き、また宇宙の創造、そんな意味合いの言葉だと思います。単に使い勝手のいい、という意味で使われているのではありません。用は他力を意味します。ここでいう他力とは宇宙の働きのことで、自力他力を超えた世界を現しています。その働きは本来われわれの生活そのものに現れ出ているという他力生活を表現したものを、工芸と言い、また民芸と呼ぶようにしたのでしょう。この運動には人間復古の意味合いも大きかったように思います。芸術を小さな特殊な枠に嵌めて特別な存在にした世界から、民衆の暮らしに脈々と流れてきた「暮らしに根付いた用の美」を提唱する運動だったように感じています。

単に啓蒙運動に終わらず、そこには素晴らしい作家が綺羅星のようにいて、その哲学を具体化し、そのことを生き抜いた作品が多く生まれたことは、また日本美術史上大きな成果だったと思っています。

この運動がなければ私はここで陶芸をしていなかったと思います。器に自分のすべての思想、哲学を表現し、尚且つ人々の暮らしの中で、使われて行く。どの国の芸術をみても、この様な芸術は存在していないと思っています。そのことを支えてきたわれわれの先人の骨太いくらしぶりを、今一度考え直してみたいと思って居ります。

用の美とお念仏

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用の美

こんばんは。昨日から冷たい雨が降っています。今日は久しぶりに大阪市内に用事で出かけていました。ヤフーオークションの講習を肥後橋、堂島まで受けに行きました。私共のHPはテレウェーブ・リンクスから購入したもので、それにヤフーショッピング、オークションが付いているのです。お商売が目的のお店なら色々なオプションが付いている事で、販路の拡充を図ることができるのでしょうが、どうも私たちの仕事にはお店を幾つも持っても手間と時間がかかり過ぎて、いい結果を生む事がない様に思います。HPを充実させることで精いっぱいな状態なのに、これ以上PCに座ることはよくないと判断しました。

そんなことは最初から分かっていたのですが、どうしても経験をしなければならないのでしょう。勉強には消去法的なるものもあるということでしょうか。自分たちの立ち位置が定まるまで色々と遠回りも学習の一環なのでしょう。向上や進化は螺旋状に進むものなのですね。この講習で分かったことは、自分の時間はこの事には使えないなと云う事でした。

私にとって一番大切な事は、この環境からいい陶器を作り出すことです。PC環境も未だにISDNですから、辛うじて繋がっているということです。ここはもう他の人にお任せ致しましょう。で、要らぬ経費も掛けないと決めました。

帰りは淀屋橋の方に行き、「東洋陶磁美術館」に足を伸ばしました。先日も書きましたが、「濱田庄司展」が開催されていたので懐かしい作品を見て参りました。この美術館のベースは韓国陶磁なので、濱田作品の持っているエッセンスによく共鳴して、より分かり易く作品を見ることが出来ました。特に飴釉や鉄砂の鉄釉は小品も大作も見ごたえのあるものが多く有りました。先生の轆轤はいつ見ても屈託なく、土がよく伸びていて、造形に嫌みのない地についた堂々とした世界が余すところなく出ていました。濱田陶磁の特徴の一つは、還元焼成が少ないことです。これは意識されていたのか、もともと益子にはそのような焼成窯がなかったのか、一つも青磁が掛かった作品がないことです。それもわれわれ日本人に親しみを覚えさせる一つの様に思うのですが。還元また酸化焼成は、焼く側の意識の違いが大きく現れて来ます。やはり青磁には強い意志というものを感じますが、酸化焼成のものはどちらかと云えば、感情の世界が感じられます。柔らかさ、ふくよかさ、造形ラインがどうしても優しく感じられます。濱田陶磁が肉質的であったり、感情的に見えたりするのは、そのせいかも知れません。先生の言動を見ると、知、情、意を方円の如く円満に生きていく姿が感じられて、そこに尽きない魅力が放たれているように思います。器を越えて人間の生きる力を表現された作品です。私は今も大きな影響を受けている作家の一人です。

用の美、器はこの言葉に尽きると思っています。

用の美

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出発のために

こんばんは。冷たい雨が降り出しました。夕方から冷え込みが厳しくなって来ました。今日は仕事をしようとしてもさせてもらえない一日でした。雑用に追われ書類探しに時間が割かれ、両親の介護の連絡やヤフーショッピングの決済の解約のトラブルで何とも悔しい時間が過ぎてしました。

仕事が出来る時間を確保するのに大変苦労するようになりました。以前にも増して時間が貴重に感じています。やることが多くなって来たのでしょう。なかなか焼き物だけ作っていればやっていけるなんて、そんな夢のような時代もありましたね、って云う思いです。

やらなければならない事が絞られてくるのでしょう。一日の中で色々な違った場面で自分が必要とされているのでしょう。「切り替え」が大事になっているんだなあ、と思います。

それで90分の集中というスケジュールを組む事にしました。人が集中出来るのが90分ということなので、その様な時間割りで場面を作ることにしました。それでその時間はしっかり全力で対応しよう、それが終わったら引きずらないで気持ちを別に向けようとしています。気持ちをリズム良く切り替えることで心もリフレッシュします。終わったら「忘れる」ことですね。一つ一つをパッパっと切ることが肝心なのだと思います。自分のやれる事をやれば後は天に任せる。その様に考えるようになり、忘れる事の大事さを思っています。

「時間」という概念がこの何年かで大分変わってきたように思われます。数直線の様に捉えている人はかなり少なくなってきたのでは無いでしょうか。そのことから来る「死」という概念も以前と大分違って来ているように思うのです。過去、現在、未来という時間概念が古く感じられてきたのではないでしょうか。個という世界観も大きな変化がある様に思えるのですが。オバマ大統領が誕生しました。200万人の聴衆が世界から集まったといいます。世界経済の事が大きな焦点の様に云われていますが、もっと何か大きな地殻変動の様なものを感じるのですが。人類の転機、そんな予感がするのですが。彼のこれから行うことは、政治という枠では収まらないことの様に思います。

今までの概念が崩壊していく瞬間でもあり、新しい世界の曙の様にも思えたのですが。

出発のために

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「京焼十草紋飯碗」の水挽き

こんばんは。穏やかな晴天の一日でした。今週も一つの形を作ることでスタートを切ることが出来ました。ブルーマンデイなんて言葉がありますが、直訳すると「憂つな月曜日」と云うのでしょうか。朝からの気持の立ち上がりが何となく辛く感じられていました。年末から年始に掛け暮らしが大きく変わってしまったので「くたびれたぁ」って身体がそう言っています。こういう時は静かに心を落ち着かせて、自然の波動に逆らわず身近で出来る範囲の事を、着実にして行くことです。体質が変わって来たのでしょうか、以前に比べてお酒などの執着がそれ程強く無くなって来ました。ははははは。いや、歳のせいかもしれませんが。今日は休肝日にします。しばらく続けて内臓の掃除をします。

今日の工房は「京焼十草紋飯碗」の水挽きです。ノルマ20個。何とか午後7時半に達成です。明日は残りの分とビールカップを挽く予定です。陶芸家といってもこの様に日々こつこつと日常の物を作っているのです。私の基本はこのような生活ですので、あまり突飛な事は好きではありません。特に轆轤は毎日の積み重ねが大事だと思っています。どちらかと云えばかなり職人肌なんでしょうか。陶芸ブームが盛んな頃は、「うまへた」が大いにはやっていました。へたににせてうまく作る、っていうことなんでしょうかねえ。よく分かりませんが、自分にはあまりない部分なので。自己主張の強いものが個性として受けがよかったんでしょうね。私はどちらかと云えば、地味なんでしょういか。よく云われるのが、玄人好みの作品なんて、そんな評価を受けていましたが。どうなのでしょうね。今もそれは変わらない事のように思いますが。

「清澄」こんな言葉で評価された事がありますが、内心うれしく思っています。私自身は「震え」という言葉で、自分の轆轤を表現して居ります。決して力強い作品ではありませんが、この線の細いバイブレーションは他にない貴重な存在だと思っています。邯鄲(かんたん)と云う、こうろぎを小さくしたような晩秋に鳴く虫がいますが、そのなき声は何とも侘びた風情のあるものなのですが。邯鄲の賦という故事から来ているのですが。この声が聞こえるバイブレーションの持ち主なんかに見えてくる世界があります。私は「悲しみ」と言っています。「悲」という文字は日本ではよく深い心に使われているように思うのですが、「悲願」「慈悲」奥深い仏心が我が心の震えとして響いているという感じなのでしょうか。

その響きを写し取る様に、今日も静かに轆轤は回っています。

日本古来の曲線は

こんばんは。寒気も一段落したようで、今日は暖かな日和を頂きました。今年に入って朝、実家に通っています。両親の朝食のお手伝いに行きます。歳をとると朝の一日の立ち上がりが大事になってくるので、一日のリズムをとりに出かけて行きます。今日は昨日からの窯焚きを挿んでいるので、温度の計算をしながらバーナーのメモリの調整をしながら出かけてみました。3時間位の調整がどの様になるか、テストをしたいと思います。

11時半に帰って来ることが出来たので、いつもより一時間くらい温度を延ばした状態です。思ったより温度が上がっていたので窯圧が掛かったので少し還元状態になっていたのに驚きました。すぐにダンパー調節をして窯圧を下げ酸化に戻しました。温度が1000度位だったので素地に影響は出なかったようです。今後の課題の一つでしょう。ダンパーを開き気味にしておいた方が無難です。

4時に窯は無事終了いたしました。焼き上げには影響が出ていない様です。炉内から出すテストピースはいつもの様に焼けていました。一安心です。

とくさ飯椀その後土練りをし、「京焼十草紋飯茶碗」を水挽きしました。華奢なご飯茶碗に呉須と鉄で十草を描きます。細かな線が活きるように、腰に少し膨らみを持たせながら口元まで続く優しいカーブがこの茶碗の命です。このラインは日本特有の世界だと思っています。古くは弥生の木器、漆が施された器がありますが、それはやはりこのラインなんですね。仁清のお茶碗は腰に特徴があると云われていますが、やはり同じこのカーブなのですね。

一昨年の秋にデビュウしたお茶碗ですが、なかなか好評なのでしょうね、この注文が三度目になります。有難いことです。決して買いやすいお値段ではないのですが色んな方が愛用されていることは本当に励みになります。ようびの定番の飯茶碗になっています。

私にとってご飯茶碗は器の中でも一番難しいものと思っています。オリジナリティがあり、それでいてそれが邪魔にならない優しく飽きのこないお茶碗、となると中々難しいものです。心を込めふっくらとした愛らしい茶碗を作ります。

日本古来の曲線は

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火の神様

こんばんは。昨夜はこの付近も雪が一気に降ってきて、あっと言う間に一面銀世界になってしまいなした。子供たちが明日の出勤で今のうちに車をどうにかしなければどうしても遅刻する訳にはいかないとかで、挙句にホテルに泊まるなんて話も出てきました。それほど瞬く間にずんずん積もったので、みんなも驚いたのでしょう。私の経験則からそんなに思うほど積もらないし、朝の道も凍るところまでいかないから大丈夫と思っていたのですが、案の定雪は小康状態になり、雨交じりで霙(みぞれ)となって、子供たちの心配も一段落致しました。しかし今日は冷蔵庫に居るようで、冷えは相当きついです。朝町に出てみると、嘘のように日が射してポカポカ陽気になっていました。別世界です。

釉掛け  工房は昨日焼き終えた素焼きを出し、釉薬掛けをしました。すたっふMさんもお手伝いに来てくれて、スムーズに窯詰めまで終えることが出来ました。明日は陶芸クラブの指導日なので、今夜は焼くのを止め、明日の夜に火を入れることにしました。今年の初窯になります。お神酒、榊をお供えして、今年の安全をお祈りいたします。

火の神様は静岡県の袋井、掛川の秋葉神社が有名で、私が弟子に入った森山焼のそばにありました。森山の窯場には秋葉神社のお札が貼られていました。東京の秋葉原はこの神社を拝む所だったと聞きましたが。江戸からこの神社の方角に向って礼拝したそうです。今はすっかりそんな事とは関係ない所になっていますが。昔はおくどさんで煮炊きをしたので、火の神様が身近に感じられていたのでしょう。京都はこうじんさん。また八坂神社のおけら参り。大晦日この火を持って帰って竈(へっついさん)に火を入れる、なんて今ではどう考えても想像できないでしょうが。私の幼い頃はまだまだ竈で煮炊きをしていましたので、案外町暮らしですがその様だったんです。

陶芸は火の芸術といわれるように、火は切っても切れない創造原子の一つです。これからはCO2削減とかなんとかで、窯焚きにも税金が課せられる様になるでしょうね。大きな窯ではますます焚けなくなってきます。電気窯ならCO2が出ないからいいのかも知れないですがねえ。想像が付きませんが、ますます火から遠い生活になってくるのでしょうね。火を囲む家族の姿は遠い過去で、全てはスイッチポンで温めることも焼くこともできる世の中です。余談ですが、「面白い」という語源は囲炉裏に家族が寄って色々なお話をしている様子から来たと聞きました。囲炉裏の火が顔を照らす姿が語源と聞きました。すっかり都会から闇もなくなりました、またそれと同時に火も生活から消えてしまうのかもしれませんね。陶器が人の暮らしに温かかさを感じさせるのは、きっと窯の火の余熱が残っているのかも知れませんね。

火の神様

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「色絵梅紋輪花向付」の削り仕上げ

こんにちは。昨日は一段と寒さが厳しく、風が身を切る冷たさで、朝は底冷えしていました。そんな中での成人式でしたが、着物姿の新成人が、明るいかわいい笑顔ですれ違って行きました。我々の時代とはすっかり様変わりした成人式です。幼いというか、意識の違いなのでしょうか、否もしかすると「大人」がいない日本になってしまったのかも知れませんね。「甘えの構造」なんていう本がありましたが、マッカーサーは当時の日本人を12歳と表現していましたが。翻って自分の中に「大人」が存在しているか疑問な所です。

京焼 紅白梅文鉢の削り 工房は午後から「色絵梅紋輪花向付」の削り仕上げをしました。今日のノルマは土曜日の残り全部を仕上げることです。7時に削り完了致しました。明日から輪花を取っていきます。口に墨で印を入れ、カンナで一つずつ輪花を取っていきます。輪花を取るとどうしても口元が堅苦しくなるのですが、絵が紅白の梅で日本情緒の強い器なので、柔らかな口元になるよう工夫しなければなりません。均一な輪花ではなく、梅の花びらに合わせた変形輪花になっています。そこが中国の器と違った趣のある輪花となっています。

一つずつの動作にきめ細かな心使いが要求されています。またその様な細やかなところを使う側に悟られぬように、何気なく軽いタッチでこなしたようにして置きたいものです。

大人の器、大人の行動、大人の気遣い、器作りはどこまでも自分を消していく作業です。その行きつくところ、最後に残る昇華されたものが「個性」と工芸では云われています。我が我が、僕が僕が、私が私が、いつからその様なものを野放しにして、甘えさせてきたのでしょうか。

「時代が変わる」ボブデュランじゃないが、100年に一度どころの騒ぎでない大変革の時代。今の若者たちが切り開いていかねばならない時代だということは、確実なことだということです。そう私も大いに参加して新しい時代にして行きましょう、と思いました。

大阪市立東洋陶磁器美術館「浜田庄司展」へ

こんばんは。夜からまた雨が降り出しました。北の方では大雪の様子ですが、ここも夜中には雪に変わるのでしょうか。といってもそれほどの冷えが来ていないのですが。どうでしょうか。天気予報はどうも大げさな感じです。

今日は陶芸クラブの初稽古です。昼の部、夜の部のみなさんも元気に出て来て下さいました。クラブの最後は恒例の茶話会で、お正月の皆さんの楽しいお話を伺います。まだ、正月気分の抜けない方の居られるようで、明日伏見稲荷にお参りに行くということです。京都はきっと大雪でたいへんやでえ、なんてからかわれていました。

浜田庄司ー大皿 今日から大阪市立東洋陶磁器美術館で「浜田庄司展」が有るということを言われました。日曜日にでも行ってみようとおっしゃる方がおられました。どうも新聞に紹介されていたようで、神戸のコレクターの作品80点を紹介するという企画の様です。関西は案外民芸ファンが多く残っていて、今でも人気が高いです。万博公園には民芸館もあり、アサヒビールの大山崎美術館には多くの浜田先生の作品が展示されています。神戸にも多くのコレクターが居られるようで、この展示会もその方面の方のようです。何と云っても、民芸運動の推進者で有名な人は大原さんでしょう。私はまだ行く機会がないのですが、「大原美術館」は民芸運動の核となった大きな存在でした。

そもそも民芸とはいかなる運動だったのでしょうか?柳宗悦の唱える「民衆の芸術」。所謂名もなき工人の日日の用に即した工芸を指して、その美しさを発掘とともに創造するという運動のように思います。ここで「工芸」と言う言葉が出てきますが、今では皆さんも共通概念がありますが、この言葉は柳先生や浜田先生が、昭和のはじめに「工人の芸術」という概念で作った言葉です。しかしかれこれ80年も経つのでしょうか。私が陶芸を始めた頃は、工芸はまだ一つランクの下の芸術とされていました。明治の頃はもっとひどくて、第二芸術なんて言われていたのですから、時代を感じます。工芸は工芸で、芸術なんてものではないという、何か面白い自負があって、用に徹していないものを横目で見ていた感がありました。今はそんなことも言っていられないような危機に面していますが。

もう一度「用」を考えてみたいといつも思っています。浜田先生の作品は大らかな轆轤味が魅力で、卓越した技術は、明晰な作品を生み出しました。先生の理性の大きさを感じます。世界に通じる共通の言葉で、作品を当時作ったことは、それも益子という田舎の焼き物を土台になし得たということは、多くの工芸を志す者に大きな希望を与えたことでしょう。世界のあらゆる焼き物を地元の材料で作り変えていく中で、工芸の可能性を大きく開いていかれたように思います。

陶房雑感

こんばんは。今日から寒さも平年並みになって来ました。ここ何日間暖かかったせいで、今日の工房は冷えが堪えます。新しいリズムでの生活が始まりました。朝、実家に顔を出し両親のご機嫌伺いして、二人朝食を済ませるのを見てから工房に戻って来ます。私もどこか安心するので、父も同じ思いなのでしょう、今日は朝食が進みました。11時に工房に帰ってこられるので、午前中は準備に回し、午後からしっかりと仕事に入れます。当分このペースでどの位出来るか試してみます。

今日は年末に出来なかった庭木の枝はらいをしました。仕事にかかる前は何か身体を動かすようにしています。溝掃除であったり、枝打ちであったり、また焚き木をして落ち葉の掃除であったり。要はどこかスッキリとなれば気分が高揚して、テンションが上がってくるのです。こういう仕事ならここは事欠かないので、長靴をはき一輪車を押し掃除をすることは、自分にとって精神衛生に最もいいのです。

水仙 お正月実家にいると身体が鈍るので、かなり距離を歩きました。しかしどうもいつのも様な高揚感がなく、心は晴れなかった。ただ身体がくたびれたという思いでした。やはり自然はすごいですねえ。工房の周辺を一時間も歩けば、心地よい疲労感と気持ちの開放感を得ることが出来ます。一日の仕事のイメージもすっかり出来上がり、どことなく確信に満ちた世界を味わうことが出来ます。自分にとって改めて環境の良さを思いました。

この様に環境が少し変わるだけ色々な事が発見されてきます。工房の自然が自分の身体とひとつになっていることを思います。庭にたくさんの水仙が咲いていました。隣に山茶花も咲き誇っています。侘び介が小さく白い花を付けています。春に備えてサクラソウの上に藁を敷きました。

心が喜んでいます。自然とひとつになった心があります。何処に境界が有るというのでしょうか。楽しい自由を感じるひと時です。

陶房雑感

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桂離宮と乾山考

こんばんは。今日は暖かな一日でした。一月五日は小寒で今日から寒の入りとなります。二十日が大寒で、二月四日の立春まで続きます。さて、今年の大阪方面は暖かな日が続いていますが、これからどの様になっていくのでしょう。

昨夜はNHK大河ドラマが大変な視聴率だったようで、私も実家で見てしまいました。上杉謙信の家臣の物語、天地人ですか。職業柄ついつい使われている焼きのもが目に入って、この時代にはこの焼き物はなかった、とか、この身分では使えないとか、要らぬところに目がいってしまいます。実は大河ドラマはさて置き、その後に放送された「桂離宮 知られざる月の館」のお話です。

桂離宮 桂離宮は誰もが知る日本文化の代表格です。庭園、お茶屋、書院からなるその全ては、月の桂と呼ばれ、月の名所であるここに最高の月を愛でるための装置を作った、とされています。柱一つ、襖のデザイン、違い棚の工夫、細かな細工の工芸品。庭に点在する置き石の数々。池に船を浮かべ歌を詠む。八条の宮家 智仁(とししと)親王(1579-1629)と続く智忠(としただ)親王(1619-62)が創設されました。御水尾上皇の桂御幸に際して各書院の増築が施され、現在の古書院、中書院、楽器の間、新御殿と雁行する書院群はこの時以来のものです。上皇の御幸に際しては特別な思いれが有ったように思われます。

智忠親王の回りには、当時京都の画師、工芸家、歌人など一流の文化人が集っていた様です。我々のよく知る、光悦、宗達もそのグループに属していた様です。

桂離宮は一言でいえば、王朝復古、王朝ルネサンスの結晶の様にも映るのです。当時武家社会が台頭し圧倒的な軍事支配のもと、京都の貴族社会は管理されていきました。二条城に軍事政権がおかれ、貴族の動向の管理がされて行きます。そんな中、自分たちこそが日本の文化の中心、伝統であるという、強い意志があったのだと思います。

桂離宮で使われた数々の優れたデザインは、いみじくも乾山陶器にも転用されたものが多くあります。市松紋様の襖は、乾山は四方深向こうにこの紋様を用いています。桐の型紙紋様もまたその一つで、離宮に本歌がある様に思いました。

どうも桂離宮は王朝ルネサンスの象徴的存在として、後の人たちに大きな意味を持たせた存在のように思えてきました。自分たちの帰る世界、また大きな自負と卓越した日本のデザイン性に、自分たちの進む方向性を感じていたのではなかと思われてきました。


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桂離宮と乾山考

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新春におもう

2009年新春は世界的にも大きな問題を抱えての出発になりました。今の金融危機をどの様に考えるのか、テレビでも色々な学者先生が出てこられ、喧喧諤諤と自節の理論を戦わせておられましたが。やはり何といっても、暴走した市場経済が人間性をかなり破壊したことは否めない事実です。しかしこのグローバル経済の扉を開けてしまったのですから、これもまた時代の趨勢なのだと思います。この危機から生み出された「20カ国経済会議」はこれからも大きな意味を持つことになると思います。これからは「一つの地球」という思考にどうしても行きつくのでしょう。言葉の概念だけはなく、実際の経済も政治もみんな含めて地球市民という意識がどうしても必要になってくるのでしょう。競争原理だけでは地球が持たない事を、私たちは21世紀この十年で学んだ結果だと思っています。人類に大きな地殻変動が起きたことは間違いない事実です。どうしても、日々の表面の出来事に一喜一憂してしまいがちですが、私は時代の画期を感じているのですが、どうでしょうか?人間復古、地球市民として生命に対する畏敬の念が、新しい世界を生みだすのでしょう。この意識を素早く実行に移せる人類こそが、次の世界のリーダーだと思います。

新春、私たちが創造する陶芸の根本理念を考えてみました。今年も宜しくお願い致します。


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新春におもう

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感謝のいちねん

こんばんは。今年も最後の一日となりました。やっと我れに帰り、ブログの原稿に向かっています。8月からこの様に原稿を書くようになって、この二時間が本当に有意義な時間となっているんだな、と思われます。反省多き一年ですが無事今年もここまでやってくることが出来ました。自他ともに、感謝申しあげます。やはりこの時期になると、自然と感謝の心が湧いてきます。良いも悪いも含めて、この一年を司ってくださった神々さまに感謝申し上げます。「良い悪い」を言っているのは私どもの判断する心であって、現象自体に善悪はないと思っています。今年の色々な出来事も振り返れば最後に感謝のところに落ち着いて来ます。

tokusamesi.jpg色んな事があって、たとえマイナスなことだらけでも、やはりこの一年を生きたということは誰もが尊い経験だと思います。作家の五木寛之さんが何年か前にラジオで、リスナーに相談をされていた話です。その若者の相談に「今の時代、ただ生きていくというだけで大変なことです。それ以上の事をされなくても、生きているというだけで十分意味があります。大丈夫です。」そんなお話だったと思います。深く聞きいっていました。

時代がいつの間にか人々の営みや、暮らしを切羽詰まったようにおとしめているように感じているのですが。そんな思いで何年も過ぎて行きましたが、とうとうやって来るものがやって来たと思います。いのちを真剣に見つめ、考えて次の来るべき時代を共に創造していきたいと思っています。本年も有難うございました。皆様のよきお年をお迎えくださる様、心からお祈り申し上げます。

感謝のいちねん

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河合寛次郎先生の詩 「仕事」

こんばんは。今年もいよいよ暮れて行きます。余すところ後二日。今日は午後から終い窯の窯出しでした。一時に皆さんが集まられ、作品を取り出しました。上々の焼き上がりで、笑顔を持って感謝されていました。これで今年の工房での仕事は、終わりました。本年も有難うございました。色々な宿題が有りますが、楽しみな仕事にして行きたいと思っています。仕事という言葉で、ふっと思い出したので、ここで紹介いたしましょう。

呉須辰砂丸文草花図角瓶 民芸運動の代表的作家、河合寛次郎先生の詩です。

仕事

仕事が仕事をしています  仕事は毎日元気です 
出来ないことのない仕事  どんな事でも仕事はします
いやな事でも選んでします 進む事しか知らない仕事
びっくりする程力出す    知らない事のない仕事
聞けば何でも教えます   頼めば何でもはたします
仕事の一番すきなのは   苦しむ事がすきなのだ
苦しい事は仕事にまかせ  さあさ吾等は楽しみましょう

またこんな詩も有ります。

美を追わない仕事 仕事の後から追って来る美

京都五条に居を構え、大きな登り窯でユニークな作品を数多く作られた先生は、多くの後継者に多大な影響を与えました。特に釉薬を自在に使って、今までにない傑作を多く生み出しました。

この詩は力強く、またどこかおおらかなユーモアに溢れています。この頃の世の中はちまちましたことが多く、些細な事で人生を棒に振るような出来事をよく耳に致します。魂にごつっと響くような、そんな仕事で有りたいと望みます。

河合寛次郎先生の詩 「仕事」

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忙中閑あり、今年を思う

色絵紅白梅4寸皿よりこんばんは。昨夜から続いていました窯焚きも無事午後5時に終了いたしました。これで今年の最後の窯で、明日は工房も御休みにして、29日月曜日に生徒さん達が午後から集まって、窯を出す予定です。年始に仕事が入って来たの、今日の内に片付け出来るところはサッサッと、体裁よくあまり深追いしない程度の片付けで今年は終わりにします。と言っても工房はかなり広いので、やり出したら恐ろしく手間が入ってしまいます。

明日は、夕方から年末恒例の「飲み会」です。一年に一度ジャズ好きが集まり、日々のあれこれを肴に、まあ、単なるオジサンたちの飲み会です。35年続いているのですから、私にとっては伝統行事の様なものです。集まる方々も60に手が届くようになって、昔の様な飲み方はできなくなりました。いたって健康を気にしながら、酒より食い気で時間を過ごしているという様になりなした。といっても皆さんなかなかのものですが。

今年はHPで明け、ブログで終わる。そんな一年でした。ウェブ上で私どもの名前が大きくアピールされてきました。品物をなんとかHPで売りたい一心で、今年はやって来ました。ここでの仕事を皆さんに知ってもらいたい、自分たちが作った焼き物を広く使ってもらいたいと願って始めたHPですが。全くの素人が何から手を付けていけばいいのかも分からないまま、コンサルタントもいれ、学校にも行き、プロの写真家にも作品を撮って頂きました。あれこれと、かなりの勉強はしてきました。仕事をしながらなので、時間配分がうまくいかなく、諦める訳にもいかず、今もそうですが、生活の時間割が全く変わってしまいました。しかし私は今の生活時間が案外面白がっています。ブログは何とか毎日更新していきたいと思っています。色々な方と触れ合うことは、大変興味があり、思わぬ情報が入って来て、世間の動向がより深く分かることも面白さの一つです。PCは少し遠ざかっていましたが、今は生活必需品になっています。文章を二時間考えることが毎日続いているのですから、きっと大きな変化がやってくると思っています。

本年も残りわずかですが、忙中閑あり。忙しさの中で見えてくる今年の自分があると思います。今日も片づけしながら、その様な事が思われました。

忙中閑あり、今年を思う

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愛の星

こんばんは。イエス・キリストの誕生日と云われている聖なる日。皆様如何お過ごしでしょうか?以前は京都の修道院に足しげく通っていたので、この日はイブの日から泊まり掛けで、祈りに満ちた時間を頂いていました。聖歌を歌い、お説教を頂き、聖火点燈の儀式に参列して、クリスマスを迎えていました。旧約聖書にアシュアの木のお話がありますが、耐え忍ぶ教えが象徴として書かれていた様に思います。昨日もお話いたしました様に、時代は大きな転換期を迎えました。人類が進歩するにはどうしても通過しなければならない、痛み多い世界がこれから始まるでしょう。イエスが耐え忍んだように、私たちもこの産みの苦しみに耐え忍ぶ力を、クリスマスのこの日イエス・キリストにお祈りしなければならないでしょう。

地球は愛の星と云われています。愛を体験するために私たちはこの星に、自ら望んで生まれてきたと言われています。だから私たちには愛の結晶が心の中に埋め込まれているといわれています。

仏教に法華経という経典がありますが、この中に衣裏繋珠(えりけじゅ)の譬えがあります。仲のよい二人の友達がいました。一方の友達が彼の元を去って遠国に旅立つ際、彼は友達の衣の裏に、密に高価な宝石を縫い込んでおきました。こうしておけば友が愈々困った時に役に立つだろうと思ったのです。長い年月が過ぎ、乞食の様に落魄した友が故郷に帰って来ました。友達は、衣の裏に大変高価な宝が縫い込んであるとは露知りませんでした。そこで、彼はその友に「あなたは宝を持って乞食になり、諸国を流浪していたのです。」と教えて上げた。というお話です。

この譬えはイエスの聖霊を暗示しています。聖霊は愛と云われています。私たちはこのお話のように「愛の打ち出の小槌」を持って、人生の旅をしているのです。その気づきをクリスマスに発見する意味は深いと感じます。

人類はたった一つの言葉で繋がり、一体になることが出来ます。キリストの愛、聖も濁もない一つの愛。聖なる夜、静かな祈りの時間が過ぎて行きます。

愛の星

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寒波到来

今日は風が強くへんに暖かいですね、雨が来て寒くなるのでしょう。一昨日京都の窯業訓練生から、一度見せて下さいとの電話連絡がありました。工房で働かせてほしいということですが。夏の終わりごろにも京都のこれは専門学校の生徒さんですが工房に見学に来ましたが。このご時世思った就職は、普通の会社員でさえ難しくなりました。ましてこの業界は2000年以降景気のいい話を聞いたことが有りません。まあ、どこの窯業地も斜陽の傾向ですので、こんな僻地に尋ねに来るのでしょうが。

個人作家も淘汰の時代に入っています。少し前は食器を作っていれば何とか食べていたのでしょうが、食器も今年は大変な状況です。私どものお取引しているところは、高級食器の販売店ですが、ここでも淘汰が始まっていると感じています。小ロット、ハイクオリティー、ハイスピード。所謂完全に量産のものが無くなってしまったということです。だから工場は廃業していきます。若い人たちが働ける場所が無くなったということです。工芸の危機どころの話ではありません。やって行けないのですから、技術継承が途絶えてしまいます。

これはこの業界だけの話ではありません。世界、いや地球規模で大きな変革が起こっています。どう対処するか?なんてそんな次元の話ではない様です。

私は今までの枠組みが無くなってしまうので、ならとことん好きにさせてもらおうと思っています。古い既成概念ではやっていけないのですから、一つ自由になったと思っています。この時代をもしかしたら待ち望んでいたのかも知れない。そんな風に感じています。 どこか「希望」という言葉がこころの深いところから聞こえてくるのですが。

仕事を一つ一つ前に進めていきます。この仕事が面白いと感じる者は、自分のポジションで自分なりに一緒に歩いてくればいいではないかと思っています。弟子は取りませんがそんなものでしょう。教えて出来るというものでのありませんので。

寒波到来

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「ぶりぶり香合」原型制作

工房は雑用に追われて午後遅くから、続いています、「ぶりぶり香合」原型作りをしました。ほぼ完成に近づいているのですが、身と蓋の接合部分をこれから調整しながら、合わせていきます。まだ、少し時間が必要です。今回の原型作りで「ぶりぶり香合」は大体手の内に収まりそうです。前回(平成18年)は何が何だかまとまりの付かない状態で納品してしまいましたので、大きな宿題を頂いてしまいました。何がなんでも今年はスッキリと納めてしまいたいと思います。一つ一つ片付けて前に進めたいですね。


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乾山陶器の土テストを仕事の脇に置きながら、いつも眺めています。これもいつものことですが、ようやくイメージが固まりだしました。乾山の前に、むしろ仁清の「ひよどり香合」などに、この土は合うかも知れないなあ、と考えを振っています。与えられてくるものと、自分がイメージしているものとは若干ずれがあるものです。時間を掛け色々な角度からテストを繰り返しイメージを膨らませます。すると今まで合わないなあと思っていたものが、違う場面から妙にうまく合って来たりするものです。私は考え試して出てくる結果に、不必要というものが無いといつも思っています。ただ自分が未熟なだけで、それを読み切れなかったり、使う場所を間違っていたりするだけだと思っています。何年も掛けて作っていく仕事ですので、少しづつですが確実に形にして行くつもりです。

今年の仕事もその繰り返しでした。一滴一滴たまり醤油が濾過され溜まっていくように、私たちの仕事も目には見えない創造世界に蓄積されています。

「ぶりぶり香合」原型制作

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京焼概念

ぶりぶり香合の原型を仕上げようと一日掛けましたが、新し資料がでてきたので今作っている型の検証をしました。大体のラインは決まっているので、少し調整を加えてみます。

30年40年前の資料から、形状を割り出しましたが、今の写真は鮮明で綺麗なので、微妙なディティールもイメージし易く、これなら自分の形と本歌が一致し始めました。どうしても、初めに見たサンプルが、イメージに刷り込みされてしまうので、気を付けているつもりですが知らず知らずに形がずれてしまいます。今回はかなり経験を積んだので、素直な形がやっと出てきました。胸にストーンと落ちる形になるまで、どこか気分の悪いものです。もう少し時間を掛けて、狂いのない原型を作りたいと思って居ります。

一つ一つの形を攻め込んでいくと、仁清の息使いが知らず知らずにこちらのイメージに写ってきます。バイブレーションなのでしょうね。作品には波長、またバイブレーションがあって、それと共鳴し易い人や、そうでない人がいます。私はどちらかと云えば、今の仕事、「京焼」はとても共鳴し易いと感じています。乾山の仕事を見ていると大変近しいものを感じます。柔らかみのある、どちらかと云えば肉感的な線と感じられますが、と言って造形はしっかりと筋が通っています。しかしその芯の強さを全く感じさせない作品が多くあります。仁清の柔らかみある作品には、「理性」の抑揚の効いた轆轤、またそこをうまくデザイン化されたものが多くあります。

ぶりぶり香合もその代表的な作品でしょう。ややもすると、知性や理性というものは、作品に固さを伴うものですが、そこをいかに越えたか、いかに自然な抑揚を身に付けたか、興味のあるところです。

仁清の轆轤技を見ると、彼が誠心誠意努力し、この抑揚の効いたセンスあふれるラインを獲得した事がよく感じられます。私も若い時分は、到底この意味が理解されませんでしたが、この何年間京焼を写すことで、奥の深い世界を垣間見ることができるようになりました。もっと、この世界を味わっていきたいと思っています。


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京焼概念

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冬の暖かな満月の夜

きれいなお月さまが高々と昇って来ました。町暮らしでは到底経験することもないでしょうが、月明かりで、山道が皓々と照らされている風景は、鳥の声もない静かな、また不気味な不思議な世界が現れます。

工房はぶりぶり香合の原型作りですが、午後から金曜日ですので、陶芸クラブの指導に出かけました。来週で今年最後になるのですが、いつものことですが出席が少ない状態でした。また、7時から出かけます。


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冬の暖かな満月の夜

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乾山陶器の土見本

乾山陶器の土見本が焼けています。窯の根、中、天にそれぞれ見本を置いてみましたが、根の部分は酸化で焼けていますが、天のところはどうしても還元状態になります。赤土をブレンドすることで、どうしても還元が掛かりやすくなるのです。白い土だと還元が掛かっても、分かりにくいのでしょうが。この結果はもう少し考えなくてはならないでしょう。 やはり、窯を変えて焼いてみたいと思います。とりあえず形にしてみたいと思う土を決め、一窯当たりを付けた作品で一度焼いてみたいと思います。


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乾山陶器の土見本

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雅という符号

工房はぶりぶり香合の続きですが、昨日削り仕上げした物が乾いてきました。やはり歪みが出てきました。口の面がうまく合わないので、思案しています。一旦乾かしきってから修正をかけるのでしょうが、生の状態で身と蓋を合わせても、焼くとまた違った歪みが生じるでしょう。肉厚が問題になるのでしょうか。色んな角度から検討していかなくてはならない仕事です。じっくり腰を据えて研究いたします。

仁清 香合この様な小物でも、仁清陶器はどの様に作ったのだろうかと深く考えさせられる作品が多く有ります。一つの作品に仁清は一ひねりも二ひねりもしてくるので、単純にかかって行くと大きな落とし穴があります。これは古清水も言えることですし、乾山にも言えることです。他の窯業地にはあまり見られない独特の仕掛けが色々と施されています。やはり都の持つニュアンスの複雑さ、掛け言葉などで飛躍させるイメージなど、一筋縄ではない、手の込んだ仕掛けが散りばめられています。

京都の持つ独特の文化が仁清陶器に色濃く仕組まれていて、そこを読み解きながら進めていく仕事だと、痛感しています。奥が深いというのはそのことを全て含めて、理解が必要だと感じています。やっと、その入口の存在に気づいたという段階で、まだまだ鳥羽口にも立てていない状態を感じています。

しかし、一歩一歩ダビンチコードではないけれど京都という雅という暗号めいた世界を解き進んで行きたいと思います。

雅という符号

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乾山陶器、土のテストピース

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乾山陶器の土のテストピースを作りました。4種類赤土の割合を変えて作ってみました。今夜の窯に入れる予定です。

窯は、午後7時半に火が入りました。12時まで乾燥を兼ねたあぶり焼きをします。それ以降は睡眠を挿んで朝までに800度位に上げる予定です。

今夜はこの状態で少し休みます。

「ぶりぶり香合」の仕上げ

こんばんは。師走は駆け足で過ぎて行きます。うかうかしていると早4日、窯の準備に追われ出しました。今日は箸置きが乾いたので、歪みを修正するのにサンドペーパーを掛けてガタつきを直しました。思ったより歪みが少なく、修正も少なくて済みました。来客があり予定の時間が大きく狂い、4時半に素焼きが入りました。10時前に上がる予定です。


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ぶりぶり香合の仕上げに掛かりました。前回の経験から学ぶところが多く、また参考資料の見方も依然と比べて、仔細なところまで気が行くようになってきました。作り方もまた、土も前回と変えて作っていますが、この香合は難攻します。非常に難度が高いものです。

仁清の写しですが、非常に奥が深く手の込んだ作品です。仁清の写しをしてみるとよく分かるのですが、実に写実的で造形に隙がなく、緻密でありそれでいて独特の「軽み」がある。天才と一言でいえば済むのでしょうが、真剣に写して初めて分かる、作品に対する凄味を感じてきます。それでいて、どの作品も「はんなり」とした柔らかさがあります。

今回はその領域に一歩でも踏み込みたいと願って挑戦しています。

「ぶりぶり香合」の仕上げ

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原点回帰

独立して初めに作った窯は、壁の厚みが25センチもある、それもSK34番の耐火煉瓦で、30時間位掛けて焼く体力勝負の窯でした。この窯で実にすばらしい釉調の作品を多く焼くことが出来ました。また窯が冷めるには、まるまる2日以上かかり、徐冷がしっかり効いて釉薬が自然と柚子肌になってくれました。特に素地がしっかり焼けてくれるので、昔ながらの焼き物本来の焼きが実現されました。この窯の灯油の量はドラム缶一本でした。それでもすべてが焼き上がることはなく、温度差は軽く100度位出来ました。その温度に合わせるため、土を何種類も変え、またその土に合った釉薬も多く調合し色々な焼き物が一つの窯で焼けるということになりました。

しかしこの窯のおかげで多くの事が学べました。今の時代では出来ない素晴らしい作品を、若い年齢にも関わらず作ることが出来たことは今の自信に繋がっています。

ookama.jpg 振り返れば今までに色々な窯を焼いて来ました。鉄砲窯、登り窯、瓦斯窯、電気窯、灯油窯、穴窯、等々。色々な窯で色々な火を体験してきました。そこで数々の作品を見て来ました。その経験が今生かされています。一目見ればどの様な土でどのように焼いたか、かなり誤差がないくらい分かる様になりました。

この様な経験から、乾山を作るにはどうしても窯を変える必要が出てきました。それでないとスッキリした筋道が立たないように思うからです。なんと焼き物って複雑なのでしょうか。世間に広く出回っている物に、筋道が違うまま色々な写しといって焼いている物が多くあります。故にこれが乾山(?)が横行するのでしょうが。どうしても私は譲れないところです。

この様な事を考えていると、面白いことに自分が原点へ戻って行く様に思えるのですが。

原点回帰

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窯の中の風景

これから寒くなってくると窯場はほっこりと暖かくて気持ちが良いですね。今回の窯はいつもより時間が掛かってしまいました。原因は天井近くまで作品を置いた事にあると思います。私たちが今使っている窯の形式はシャットル式と云って、いったん火を立ち上げ天井に添わせてから根(窯の底面)に開けてある引き穴から煙突に火が抜けて行くように作られています。そこに天井近くまで作品を置くと火の回りが悪くなり温度が上がりにくくなります。由って燃料もずい分とかかり、効率が悪くなるということです。大きな窯でも小さな窯でも原理は同じことなので基本は外してはいけませんね。


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私どもの窯は素地をたまご色にほんわかと焼くのが特徴です。薄い素地に色絵付けを施すので柔らかな色合いが好まれます。1230度付近になると窯から色見を取り出します。どの位焼けたかを見るためです。色見は全部で4個入れて置きます。1200度で一度出し、また機会を見ながら何回かに分けて見るようにしています。

想定した温度が来ると今度は「ねらし」といって窯の温度をならす様な焚き方に変えます。窯は上と下、奥と手前で温度が違います。そこでねらしという焚き方をして全体を包むように温度を揃えます。天と根の温度が揃いだすとねらしが完了し、そこで火を止めます。 窯の中はいつ見ても神秘的です。火を止め、中を見るとそこは1200度の高温の世界です。ここは神々しいまでに静寂の光に包まれています。釉薬の表面が波ひとつない湖面の様に平らかで、太陽の輝きを受けたように光に照り映えています。作品はまるで地球を超え太陽の世界に行った様にも思えて来ます。窯が冷え作品を出す頃になると、作品達が異次元から戻って来たという思いになるのです。陶芸ならではの感触ですね。 一つ一つ積み上げ作ったものを宇宙に捧げ、審判を仰ぐという感覚です。大変精神性が問われる世界だと思っています。一点の曇りもないどこまでも澄んだ透明な世界の表現は、今のこの世には奇跡の様に思われます。しかし芸術というものがあるのなら、そこに身を呈してこそ初めて表現が許される世界だと思っています。

窯の中の風景

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