陶主日記

粘葉本和漢朗詠集 ふたたび開く

なるみ庵

ー粘葉本和漢朗詠集を書くー

ここ最近、陶主が一字一句というのを書いている。陶主が書き終えた後、私も書く。五月三日から始めたので一月と少し経ち、気負いせずに書けるようになってきた。

随分前になるが、仮名文字を習いたくてお習字教室に通っていた頃、粘葉本和漢朗詠集に出会い購入したものの、あまりの忙しさにお習字もやめ、本も開くことなく仕舞ってあった。

粘葉本和漢朗詠集

これを出してきて、一字一句の後にお稽古を始めることにした。

以前は、書いてある漢詩や和歌の意味が分からず取り付きにくかった。今はAIや検索で、意味や読み方まで簡単に調べることができるので、とても気持ち良く書き出すことができる。

本は四季に分かれて構成されており、夏から始めることにした。

続けて書くことが目的なので、少しずつ書いていこうと思う。

和漢朗詠集ー夏「更衣」

夏「更衣」

背壁残燈経宿焔 開箱衣帯隔年香

生衣欲待家人着 宿醸当招邑老嘗

 

朝の静かな場面から始まって、最後は人を招いて賑やかに——

白居易は地方に赴任することが多く、その土地の人々と温かく交わる様子がよく詩に出てきます。「邑老を招いて」というところに、そんな人柄が感じられる一句です。

 

 

陶主日記 令和8年6月13日徒然草 第十段 「心は良寛、暮らしは兼好法師」

  • 陶主日
  • 記 令和8年6月13日(土)
  • 徒然草 第十段 「心は良寛、暮らしは兼好法師」

曇り空の静かな土曜日の朝、第十段を読みました。

住まいのことを語りながら、兼好が本当に語っていたのは、いかに生きるか、ということでした。

華やかに飾らず、しかし日々の手入れを怠らない。珍しがらず、しかし荒れるままにもしない。調えて、また整える——その静かな繰り返しの中に、本物の奥ゆかしさが宿るのです。

あるがまま、素直、中道、言挙げをしない、とらわれない。古今の賢者たちが様々な言葉で語ってきたことは、結局ひとつのことでした。

心は良寛、暮らしは兼好法師。

偏りすぎない。それが「普通」ということであり、普通とは平凡ではなく、最も難しい境地——中道のことです。

静かに心を見つめ、こころの声を聞きながら、静かに暮らしを立てる。

今朝、兼好の声を聴きました。

云うがやすし、日日を調えて また整える、夏隣

窯元日々雑感 令和八年六月十二日(金)

陶主日記

六月十二日(金)晴

今朝の一段は、第九段。

兼好は女の美しさについて語るようで、じつは「惑い」の根の深さを静かに解いています。

物越しにも、その人の心ばえは知れる——と兼好は言います。直に向き合わなくても、滲み出るものがある。器もそうだと、ふと思います。棚に並んでいるだけで、つくり手の心が見える。それが「かたち」というものの力でしょう。

六塵の欲はやがて飽きられる。けれど色への執著だけは、老いても根が深い、源が遠い、と兼好は書く。これは批判ではなく、人間という存在への驚きのように読めます。

惑うことは、生きていることの証かもしれません。

 

窯元日々雑感 令和8年6月11日(木)晴

徒然草 第八段

  1. 窯元日々雑感 令和8年6月11日(木)晴

今朝は徒然草の第八段を読みました。

兼好さんはこう言います。「世の人の心を惑わすもの、色欲に勝るものはなし」と。あの久米の仙人でさえ、川で物を洗う女の白い脛をふと見てしまって、空を飛ぶ術を失ってしまった。賢い人も、聖なる人も、この一点だけは心が揺れてしまうものなのですね。兼好さんは静かに嘆きます——「人の心は愚かなるものかな」と。

でも私は思うのです。

色と闘うなかれ、と。

色欲は生命の根本です。闘えば必ず負ける。仙人がそれを証明してくれました。こころの表面で惑うくらいなら、じっと留まっていれば、風のように過ぎ去ってくれることもあります。けれど魂の奥まで掻き乱されるような強欲に苛まれたとき——いかにせん、と問うしかない。それが正直なところです。

出家とは、古代の口減らしでもありました。聖なる動機だけではなかった。一休さんも良寛さんも、出家者の優等生ではありませんでした。一休さんは愛する人を持ち、良寛さんは貞心尼と歌を交わした。それでもこの二人が七百年を越えて人の心に残っているのは、色も欲も全部抱えたまま、それでも美しく生きたからではないでしょうか。

良寛さんはこんな句を遺しました。

裏をみせ表をみせて散る紅葉

隠さない。裏も表も、そのまま見せて、散る。これが晩年の境地だったのでしょう。

齢七十になった私も、正直に申し上げます。

色は匂えど、ちりぬるを。

まだ匂っています。枯れていません。魂はまだ騒ぐことがある。だから今日も轆轤がまわるのだと思っています。

色欲との和解は、まだ先でいい。遊行期まで、この騒ぎを連れていく。それが私の、なるみです。

わびさびという言葉があります。欠けて、錆びて、枯れていく美しさ。それも好きです。でも私が目指したいのは少し違う。

綺麗さび。

色めきながら、品を失わない。裏も見せながら、濁らない。そういう美しさです。

そしてその綺麗さびが、長い時間をかけて自然に熟れていったとき——それをなるみの美と呼びたいと思います。

わびさびは完成した美。綺麗さびは咲いている美。なるみの美は、今もまだ熟れていく美です。

今日も轆轤は回ります。

梅雨の合間の風が、工房に吹き込んでいます。

哲学はもう十分しました。あとは手を動かすだけです。

伏原窯 陶主日記 第八段

第七段 陶主日記

第七段 陶主日記

令和八年六月十日(水曜日)曇

世は定めなきこそいみじけれ。

今朝、徒然草の第七段を読みました。

あだし野の露、鳥辺山の煙——兼好はそんな無常の景色から書き始めます。もしこの世に永遠があったなら、ものの哀れなど感じようもない。世が無常であるからこそ、しみじみとすばらしい。そう言っています。

夏の蟬は春と秋を知らない。かげろうは夕暮れまで生きられない。それでも命は、その短さの中で完結しているようです。兼好はそれを憐れとは見ていないようでした。

窯の火も、定まりません。焼き上がるまで、どんな器になるかわかりません。同じ土、同じ釉薬、同じ温度のつもりでも、二つとして同じものは出来ない。それを長年、不思議に思いながら、面白くも思ってきました。

定まらないから、あきない。定まらないから、次の窯が楽しみになってきます。

「いみじ」とは、すばらしい、という意味だそうです。無常をすばらしいと言い切る、その清々しさが好きです。

梅雨らしい、静かな朝を迎えました。

伏原窯 陶主 博之

令和八年六月十日(水曜日)晴

令和八年六月十日(水曜日)晴

今日は梅雨の晴れ間でした。

朝、支度を整え、zazenの後、仕事場で一字「聴」を書きました。梅雨の声を聴く——そんな気持ちで筆を執りました。

梅雨の声 光きらめく 夏隣

徒然草の第七段を読みました。あだし野の露、鳥辺山の煙——兼好はそんな無常の景色から書き始めます。世が無常であるからこそ、しみじみとすばらしい。そう言っています。

世は定めなきこそいみじけれ。

この九文字が、今日一日、心の中に静かに響いていました。

窯の火も定まりません。同じ土、同じ釉薬、同じ温度のつもりでも、二つとして同じものは出来ない。それを長年、不思議に思いながら、面白くも思ってきました。定まらないから、あきない。

無常の儚さこそ永遠に影。写し身こそ哀れなりけれ。

しきしまの大和心——散ることを知り、今盛りと桜咲く。そしてかろみとなって、今を生きる。それが伏原窯の表現したい、日本の水脈だと思っています。

夜、工房で飯碗を一碗仕上げました。梅雨晴れの一日でした。

伏原窯 陶主 博之

窯元日々雑感 第一回 令和八年六月八日(月) 梅雨

窯元日々雑感 第一回

令和八年六月八日(月) 梅雨

梅雨曇りの朝、坐禅を終えて徒然草を開いた。今日から一日一段、岩波文庫の原文で読み始める。手元には角川ソフィア文庫の二冊も揃い、兼好法師との対話が始まった。

第五段。不幸に沈むわけでも出家を決意したわけでもなく、ただ静かに門を閉ざして、誰かを待つでもなく日を明かし暮らす——兼好はそういう生き方を「あらまほし」と言う。

若いころから侘び寂び、禅、茶道、書道、能と折に触れ親しみながら陶芸を続けてきた。だから兼好の言葉は「初めて知る」のではなく、「ああ、これがそういうことだったのか」と確かめる読書になる。先達の境地を学ぶ、とはそういうことだと思っている。

待たないから、満ちる。

今日の一字は**「満」**。筆を執って墨をたっぷり含ませ、一気に書いた。

待たぬ身に こころ満ちゆく 梅雨の月

なるみのことば——

満たされた こころに味わい なるみかな

工房では森本さんと今日の企画を話し合った。「窯元日々雑感」という題も生まれた。そしてふと、もう一句が口をついて出た。

ひびきあい 梅雨くれゆきて蛙なき

七百年の時空を超えて、兼好とひびきあう。待っていたのではなく、ふと来た言葉だった。

食卓には徒然草二冊。とうもろこしご飯、豚肉炒め、ぬか漬け——くらしの中に本がある。夜は親子丼とアサヒZERO。工房では仁清波紋飯碗の成形が静かに進んでいる。

つれづれなるままに、季節の中でくらしを立てたる、日々の綴り文——始まった。

みんなのなるみ

陶主日記

 

私は長い間、

**岡潔 先生の言われる

「情緒」**を大切に暮らしてきた。

理屈ではなく、

季節を感じ、

人と語り、

食卓を囲む。

そんな暮らしである。

その暮らしを続けてきた中で、

いつの頃からか

私はそれを

なるみ

という言葉で呼ぶようになった。

しかし、これは

特別なものではない。

日本人なら、

本来みんな

こうなるのだと思う。

もちろん、

人それぞれの

なるみである。

人それぞれの暮らしの中で

時間が熟し、

それぞれの実りがある。

これからの時代は、

そんな

みんなのなるみ

で暮らす世の中に

なっていくのではないか。

私は

そう確信している。

伏原窯は、

その小さな礎石で

ありたいと思う。

古希の春

陶主日記

 

令和8年4月8日朝6時35分起床。晴れ。

午前中は鶴原の紀陽銀行へ。小規模企業共済の利子の件。そのまま工房へ戻る。紅茶(アッサムブレンド)をいただく。水曜日なので恒例の水曜カレーの日。

午後、森本さんの三味線の先生から電話。たけのこを取りに来るようにとのこと。

そのあとNさんが来られ、完成したパズルを見せてくださいました。森本さんが戻り、Nさんと今月の登山の計画を相談。しばらく話をしてNさんは帰宅。森本さんはそのまま工房で仕事。

午後8時過ぎ仕事を終え、イオンでビールと酒を買い、夕食は午後9時。

今日は、この一ヶ月を振り返る。HPがリニューアルされて、一ヶ月。陶主日記、ノートブログ。日日の出来事、気付き、考えていた事、等々。文章にして見ると、今の自分がよく分かる。

気がつけば退院後、怒ったことがない。自然がとても美しく見える。また、愛おしくもある。

古稀の春。

円熟一年生。

肩の力を抜いて、面白可笑しく、みんなの器を作っていきたい。

土の時間

陶主日記

令和八年四月七日 雨

朝から雨の一日。

山の桜は今が盛りで、雨に霞んだ山肌が淡い桃色に染まっています。

人の少ない山里の道。

桜の下を通り、工房へ向かいます。

工房に入り、まず土を練る。

今日も轆轤の仕事から始まります。

 

雪笹向付(大) の続き。

昨日挽いたものが乾き、削りの仕事に入ります。

しかし、まだ削り仕上げには少し早い状態。

杉箆(ヘラ)を使い、余分な土だけを落としながら、

器全体の形を整えていきます。

削りは多く、

五百グラムの土は、最終的には百八十グラムほどになります。

器は時間で作るものではありません。

乾き具合を見ながら、一つひとつ進めていく仕事です。

乾山雪笹向付ーヘラ削り

土には土の時間があり、

その時間の中で器は少しずつ形になっていきます。

仕事を終えたのは、午後八時過ぎ。

静かな工房での一日でした。

家に戻り、

夕食は九時半過ぎ。

今日は

ハンバーグ、ご飯、味噌汁、野菜。

そして少しのビール。

雨の一日でしたが、

土と向き合う、静かな良い一日でした。

令和八年四月六日(月)晴れ

陶主日記

 

令和八年四月六日(月)晴

今日は雑用もなく、朝から仕事に集中する一日となった。

今週は「乾山雪笹向付大」の制作から始まる。

伏原窯では、器ごとに使う土が違うため、まず土合わせをして土を練るところから仕事が始まる。この土練りにかなり時間がかかる。

午後五時から轆轤に向かう。

静かな工房で形を挽いていく。

今日は十個。

計画通りの仕事を終えることができた。

午後八時過ぎ、轆轤仕事を終える。

伏原窯では機械を入れず、身体で土を練り、呼吸を感じながら轆轤を挽いている。器ごとに土を変え、土を練り、形を作る。手間はかかるが、これが伏原窯の仕事であり、強みでもある。

一日仕事を終え、静かな春の夜となった。

十挽いて

今日の仕事や

春の夜

令和八年四月五日 春の日曜日

陶主日記

 

午前八時三十分起床。

昨夜は自宅でお好み焼き大会。男闘呼組(オトコぐみ)でビールに加え、日本酒「緑川」を一本開け、久しぶりによく飲んだ夜となった。少しアルコールの残る朝である。

日曜日なので断食の日。

当初はウォーキングのあと図書館へ行く予定だったが、返却の本が多く時間も過ぎてしまったため、今日は車で出かけることにした。

まず「こーたり〜な」に立ち寄り、その後図書館へ向かう。

図書館のある生涯学習センター、泉の森ホールの周辺では桜の催しがあったのだろうか、多くの人で賑わっていた。檀原公園も花見客でいっぱいで、車もかなり混雑している。春の陽気に誘われて、人が外へ出てきている様子である。

せっかくなので出店をのぞき、小さなハリネズミの置物を一つ買った。森本さんがハリネズミ好きなので、工房に置けば喜ぶだろう。

その後工房へ向かう。

今日は本年度の会計ノートを新しく作る。一年の帳面を整えると、また新しい時間が始まるような気持ちになる。

今日は身体に無理をかけず、静かな一日とした。

午前中は「なるみ文化論」について思索。民藝の時代、日本の三十年、そしてこれからの世界について、時間という視点から考えが広がった。

世界は大きく変わろうとしている。

しかし人の暮らしは、日々の時間の中で静かに続いていく。

その時間がたまり、人も仕事も少しずつ熟していく。

私はそれを「なるみ」と呼んでいる。

夜は家で食事を取り、静かな春の日曜日を終えた。

春の日や

時のたまりて

なるみかな

ハリネズミ

春曇りの工房の朝

陶主日記

 

春曇り

今日を生きよと

土に向く

今朝は七時三十分に目覚め。

ゆっくり身体を整え、山の工房へ向かう。

土曜日の朝は、少しゆったりした始まり。

朝食はブランチにすることが多いので、

まずは一杯の紅茶から。

今日は アッサムブレンド。

湯気の立つカップを手にすると、

工房の空気も、心も、静かに落ち着いてくる。

足元では、いつもの猫が、

「今日も始まるのか」と言う顔でこちらを見ている。

看板猫たーちゃん

こうしてお茶を飲み、

一息ついたところで、土に向かう。

今日の仕事は、

昨日の続きの鮎足を笹に付けて仕上げること。

そして次の仕事、

乾山雪笹向こう付け(大) の準備へ。

土を練り、轆轤へ。

春曇りの朝、

静かに一日が動き出した。

春曇りの工房の朝

この記事の関連キーワード

山桜 今日がさかりと 咲けにけり

陶主日記

令和八年四月三日(金曜日)晴。

朝、工房へ。

玄米ご飯に梅干し、味噌汁、焼き魚に玉子焼き。

ひじき豆、しらす、ぬか漬け。

いつもの工房の朝ご飯で一日が始まる。

仕事は「交趾鮎足笹型小向こう」の鮎足づくり。

鮎足

小さな鮎を一つひとつ形にしていく。

並べて乾かしていると、小さな魚の群れのようにも見えてくる。

鮎足

午後は公民館陶芸クラブの昼の指導へ。

その間、工房には来客があった。

元数学教師で太極拳仲間のNさん。

今は木工パズルづくりを楽しまれている。

日曜日に雨山へ登るとのことで、その告知に立ち寄られたそうだ。

もう一人は、いつものOさん。

今、胃がんの化学療法の治療を頑張っておられる最中である。

お土産にパイナップルをいただいた。

休憩がてら、昨日いただいた「初鰹」のお菓子とともに

お抹茶を点てて一服。

春の午後の静かな時間である。

その後また仕事に戻り、鮎足づくりを続ける。

夜は七時から公民館陶芸クラブ夜の指導。

終わるのは九時をまわる。

帰宅して晩ご飯。

工房のまわりでは山桜が咲いている。

まさに今日が盛りという様子である。

山桜

今日がさかりと

咲けにけり

春の土

春の土

 

今日はよく晴れた、気持ちのいい一日でした。

関空ゲートタワー

朝、窓の向こうにりんくうゲートタワーを眺めながら、

工房へ向かいます。

 

工房で朝ご飯。

めざしに玉子焼き、玄米ご飯の上には梅干し。

味噌汁と漬物。

いつもの、落ち着いた朝の食卓です。

工房の朝食

食事を整え、仕事に入ります。

 

今日は

「交趾鮎足笹型小向こう」の仕上げ。

 

森本さんに葉脈の線を墨打ちしてもらい、

その上を釘で線彫りしていきます。

 

一本一本、線を入れていくと、

器の表情が少しずつ現れてきます。

 

こうして形が整っていく時間は、

何十年続けても楽しいものです。

交趾笹皿小

春の土

手のなかにある

なるみかな

 

 

昼ごはんは穴子丼。

副菜も並び、美味しくいただきました。

昼食穴子丼

午後のひとときには抹茶。

 

昨日、太極拳仲間の田畑さんから頂いたお菓子、

名古屋美濃忠の和菓子「初鰹」をいただきました。

春の季節を感じる、やさしい味でした。

美濃忠 初かつを

夜はハヤシライス。

夕食ハヤシライス

こうして今日も静かに一日が過ぎていきます。

 

土に向かい、

食事をいただき、

人と共に過ごす。

 

その連続の中に、

嬉しい、楽しい、美しい時間があります。

 

今日もまた、土の時間。

 

春の土

なるみに生きる

嬉しさや

サンガ

陶主日記

令和八年四月一日(水)曇

四月の始まりの朝は、早朝禅の会から始まりました。

朝六時半、本堂にて参禅。参加者は十名。

この会も、もう六、七年になるでしょうか。

今の住職がこちらに来られて間もない頃、「参禅会をしましょう」と声を掛けさせていただき、最初は二人で静かに始まった会でした。

年月を重ね、今では多くの方が坐りに来てくださるようになりました。

禅を終えて帰宅。

窓からいつもの風景を一枚。

曇り空の朝ですが、遠くの街の塔が静かに立っています。

今日も生きています、の定点写真です。

朝食は玄米ご飯に梅干し。

玉子焼きと漬物。

こういう普通の食事が、身体に一番馴染みます。

午前には、いちごとヨーグルト。

昼はカレー。

午後のお茶の時間には和菓子をいただきました。

包み紙には静御前の歌が記されていました。

吉野山

峰の白雪

踏み分けて

入りにし人の

跡ぞ恋しき

昔を想う歌に出会いながら、こちらは今日の普通の一日です。

夕方は工房にて作業。

器の削りを進め、土に向かう時間を過ごしました。

今日は水曜日。

夜七時半から太極拳のクラブ。

身体をゆっくり動かして帰宅。

晩食をいただき、今日も一日が終わりました。

振り返れば特別なことは何もありませんが、

この三千世界を「普通」と感じて過ごせること。

それが何よりの幸せだと思います。

曇り空

それでは四月

始まりぬ

三月みそか 泉州なるみ文化

陶主日記

三月三十一日。

曇り空で、湿り気を帯びた春の朝。

工房へ向かう途中、月末の会計の後始末を済ませてから工房へ入る。

午前十時半、ネット環境でお世話になっている越智さんが来られた。

越智さんとは仕事を始めてちょうど一年になる。

長く動いていなかった伏原窯のネット環境を整備してくださり、

ホームページの整理やインスタグラムとの連動など、

少しずつ外へ向けて発信できる環境を作ってきた。

昨年末には、ふるさと納税に向けた準備にも力を尽くしてくださり、

新しい流れの土台が整いつつある。

今日は近況を語り合いながら、今年度の方向性を共有した。

その中で、「なるみ」という言葉にも深く共感してくださり、

大阪の窯元として

泉州なるみ文化を作っていこう

という思いを共有することができた。

有意義な時間はあっという間で、気が付けば三時間。

午後一時半に越智さんは帰られ、それから遅い昼食となった。

三時のお茶は、越智さんからいただいた吉野のお土産。

桜葉の塩漬けの入った春のお菓子を、抹茶でいただく。

春の香りがふわりと広がる。

その後は仕事へ戻る。

交趾鮎足笹型小向こうの削り仕上げ。

今日は三枚を仕上げることができた。

明日は朝、参禅会があるので、七時半に工房を出る。

三月みそか。

こうして静かに月が終わり、春が始まっていく。

越智さんと一年。

そして今日、

大阪の窯元、泉州なるみ文化。

いい具体的な目標を共有できた一日でした。

今日も、なるみ。

整う年

陶主日記

整う年

今年は、いろいろなことが整い始めた一年になりそうです。

長く続けてきた借入も、来年四月には

日本政策金融公庫 のローンが終わります。

さらに太陽光のローンも半分ほど終わり、

少しずつですが、身の回りが軽くなっていきます。

若い頃は、工房を作り、窯を守り、

家族を養うことに精一杯でした。

それが今、こうして振り返ると、

長い時間の中で少しずつ整ってきたのだと思います。

今年は金融の整理もしました。

長く持っていた投資信託なども見直し、

資産を静かな形に整えていく年です。

慌てて何かを始めるのではなく、

これからの十年を見据えて、

ゆっくりと準備していこうと思っています。

子供たちには、将来、店を任せたいと思っています。

泉佐野の古民家などで、

器の店ができれば面白いかもしれません。

名前は、ふと

「伏原窯 なるみ茶房」

という言葉が浮かびました。

まだ構想の段階ですが、今年から少しずつ意識して準備していこうと思います。

大きなことではありません。

当たり前の器を、当たり前に作り続ける。

その積み重ねの中で、やがて静かな熟みが生まれてくる。

それが、私の感じている

**「なるみ」**という世界です。

普通が一番。

続けていくと、なるみになる。

大阪の窯元として、今日もまた土に向かいます。

それぞれの春

春来たり
皆それぞれの
時を持ち

朝は自宅で、BUFFALOの中継機の設定から始まった。二階でもWi-Fiが届くようになり、ひとつ家の環境が整う。思いがけない朝の仕事になったが、無事につながりほっとする。
そのあと会計の用事でATMを回り、月末のお金周りを整えた。春の光の中、町の空気もどこか軽やかに感じられる。
用事を終えて車で山の工房へ向かう。自宅のある泉佐野の町から、伏原窯のある山村まで十一キロほど、三十分ほどの道のりである。日によって通る道を変えるが、どの道もそれぞれに季節の景色があり、今の時期はどこも春の気配に満ちている。
工房に着き、森本さんと朝ご飯をいただく。静かな山の空気の中で仕事の一日が始まった。
今日は十草飯碗蓋付きの蓋の削り仕上げ。轆轤の前で土と向き合いながら一つ一つ削っていく。今日は十三個削ることができた。残りは五個、明日でこの仕事も整う。
春の光の中、山の工房で今日も静かな時間が流れた。楽しく、嬉しい一日であった。明日は太極拳仲間の麻里子さん親子が一時頃に来て、工房はカレーの日。午後四時頃には堺のお料理人さんも訪ねて来られる予定である。

春を追越して

令和八年三月二十一日 晴

三連休の中日。

朝六時三十三分に目覚める。

静かな春の朝である。

工房へ行き、いつものように朝食をいただく。

今日は新しく出来た笹の鉢に蓮根の煮物を盛った。

藪に鶯の頃、春の食卓である。

藪に鶯

森本さんがそれを見て一句。

笹の鉢や

使いていきる

春の膳

器は作って終わりではない。

使われて、暮らしの中に入って、はじめて生きてくる。

改めてそんなことを思う。

今日は十草飯碗の削り仕上げ。

並んだ飯碗を一つひとつ削り、轆轤の線を整えていく。

静かな仕事である。

正午過ぎ、先の貝塚市長選挙の後、二度目の挨拶に

田中学 さんが来られる。

選挙後の報告や内輪の話など、二時間ほど話して帰られた。

人の世はいろいろあるものだ。

その後また工房に戻り、削りの仕事。

伏原窯の一日は、いつものように夜八時まで続く。

今日は対話の中で、こんな言葉もまとまった。

暮し。

それをどう捉えるか。

その中でどう自分を表現するか。

どう生きるか。

暮しはその人の舞台。

  • そして僕は、うつわを作る。

風呂をいただき、一日を終える。

静かな三連休の中日。

春分の、一日

陶主日記
春分、静かな一日
令和8年3月20日(金曜日)晴
彼岸の中日。
午前7時50分、目覚め。

KODAK Digital Still Camera

春分の日らしい、穏やかな朝である。
工房へ向かうと、空は澄み、春の光がやわらかく広がっていた。
遠くにはりんくうゲートタワーが春霞の中に立ち、暖かな彼岸の一日が始まる。
工房で朝の食事。
昨日買ったライ麦のハードパンにバター。
ほうれん草と玉子、トマト。
糠漬けの胡瓜となす、人参。
そして人参のスープ。
ストーブのぬくもりの中で器を囲む。
工房の静かな朝の時間である。
食後には、りんごとヨーグルト。
こうして今日の一日が整っていく。
午後一時、正法寺にて春季彼岸会。
本堂に灯がともり、読経の声が静かに堂内に響く。
彼岸の中日、先祖に手を合わせる。
寺から工房へ戻り、森本さんと昼食。
カレーに小鉢、糠漬け。
春の午後、工房の食卓である。
午後は轆轤仕事。
名古屋のお料理屋さん 青藍丸万 から相談をいただいている
「呉須波紋飯碗」 の見本作りを始める。
轆轤の上で土が静かに立ち上がり、
まず一碗、形の見本を挽く。
春分の日。
昼と夜の長さが等しくなる日。
言い得て妙。
春、時を分ける。

春分の、一日

この記事の関連キーワード

日々是好日

陶主日記

令和八年三月十九日 晴

本日は腸内視鏡検査の日。

朝はいつもの工房での朝食ではなく、検査用に用意された食事パックをいただく。少し勝手の違う朝である。

窓からは、いつもの風景。

りんくうの空は晴れ、遠くにゲートタワーが見える。電線には鳥が止まり、静かな朝の景色である。

午後十二時三十分より、りんくう総合医療センターで腸内視鏡検査。

娘が付き添ってくれ、検査のあいだ外で待機してくれていた。

検査は無事に終わり、娘と一緒に病院をあとにする。

帰り道、美味しいパン屋に立ち寄り、ハードパンを買う。

そのまま工房まで送ってもらった。

体調を見ながら、少し仕事もする。

今日は 十草飯碗の蓋 を水挽き。

十二個を轆轤にかける。

轆轤の前に座ると、やはり心が落ち着く。

ここ二週間ほど、CT検査、内視鏡検査と続き、どこか軽いプレッシャーを感じながら過ごしていた。

しかし今日ですべて終わり、ようやく解放された気分である。

食事制限もなくなり、嬉しい楽しい時間がまた始まる。

夕方家に戻り、夕食はおでん。

ほっとした気持ちで一日を終えた。

こうして今日も

暮らしの中で仕事をし、一日が静かに過ぎていく。

ありがたいことである。

線の造形

陶主日記

線の造形
伏原窯の仕事は、
土で線を描くことだと思っています。
轆轤の仕事は、
ただ形を作ることではありません。
見込みから胴へ、
そして口へと。
その一本の線で、
器の姿は決まります。
線は毛糸を張るようなもの。
ぴんと張るのか、
少し緩めるのか。
その張り具合で
器の表情は大きく変わります。
伏原窯は、
その線の造形を
静かに続けています。

こころのビックバーン

令和8年3月17日(火曜日)晴
午前7時01分 目覚め。
お早うございます。
早くも三月も半ばを過ぎました。
二月とはまた違った慌ただしさの中、
ウグイスの声、桜のつぼみと、
春の気配がいよいよ濃くなってきました。
この場所で一日の記録を書き、
分からないことや困ったことがあればその場で尋ね、
日々の出来事に自分の言葉を添える。
それが、ほとんど一瞬で形になる。
凄い時代になったものだと、ただただ感心します。
そして、その言葉をブログノートに載せれば、
自分の発信がそのまま世界へ届く。
もうマスコミの力を借りなくても、
自分の暮らしや仕事を、
自分の言葉で伝えることが出来る時代です。
するとどうなるか。
小さな言葉が広がり、
こころのビッグバーンが起こる。
静かな工房から発した言葉が、
誰かの心に届き、
また新しい言葉を生んでいく。
そんな時代に、
今、私たちは生きているのだと思います。
今日もまた、
なるみで一日を始めます。

令和8年3月15日

令和8年3月15日 陶主日記
今日は日曜日。
三ヶ月に一度の散髪の日でした。
近所の散髪屋さんで、もうかれこれ三十年通っています。
特に決めているわけではありませんが、暮らしの流れの中で
だいたい四半期に一度、髪を整えてまた再出発です。
散髪の最中、いつもの世間話。
彼は投資が趣味で、昨年六月頃から銀の投資を始めたと聞いていました。
昨年十二月の散髪の時には「案外利が乗っている」と言っていたので、
「それなら、さっさと手仕舞いされたらどうですか」と助言したのです。
しかし彼は
「いやいや、まだまだ。追加の資金も入れています」
と言っていました。
銀の高騰は市場でもかなり熱を帯びていると報じられていましたので、
少し怖いのではないかと話していたのですが、
年が明けて二月に案の定、大きな暴落がありました。
今日その話をすると、
「実は十二月二十八日に処分したんです」とのこと。
申告の関係で年内に確定させたそうです。
そしてその利益を聞いて驚きました。
なんと一億五千万円。
町の散髪屋さんで、そんな話を聞くとは思いませんでした。
外観は三十年前からほとんど変わらない店ですが、
人の人生はいろいろあります。
長く通っていると、町の時間の流れも見えてくるものです。
散髪のあと、工房の食材を買うため「こーたりーな」に寄り、
工房に着いて猫の世話をして、週末の書類整理に入りました。
そんな何気ない日曜日の中で、
今朝ふと思ったことがあります。
人は関わりの中で生きていく。
その関わりこそ、自分の姿の描写なのではないか。
だから、こうして記録していくと実に面白い。
小さなコミュニティーの中で、
みんなの生きる様子が立ち上がってくるからです。
そしてもう一つ思ったことがあります。
細かな処に神宿る。
大きなことを扱えば、人も寄ってくる。
お金も寄ってくる。
しかし、その反動もやって来るものです。
だから、普通が一番。
普通列車のように、確実にホームにやってくる。
災害の時には普通列車を出して、みんなを乗せていくでしょう。
結局、同じことなのかもしれません。
なんだか昭和の匂いのする話ですが、
私はこういう日常が好きなのです。
大げさなことは苦手で、
自分の手で出来ることを一つ一つ積み重ねていく。
その様子が少しずつ形になっていく。
案外、町にいる猫のようなものですね。
普通が一番。
今日も、なるみの一日でした。

令和8年3月14日(土曜日)晴 土曜教室

陶主日記

令和8年3月14日(土曜日)晴 土曜教室

 

午後からは土曜教室。

美代さんが来られ、工房での制作の時間となりました。

 

今日は壺の制作。

形はほぼ整ってきているので、少し手を入れながら全体のバランスを見ていきます。

 

口元や肩のあたり、

ほんのわずかな手の加減で、器の表情は大きく変わります。

その微妙なところを一緒に見ながら、少しだけ手を添えました。

 

こうして作り手と器が向き合う時間は、静かで良いものです。

急ぐこともなく、土の様子を見ながら進めていきます。

 

工房の中では猫もそばにいて、

土曜の午後らしい、ゆったりした空気が流れていました。

 

人が集まり、土を囲み、

それぞれの形を作っていく。

 

こうした時間もまた、

伏原窯の大切な暮らしの一部です。

令和8年3月14日(土曜日)晴

‎陶主日記
令和8年3月14日(土曜日)晴
昨日は公民館の陶芸クラブの指導があり、帰宅が遅くなったこともあって、今朝は少しゆっくりした目覚めとなりました。週末でもあり、全体がスローな始まりです。
今日は工房に来るのも少し遅くなりましたが、土曜日はそんな日もあります。森本さんの提案で、**「土曜日はブランチでいきましょう」**ということになり、今日は遅めの食事となりました。

R8.3.14ブランチ
KODAK Digital Still Camera

焼き魚、出汁巻き、おから、漬物、そして貝の入ったお汁。梅干しをのせたお粥もやさしい味で、身体がゆっくりと目を覚ましていきます。工房でいただくこの時間が、実は一日の大切な始まりです。
この「なるみ日記」を始めてから、一日一日の暮らしと仕事を記録することが出来るようになりました。データとしても積み重なり、伏原窯が少し前へ進み始めたという実感があります。
なかでも嬉しいのは、長い間止まっていたホームページの陶主日記が再び動き出したことです。書かなければと思いながら書けなかった時間は、自分の中でどこか苦しいものでもありました。しかし今は、暮らしの中から自然に言葉が生まれてきます。
私は一日一日、言葉を紡いでいくことが好きです。ひとり自分と対話をしながら、暮らしの中から生まれた言葉で生きていくことが好きなのです。
その言葉がやがて形となり、ここでは器となり、人の暮らしの中へ旅を続けていきます。
ただただ、有り難うという思いで。
今日の仕事は、交趾鮎足笹型小向こう十三枚の仕上げ。残り三枚の鮎足を付けて、この仕事は一旦区切りとなります。その後は窯焚きと絵描きの段取りを見ながら、蓋物付き十草飯碗の制作に入ります。
午後からは美代さんが来られ、土曜教室もあります。工房にはまた人が集まり、土と向き合う時間が流れていきます。
慌てず、力まず。
普通が一番。
今日もまた、
なるみで生きていきましょう。

河津桜満開

KODAK Digital Still Camera

なるみ

— 伏原窯のこころ —

 

「なるみ」という言葉は、いつ頃から口にするようになったのか、自分でもはっきり覚えていません。

 

長いあいだ焼き物を作り続けてきて、ある時ふと、自然に出てきた言葉でした。

 

若い頃は、もっと力が入っていました。いいものを作ろう、人と違うものを作ろう、そんな思いも強かったと思います。

 

しかし、長く仕事を続けているうちに、器は、そんなに強く主張するものではないのだと、だんだん分かってきました。

 

料理があり、人が集まり、季節が巡る。

 

その中で器は、ただ静かにそこにある。

 

その姿が、一番美しいのではないかと思うようになりました。

 

無理に飾らず、力まず、自然に整っていく。

 

そんな仕事の姿を、自分の中で「なるみ」と呼ぶようになりました。

 

これは特別な考えではありません。昔から日本の暮らしの中にあった、当たり前の感覚なのだと思います。

 

壊れたものは直し、より良くして、次に渡す。

 

新しいものを作りながら、古いものを大切にする。

 

そうして静かに続いていく仕事。

 

伏原窯の器も、そのような流れの中で生まれてきます。

 

派手でもなく、特別でもない。

 

けれども、日々の食卓の中で、長く使われていく器。

 

そういう仕事が出来れば、それで十分だと思っています。

 

やはり、普通が一番です。

桜ほころぶ
ゲートタワーホテル

令和8年3月12日 陶房の1日

令和八年三月十二日

今日は一日、伏原窯のこれからについて静かに考える時間になりました。

仕事のこと、窯のこと、これからの時間のこと。

いろいろと整理する一日になりました。

伏原窯の仕事は、京焼の流れの中で

古清水

乾山

仁清

交趾

という四つの様式を背景にしています。

乾山の仕事として生まれた器が

「雪笹向こう付け」と「青もみじ紋平向こう」です。

京焼の仕事を始めて三、四年ほど経った頃、古清水の仕事から乾山の世界へ移った頃に生まれた器です。

青もみじは近年注文も増え、長く料理屋さんに使っていただいている器になりました。

ただ、伏原窯の核心の器はどちらかといえば「雪笹」だと自分では思っています。

静かな余白の器で、伏原窯の考え方が一番よく表れている器だからです。

作陶の方では、今日は

「交趾鮎足笹型小向こう」の仕事を進めました。

葉脈の線を彫り終え、器の裏に三匹の鮎の足を付けました。

鮎の大きさは三三ミリ。三足で器を支える形になります。

表から見ると笹の葉ですが、裏を返すと小さな鮎が泳いでいる。

そんな少しの遊びが、この器の面白いところです。

伏原窯を始めたのは三十歳の時。

気がつけば長い時間が流れ、これから窯は五十年に向かいます。

轆轤はあと十年ほど挽くでしょう。

その後も仕事は続いていくと思います。

森本さんに窯を継いでもらいながら、若い人たちへ仕事を手渡していく。

自分は一生、基礎の積石のような役目でよいのだと思っています。

今日一日いろいろと整理して、最後に残った言葉はやはりこれでした。

普通が一番。

山の工房で器を作り、料理人に使っていただく。

静かな仕事を続けていく。

伏原窯の「なるみ」の一日でした。