陶主日記

施釉について

秋の好日が今しばらく続いています。朝犬を連れて散歩に出るのですが、峠から見る空は雲一つない青空、犬たちも喜んでいます。誰だって気持ちのいい天気はいいものです。

工房は明日夜から窯を焚くので昨日から釉薬を掛けています。ここ何年かは古清水、仁清、乾山陶器を主に制作しているので、釉薬の種類も透明釉だけになります。窯は酸化焼き。ここでの釉薬はかなり薄く掛けます。ちなみに一般の釉薬の厚みは一ミリくらいが目安ですが、所謂瀬戸でいう「水薬」というものなんでしょうが素地が透けて見えるくらい薄くかかる場合もあります。その施釉は案外難しくきちっとした段取りでこなさないとうまく掛かりません。

私どもの釉薬には少し「ふのり」を入れます。「ふのり」って、なに?海藻です。昔はよく漆喰に入れたり、洗濯のりにも使われたり、また食用にも使われていました。今ではかなり貴重品になりました。この業界では工業化学のりを使用するところが多くなっています。水間焼伏原窯は伝統を重んじる工房なので、一々の材料は昔ながらの製法で出来上がったものを使うようにしています。また、釉薬は天然灰を原料にしているので、布海苔は欠かせません。布海苔の量で釉薬のとろみが変わり、水との割合で濃さを調整します。釉薬をうまく掛けるには、布海苔の調合が決め手になります。

少し秘伝っぽいことを書きますが、{辰砂釉}は二重掛けで色を出すのですが、ベースになる釉薬と上から掛ける釉薬の布海苔の調合が変わります。微妙な事なのですがそこの感覚を捉えると、二重掛けはうまくいきます。しかしこれは天然灰を主成分にした調合でしかうまくいきません。

伝統を守っていくにはつらいご時世になりましたが、ま、がんばっていきましょう。今日は新しい作品も素焼きが出来たので、期待して釉薬を掛けてみましょう。

施釉について

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ブルーマンデイ、今日は早々に寝るのが一番!

こんばんは。連休明け、今日は頑張ってみましたが、どこかブールーマンデイでした。疲れが取れない状態で、処理する懸案が山積み。この時期、シルバーウィークはいらないじゃないですか。ね!ここ泉州はこの時期祭りモードで、それでなくても騒がしく心が落ち着かない。貝塚山手地区公民館陶芸クラブも展示出品が大詰めを迎え、日曜日も要請を受け指導をしました。何か気が抜けないですね。ま、今日は早く寝ようかな。

きっと、それが一番いい。

徒然に

こんばんは。シルバーウィークも今日で終わり。前半は台風の影響で災害もあり厳しい日が続きましたが、後半はいいお天気にも恵まれ行楽日和になりました。またお彼岸には人々も集い、親交を温めたことでしょう。しかし最近の日本人はどうも天地和合の意味を忘れているのではないだろうか。天の気、地の気。いろいろな解釈もなされるでしょうが、天の気の一つに先祖の加護、光も含まれるのではないでしょうか。現世で生きる我々に天の気が降り注いでいます。天地和合。彼岸にはそんな意味があるのではないでしょうか。昼夜の時間がちょうど重なる。時間もまた和合している。

今年は多くの命が亡くなりました。これからまたどのようになるか、地上では不安な日々が続きます。亡くなった命に対して私たち何をしなければならないか。大きな課題が残されているのですが。

明日からまた新たに気持ちを入れ替え頑張っていきましょう。世界の経済が日本が連休になっている時にいつも大きく動く。週明けブラックマンデイにならないことを祈りつつ。

徒然に

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彼岸の殺生

こんばんは。今日は台風一過の初めての晴天。朝から気持ちのいい青空です。先週から三連休が続きシルバーウィークのまっさかり。今日はお彼岸とあってか、村は里帰りでプチ賑わいです。一族が集まり秋の青空の元先祖を愛おしむ。いい光景ですね。で、

我が家も御多分に漏れず嫁に行った末っ子も帰ってきて、孫が二歳の誕生日。みんなで大いに祝おうということで、私、次女、孫の9月生まれが、合同誕生会を催すことになりました。熊取のケーキシェフにオリジナル誕生ケーキを作ってもらい、来客も含め大いに楽しむことができました。ちなみに私56歳になりました。いつの間にかおじいちゃんと呼ばれています。本人自覚ありませんが。

で、今日は台風一過。いよいよタイミングとしてこの晴天にしか採蜜ができないと判断しました。8月に一度トライしましたが、分蜂の後で師匠曰く、岸和田祭りぐらいがちょうどいいかも。先週は台風の影響もあって雨が続き蜂も活動停止が続いていました。その後最初の晴天。タイミングはここしかない。

着替えをしました、すたっふMも張り切っています。蜂にとっては暴力の何物でもない。皆殺し、それも何か月もかけて作ってきた自分たちの生命体を理不尽にぶっ壊されるのですから、蜂は騒ぐは騒ぐ。ああ、私のどうしようもない業をお許しください。

で、今年は念願の蜜が約2リットル位採取することができました。以下、写真で以下、写真でごらんあれ。


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彼岸の殺生

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泰然自若には程遠く

こんにちは。12号、15号と大型の台風が各地に大きな爪痕を残していきました。連日災害の様子が報道されていますが、気が休まる状態にはなれません。特に二次災害が起こる地域の方々は、この雨は不安でたまらないでしょう。報道を見て祈るしか方法がない私ですが、みんなで心を添わせていきたいと思っています。

最近日本人のこころが変わったなと思うようになりました。10年前、20年前のことを思うと大きく変化したと感じています。その当時描いていた夢は時間の経過とともに潰えた。右肩上がりの経済で成り立いた生活設計が、この20年以上に及ぶデフレですっかり様変わりしてしまいました。気が付けば国も個人も膨大な借金だけ。国債はとうとう危険水域をはるかに超え、警告ブザーが鳴りっぱなしの状態です。震災以後復興景気が期待されたが、この円高ではどうしょうもない状態です。財政再建が求められていますが、どのタイミングで消費税が上がるか。上がれば急速に景気が落ち込むでしょう。経済が今の自然災害に似た様相を呈してきました。津波、豪雨、深層地滑り、自然ダムの決壊。

結局世界経済が行きづまったのでしょう。20世紀はここで世界大戦がおこったのですが、それは人類の英知を振り絞っても何とか避けなければなりません。アメリカやヨーロッパ、また日本といった先進国の状態はすこぶる悪い。きっと経験したことのない状態かもしれません。そんな不安が付いて回ります。

さて、さて、目を外にばかり向けていると不安材料が多く、自分の位置も見失いがちです。心を落ち着かせ、泰然自若。工房で朝一人瞑想するのも一考かとも思います。微動だにしない心を培っていきたいものです。今日も仕事がんばろ!

泰然自若には程遠く

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雑用に追われ、轆轤が遠い!

こんにちは。台風の影響で今週も各地に大雨が降るようです。和歌山の熊野に出来た自然ダムが間もなく満水になるということです。土石流で川下の村が大きな災害に遭う危険が増しています。どうにかならないものかという思いでいます。深層地滑りの危険が各地にあるようです。災害の年と今年初めに言われていましたが、次から次に出てくる想定外の出来事に、多くの方々もどう対処いいのか不安でいっぱいでしょう。

今週は敬老の日やお彼岸、秋分の日で世間はお休みも多いのですが、工房はそんな流れとはとんと関係なくいつものように仕事をしています。工芸は基本、手を休めてはいけないと考えています。手作りですので、休みなくコツコツと進めていくのが最良だと思っています。昔は月に二回程度の休みを取っていたのですが、今はやはり週に一度は身体も休めようと思って実行しています。気持ちをリフレッシュさせながらモチベーションを長く持続させる方法は、各自いろいろ工夫もいるのですが、私の場合親のことや家庭の事のもろもろも多く、どこかに出かけるとかなかなかできない状態です。とりあえず身の回りの掃除、整理にいそしんでいます。すたっふMさんは天然酵母に凝っていて、日曜日には朝からパンを焼いているそうです。ゆえに月曜日は手作りパンやスコーンがおやつにでてくる。そこに今年こそはとれとれの蜂蜜を加えたいと思っているのですが。

今日はなんか取りとめのない内容になっていますが、時間が迫ってきたのでこれにて。仕事、がんばろ!

雑用に追われ、轆轤が遠い!

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白磁の出番ですよ

こんばんは。日中は蒸し暑さが残りますが、やはり夜になるとひんやりとした秋の風が部屋に入ってきてほっと溜息が出ます。部屋のどこかにいるのでしょうか、こおろぎや鈴虫の音が心を癒してくれます。

一昨日は満月でした。ラジオで中秋の名月と言っていたのですが、どうも季節感が合わないような気もします。朝夕の散歩道に萩が満開に咲いていました。ススキはまだまだ穂も出ていない状態で、この時期ではねぇ、お月様にお供えしたくてもできません。どうも季節感がうまくマッチングしていません。新暦で暮らしながら旧暦で暦を味わう。日本情緒は旧暦で、普段は新暦で。日本人は複雑に季節をコーディネートして暮らしています。ややこしいですね。ちなみに今日は立待月。昨日はいざよい(16夜)月。私はいざよい月が一番好きです。この月に似合う器が私の目指すところです。満たされていないところがかっこいい。食器の原点かもしれません。

そう、もちろん日本の器には季節があります。9月、この時期どの様な器が似合うのでしょうか?難しいところですね。夏と秋の中間でこれという器が見当たりません。染付なら月と兎、撫子紋、秋の七草、等々。でもね、それならお彼岸が過ぎてからで十分な気もします。9月は暦術から言えば土用にあたります。色は黄色。秋は白。器選びから言うと、もちろん私の独断と偏見ですが、侘び寂びた白磁です。李朝があるならそれに越したことはありませんが、伊万里でもいい。存在の薄いさみしげな器。

26年前ここに引っ越してきたとき、縁の下で見つけた白磁の花瓶があります。薄ネズミ色で焼けが甘く、お!李朝では?と思わす風情がある。秋になりススキを投げ入れたら、これが似合う。縁側に家内が作ったお団子を供えてみる。我が家のお月見にぴったりと嵌った。裸電球の明かりが障子に映え、奥の部屋から幼い子供たちの声がする。庭で鈴虫が泣いている。ゆらりゆらり山から満月が上がってくる。何とも贅沢な満たされた時間がそこにはあった。懐かしいな。

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太陽光発電設置に思う

昨日から太陽光発電がわが工房で始まりました。国の支援もあってかなりの需要があるようです。関電に申し込みが殺到しているようで、設置の話があってから約2か月以上かかりました。山間でまた日照時間もあまりないようなわが工房でも付けることが出来ると算定が出ました。半信半疑な気持ちは今なおあるのですが、国の支援で売電価格が1キロワット42円、10年間固定だそうです。我が家はエコキュートを使用しているので夜間電力が安く、また日中高い料金の時は留守が多く使用量が少ない。それらを合算すると少しの益が出るそうです。オール電化にする10パーの割引があり、さらに益が多くなるというのですが。まあ、長い目で見てもどうかなぁと思います。電気を屋根で作っていると何となく嬉しくなってきます。蓄電器が安くなれば次のステップになるのでしょうが、今はなかなか手が出ません。車の代わりに近場の用事なら電気スクーターなんかもいいかな、と思っています。こうして暮らしが変わるのかもしれません。

震災以後日本人の意識が大きく変わったと思います。私も災害はいつ我が身に起こっても不思議ではない、と感じています。原発に頼るエネルギーもできる限り早い段階で他のクリーンエネルギーに転換したい。どうすれば除染が速やかにできるのか。人類にとっても大きな問題でしょうが、世界の英知を持って解決していきたいと誰もが思っていることでしょう。個人個人の責任が重要になってきていることでしょう。赤信号みんなで渡れば怖くない、みんなの中に混じって生きていれば何とかなった世の中は、もうとっくになくなっています。個人の意識がこれからの方向を決めていく世の中です。責任は重いです。大人としての社会が作られていくでしょう。

思えば次世代に私たちは大きな負債を残してしまいました。国債の借金、それに今回の放射能汚染。私にも孫が一人いますが、この子たちの未来に申し訳ないという気持ちになっています。考えましょう。これからの国作りを。頑張りましょう。しみじみそんなことを思います。物を作りながら、轆轤を回しながら、未来に希望をつなげたいと考えています。

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飯碗、考、されど飯碗

太平洋高気圧が張り出してきているようです。少し落ち着いたお天気が続く様ですね。工房に朝から清々しい風が流れています。台風以後山間はすっかり秋色になってしまいました。飼っている犬たちも食欲が出てきたようで、何となく超えてきたように思います。まだまだこれからなのでしょうが、食欲の秋到来のようです。

各地で早場米が出始めています。新米の美味しい季節になりました。工房は新しい飯碗をHPに出していきます。使って楽しい、またご飯がおいしい飯碗。飯碗ができれば一人前とよく言われました。若い頃は「飯碗ぐらい、」と思っていましたが、陶芸を始め5年、10年とたってくると、何とも奥の深いものだと思うようになってきました。自分なりのオリジナルな飯碗となると、さあ、どうでしょうか。一生にどのくらいのものが出来るでしょうか。毎日使っても飽きのこない、それでいて益々愛着の湧く飯碗となると、そう簡単にできる物ではありません。

t20110908.jpgさて、日本人はいつ頃から陶磁器を使ってご飯を食べだしたのでしょうか? 階級にもよりますが、町民あたりが使いだしたのはやはり江戸中期、伊万里で磁器が焼け、大量生産が可能になってからだと思われます。最初は上級クラスの高値の花だったものが、徐々に庶民にも使えるようになった。また、庶民が玄米から白米に変わっていいたのも、この時期だったと思います。日本人は長く木器で玄米を食していました。磁器の飯碗で白米を食べる。時代が大きく進歩したように思いますね。今と変わらない食卓の風景です。

そんなことを考えると、文禄、慶長の役は後々の日本に産業や経済を大きく推進させることになったと思います。近代の基礎を作る、意味深いものだったと考えられます。このことはもう少し時間を費やし深く書いてみたいと思っていますが、今食卓にある一つの飯碗から色々なことを考えられ、面白くなってきます。

日本人はお箸やお茶碗など自分自身のものを持って暮らしています。これも世界では珍しいことの一つだと思います。マイ茶碗、マイカップ、マイお箸などなど。生涯にいくつもの飯碗と出会い使い、ともに人生を生き抜いていく。飯碗、されど飯碗。そのような事を思いながら、今日も轆轤を回しましょう。がんばろ。

飯碗、考、されど飯碗

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工芸今、秋色

おはようございます。今日は久しぶりに朝からすがすがしい天気に恵まれています。台風が過ぎる、気が付けばすっかり秋になっていました。蝉の声が遠のき、草むらの虫の音が心に沁みて参ります。

日本の陶器は世界の陶器から見るとかなり異種的です。季節感がてんこ盛りです。小皿一枚にも四季の花鳥風月が描かれていて、こんなに丁寧に季節を生活に織り込んでいる陶器も珍しいと思います。日本人はよく、目のご馳走と言いますが、ただ単に煌びやかなものを指して言っているのではなく、移ろいやすい四季折々の風情を細やかに表現されている品物をもって、この言葉が使われるように思います。

私たち日本人は工芸品に、見て触って味わって、またそのものを所有する喜びを求めています。移ろいやすい自然を自分の心の中で所有したい、自分の思い出をパッケージしたい。生活の折々に思い出の品を使ってみたい。数寄者と言われる根源は誰でもが持っているのではないでしょうか。

日本の工芸の特徴に「時間」がうまく描かれています。その時間の感覚を「妙」と表現したりもしているように思います。妙味とは、お皿ならお皿がまるで時空をこえて生き生きと生命をもって動くさまを感じることだと思います。

工芸にとって重要な言葉に「用」があります。用の美、柳宋悦先生が提唱された工芸の根本理念の一つだと思います。それをただ単に使いやすさなどと理解されると少し違った方向に行くように思います。日本人は用をもっと深く捉えていました。仏教でいう仏の働きを指していたようです。自己を消し自然と一つになり、仏の働きそのものになる。自利利他の働きと言えばいいのでしょうか。その働きが美の根源だというのです。

単に自然を描けばいいというものではないでしょう。草木に風が吹く。懐かしい父母の移り香が匂う。そんな一枚の皿に人は自分を見ることができるのではないでしょうか。物を手に入れる、それは自分自身を手に入れることだと思うのですが、いかがでしょうか。

工芸今、秋色

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陶芸の基本は土づくり

九月も始まりから荒れる模様です。台風5号による被害が各地に出ています。和歌山や奈良の山間部で川の氾濫で多くの人が亡くなり、また行方不明も出ています。今年は激しい厳しい年のように思います。本年も後半期になってきましたが、一層厳しさが増していくように感じています。心して、と思いますが、気持ちが内向きばかりだと何事も始まらないので、「今日も活きるぞぉ!」と朝心身に喝を入れています。

と言っても九月。朝晩少しは過ごしやすく新しい何かに挑戦したくなってきます。苦しい八月を何とか作品作りで気持ちを乗り越えてきた結果が少しずつ出はじてきました。少し上向きながらも底入れを怠るわけには行けません。しっかり地道にベースになる品物を作っていきたいと思っています。

陶芸の基礎は何と言っても土作りです。自分のイメージの土を探すことは基本中の基本です。いろいろ各地の土屋さんから見本をもらい自分なりに調合を重ね、またその土屋さんに試作を作ってもらいながらも、自分思う土を探すのですがこれでいい、と思える土に出会うことは至難の出来事です。私は必ず現場に行きます。土の採取場に行くとわくわくしてきます。現場の話は時に大発見に繋がります。今陶芸界で枯渇している材料の一つに、黄土があります。いい黄土が手に入らない。どの土屋さんも困り果てているのが現状です。特に私が最近手がけている「乾山陶器」には不可欠な材料です。

京焼、特に乾山焼きの基本になる土は、信楽の白土に鉄分の多い黄土を混ぜ込み、うまく化粧土がのる様に調合してあります。また黄土単味の仕事で有名なのが土器皿ですが、今乾山が使った黄土を手に入れようと思うと、それはかなり難しいことです。まあ、そんなことばかり言えないので。この二年何とか自分なりに探し求め、これという黄土を手に入れることができました。ここまで来ると企業秘密ですね。

陶芸は本当にコツコツと積み重ねていく仕事です。何年も何年もたってから、昔思考を重ねた一片のテストピースから閃きをもらう時がある。10年前、20年前の仕事が今に繋がっていく。陶芸の奥深さをしみじみ感じる昨今です。頑張ろう。

陶芸の基本は土づくり

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貝塚水間焼伏原窯 仕事一番

こんにちは。台風一過とはやはりいかないようで、まだまだ各地に洪水警報が出ています。雨量の多さには驚きです。十津川の災害をニュースで見ましたが、川沿いの村は大変怖い思いで夜を過ごされたことでしょう。私が住む大川村も昭和46年鉄砲水が出て、村を真二つに引き裂きました。小さな川ですが夜中地響きを立てて土石流が流れた様は何とも恐ろしい光景だったそうです。その災害で今は川上に大きな砂防壁が段々に造られています。

災害国日本、今年はどのようになるのでしょうね。悲観的な文章が多くなってきます。しかしよくも悪くも日本が大きく変わっていくチャンスなのでしょう。日本だけの出来事ではなく、世界がどうしても今の仕組みでは立ちいかなくなってきています。よく言えば100年に一度、1000年に一度の変革期の証人になれるのですから。面白い、楽しい、わくわくする、ととらえられるといいのですが。

今日は工房もお休みです。それで午後から貝塚市山手地区公民館陶芸クラブの日曜講座の指導に行ってきました。来月の公民祭、引き続いて貝塚市文化祭に出展する作品がみなさん大詰めを迎えています。毎年のことですが日にちが足りない人が出てきます。作品作りに追われて、こちらもひっきりなしに要請がかかります。皆さんの熱心な心にこちらも答えてあげたくなります。陶芸を通して交流していく世界が楽しく面白く感じています。

ここ貝塚で水間焼伏原窯が独立して26年。公民館陶芸クラブを指導して21年。地域に少しずつですが根差してきたと思っています。貝塚市役所の玄関にも水間焼の展示をしてくれています。南海貝塚駅前に市の「ぶらんどショップ」がオープンされ、貝塚市の特産品としても展示してくれています。

私が独立した時に水間焼伏原窯はこのようになればいいのになぁ。というイメージがあります。貝塚は古風なところが多く残っていて、願泉寺を中心に京文化も色濃くあって、そんなところを焼き物で表現され、造形されたら面白いものができそうだと思っていました。京風なしかしどこかいい意味での田舎さがある焼き物。地元の皆さんのこころが可愛らしく形になったらいいのにと思っていました。一朝一夕にはできない仕事ですが、泉州貝塚を代表し、世界に通じる焼き物を作るが私の生涯の仕事だと思っています。

貝塚水間焼伏原窯 仕事一番

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乾山陶器の材料確保

t20110903.jpg近畿地方は大型の台風12号の影響で各地に大雨洪水注意報が出ています。ここ泉州地方にも朝から注意報が出ているのです。今、四国に上陸したとニュースが出ています。速度が遅いので一昨日からの雨量はかなりのものでしょう。幸い工房は平常通りです。

一昨日の窯焚きも無事終え、昨日早速窯出ししました。思ったことがいい結果を出していたので、仕事に弾みが付きます。どの業界もそうなのでしょうが、この不況で工藝界もかなりの打撃を受けています。私たち作り手は品質のよい材料で支えられております。その材料を作ってくれる土屋さんや灰(あく)屋さんなどが廃業に追い込まれています。時間を重ね品質を保ってくれていた業者さんたちが悲鳴をあげて廃業されていく。こんな声を聴きました。「ここから早く逃げた者が勝ち。」悲しいですね。こんなことを聞くのは。

私たちはその中でも何とかいい作品を作ろうと研究を重ねています。今回土屋さんが変わったことで土味や焼けに不安があったのですが、考えていた調合でクリアーできたのが少しうれしく、安心いたしました。乾山陶器を本格的に始めて三年。いろいろな材料でテストを積み重ねて参りましたが、ようやく目指すところまで辿り着きました。しかしこの材料がずうっとあるとも限らず、いつどこかの業者が休業、廃業するか、そんな不安が付きまとうのがいやですね。材料の確保が先決ですが。

思えば長く焼き物ブームが続いていました。どこが潮も目だったか。そうですね、2000年に入ってたらでしょうか。徐々に衰退していったように思います。作品の内容もマンネリ化してきて、後継者もついてこなくなった。山があれば谷がある。しかし谷間に地殻変動が起こったように思います。失ったものは大きいかもしれませんが、現状を真摯に受け止め、前に駒を進めていく。きっと新しく開けてくる場所がある。そう信じて歩いていくのみです。

乾山陶器の材料確保

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乾山陶器の窯焚きです

t20110901.jpgお早うございます。昨日から窯を焚いています。乾山陶器を始めて三年になり、いろいろな物を創ってきました。この窯にも細工物が多く入っています。汁次の形をそのままに小型にして醤油差し。手付きの銚子、などなど。7月、8月はこの細工物を作るのに費やされてしまいました。かなりの手間仕事になってしまいました。しかし以前作った品物より一段と良くなったように思えます。何事も経験です。経験なくして進歩なし、ですね。

今日は朝から台風の影響でこちらは雨模様です。それほど激しく降っていませんが、今夜から本格的になると聞いています。9月は防災月間です。今日も朝のテレビは防災グッズを紹介していました。阪神淡路の震災時と違って、かなりのレベルで防災意識が高まっていると思えます。最近私は意識して生活をシンプルにしようとしています。身の周りのものを整理し始めています。これもきっと防災にたいして自己防衛が働いているんだと勝手に思っています。自分にとって何が必要なのか、大切なのか、よくよく考えるようになりました。

今回の震災で「絆」という言葉が出てきました。これはいのちの繋がりを意味しているのでしょう。生きとし生けるもの、いやそれだけではなく私たちが生命と感じていないものも本当は深く生命循環にかかわり支え合っている、そんな深く尊いいのちが連綿として時空を超え繋がっていることに意識するようになりました。私たちは自然の恵み、恩恵を受け仕事をさせてもらっています。土、水、火。釉薬には木の灰が入っています。また色を出すのに金属を粉にして使っています。自然の5元素と言われるものを使って、心を表現し伝え合い、絆を築こうというのが、わたしの陶芸です。

雨がしきりに降りだしました。間もなく窯も1200度を超えだしました。昨日から続く窯焚きも佳境になってきました。今回は酸化焼きでじっくりねらしたいと思います。

乾山陶器の窯焚きです

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嫋やかなこころを

おはようございます。厳しく荒れた8月も後二日。今日の工房は朝から穏やかな日差しが降り注ぎ、蝉の声に癒されています。今年も何とか無事に夏を終えることができました。九月からは季節も変わり、年末に向けての仕事が始まります。いつものことですが、9月半ばにはお正月商品の下ごしらえをし始めます。今年は震災もあり経済が大きく落ち込み、皆様のこころも委縮しています。どの様な作品がお客様のこころに寄り添えるか、いろいろと考えながら下準備をしたいと思っています。

私は長く陶芸の道を歩ませていただきながら、常に思うことがあります。焼き物は単に使われる道具だけでなく、人の心の深層部まで繋がることのできる物だと考えています。よく私は「ハート・ツー・ハート」と言います。道具を超えた活きたこころとして通じ合うことができる物だと確信しております。

もう25年前でしょうか。私にとって大きなまた励ましのエピソードがあります。ここにきてまだ独立して間もない頃、展示会で一つのお湯呑を買われたお客様が、後日私の工房にやってこられ、「失明された友人に、買わせて頂いたお湯呑をプレゼントしたのですが、彼女が手のひらにそっとお湯呑をのせて、こんなにやさしいお湯呑があるのね、と言われた。」といいます。そして「心に釉薬の色も見える。」と仰ったと。私は何か自信を得たように思えました。間違いない、この世界(陶芸)には通じる道がある。この道を歩めば必ず伝え合う世界が生まれる。

今年は激動の年です。もしかしたらここからが始まりなのかもしれません。厳しく心が折れることが頻繁に起こるかもしれません。人は弱いものです。しかし人は心をつなげることで、柔軟に激動の波を超えることができると思っています。この時期こそ、嫋やか(たおやか)な精神が必要になると思っています。

工房の朝、静かに目と閉じ、祈りを捧げ、今日も丹田に力を入れ、仕事を進めます。

嫋やかなこころを

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時期を逸すれば

t20110822.jpgお早うございます。8月も20日を過ぎるとすっかり季節が変わり、蝉の声もミンミン蝉やツクツク法師に変わってきました。昨日、日本ミツバチの師匠がやってきて、今年は20リットル、30リットルも採れたといっていました。さっそく我が家の巣箱も採蜜しようということで、ネットを被り慎重に巣箱を開けてみましたが、これもなかなか難しいものですね。お盆過ぎに採ろうと言っていたのですが、どうも時期を外したようで、分蜂した後だったようです。そういえば一週間程前巣箱にたくさんの蜂が飛んでいました。分蜂しているのかな?と思ったのですが、こちらも忙しくしていたので、お盆が終わったのに延ばし、延ばしした結果だと思います。非常に残念です。スムシは入っていなくて助かったのですが、師匠はこれからまだ蜜をとってくるから、岸和田祭りあたりにもう一度見てみよう、と慰めていました。今年こそと張り切っていたのですが、まあ、一縷の望みを託して観察していきます。

何事もタイミングを逸するとダメですね。私たちの仕事も土の乾き具合を見極めて仕事を進めます。特に細工仕事は乾燥に注意をし、霧吹きなど使って要所、要所に適当な湿気を与え、その細工に遭った乾燥に合わせます。一個の品物なら乾燥の具合を時間に合わせて仕事を進められるのですが、数ものになると、全体を何日も同じ湿気で維持させなければなりません。新聞を湿らせて品物に被せたり、それをまたビニールで覆いかぶせたりと、全体を室で覆った格好にして、仕事を進めていきます。
土の接合は同じ固さでないと乾燥時にヒビが生じてきます。せっかく作り上げた品物が、乾燥と共に接合面に亀裂が入る。乾燥してしまうと後戻りできないのが陶芸で、悔しい思いに駆られます。
時間の流れをうまくとらえ、自然体に仕事が進むことを願って、日々是また精進です。今日もまた、よろしくお願いいたします。

時期を逸すれば

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66回の終戦記念を終えて

お早うございます。時間の経つのが怖いほど早く感じています。八月に入りお盆の支度をしなくてはと思っていたら、今日はもう藪入り。京都五山の送り火。いろいろなニュースに送り火も翻弄されたようです。まだまだ私たちが震災後の生活に軸を持っていないことの証しだと思います。国会もなにやら遅きにしした思いがありますが、ようやく動きがでてきたかな、そんなことを思うと、「甘い!」とお叱りを受けそうですが。しっかりとした方向と迅速な行動を期待したいと心底思っています。

八月に入って世界経済がガタガタと震度8レベルの強震に見舞われました。以前から指摘されていたことですが、いよいよマネーの崩壊か?と思わせる事件が続きました。戦後がいつの間にか戦前になっている、そんな思いに駆られています。昭和大恐慌、戦前とは仕組みや構造が全く違った世界情勢ですが、結局リーマンショックから三年、状況が好転したかと言えば、むしろマネーの増発で各国はインフレに悩ませられるようになってきました。各地で暴動が金髪に起き、方向性のない行きづまった状況が今も事態を深刻化させています。リーマンショック後アメリカは巨額なマネー、国債を世界にばらまきました。そのマネーで中国や後進国がGDPを上げてきました。中国経済はバブル化し、その発展を加速しなければ経済は持たなくなってきました。その歪みの象徴が高速鉄道の事故だと思います。アメリカの国債の格付けが下がることと、あの事故とは深い因果関係があると思っています。

デフレに悩む日本でさえ「金」ゴールドのニュースが流れ始めました。金の価格が史上最高値を出した。それって市場経済に対する恐怖心の現れでしょう。ドル安やインフレに対するヘッジだけが要因ではなさそうです。どうも事態は深刻になってきたように思います。こんな心配当たらない方がいいに決まっているのですが、今年後半年末にかけ、八月に起こった事態がどのように推移意していくのか、心して注視したいと思っています。

明治の先代方もいろいろな苦難を通り越して、立派な作品を世に残してこられました。時代が変わろうとも人のこころは変わりません。いつもいつもこの原点を見つめて、私たちの仕事を進めて参ります。

66回の終戦記念を終えて

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2011年夏 一歩踏み出します

おはようございます。先週は大型台風が関西地方は上陸するということで天気予報を注視しておりましたが、此処泉州方面はそれほどの大雨もなく無事に過ごすことができました。被害に遭われた方面の方々はさぞ怖い思いをされたことでしょう。お見舞い申し上げます。

と言って、台風一過とはならず曇り空が続いております。私どもの暮らしも、この天候に似て、さあ、これからと言ったようになかなかならないでいます。また連日被災地の生活や放射能汚染が報道されていますが、国の対応の遅れがひどく、結局二次災害にまで来ている様に感じて居ります。何か申し訳ないと思いつつ、日本の力が素直にストレートに発揮できないもどかしさに、自ら苛立ちを感じています。

3.11から4か月半が過ぎました。私の周囲も徐々に変化が出てきました。第一にお金の流れが変わった。消費動向ががらりと変わった。これは人の意識が変わったことなのでしょうね。節約しよう、贅沢は避けよう、何かの時に備えよう、またその時のために蓄えよう。景気が一気に落ち込んでいます。夏という時期もあり、なかなかつらい我慢の季節を迎えています。また心の変化として人との繋がりを真剣に考えだした。自分の周りにも何かが起こるのではないか、その時の為にも確実な信頼関係を築いておこう、そんな防衛本能が顕著に出てきた。ストレスの多い時代を果敢に生きるには、自己中心のエゴ生活では誰だって見向きもされません。わかりきっていることですが自ら努力しなければ良い関係は作れません。小さな気遣いから徐々に進展させしっかりと根付かせていく、毎日の努力がきっとこの国をいい方向に変えていくと信じています。

私たちの水間焼ももう一度根本に戻って、考え直すいい機会だと思っています。地産地消と言われて久しいですが、私が此の地で始めた水間焼もまさしくその理念がもとで、工芸世界では古く「民芸運動」がそのものだったと思います。

開窯26年、またこの様な時代を迎え今一度自分の創造活動を見直し、考える時期に来たと深く感じて居ります。2011年夏、新たな一歩にしていきたいと静かにこころに感じています。

2011年夏 一歩踏み出します

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工房から思う、7月7日

お早うございます。今日は7月7日、七夕ですね。あいにく雨模様で、といっても、この時期青空を仰ぐ方がまれなのですが、一応常套フイレーズを使ってみましたが。

今年の梅雨は局地的に大雨を降らしています。今まで何ともなかった空が突然大雨になるというケースが多く見られます。一瞬にして目の前のものが変わる、普段の有り様が突如として危機に陥る。震災以後多くのものの価値観が変わりはじめました。
安全、安心の「神話」好きの我々は日々のリスク管理は大の苦手。親方日の丸にどっぷり浸って、みんなでリスクにふたを閉め、リスク解決を先送り先送りにして、どこか心に不安を抱きながらも今日まで過ごしてきましたが、とうとう来るべき時が来たように思います。

今、政治のダイナミックな力が必要とされる時に、私たちが見る政治家の姿は不安定なトンチンカンな絶望的な国会の姿です。それは国民の不幸、世界の不幸、人類の不幸です。そんな姿を見せられて、国民は憤りを通り越し、やり場のない悲しみに陥ります。被災地の方々に「頑張ろう。」なんて言えない。頑張るのは私たちであって、政治家のみなさんじゃあないのでしょうか。

日増しに明らかになる、原発、放射能汚染を見ていると、心から憤りを感じます。安全神話が作られた過程を報道番組で見聞きいたしますが、私が幼いころから始まった、また小学校でも教えられた、原子力の平和利用という政策を推進していくのに都合よく、プラス安全神話が作られていく。今回東電関係者が発した、想定外という言葉に神話の空しさ、関係者及び政治家の自己保身、国民への偽りが、この期に及んでもなお、という思いでいっぱいになりました。かの大本営発表となんら変わりがない。戦後66年、日本は変わったのか、堕落したのか。問われるのはこれからの私たちの行動だと肝に銘じております。

工房から思う、7月7日

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6月を終えて

お早うございます。今日で6月も終わります。今年も半年が過ぎました。3月11日の大震災を経験し、私たちの国、また国民の意識が、今までとは違った次元に突入した思いです。

一昨日工芸店様に見本を持って出かけました。そこでいろいろなお話を伺いながら、厳しい時代に入ったな、と実感いたしました。経済の停滞が著しく、かつてないほどの厳しさを仰っていました。

経済が一時的でも仮死状態では、窒息死してしまいますよね。いつまでもつのか。じわじわとボディーブロウが効き始めてきます。この夏が正念場でしょうね。そんなことを思いながら、見本のダメ出しを聞き、次の時代に残っていけるにはどうしようか、いろいろ考えを巡らしていました。

私たちのような仕事は、細々であろうがどうであろうが、コツコツと作り続ける事が勝負のカギになります。この時代、あの時代に合った、こころの形があるはずだし、それは必ず人の心をつなぐ物であると確信しております。私たちが生きた時代の証し、心の形は、次につながるものだと思います。

さて、今日も仕事を始めます。

6月を終えて

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夏に向けて

お早うございます。季節が目まぐるしく変わっていきます。6月にはあまり経験したこのとのない異常な暑さになっています。皆様お変わりありませんか?節電や何やかやと普段の夏ではないようで、暑さ対策には十分気をつけなくてはいけないようですね。大雨や突然の猛暑の中、連日報道される大震災の状況や原発事故収拾の遅れに、何とも言いようのない政治に対する憤りを感じている毎日です。

夏になるとどうしても前の大戦の事やそれにまつわる歴史観を考えてしまいます。世界から見える現状の日本、近代史における日本、日本がこれから世界に何ができるのか、、、、、。大きなテーマですが日々コツコツと積み上げていく仕事のように思っています。

陶芸界の諸先輩方も激動の時代を生きながら作陶に思いを込め、日々戦ってこられたことと思います。今世界は金融問題をはじめエネルギー、食糧、水、の争奪戦が繰り広げられています。アメリカ発のサムプライム危機はますます混迷を深め、QE2という金融緩和政策で後進国はインフレ、ついに食糧自給が困難になってきました。この夏、もしくは秋にもブラックマンデイの再来がささやかれ出しています。日本、アメリカ、ヨーロッパ、同時国債暴落なんて、いつかの戦前のようになってくるのではないでしょうか。

戦後66年。この夏は厳しい、また試練の季節かもしれません。覚悟を決めてかかっていきたいと思っています。

夏に向けて

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絆と希望

こんにちは。久しぶりのブログです。履歴を見れば今年の1月18日以来でした。

11という数字は何かしら私に縁があり、誕生日も11日ということもあってか、気にしながら見ているのですが。2001年9月11日、同時多発テロ事件といい、また今回の3月11日東北関東大震災といい。末尾に壱の数字が付く年は、大きな変化をもたらすとも聞きます。何年も前からなにかしら予感めいたものがあったのですが、いざことが起こってみると、あまりの大きさに私も長く思考が停止してしまいました。悲しみが重くのしかかり、テレビの二ユースをどの様に受け止めていいのか苦しんでいました。

この震災で日本人は大きく変わったと思います。大きな覚醒が起こったとも感じています。多くの御霊の犠牲を無にしないためにも、強い決意を持って新しい日本を作っていこうと思っています。

色々な報道を見聞きしながら自分なりに考え、身近なところからこれからも真摯に発信をしていこうと思っています。新しいコミニティーが出てくるかもしれません。本当の意味で人にやさしい、生けるものにやさしい環境が生まれ出てくるかもしれません。

まだ前世紀の最終章が始まったばかりかもしれません。今後どの様な事態になるか、まったく予断を許さない状況ですが、最後の最後に残るこころだけが、未来に続く確かなものだと確信しています。

絆と希望

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陶芸雑感

お早うございます。日本全国が寒気に包まれて、今日も寒い朝を迎えています。大阪の南部はお天気に恵まれています。今年初めてのブログ更新です。皆様お変わりなくお過ごしの事と存知上げます。今年もよろしくお願い致します。

昨年後半からこの業界もかなり追い込まれた状態が続いていたと思います。最終コーナーを回って幾人残っているのか?すでに廃業が相次いでいて、競争原理すら働いていない状態だと思います。おーーい、今年もみんな何とか元気にやっていこうぜ! 私どもも自力で何とか販売ができるように頑張って行こうと、考えています。
この五年間商品のクオリティーを上げることに努めてまいりました。生き残るにはかなりの質の高さが求められました。その作業は今も続いているのですが、ステージを少し変え、求めやすい価格の中での高い価値観を見つけていこうと考えています。
一つ一つ手間のかかる作業ですが、そのことに面白さを見出し具体にする喜びを皆様に提供したいと思っています。
本年も皆様と共に希望ある一年になるよう努力してまいります。

陶芸雑感

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土と水と、秋の空。視点を変えた陶芸観

お早うございます。雲一つない秋晴れです。昨日もって帰ってきた生徒さんの作品が一気に乾くことを願っています。年々大きな作品を作るようになったので、乾きが少しでも足らないと、素焼き窯でどーーーんん!と爆発してしまいます。現に何人か急きょ作り直しという羽目になっています。10月15日に展示するのですが、最後の窯10日に入れようとすると大変強行なスケジュールになります。

何か月も掛けて作ってきた作品が、目の前にきて潰れていく。素人にとってかなりきついと思います。そんな生徒さんをなだめすかし、何とかモチベーションを回復させ、また作品に向かわせていく。生徒さんではどうしても越えられない山を、手を取って伴に超えていく。一つ一つクリアーしてまた陶芸の奥に入っていく。陶芸なかまみんなで、たのしみを味わってもらっています。今日の天気に安心して、作品を天日干ししています。

陶芸をしていると天候に敏感になります。期限の迫る作品がまだ乾かない。ストーブなど持ち出し乾かせば、底にヒビが入る。口元が切れだした。ひやひやびくびくしながら何とか乾かせたと思いきや、素焼き窯に入れしばらくすると、爆発音。一巻の終わりであります。

焼き物を「土を焼く」という視点ではなく、別の視点からとらえると、「水」をどこまで昇華させるかということに至ります。第一段階は粘土に水を含ませある程度の粘り、可塑性を持たせて造形していきます。土の性質によっていろいろと水分の吸収が変わってきます。水分を取り込みやすい土、それによって粘性も出やすい土、水をいくら含ませてもなかなか柔らかくならないで、ある瞬間飽和状態になる土。土の粒子で水を取り込みやすいのもあれが、難しいのもあるようです。

自分が造形する手段によって、その土の最大限の水を含ませる。そこから造形が始まり、どんどんその水を取り除いていく。造形が済めば徐々に乾かし、天日に干し内部に残る水分を抜きます。天日干しが一番内部に残る水分を向くことができます。時間がなくて、ドライヤーやストーブで乾かすこともあるのですが、かなり慎重にしてもリスクは高いです。土の表面が先に乾くと、中に水分が閉じ込められた状態になります。表面が乾いたと見えていても中に水分の層が残り、素焼き時にその水分が膨張し、爆発してしまいます。

天日で十分水分が取れたように見えますが、内部に相当な水分が残っています。素焼き窯に入れ、内部の水分が向けてくるのが250度から300度あたりです。この時期が一番危険な状態です。300度を過ぎると土に残された水分はある程度抜けていきます。しかしこれで水分がなくなったかといえば、まだ土を形成する結晶体に水が残っています。結晶水と呼ばれるものですが、550度から700度近くでこの結晶体が抜けるとされています。素焼きを700度から800度(磁器土はその範囲ではない)に設定するのは結晶水を十分抜くことに意味があります。

かわらけ、ビスク、素焼き、はこの状態を指しますが、これからもっと高度に水分を抜いていく作業が続いていきます。

そのことは次回にいたします。

金高騰にあおられています

こんにちは。今日は朝からいい日和で、心地いい風が工房の中をすり抜けていきます。午後から十草紋の飯碗の削り仕上げに入ります。人気上昇の飯碗ですが、どうぞこれからもご贔屓お願いいたします。

すたっふMさんから金を購入したいと、電話をもらい、このところの相場を聞くと、うううう、。考え込んでしまいます。グラム4500円プラスアルファー。いつも5gずつ購入するのですが、5年前からだと2000円くらい値上がっています。

昨日紹介しました、乾山5寸土器皿で計算するとゥゥゥゥゥ。金代にびっくりします。

乾山が活躍していたころは元禄期で、まだ寛政の改革までしばらくあり、ふんだんに金を使うことができた時代です。絵変わり土器皿も素朴なかわらけに金という対照的なコントラストの妙が、綺麗さび京都にマッチングしたのでしょう。贅沢極まりない日本的美意識ですね。

平成の土器皿はかなり細かな計算しても、なかなか成り立たないと、工房主は嘆いています。お客さんはよくご存じですよね。何が得か。金相場に利を持って行かれないように、こちらも防衛していかねばと、考えていますが。ない頭を絞っても出てくるものは知れています。

秋風と京焼十草飯碗

お早うございます。かくちで大雨が降っているようです。ここ工房も早朝から久しぶりの雷雨でした。今は小康状態なのでしょうか、雨が上がり雲は西へ動いています。

工房は基本的に祭日も仕事をします。手仕事故どうしても時間がかかるので、いたし方ないと思っています。

最近遅ればせながら「ツイッター」を始めました。HPからご購入されたお客様や工芸店様からお買い求めくださったお客様が、ご自身のHPで紹介してくださったり、またツイッターで情報を発信されたり、色々私どもの作品を紹介くださっています。ならば少しでもタイムリーな情報を工房から発信しようと思いました。以後よろしくお願いいたします。より皆様と緊密な状態を作っていきたいと考えております。

今日の工房は十草紋飯碗を引き続いて轆轤挽きいたします。

これはようびの真木さんがある茶会席で出された古清水の飯碗がイメージの基本になっています。大変感銘され美しく印象深かった思いを形にしてほしいと依頼されてお作りしたものです。見本も何もなく、ただその時の印象をお聞きしているだけで、不思議にもすでに出来上がったお茶碗がそこに現れるくらい二人のイメージは「確信」へ到達しておりました。

このような仕事は珍しく、大体は微妙なところで修正が入るものなのですが、この飯碗はイメージがストレートに形になった好例の一つです。


京焼 十草飯碗

オーダーメイド「玄緒香合」を納めおいて

季節が変わっても相変わらず残暑が続いています。どんよりした停滞感のご時世もまた相変わらずです。民主党のお二人のお話を聞けば聞くほど、日本の未来に大きな不安を感じてしまいます。この国の政治構造が問題なのでしょうか?世界の潮流、うねりについていけない様に思います。生みの苦しみといえば聞こえはいいが、政権交代の選択は、結果大きな付けを回されているようにも思えてきます。自民党にしても、民主党にしても内向きな政治に明け暮れし、国民の意思と乖離した存在になっています。政治が国民と分離すると、危険な要素がいろいろと出てきます。

そのような事は国政だけではないでしょうね。いたるところで構造破壊、社会不安を見聞きいたします。「未来が見えない閉塞感がいつまで続くか」、そのようなことが言われてどれくらいの月日がたったのでしょう。バブル崩壊から20年。とうとう行き付くところまで来たように思います。末期自民党政権からなんら変わらず続いている閉塞社会を、結局政治は社会を好転させることなく、日本沈没に向かわせるのか!日本民族が持つあの永遠の悲劇の繰り返しとなるのか。

ま、そのような事のないようしっかりみんなで見ていきたいと思っています。このところブログを上げるにも時間と気力を失いかけていましたが、55歳の誕生日を迎えて、一言二言想いを書いてみたいと思いました。9日から娘が孫を連れてきていたので、賑やかな生活を楽しんでいました。孫は来てよし、帰ってよし。爺婆も慣れない疲れで、正直帰ってくれるとほっとしています。孫も一歳になったので記念に陶板を作り、そこで手と足の型をとりました。焼き上げると実物の寸法より一割ほど小さくなるのですが、どこか風景が化石のようで、時間がたつと面白い記念になるでしょう。

工房はオーダーを頂いた「玄緒香合」が品よく仕上がり、無事オーダー主に送ることができました。先ほどお礼のお電話を頂き、大変喜んでいるとお伝えていただきました。じっくり手間をかけ、お客様がイメージされる作品を一つ一つ作り出していくのは、我々以上にお客様にとっても嬉しいことでしょう。その幸せを共有できることは作り人にとって大変うれしいことです。今回もまたいい思い出ができました。


玄著香合

伝統継承の難しさ

残暑お見舞い申し上げます。65回目の終戦記念日と盂蘭盆会でもある8月15日を今年も迎えることができました。戦後の記憶がどんどん失われていく中、テレビで学者さんたち、ジャーリストや作家さんたちがいろいろなことを語ってくれます。今年は全閣僚の靖国参拝もなかったようです。隣国の日本批判もなく、本来の静かな祈りを捧げることができました。山間の仕事場は、風の木立を抜ける音や蝉の声が木霊しています。 

一昨日、ひょんなことから35年も前の知り合いからメールを頂きました。HPを見てくれたそうで、懐かしく思い連絡をくれたそうです。

彼は瀬戸の窯業訓練校の同期で、地元赤津から通っていました。三歳位年上で卒業後は赤津の霞仙陶苑さんに就職されたと思います。私は卒業後静岡森山焼、中村陶吉先生の弟子につき、またその後赤津の菊陶園さんにお世話になりました。そんなことがあって、仕事帰りに霞仙に寄ってみたりもしました。轆轤に乗ってものを作っている彼をみて、「独立しないの?」「このまま職人さんでいるひと。」と勝手に思っていました。

窯業地に生まれた人の感覚と私のそれとは全く違っていました。35年も前のことです。オイルショックやニクソンショック、プラハ合意が有ったといっても高度成長の真っただ中、それも陶芸ブームで各窯業地は賑わっていた頃です。技術や才能を持たない私でさえ、未来に夢や希望が持てた頃です。陶芸で独立して、それも窯業地でもない場所で一家をかまえるなんて。今考えると「無謀」ですね。彼のほうが堅実で、当たり前な感覚なのでしょう。それから35年も経ったのですね。以前から赤津の様子は気にはなっていたのですが。頼りの内容は想像以上でした。

10年程前、陶芸クラブから瀬戸へ研修旅行に出かけました。愛知県立陶芸資料館を見学して、その後瀬戸の本業焼き窯元水野総一郎さん宅にお邪魔いたしました。彼とも訓練校同期で、懐かしく再開することができました。その時もすっかり窯場の様子が変わっていたのに驚きました。私が初めて本業窯に伺ったのは、まだ民芸ブームが盛んだった頃です。彼のお父さんも健在で、瀬戸一番の大窯を焼くところを見ることができました。そんな窯も今は小さなガス窯でした。

あれから瀬戸の状態はどんどん悪くなる一方と聞きます。どこもかしこも田園牧歌的な焼き物の懐かしい風景は見る影もなく、陶芸はいったいどうなってしまったのでしょうか?

彼の赤津の便りにも明るい未来はありません。「瀬戸で焼き物をするのは困難です。」って言っています。窯業地自体が淘汰されていく時代です。いろんなところで日本の伝統がすっぽり消えてしまう、デフレ世界の現状です。

伝統継承の難しさ

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鎮魂歌

お早うございます。世間はすっかり夏休みモードに入っていますね。今日から夏の甲子園、高校野球が始まっています。9時からの開会式をテレビで見ていました。工房は昨日から「染付磁器猪口、七寸皿、祥瑞鉢」を焼いています。朝、8時に温度調節をして、少し余裕のある時間帯に朝食をとりながら見ています。

この一週間腸炎ですっかり食欲が落ち、水分だけの日が続いていました。昨日やっと三食固形物を食べることができ、腹痛も徐々に治まりはじめました。15分おきにおきた腹痛も潮が引くような感じになってきています。体力、気力が痩せたせいか、甲子園で活躍する高校生がまぶしく見えます。今年はどのようなドラマが展開するのか、興味は尽きません。

この八月は日本人にとって特別な時間が過ぎていくように思います。広島原爆記念式に潘国連事務総長はじめルースアメリカ駐日大使が初めて参列しました。ルース駐日大使は「未来の世代のために、私たちは核兵器のない世界の実現を目指し、今後も協力していかねばならない」とのコメントを発表し、第2次世界大戦のすべての犠牲者に敬意を表した。ということです。また潘事務総長は被爆者や遺族ら出席者が見守る中、原爆死没者慰霊碑に献花。あいさつの中で「被爆者が生きている間に、核兵器のない世界という夢を実現しよう」と呼び掛け、国連トップとして核軍縮・不拡散を主導する決意を世界にアピールしました。戦後65年が過ぎました。現在日本は大きな転換期に差掛っています。多くの人類の犠牲の上に、今の私たちの生活、文化、生命が成り立っています。昨年オバマ大統領はプラハで「核なき世界」を宣言しました。この機運を世界的潮流にするためのも、私たち日本人は大きな人類の使命を付託されているように思っています。

八月は鎮魂の月です。終戦記念日と盂蘭盆会が重なるのも意味ある巡りあわせと感じます。静かに目を閉じ、胸に手を当て、自分の鼓動に先祖の魂を合わせる。人類の、また生きとし生きる全生類の生命に、自分の鼓動を合わせて一つの宇宙を感じる。

鎮魂歌

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暑中お見舞い申し上げます

こんばんは。厳しい暑さが続いています。体調管理に気を付けていたつもりですが、ウイルス性の突発腸炎で苦しんでいました。かれこれ三日程ただただ水を飲んで凌いでいました。きりきりと差し込む腹痛に何をする気力もなく、ごろごろテレビばかり見て時間をうっちゃっていました。その後遺症で腰を痛めたなんて、踏んだり蹴ったりです。これから八月、厳しさも増す中、どう踏ん張るか。思っただけで胃が痛みだしました。

日本列島はいろんな感情で蒸しかえっています。進む方向が見えないのも、不満の原因なのでしょう。長く続く国内デフレも限界にきているように思いますが。政治能力のない親方の元では、早くも行き詰まった日本を感じてしまいます。少し前までは、希望もあったようなのですが、これもそれもウイルス腸炎で萎びてしまいました。

まあ、ブログを書こうなんて思うくらいになったことは、元気が出てきたということなのでしょう。あまり復活の兆候が見られないので、昨日病院に行ってみたのですが、抗生物質のお薬よりも自然治癒を待ったほうがいいといわれ、大きなことになっていなければ我慢しようと思いました。下痢を止めるのもケースによって色々なのでしょう。今回は解毒の意味もあって、水分補給をしながら体調が戻るまで待つことにしました。普通なら次の日に復活してもいいと思うのですが、年のせいなのか完全復活まではまだまだ遠いようです。

工房は夏休みもとれずにいます。仁清写し「玄緒香合」のオーダーメイド頂いて作り始めました。11月にお使いになるのですが、このタイミングですでに作っておかなければ、間に合わなくなると思っています。かなり手間仕事の上、焼き上げて蓋と身が合わないことも多くあり、また身が細工上分厚いところがあり乾燥時に亀裂が入ることもよくあります。

今回は3個作っておきたいと思います。モチベーションが落ちないようにするのも、仕事のうちです。普段健康と思っていてもいろいろと付加が掛かっていて、思わぬところで体調を崩してしまいます。皆様もくれぐれもご自愛くださいますよう、暑中お見舞いと共にお祈り申し上げます。


玄猪香合

暑中お見舞い申し上げます

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