2009年 2月 の投稿一覧

京都五条の筆職人、稲本さんを訪ねて

こんばんは。寒さも峠が過ぎたのでしょうか、穏やかな日和の中、京都五条に出かけました。稲本さんの筆を買いに行くのが目的です。ここの筆でないと仕事にならないことが多く有ります。すたっふMさんが描いている世界は、ここの筆でないと出ない線が多く有って、実は昨年から稲本さんの状態が思わしくなく、筆を注文してもなかなか作ってもらえない事が続きました。今回もお電話を差し上げて状態をお聞きしてから出かけて参りました。身体に詳しい状態はここでは書けないのですが、今日はご機嫌もよく、遠いところからわざわざ来てもらったと、喜んでくださいました。こちらも鉄絵に合う筆を頂きたく、色々とお話しながら、これもあれも試して下さいとたくさんの筆を頂きました。ご厚意いつもありがたく思います。

少し筆のお話です。私はどちらかと言えば鉄絵を得意としています。色々な筆を使って描いてみたのですが、面白い調子がつかめませんでした。そこで稲本さん宅を訪ね、鉄絵で面白い筆はありませんか?20年以上前のお話ですが、ちょうど人間国宝にもなられたある作家からの依頼で、何とか合格を頂いた筆が一本余っているので、これを試してください、と手渡された筆があります。正当な職人世界から見るととんでもない筆なのでしょうが、その先生は何か面白いものが出来そうだと仰って、それを持って帰られました。その先生から何度も修正があって色々な手法で作ってみたが、素人に依頼し作らせた筆が一番よかったという話でした。それも、後で聞いた話ですが、面白いはなしだなあ!と関心しました。何を言っているのかと言えば、プロが作る筆は完成されていて、誰でも使えばある程度の線が描けるように作られているのです。しかし鉄絵などは素地と筆との葛藤があった方がすんなり書けない方が断然面白いのです。それを使いこなせるようになって誰もが描けない線が生まれてくるのです。思わぬ拍子に表現される線がいきいきとして生まれ出てくる。そんな事が期待されることで、作品に緊張感とユーモアーが生まれてくるのです。

20年前に頂いた筆もさんざん描かせてもらい、毛も寂しくなってきました。その筆はもう誰も作ることはできないというお話です。その時代その瞬間に出会う道具があって、その時代の作品も生まれてくるのです。この筆屋さんもなくなるとまた一つの時代が変わってしまうのでしょうか?工芸もまた生きづらい世の中ですね。

ニーズの発見と創造

こんばんは。冷たい雨が降っています。北の地方は雪模様ですが、関西はこの様な寒さと温かさが入り混じりながら春を迎えていきます。もうそこまで春がやって来ているのでしょうね。寒さの中にも希望が見えてきます。

今日は金曜日で公民館の陶芸クラブでした。昼のクラスに私はお休みをしましたが、夜のクラスには指導に行ってきました。その前にようびさんから電話が入りました、24日に送った十草紋の飯茶わん、枝垂れ桜紋湯呑、新しい小さな汲み出しの焼き見本についてのコメントです。課題だった十草の口もとの線の揺らぎはまずまずの評を頂きました。温度を5度近く落とした事で少々の呉須泣きはおさまったのでしょうが、今度は焼きの甘さが気になるようでした。早速お店の方で御茶碗に水を張って、焼きの甘さがどの様な影響が出るのかテストをすることになりました。京焼は酸化焼きでどうしても温度が低めで焼かれる為、貫入にシミがつきやすくなります。このシミはまた京焼の魅力に転嫁していくのですが、それを知らない方が買われると、クレームの元になってしまいます。私どもで使用している土は低下度でも焼きしまるように調整してあるようです。普段家で無地の鉢を色々な状況で使っているのですが、全く貫入にシミが入らないということはないのですが、汚いということは全くありません。使って行くたびに歴史の様な重厚さが生まれてきます。これが京焼の魅力です。もちろん扱う状況で同じ器でもこれ程違うのかと思うような器に出会うこともありました。今の京焼は酸化焼は電気窯で焼かれることが多く、私共のように灯油窯で焼くことはめったにありません。電気窯はどうしても素地が焼き締まるということが難しく、それ故食器ではシミが入り易いのも否めません。その難を解消したいがため私どもは素地の焼きしまる、また柔らかく焼きあがる為に灯油窯を使っています。

食器はこれだけ色々な事に制限されながら作っています。今の時代のニーズに合うことと、いい食器とはなかなか折り合いが付かないことが多く有ります。しかし作り手も奢らず、使ってくださる方の意見を素直に受け入れることで、新しいニーズが生まれてくると思うのです。今、私たちが作っている京焼の食器は、たぶんどこの窯屋さんも作っておられないのではないでしょうか。そこに私たちの新しいニーズを産み出してきました。今金の高騰でこの仕事もある局面に来ていますが、この状況を深く受けと止めてまた新しい作品に展開していきたいと思います。

乾山陶器 筆使いの面白さ

今日は早春の好天に恵まれました。穏やかな日差しが戻って来ました。久しぶりに大きな山桜の木のある橋まで奈菜(工房のマドンナ)と散歩に出かけました。途中にある梅の木は今が盛りとばかり満開で、福郁とした高貴な香りを放っていました。梅一輪程の暖かさとは言いますが、すっかり気候は春に変わっています。こんな事を云っていますが気が付けば後二日で二月も終わり、いよいよ弥生三月に入って行きます。

工房は昨日の続き、削り仕上げをしました。気が落ち着かないで夕方になってようやくいくつか削ることが出来ました。手探り状態なので考えがなかなかまとまりません。結局は早く一度焼くことが先決です。どうこう考えまた思っていても一度焼くことで、なにわともあれ一回目の結果が出るのですから。そこからいいところを延ばし、積み上げていけばいいのです。傍から見れば何をだらだら、うろうろしているんだろうと見えるのでしょうが、思いついた資料を探したり、乾山の筆使いを調べたりと情報集めに一日を掛けてしまいます。乾山には梅のモチーフが多くありますが、筆使いは色々なタッチが有って筆も変えて描いています。

鉄絵の筆はすたっふMさんが使っているものとはまた違う素材で作ってあります。週末筆を見に出かけようと思っています。その筆屋さんは陶磁器に描く筆を作ってくれるところなので、こちらの気持ちにあった筆がなかったら、お話をして作って頂こうと思っています。鉄絵の筆はどちらかと云えば穂先が長く、腰をためて描くと面白い線が生まれます。筆には正面と裏があって、裏から入る線やまた腹で引きずったように描く線など色々な筆法があります。乾山陶器を見ていると絵付けは生素地の段階で描かれています。普段絵付けをする陶器は素焼きをしてから描くのが一般的なのでしょうが、事乾山の陶器は生素地にダイレクトに描かれた味が器とひとつになって面白さを醸しだしています。

乾山陶器のどこか焼き物から離れて見える作品があるのは、一般の焼き物の手順では表現できないものなら独自の方法を発明してでも、乾山絵画を見せるための作品だからでしょう。たとえ陶器を離れていてもそれは一向に構わないという感じが強く出ています。どの様に作られたのか?色々と試しながらこの山を登って行きます。

「乾山は京焼だったのよ」

こんばんは。昨夜に続き雨が降っています。珍しいです。すっかり春に変わってしまいましたね。何故か、変に焦っていますが、きっと桜が咲き出してくるのじゃないかと不安に思っているのです。春の仕事が遅れてきています。季節に追われながらの仕事です。

工房は乾山陶器の準備です。鉄絵深向付けの削り仕上げをしました。食器に施されている乾山独特の絵付けに目が奪われがちですが、素地を作ってみると分かってくることが多くあります。単純な形、例えば切っ立ちの深向こうにしても(切り立ったまっすぐなという意味)、轆轤挽きはかなり丁寧に仕上げていて、思った以上に時間が掛かっています。贅沢な時間の掛けようだと感心しています。到底今のご時世では食器にこれだけの手間をかける工房はないでしょう。乾山写しと云ってとんでもない湯呑何かが高く売られていたりしています。陶芸はどんな種類のものでもみんなそうですが、何といっても素地が一番重要なのです。乾山陶器は素地に白化粧が施されていてなかなか素地事態を見ることが困難ですが、高台の削りの写真なんかを見ると、素地の様子がよく分かります。何ともスッキリとしたと云って固くなく柔らかな線ですべてが構成されています。この様な線を醸し出すには、かなり熟練が必要と伴に、削りのタイミングが早い段階で仕上げされていることが分かります。その様な段階の削りは大変時間が掛かります。素地の肉厚を薄く持って行くのに手間を通常の何倍も掛けて、削り味を残しながら品良くまとめていくには、何かをどこか度外視していかないとできません。そうなるとこれは食器ではなくなります。もう既にお道具の域になっています。

そうなのですよね。今の時代だからこそこんなにも手間暇掛けて作ったお湯呑みを使ってくださる方々が居られるのです。乾山陶器を作り始めて最初に感じた言葉は「遊び」ということでした。自分を手放して遊んで行くことができたら、この世界は大きく開いてくれるだろうと、思いました。

ようびの真木さんが、「乾山は京焼だったのよ」と云った事が、色々な意味で面白く展開し出しました。誰が聞いても工芸店の店主がいまさら何を言うか?と思いでしょうが、乾山陶器の素地を挽く事の難しさを再発見されたのだと思います。さて、これからどの様になってくのでしょうか。わたしも楽しみです。

夜の梅

こんばんは。この一週間はまるで菜種梅雨の様な天候と云われていますが、どんより雲に覆われた山間も今夜は暖かく感じています。季節が先走っているようで感覚として二三週間のずれを感じますが。夜の山道を歩いていると、どこからともなく馥郁とした梅の香りが漂ってきました。この世界をどの様に表現しようかと迷っていますが、香りとともに胸が締め付けられるのも、そこに「春」を思い起こすからでしょうか?いつになっても春を待つ気持は、初々しい心を自己の中に発見できるからかも知れません。昨日80も過ぎた父が、「早く三月になればいいのだがなあ。」と独り言を云ったのも、今年も春に出会える喜びを言いたかったのかも知れません。

工房はすたっふMさんが焼き上がった作品を持って来ました。見本「しだれ桜のお湯呑」も春の光を感じられる出来上がりでした。早速十草紋のお茶碗、毬紋皿、と一緒に工芸店ようびさんに発送しました。水仙の箸置きも全て削り仕上げを終えました。紅白椿紋箸置きの見本も納得いく削りが出来、かなりの手の込みようですが、この様な箸置きもあってもいいのではないかと思いながら作ってみました。この何年かで色々なお箸置きを作って来ましたが、少しずつ箸置きの魅力にはまりだしています。彫塑的な感覚が面白いのでしょう、もっと色々アイディアが生まれてきそうです。季節には何合わないですが、一年もすぐに巡ってくるのでどんどんチャレンジしていきたいと思っています。

夜から乾山陶器の作成に入りました。轆轤で挽いてあった湯呑、筒向付け、小鉢等を削って行きます。明日白化粧をいくつかテスト用に準備したいと思っています。土に馴染む様な化粧や独立して主張する化粧などを考えています。

一つひとつ、口癖ですが前に進めて参ります。

京焼十草飯碗が焼けました

こんばんは。今週で二月もおしまいです。瞬く間に三月の声が聞こえてきました。夜になるとお雛様のぼんぼりに火が入り、静かに春を待っています。隣の桃の木が深いピンク色に染まって来ました。後一週間二月に納める仕事に精を出して参ります。

京焼 十草飯椀

京焼十草飯碗が焼けました。温度を下げて焼いたのですが、口もとの呉須の流れは治まらなかったようです。自然な感じで問題はないと思っています。今後の課題としておきましょう。釉薬や下絵の具をいじると全体のバランスが崩れるので、そんな事はやる気はないのです。一度新しい形に十草を描いて釉薬や下絵の具のテストをしてみるのも案かも知れません。出来上がった作品に手を加えると、かえっておかしくなりマイナススパイラルにはまるのが常ですから。

工房は水仙の箸置きの削り仕上げをしました。細かな部分にも丁寧に気遣いしながら作っていくのは面白いです。気持ちが自然と入っていくのが楽しいです。使ってくださる方と心の交流が生まれてくると、一つのヘラ使いにももう一つ、もうひとつとついつい手間を掛けてしまいます。釉薬が掛かるとほとんど分からない線でも、こだわってみたくなります。このこだわりが何を生み出すのか、面白く興味のある所です。作品の厚みとは、そんな色んな気遣いのこだわりの層だと思っています。小さなこんな箸置きにも使われる方の生活の風景が見えて、大切に扱われて行く事を思うと、手間を入れたくなって来ます。

食器は結局使われる方が作っていくのですね。厳しい要望があればある程、作り手も育って行くのです。このご時世有難いことだと感謝いたして居ります。

水仙文箸置き 追加制作

こんばんは。今日は寒い一日でした。昨日から焚いている窯はお昼の12時半に焼き上がりました。数が少ないこともあって、温度も順調に上がってくれました。いつもより3度から5度低めに焼いてみました。明日の窯出しでどの様になっているか?楽しみにしておきましょう。

工房は午後から水仙の箸置きを作りました。HPからのお問い合わせで、在庫が切れているのですが作る予定がないのでしょうか?とのことでした。15個在庫を持って1月の下旬に売り出したのですが、瞬く間に完売となってしまいました。一商品がアップしたとたんにお客様が素早く反応して下さって大変うれしく思っています。御使い物にされ相手様も大変喜ばれたと云って、再度注文して下さいました。

京焼 水仙文箸置き今日もまた箸置きのお問い合わせがあったので、窯も一段落したことだし時間が少し出来たので、早速作り出しました。水仙は私どもの庭にたくさん咲いていて、年末からずうっと途絶えることなく咲いてくれます。また種類の違うものが裏山に3月から咲き出して来ます。そういう意味では季節の長い花なのですね。小さな箸置きからでも暮らしに季節の彩りが演出され心も和んで来ます。

器で繋がる心の世界を共有するとことが、私たちが一番いきいきする瞬間です。丁寧に心を込めて作って参ります。

ゆらぎの感性

こんばんは。春のはしりによくある寒の戻りも今回は長くは続かないようで、この寒さを超えるともう寒波は来ないという話です。三月の中頃には桜が咲くのではないでしょうか。季節に追われながら進める仕事にとってはいつものことながら、てんてこ舞いさせられることでしょうね。少しでも急いでいきましょう。

工房は昨日の続きで窯焚きの用意をしました。午後6時には火が入り、少し早目なのですがあぶりを開始いたしました。今回は十草の飯碗を主流に焼くので、いつもより低く焼き上げたいと考えています。呉須と鉄で交互に描かれた細い線は、釉薬の厚みや焼成温度で微妙に調子が変わります。今使うこの呉須はこの樫灰の釉薬では少し泣くので(釉薬に反応して線が揺らぐこと)線がぼけてしまいます。特に口もとの線が細るのでそのことを避けたいと思っています。温度が上がると融けもその分進むので、線の揺らぎを避けて焼き上げたいと思います。

「ゆらぎ」という言葉が出てきましたが、私はこの言葉を大切に扱っています。陶芸ではあまり使われませんが、一種のバイブレーションによって発せられる「気持ちよさ」みたいなものです。この世界でよく使われる味という言葉でくくられるのでしょうが、「ゆらぎ」にはもう少し違った意味を私は持たせています。超振動より伝わってくる感覚と言えばいいのでしょうか。焼き物には釉薬と素地の間に、釉薬でもないまた素地でもない、「中間層」という独特の物質があります。この中間層が大きければ大きいほど、独特の焼き物感が生まれます。それとはまた違うのでしょうが、空間に溶け込んで、稜線が甘くぼやけている感じをイメージしています。

その様な陶器を作ることが出来たら、古来より言われる「雅」にも通じていくのだと思っているのです。彼岸と此岸の間を超高速で行ったり来たりしている感覚です。日本でしか生まれえない世界だと感じているのです。このお話は作品を元に進めていきたいと思います。

窯が焼き物を作ります

こんばんは。大阪は先ほどから雨が降り出しました。北陸などでは雪になっているようですが、春間近の湿気の多い重たい雪なのでしょうね。修行期間は10年ほどありましたが最後の三年は石川県で過ごしました。山中温泉の近くの寒村で、何メートルも積もる雪の冬を体験していました。今年は暖冬と聞きますが、どの位雪が残っているのでしょうか。

工房は午後から、すたっふMさんも来て、窯の準備に取り掛かりました。十草紋飯碗、扇型箸置き、桜紋煎茶碗テストと数もそんなに多くないのですが、十草紋のお茶碗は釉薬掛けに大変神経を尖らします。釉薬の厚みが微妙な感覚なので失敗すると台無しになってしまいます。もともとこの京焼きは普通の焼き物に比べて釉薬の厚みが薄掛けになっています。青磁の釉薬はかなり厚く掛けていくのですが、それとは別にしても京焼きは「水薬」とも言われるくらい薄く掛けていきます。それ故釉薬に対する水加減が微妙で、多い少ないで貫入の入り方も大きく影響してきます。私たちの京焼きはかなり薄作りなので、水回りの加減も計算しなければなりません。また釉薬の掛けた後の処理も重要で、普通の焼き物は釉溜まりを意識して掛けるのですが、この焼き物はそれを嫌います。均一に掛けることが重要になるので、釉溜まりは竹へらなどを使い綺麗に処理していきます。この様に手間仕事が多く有るので、数が少なくても時間が掛かってしまいます。一日掛けても窯づめにはいかず、明日に回すことになりました。明日の夜から火をつける段取りにしました。

今回の窯には乾山陶器のテストは入りません。乾山陶器は窯を変えて焼く予定です。昨年暮れに、無理を言って運んでもらった耐火煉瓦の窯で焼きます。乾山陶器は極端な事を云えば彩色土器に近いと思っています。高火度で焼かれた作品もせいぜい1200度までで焼かれているようです。乾山は絵が主流なので、高温で焼けて絵に雅味のない作品より、どちらかと云えば焼けが甘くても画に調子のいいセンスがあればそれが最高の焼きと思っています。その様な陶器なので土自体の焼け方が問題になって来ます。今私たちが作る京焼きはどちらかと云えば表面が美しく焼けなければならないのに対して、乾山陶器は焼きと絵の調子が一致してはじめて作品になっていく様です。しかし現代に焼きの甘い食器は通用しません。いくら雅味があるといっても、普段使うのに不便をきたすものは使ってもらえません。素地がある程度焼きしまって、尚且つ絵に雅味が残っている、そんな陶器をどうすれば焼けるのか。

それで私は窯を変えてみたいと思いました。そんなこんな事を色々と思索をしながら進めていきます。

乾山陶器の特徴-白化粧

昨日と打って変って暖かな一日でした。神戸の町並みがきれいに見えていました。空気が澄んでいるんですね。大阪湾も穏やかで船も見えるぐらいでした。昔子供がまだ幼かったころ、神戸が外国だと思い込んでいたらしく今日の風景はその様に見えていました。大阪湾は黒潮の支流で南から北へ、泉州沖を通って明石に向かって流れています。大阪の冬は懐に湯たんぽを抱えているように、温暖な気候に恵まれています。大阪湾をちぬ(黒鯛)の海と呼ばれているように、黒鯛がたくさん取れるのです。これから三月には「いかなご」の漁が始まり、本格的に春を迎えます。

工房は乾山陶器の試作を作っています。昨年テストした土にいくつか種類別に食器を作って、白化粧を施してみようと思います。乾山陶器の大きな特徴に白化粧があります。乾山窯は大きく二つの違った焼き物の流れを持っています。楽焼きや上絵の軟質陶器と鉄や呉須で描かれた高火度陶器です。初期の頃乾山窯は白化粧をベースにした、所謂「絵高麗」を主に作っていました。この陶器は今でいう中国華北にある磁州窯系の焼き物で、灰褐色の胎土にカオリン(磁器の原料)をベースにした白泥を生掛けし、鉄絵の具で流麗なタッチの文様が描かれています。日本に茶道具として入って来たものを「絵高麗」と呼ばれるようになりました。乾山はこの絵高麗を手本に数多くの作品を焼いています。白と黒のモノトーンの世界が墨絵とイメージされたのでしょうか、光琳も手伝って多くの作品を残しています。乾山陶器には必ずと言っていいほど全ての作品に白化粧の技法が施されています。意匠的に掛けてあるものや素地の土に馴染ますように薄く施されているものなど、一見すると化粧と分からないような使い方をしています。乾山本人も白化粧にはかなりのこだわりがあって「秘伝」とさえ云っています。私もこの道に入ったころから白化粧には魅せられて来ました。乾山は絵画陶器を作ろうとしたのでしょう。彼の作品には釉薬で見せるという陶器は一つもありません。黒楽さえ必ず意匠が入っています。

仁清陶器と乾山陶器の大きな違いは、仁清は焼き物の手順を踏んで焼き物の作品を作っているのですが、乾山は彼の持っている「文化」を陶器に借りて作っているのだと思うのです。乾山陶器の難しいところは、実はそのことにあるのです。私はこの何年かを掛けて、古清水、仁清を写してきましたが、この陶器事態はかなり高い技術が必要でしたが、思考的には「焼き物」を作ることには変わりがなかったのです。しかし、乾山はこの手順を踏んで行くと似て非なる物が出来かねないと思っているのです。乾山の血に潜む「文化」とは?これから深く潜行して行くテーマです。