「乾山は京焼だったのよ」

「乾山は京焼だったのよ」

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こんばんは。昨夜に続き雨が降っています。珍しいです。すっかり春に変わってしまいましたね。何故か、変に焦っていますが、きっと桜が咲き出してくるのじゃないかと不安に思っているのです。春の仕事が遅れてきています。季節に追われながらの仕事です。

工房は乾山陶器の準備です。鉄絵深向付けの削り仕上げをしました。食器に施されている乾山独特の絵付けに目が奪われがちですが、素地を作ってみると分かってくることが多くあります。単純な形、例えば切っ立ちの深向こうにしても(切り立ったまっすぐなという意味)、轆轤挽きはかなり丁寧に仕上げていて、思った以上に時間が掛かっています。贅沢な時間の掛けようだと感心しています。到底今のご時世では食器にこれだけの手間をかける工房はないでしょう。乾山写しと云ってとんでもない湯呑何かが高く売られていたりしています。陶芸はどんな種類のものでもみんなそうですが、何といっても素地が一番重要なのです。乾山陶器は素地に白化粧が施されていてなかなか素地事態を見ることが困難ですが、高台の削りの写真なんかを見ると、素地の様子がよく分かります。何ともスッキリとしたと云って固くなく柔らかな線ですべてが構成されています。この様な線を醸し出すには、かなり熟練が必要と伴に、削りのタイミングが早い段階で仕上げされていることが分かります。その様な段階の削りは大変時間が掛かります。素地の肉厚を薄く持って行くのに手間を通常の何倍も掛けて、削り味を残しながら品良くまとめていくには、何かをどこか度外視していかないとできません。そうなるとこれは食器ではなくなります。もう既にお道具の域になっています。

そうなのですよね。今の時代だからこそこんなにも手間暇掛けて作ったお湯呑みを使ってくださる方々が居られるのです。乾山陶器を作り始めて最初に感じた言葉は「遊び」ということでした。自分を手放して遊んで行くことができたら、この世界は大きく開いてくれるだろうと、思いました。

ようびの真木さんが、「乾山は京焼だったのよ」と云った事が、色々な意味で面白く展開し出しました。誰が聞いても工芸店の店主がいまさら何を言うか?と思いでしょうが、乾山陶器の素地を挽く事の難しさを再発見されたのだと思います。さて、これからどの様になってくのでしょうか。わたしも楽しみです。

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