なるみ庵
今日は伏原窯のインスタグラムでお世話になっているデザイナーOさんが来訪されました。
インスタグラムに春夏秋冬の器を載せてもらっています。昨年は春と夏の器を載せてもらいました。今年は秋と冬の器を進めて行く予定です。
Oさんに頂いた羊羹でお抹茶を頂きました。萬松堂のさくら羊羹は羊羹とゼリーの間に桜の塩漬けが入っていて春の味がしました。

京焼・清水焼や乾山の写し等の向付・小鉢・茶碗・大皿等、御料理に応じた食器を手作りで製造し窯元より直送にて販売しています。

なるみ庵
今日は伏原窯のインスタグラムでお世話になっているデザイナーOさんが来訪されました。
インスタグラムに春夏秋冬の器を載せてもらっています。昨年は春と夏の器を載せてもらいました。今年は秋と冬の器を進めて行く予定です。
Oさんに頂いた羊羹でお抹茶を頂きました。萬松堂のさくら羊羹は羊羹とゼリーの間に桜の塩漬けが入っていて春の味がしました。

陶主日記
整う年
今年は、いろいろなことが整い始めた一年になりそうです。
長く続けてきた借入も、来年四月には
日本政策金融公庫 のローンが終わります。
さらに太陽光のローンも半分ほど終わり、
少しずつですが、身の回りが軽くなっていきます。
若い頃は、工房を作り、窯を守り、
家族を養うことに精一杯でした。
それが今、こうして振り返ると、
長い時間の中で少しずつ整ってきたのだと思います。
今年は金融の整理もしました。
長く持っていた投資信託なども見直し、
資産を静かな形に整えていく年です。
慌てて何かを始めるのではなく、
これからの十年を見据えて、
ゆっくりと準備していこうと思っています。
子供たちには、将来、店を任せたいと思っています。
泉佐野の古民家などで、
器の店ができれば面白いかもしれません。
名前は、ふと
「伏原窯 なるみ茶房」
という言葉が浮かびました。
まだ構想の段階ですが、今年から少しずつ意識して準備していこうと思います。
大きなことではありません。
当たり前の器を、当たり前に作り続ける。
その積み重ねの中で、やがて静かな熟みが生まれてくる。
それが、私の感じている
**「なるみ」**という世界です。
普通が一番。
続けていくと、なるみになる。
大阪の窯元として、今日もまた土に向かいます。
色絵青もみじ紋平向付


今日のなるみ庵は、お昼からカレー会を開きました。
世界情勢や歴史の話、日本の未来のことなど、話は尽きることなく続きましたが、次のお客さまのご予定があり、「フクロウを作ろう会」をするお約束をしてお帰りになりました。
入れ替わるように料理人さんが来られました。
〇〇さんの先輩は〇〇さん、といった具合に、狭い世界の中で皆さん励まし合いながら切磋琢磨されている様子。気になるお店には実際に足を運び、日々研究を重ねておられるというお話を伺いました。
料理人さんとの時間は、「こんな器にこんな料理をのせたら面白いのでは?」と、次々にイメージが広がっていきます。ひとつお題をいただき、夕方から八時近くまで話は盛り上がりました。
ゆったりとした時間の中から、新しい器が生まれてきます。
春来たり
皆それぞれの
時を持ち
朝は自宅で、BUFFALOの中継機の設定から始まった。二階でもWi-Fiが届くようになり、ひとつ家の環境が整う。思いがけない朝の仕事になったが、無事につながりほっとする。
そのあと会計の用事でATMを回り、月末のお金周りを整えた。春の光の中、町の空気もどこか軽やかに感じられる。
用事を終えて車で山の工房へ向かう。自宅のある泉佐野の町から、伏原窯のある山村まで十一キロほど、三十分ほどの道のりである。日によって通る道を変えるが、どの道もそれぞれに季節の景色があり、今の時期はどこも春の気配に満ちている。
工房に着き、森本さんと朝ご飯をいただく。静かな山の空気の中で仕事の一日が始まった。
今日は十草飯碗蓋付きの蓋の削り仕上げ。轆轤の前で土と向き合いながら一つ一つ削っていく。今日は十三個削ることができた。残りは五個、明日でこの仕事も整う。
春の光の中、山の工房で今日も静かな時間が流れた。楽しく、嬉しい一日であった。明日は太極拳仲間の麻里子さん親子が一時頃に来て、工房はカレーの日。午後四時頃には堺のお料理人さんも訪ねて来られる予定である。
なるみ庵
おひさまが暖かくなり、工房の猫が日向ぼっこをしに外へ出ていくようになりました。
さて今日のなるみ庵のお昼ご飯は、ご近所さんにわけぎを頂いたので”わけぎとヤリイカの酢味噌和え”をつくりました。

仕事は青もみじの絵付をしています。この季節の恒例になりました。
絵の具の厚みが焼き上がりの色合いを決めるのですが、1枚のもみじを描いている間にもどんどん絵の具は乾いていきます。
今日も1枚づつもみじを描いていきます。

令和八年三月二十一日 晴
三連休の中日。
朝六時三十三分に目覚める。
静かな春の朝である。
工房へ行き、いつものように朝食をいただく。
今日は新しく出来た笹の鉢に蓮根の煮物を盛った。
藪に鶯の頃、春の食卓である。

森本さんがそれを見て一句。
笹の鉢や
使いていきる
春の膳
器は作って終わりではない。
使われて、暮らしの中に入って、はじめて生きてくる。
改めてそんなことを思う。
今日は十草飯碗の削り仕上げ。
並んだ飯碗を一つひとつ削り、轆轤の線を整えていく。
静かな仕事である。
正午過ぎ、先の貝塚市長選挙の後、二度目の挨拶に
田中学 さんが来られる。
選挙後の報告や内輪の話など、二時間ほど話して帰られた。
人の世はいろいろあるものだ。
その後また工房に戻り、削りの仕事。
伏原窯の一日は、いつものように夜八時まで続く。
今日は対話の中で、こんな言葉もまとまった。
暮し。
それをどう捉えるか。
その中でどう自分を表現するか。
どう生きるか。
暮しはその人の舞台。
風呂をいただき、一日を終える。
静かな三連休の中日。

