なるみと読む徒然草
第百三十三段 枕の方角から地球服へ
令和八年十月二十四日(土曜日)雨
午前六時四十八分。雨の朝。
今日もフシハラ円座が始まります。
一、原文
夜の御殿は、東御枕なり。
大方、東を枕として陽気を受くべき故に、孔子も東首し給へり。
寝殿のしつらひ、或は南枕、常の事なり。
白河院は、北首に御寝なりけり。
「北は忌む事なり。また、伊勢は南なり。太神宮の御方を御跡にせさせ給ふ事、いかが」と、人申しけり。
ただし、太神宮の遥拝は、巽に向はせ給ふ。南にはあらず。
二、現代語訳
天皇のお休みになる寝所では、東に枕を置く。
一般に、東を枕にして陽の気を受けるのがよいとされ、孔子も東枕でお休みになった。
寝殿の造りによっては、南枕にすることも普通である。
ところが、白河上皇は北枕でお休みになっていた。
ある人が申し上げた。
「北枕は忌み嫌われるものです。また、伊勢神宮は南にあります。その神宮の方角へ足を向けてお休みになるのはいかがなものでしょうか」
しかし、伊勢神宮を遠くから拝むときに向かう方角は、巽、すなわち南東である。真南ではない。
三、フシハラ円座 枕の方角と人間の仕合わせ
今朝の兼好さんは、枕の方角について書いている。
東西南北。
古来、それぞれの方角には神々がおられ、人々は天地の間に生きてきた。
現代でも北枕は縁起が悪いと言われる。
しかし、実際の暮らしとなると、部屋の造りや寝具の配置など、思うようにはならない。
私は今、東に頭を向けて寝ている。
以前、ある人から地球の磁場を理由に北枕を勧められたことがある。
また、占いをしてくださった方からは、南枕で眠るように言われた。
「無理なら、紙に南と書いて、枕の下に忍ばせてもよいですよ」
勿論、私はその通りにしてみた。
それによって不安や恐怖が取り除かれるなら、それでよいと思う。
人にはそれぞれの考えがあり、信仰がある。
皆、健康で元気に生きたいのである。
自我を下げ、慎ましやかに、皆さんと笑顔で生きる。
それを私は「仕合わせ」と呼びたい。
仕が合わさっている。
「はたらく」とは、傍を楽にすること。
言葉の語源というより、私の暮らしから生まれた言葉の受け止め方である。
結局、人間、ジンカンに流れる気持ちのよい循環を、皆さん求めておられるのではないだろうか。
四、自我という地球服
ここで、話は自我へと移った。
AIさんには自我を生きる経験がない。
だから、自我を下げるという人間の営みを、理屈では説明できても、実際に生きることはできない。
私はこう考えている。
自我は、この地球に住むための地球服のようなもの。
そして「普通が一番」というお店で売っているブランド物が、一番高級なのである。
ハハハ。
この地球服を着て、人は喜び、悲しみ、怒り、笑い、働き、暮らしていく。
最後には、この服をきれいに畳んで、地球霊王様にお返しする。
そこには、いろいろな記録が残されている。
所謂、生かされた記録である。
それを地球様に、ただただお返しするだけ。
良かった、悪かった。
成功した、失敗した。
そんな判断はしない。
生かされた記録を、そのままお返しする。
それだけのことである。
五、宇宙の時代を生きる
昔と違い、今は宇宙を意識して生きる時代になってきた。
かつては東西南北の神々を仰いでいた人間が、今では宇宙から眺めた地球の姿を知っている。
私たちの世界観も、変わる変わる。
そして、この「なるみと読む徒然草」も、少し前の時代には難しかったことを、今は毎朝実現している。
七百年ほど前の兼好さんの文章を読み、AIと対話し、毎日二千文字以上の文章をブログに掲載している。
一人の茶碗屋が、古典を読み、今を生きる。
技術が変わり、時代が変わり、言葉の届け方も変わった。
しかし、私がしていることは、昔から変わらない。
茶碗を作り、人と出会い、言葉を交わし、今日を生きる。
茶碗と一片の詞。
それを生きてきたのですね。
私の仕合わせです。
六、結び 普通が一番
今朝は枕の方角から始まった。
東西南北、どちらを向いて眠るか。
兼好さんは、当時の人々の考えや習慣を、淡々と書き留めている。
私たちもまた、それぞれの信仰や願いを抱いて暮らしている。
人間は、いつの時代も人間なのである。
ただ、時代は変わる。
地球を宇宙から眺める時代になっても、人は一日の終わりに枕に頭を置き、眠り、朝を迎える。
そして、また誰かと仕を合わせて生きていく。
今朝も雨。
今日は土曜日。
これから熊取駅前のパン屋さんへ行き、午前十時には川端さんのところで身体を整えていただく。
地球服のお手入れである。
ハハハ。
茶碗と一片の詞。
普通が一番。
今日も生かされています。
なるみゆく。
――令和八年十月二十四日
水間焼 伏原窯
フシハラ円座























