令和8年3月14日(土曜日)晴 土曜教室

陶主日記

令和8年3月14日(土曜日)晴 土曜教室

 

午後からは土曜教室。

美代さんが来られ、工房での制作の時間となりました。

 

今日は壺の制作。

形はほぼ整ってきているので、少し手を入れながら全体のバランスを見ていきます。

 

口元や肩のあたり、

ほんのわずかな手の加減で、器の表情は大きく変わります。

その微妙なところを一緒に見ながら、少しだけ手を添えました。

 

こうして作り手と器が向き合う時間は、静かで良いものです。

急ぐこともなく、土の様子を見ながら進めていきます。

 

工房の中では猫もそばにいて、

土曜の午後らしい、ゆったりした空気が流れていました。

 

人が集まり、土を囲み、

それぞれの形を作っていく。

 

こうした時間もまた、

伏原窯の大切な暮らしの一部です。

なるみ庵 工房の土曜日

なるみ庵 工房の土曜日
工房の土曜日

貝塚市山手公民館で陶主が陶芸を教え始めて、

三十六年になります。

 

その当初から通っておられる生徒さんが、

月に二度、土曜日に工房へ来られます。

 

この日は壺づくり。

 

形を見ながら、

陶主が少しだけ手を入れます。

 

土は、ほんのわずかな力で表情を変えます。

 

三十六年という時間も、

きっと同じように、

少しずつ形を整えてきたのだと思います。

 

工房には、

急がない時間が流れています。

令和8年3月14日(土曜日)晴

‎陶主日記
令和8年3月14日(土曜日)晴
昨日は公民館の陶芸クラブの指導があり、帰宅が遅くなったこともあって、今朝は少しゆっくりした目覚めとなりました。週末でもあり、全体がスローな始まりです。
今日は工房に来るのも少し遅くなりましたが、土曜日はそんな日もあります。森本さんの提案で、**「土曜日はブランチでいきましょう」**ということになり、今日は遅めの食事となりました。

R8.3.14ブランチ

KODAK Digital Still Camera

焼き魚、出汁巻き、おから、漬物、そして貝の入ったお汁。梅干しをのせたお粥もやさしい味で、身体がゆっくりと目を覚ましていきます。工房でいただくこの時間が、実は一日の大切な始まりです。
この「なるみ日記」を始めてから、一日一日の暮らしと仕事を記録することが出来るようになりました。データとしても積み重なり、伏原窯が少し前へ進み始めたという実感があります。
なかでも嬉しいのは、長い間止まっていたホームページの陶主日記が再び動き出したことです。書かなければと思いながら書けなかった時間は、自分の中でどこか苦しいものでもありました。しかし今は、暮らしの中から自然に言葉が生まれてきます。
私は一日一日、言葉を紡いでいくことが好きです。ひとり自分と対話をしながら、暮らしの中から生まれた言葉で生きていくことが好きなのです。
その言葉がやがて形となり、ここでは器となり、人の暮らしの中へ旅を続けていきます。
ただただ、有り難うという思いで。
今日の仕事は、交趾鮎足笹型小向こう十三枚の仕上げ。残り三枚の鮎足を付けて、この仕事は一旦区切りとなります。その後は窯焚きと絵描きの段取りを見ながら、蓋物付き十草飯碗の制作に入ります。
午後からは美代さんが来られ、土曜教室もあります。工房にはまた人が集まり、土と向き合う時間が流れていきます。
慌てず、力まず。
普通が一番。
今日もまた、
なるみで生きていきましょう。

河津桜満開

KODAK Digital Still Camera

なるみ

— 伏原窯のこころ —

 

「なるみ」という言葉は、いつ頃から口にするようになったのか、自分でもはっきり覚えていません。

 

長いあいだ焼き物を作り続けてきて、ある時ふと、自然に出てきた言葉でした。

 

若い頃は、もっと力が入っていました。いいものを作ろう、人と違うものを作ろう、そんな思いも強かったと思います。

 

しかし、長く仕事を続けているうちに、器は、そんなに強く主張するものではないのだと、だんだん分かってきました。

 

料理があり、人が集まり、季節が巡る。

 

その中で器は、ただ静かにそこにある。

 

その姿が、一番美しいのではないかと思うようになりました。

 

無理に飾らず、力まず、自然に整っていく。

 

そんな仕事の姿を、自分の中で「なるみ」と呼ぶようになりました。

 

これは特別な考えではありません。昔から日本の暮らしの中にあった、当たり前の感覚なのだと思います。

 

壊れたものは直し、より良くして、次に渡す。

 

新しいものを作りながら、古いものを大切にする。

 

そうして静かに続いていく仕事。

 

伏原窯の器も、そのような流れの中で生まれてきます。

 

派手でもなく、特別でもない。

 

けれども、日々の食卓の中で、長く使われていく器。

 

そういう仕事が出来れば、それで十分だと思っています。

 

やはり、普通が一番です。

桜ほころぶ
ゲートタワーホテル

令和8年3月12日 陶房の1日

令和八年三月十二日

今日は一日、伏原窯のこれからについて静かに考える時間になりました。

仕事のこと、窯のこと、これからの時間のこと。

いろいろと整理する一日になりました。

伏原窯の仕事は、京焼の流れの中で

古清水

乾山

仁清

交趾

という四つの様式を背景にしています。

乾山の仕事として生まれた器が

「雪笹向こう付け」と「青もみじ紋平向こう」です。

京焼の仕事を始めて三、四年ほど経った頃、古清水の仕事から乾山の世界へ移った頃に生まれた器です。

青もみじは近年注文も増え、長く料理屋さんに使っていただいている器になりました。

ただ、伏原窯の核心の器はどちらかといえば「雪笹」だと自分では思っています。

静かな余白の器で、伏原窯の考え方が一番よく表れている器だからです。

作陶の方では、今日は

「交趾鮎足笹型小向こう」の仕事を進めました。

葉脈の線を彫り終え、器の裏に三匹の鮎の足を付けました。

鮎の大きさは三三ミリ。三足で器を支える形になります。

表から見ると笹の葉ですが、裏を返すと小さな鮎が泳いでいる。

そんな少しの遊びが、この器の面白いところです。

伏原窯を始めたのは三十歳の時。

気がつけば長い時間が流れ、これから窯は五十年に向かいます。

轆轤はあと十年ほど挽くでしょう。

その後も仕事は続いていくと思います。

森本さんに窯を継いでもらいながら、若い人たちへ仕事を手渡していく。

自分は一生、基礎の積石のような役目でよいのだと思っています。

今日一日いろいろと整理して、最後に残った言葉はやはりこれでした。

普通が一番。

山の工房で器を作り、料理人に使っていただく。

静かな仕事を続けていく。

伏原窯の「なるみ」の一日でした。

なるみ庵 春のはじまり

工房の朝は、だいたい静かです。

猫は窓辺で丸くなり、湯はゆっくりと沸きます。

土の匂いも、まだ眠たそうです。

そんな朝に、伏原から早咲きの桜の写真が届きました。

河津桜仕事場の近くの早咲きの桜

太極拳の先生が

「桜は毎年きれいと言われていいわね。私は枯れていくばかり」

とおっしゃったそうです。

その話を聞いた陶主は、

「枯れるのではなく、熟すのでしょう」

と言いました。

花を咲かせる人は多いけれど、

実を結ぶ人は少ない。

最近、陶主がよく口にする

「なるみ」という言葉。

こころが暮らしになり、

暮らしがかたちになっていく。

その途中の景色を、

これから少しずつ綴っていこうと思います。

ここは、なるみ庵です。

時計

時計の針が進む。
夜の十二時を過ぎると
さっきまでの今日が
昨日になる。
つい今しがたまで
今日だったものが
昨日と呼ばれる。
何も変わっていないのに
ただ時計の針が
一つ進んだだけで
世界は
昨日と今日に
分かれてしまう。
私は
その境目に立って
考える。
昨日とは何だろう。
今日とは何だろう。
さっきまでの今日が
昨日になるなら
今というものは
どこにあるのだろう。
時計は
何事もなかったように
進んでいく。
私は
その音を聞きながら
時間の不思議を思う。

今思えば、
あの時私は
時間というものを
初めて自分の目で
見たのかもしれません。
机の上の小さな発見でしたが、
私にとっては
とても大きな出来事でした。
それからしばらくして、
私は旅に出ました。
十八歳の時です。

その詩を書いたのは
夜でした。
机の前に座り、
時計を見ていると、
十二時を過ぎた瞬間、
さっきまでの今日が
昨日になる。
その時私は
時間が進んでいくことが
少し怖かったのです。
けれど同時に、
私は何か大事なことを
見つけたのではないかと
感じていました。

時計

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静かに、再び。

伏原窯のブログページは、

しばらく更新が止まっておりました。

窯の火は絶えることなく、

日々の仕事は続いています。

あらためて、ここから。

静かに記録を重ねてまいります。

特別なことはいたしません。

窯のこと。

器のこと。

季節のこと。

そして、日々の整え。

「なるみ」の心で、

淡々と。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

伏原窯