— 伏原窯のこころ —
「なるみ」という言葉は、いつ頃から口にするようになったのか、自分でもはっきり覚えていません。
長いあいだ焼き物を作り続けてきて、ある時ふと、自然に出てきた言葉でした。
若い頃は、もっと力が入っていました。いいものを作ろう、人と違うものを作ろう、そんな思いも強かったと思います。
しかし、長く仕事を続けているうちに、器は、そんなに強く主張するものではないのだと、だんだん分かってきました。
料理があり、人が集まり、季節が巡る。
その中で器は、ただ静かにそこにある。
その姿が、一番美しいのではないかと思うようになりました。
無理に飾らず、力まず、自然に整っていく。
そんな仕事の姿を、自分の中で「なるみ」と呼ぶようになりました。
これは特別な考えではありません。昔から日本の暮らしの中にあった、当たり前の感覚なのだと思います。
壊れたものは直し、より良くして、次に渡す。
新しいものを作りながら、古いものを大切にする。
そうして静かに続いていく仕事。
伏原窯の器も、そのような流れの中で生まれてきます。
派手でもなく、特別でもない。
けれども、日々の食卓の中で、長く使われていく器。
そういう仕事が出来れば、それで十分だと思っています。
やはり、普通が一番です。








仕事場の近くの早咲きの桜






































































