伏原博之

令和8年3月15日

令和8年3月15日 陶主日記
今日は日曜日。
三ヶ月に一度の散髪の日でした。
近所の散髪屋さんで、もうかれこれ三十年通っています。
特に決めているわけではありませんが、暮らしの流れの中で
だいたい四半期に一度、髪を整えてまた再出発です。
散髪の最中、いつもの世間話。
彼は投資が趣味で、昨年六月頃から銀の投資を始めたと聞いていました。
昨年十二月の散髪の時には「案外利が乗っている」と言っていたので、
「それなら、さっさと手仕舞いされたらどうですか」と助言したのです。
しかし彼は
「いやいや、まだまだ。追加の資金も入れています」
と言っていました。
銀の高騰は市場でもかなり熱を帯びていると報じられていましたので、
少し怖いのではないかと話していたのですが、
年が明けて二月に案の定、大きな暴落がありました。
今日その話をすると、
「実は十二月二十八日に処分したんです」とのこと。
申告の関係で年内に確定させたそうです。
そしてその利益を聞いて驚きました。
なんと一億五千万円。
町の散髪屋さんで、そんな話を聞くとは思いませんでした。
外観は三十年前からほとんど変わらない店ですが、
人の人生はいろいろあります。
長く通っていると、町の時間の流れも見えてくるものです。
散髪のあと、工房の食材を買うため「こーたりーな」に寄り、
工房に着いて猫の世話をして、週末の書類整理に入りました。
そんな何気ない日曜日の中で、
今朝ふと思ったことがあります。
人は関わりの中で生きていく。
その関わりこそ、自分の姿の描写なのではないか。
だから、こうして記録していくと実に面白い。
小さなコミュニティーの中で、
みんなの生きる様子が立ち上がってくるからです。
そしてもう一つ思ったことがあります。
細かな処に神宿る。
大きなことを扱えば、人も寄ってくる。
お金も寄ってくる。
しかし、その反動もやって来るものです。
だから、普通が一番。
普通列車のように、確実にホームにやってくる。
災害の時には普通列車を出して、みんなを乗せていくでしょう。
結局、同じことなのかもしれません。
なんだか昭和の匂いのする話ですが、
私はこういう日常が好きなのです。
大げさなことは苦手で、
自分の手で出来ることを一つ一つ積み重ねていく。
その様子が少しずつ形になっていく。
案外、町にいる猫のようなものですね。
普通が一番。
今日も、なるみの一日でした。

なるみ

— 伏原窯のこころ —

 

「なるみ」という言葉は、いつ頃から口にするようになったのか、自分でもはっきり覚えていません。

 

長いあいだ焼き物を作り続けてきて、ある時ふと、自然に出てきた言葉でした。

 

若い頃は、もっと力が入っていました。いいものを作ろう、人と違うものを作ろう、そんな思いも強かったと思います。

 

しかし、長く仕事を続けているうちに、器は、そんなに強く主張するものではないのだと、だんだん分かってきました。

 

料理があり、人が集まり、季節が巡る。

 

その中で器は、ただ静かにそこにある。

 

その姿が、一番美しいのではないかと思うようになりました。

 

無理に飾らず、力まず、自然に整っていく。

 

そんな仕事の姿を、自分の中で「なるみ」と呼ぶようになりました。

 

これは特別な考えではありません。昔から日本の暮らしの中にあった、当たり前の感覚なのだと思います。

 

壊れたものは直し、より良くして、次に渡す。

 

新しいものを作りながら、古いものを大切にする。

 

そうして静かに続いていく仕事。

 

伏原窯の器も、そのような流れの中で生まれてきます。

 

派手でもなく、特別でもない。

 

けれども、日々の食卓の中で、長く使われていく器。

 

そういう仕事が出来れば、それで十分だと思っています。

 

やはり、普通が一番です。

桜ほころぶ
ゲートタワーホテル

令和8年3月12日 陶房の1日

令和八年三月十二日

今日は一日、伏原窯のこれからについて静かに考える時間になりました。

仕事のこと、窯のこと、これからの時間のこと。

いろいろと整理する一日になりました。

伏原窯の仕事は、京焼の流れの中で

古清水

乾山

仁清

交趾

という四つの様式を背景にしています。

乾山の仕事として生まれた器が

「雪笹向こう付け」と「青もみじ紋平向こう」です。

京焼の仕事を始めて三、四年ほど経った頃、古清水の仕事から乾山の世界へ移った頃に生まれた器です。

青もみじは近年注文も増え、長く料理屋さんに使っていただいている器になりました。

ただ、伏原窯の核心の器はどちらかといえば「雪笹」だと自分では思っています。

静かな余白の器で、伏原窯の考え方が一番よく表れている器だからです。

作陶の方では、今日は

「交趾鮎足笹型小向こう」の仕事を進めました。

葉脈の線を彫り終え、器の裏に三匹の鮎の足を付けました。

鮎の大きさは三三ミリ。三足で器を支える形になります。

表から見ると笹の葉ですが、裏を返すと小さな鮎が泳いでいる。

そんな少しの遊びが、この器の面白いところです。

伏原窯を始めたのは三十歳の時。

気がつけば長い時間が流れ、これから窯は五十年に向かいます。

轆轤はあと十年ほど挽くでしょう。

その後も仕事は続いていくと思います。

森本さんに窯を継いでもらいながら、若い人たちへ仕事を手渡していく。

自分は一生、基礎の積石のような役目でよいのだと思っています。

今日一日いろいろと整理して、最後に残った言葉はやはりこれでした。

普通が一番。

山の工房で器を作り、料理人に使っていただく。

静かな仕事を続けていく。

伏原窯の「なるみ」の一日でした。

時計

時計の針が進む。
夜の十二時を過ぎると
さっきまでの今日が
昨日になる。
つい今しがたまで
今日だったものが
昨日と呼ばれる。
何も変わっていないのに
ただ時計の針が
一つ進んだだけで
世界は
昨日と今日に
分かれてしまう。
私は
その境目に立って
考える。
昨日とは何だろう。
今日とは何だろう。
さっきまでの今日が
昨日になるなら
今というものは
どこにあるのだろう。
時計は
何事もなかったように
進んでいく。
私は
その音を聞きながら
時間の不思議を思う。

今思えば、
あの時私は
時間というものを
初めて自分の目で
見たのかもしれません。
机の上の小さな発見でしたが、
私にとっては
とても大きな出来事でした。
それからしばらくして、
私は旅に出ました。
十八歳の時です。

その詩を書いたのは
夜でした。
机の前に座り、
時計を見ていると、
十二時を過ぎた瞬間、
さっきまでの今日が
昨日になる。
その時私は
時間が進んでいくことが
少し怖かったのです。
けれど同時に、
私は何か大事なことを
見つけたのではないかと
感じていました。

時計

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静かに、再び。

伏原窯のブログページは、

しばらく更新が止まっておりました。

窯の火は絶えることなく、

日々の仕事は続いています。

あらためて、ここから。

静かに記録を重ねてまいります。

特別なことはいたしません。

窯のこと。

器のこと。

季節のこと。

そして、日々の整え。

「なるみ」の心で、

淡々と。

これからもどうぞよろしくお願いいたします。

伏原窯