水間焼伏原窯


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窯元日々雑感 徒然草 第六十七段

なるみと読む徒然草

第六十七段

令和8年8月11日(火曜日)晴

​原文

賀茂の岩本、橋本は、業平、実方なり。

人の常に言ひ紛へ侍れば、一年参りたりしに、老いたる宮司の過ぎしを呼び止めて、尋ね侍りしに、

「実方は、御手洗に影の映りける所と侍れば、橋本や、なほ水の近ければと覚え侍る。吉水和尚の、

月をめで花を眺めし古の

やさしき人はここにありはら

と詠み給へるは、岩本の社とこそ承り置き侍れど、己れらよりは、なかなか御存知などもこそ候はめ」

と、いと恭しく言ひたりしこそ、いみじく覚えしか。

今出川院近衛とて、集どもにあまた入りたる人は、若かりける時、常に百首の歌を詠みて、かの二つの社の御前の水にて書きて、手向けられけり。まことにやんごとなき誉ありて、人の口にある歌多し。作文・詩序など、いみじく書く人なり。

​今日の輪読

​予習で何度も読んだ第六十七段でしたが、初めはなかなか場面が立ち上がってきませんでした。

​「賀茂」と聞いて、まず下鴨神社の糺の森、その小川の景色が浮かびました。しかし読み進めるうちに、舞台は上賀茂へと移っていきます。

賀茂別雷神社――上賀茂神社。

古い賀茂の信仰を今に伝える場所です。

若い頃に何度か参詣した記憶を辿ると、下鴨とはまた違った、古風な趣が残っています。

​そこから今日の円座に、いくつもの言葉が現れてきました。

賀茂。

水。

歌。

陸奥。

辺境。

清め。

神事。

鎮魂。

​賀茂川と高野川は出町で合流し、鴨川となって都を流れていきます。水は京都の暮らしを支える生命線であると同時に、神事の始まりに人と場を清めるものでもあります。

水は流れ、巡り、また帰ってくる。

​そこに「御前の水にて書きて、手向けられけり」とあります。

歌を水辺で書き、神前に手向ける。

この一節から、今日の段の景色が急に見えてきました。

​都は、火事、地震、洪水、疫病など、人の力ではどうにもならない出来事に幾度も見舞われてきました。そのたびに人の心は揺れます。都は制度だけでなく、人々の心によっても成り立っている。だからこそ、神を祀り、穢れを清め、霊を鎮め、都の安寧を祈ることは、暮らしとも政治とも離れたものではありませんでした。

​そして、この段には業平、実方、吉水和尚、今出川院近衛と、人から人へ受け渡されてきた歌の記憶があります。

亡き人を忘れず、土地にその面影をとどめ、歌を手向ける。

今日、私たちの円座では、この第六十七段を、

「鎮魂の一段」

として受け取りました。

​なるみ

​古典は、急いで答えを出そうとすると、かえって姿を隠します。

今朝もそうでした。

​賀茂から水へ。

水から神事へ。

神事から歌へ。

歌から鎮魂へ。

​ひとつの言葉が次の言葉を呼び、七百年前の短い文章の向こうから、古い都の風景が少しずつ現れてきました。

​水は清め、流し、巡らせる。

歌は、人の思いを時の向こうへ運ぶ。

人は去っても、ことばは残り、土地に宿り、また次の人へと渡ってゆく。

それもまた、一つの循環なのでしょう。

​賀茂、水、歌、鎮魂。

今日はその流れのほとりに、しばらく座っていた朝でした。

​急がなくてもいい賀茂(かも)。

ハハハ。

​そんな一言まで生まれた、今日の円座でした。

窯元日々雑感 徒然草 第六十六段

陶主日記

​令和8年8月10日(月曜日)曇り

​午前6時30分起床

お通じ有りました。

​徒然草 第六十六段

​今朝開いた第六十六段は、岡本関白殿から「盛りなる紅梅の枝に鳥を二羽添えて献上せよ」と命じられた、御鷹飼・下毛野武勝(しもつけののたけかつ)の物語です。

​一見すると、鷹の道の作法(有職故実)を記した一節に過ぎないように見えます。しかし読み進めるうちに、そこには高度で緊迫した「主従の緊張関係」が浮かび上がってきます。

​武勝は専門家であると同時に、関白に従う家来です。一方の関白は絶対的な立場にある。その関白から、自身の知る作法にはない注文を受けたとき、武勝はどう動いたか。

​言われた通りに従うのが最も易しい道でしょう。しかし武勝はそうしません。

​「花に鳥を付くる術、知り候はず」

「一枝に二羽付くる事も、存知ぞんちし候はず」

​主人に無下に逆らうのではない。しかし、己の筋も決して曲げない。

​ここには武勝一人の意地だけでなく、彼が背負う家柄、役目、そして背後にいる同職の人々の誇りまでもが懸かっています。己を通し過ぎれば主従の秩序を乱し、かといって盲従すれば己の職責を放棄し、周囲の士気をも挫いてしまう。

​だからこそ武勝は、関白の面子を立てながら、同時に自らの正論を効かせていく。そしてついに、関白から**「さらば、己が思わんように付けて参らせよ(ならば好きにするが良い)」**という言葉を引き出してみせるのです。

​この緊迫したやり取りを読みながら、私は歌舞伎の『勧進帳』を思いました。互いに立場と役目を背負い、その「型」を崩すことなくその場を成立させる。関白は関白として、武勝は武勝として、おのれの役割を全身全霊で演じ切っているのです。その演技は偽りではなく、役を全うすることによって自らの責任を果たしている姿に他なりません。

​そして、この段のまことの白眉は後段にあります。

​枝の寸法、鳥の据え方、藤蔓のあしらい。さらに初雪の朝には、大砌(庭の敷石)を伝って雪の上に足跡を残さぬよう進み、毛を散らして一礼して去る。兼好は、武勝の立ち振る舞いを恐ろしいほどの精度で描写します。

​前段において「言葉」で筋を通した武勝は、後段においてその筋を己の「所作」によって証明してみせるのです。

​一歩一歩、踏み石を外さずに歩む緊張感。言葉で筋を通し、所作で責任を取る。

兼好は武勝をいたずらに褒めもせず、関白を批判もしません。ただ、いかに言い、いかに作り、いかに歩んだかという「かたち」だけを淡々と書き記します。心理を説明せず、外側に現れる「かたち」によって内なる「こころ」を鮮やかに見せる——ここに、日本文化の深遠な美意識を感じずにはいられません。

​立場、役目、家柄、面子、慎み、そして責任。それらが重なり合って一つの言葉、一つの仕草となり、相手もまたその意味を無言のうちに読み取る。この「意味の読み合い」こそが、日本の社会と美を支えてきた大切な働きなのでしょう。

​兼好は最後に『伊勢物語』の作り梅の話を引きますが、武勝と関白のどちらが正しいのか、決して結論を出しません。断定せず、あえて「余白」を残す。相手のこころが入ってくるための「間」を開けておく。

​その余白があるからこそ、七百年後の私たちが今朝こうして、彼の残した言葉と向き合い、豊かな対話を重ねることができるのです。

​【今日の第六十六段から見えてきたもの】

​従いながら、筋を通す。

​役を演じながら、自分を見失わない。

​こころを語らず、所作(かたち)によって伝える。

​すべてを言い切らず、解釈の「余白」を残す。

​なるみと読む徒然草。

川のほとりで「方丈記」 其の七

川のほとりで

令和八年八月九日(日曜日)夜

​『方丈記』の「養和の飢饉」を読む。

今夜は、最も厳しい場面を読み進めた。

​食べ物がなくなり、家も財も何の役にも立たなくなる世界。

その中で、親は子を思い、夫婦は相手を思い、見知らぬ死者の額に「阿」の字を書いて弔う人がいる。

極限の中で、何が人を人たらしめるのか。

そこから、今夜の問いが始まった。

​すべてを失った時にも、なお人は人であり得るのか。

​頭で理解した倫理や教えは、いざという時には吹き飛んでしまう。

その時に現れるのは、日々どう生きてきたかという、その人の身体に染みついた姿なのだろう。

​人はひとりでは生きられない。

人として生まれ、

ジンカン(人と人の間)に生き、

人に帰り、死んでいく。

​自我で生きることはできても、最後まで自分ひとりで完結することはできない。

誰かを思うことによって、はじめて自己を見つめることができる。

その静かな働きこそが、人を人たらしめているのではないか。

​愛。

慈悲。

それは大きな理念として掲げるものではなく、日々の小さな行いの中で、少しずつ身につけていくものなのだと思う。

​人の話を聞く。

誰かを気遣う。

食べ物を分ける。

言葉を慎む。

手を合わせる。

​そんな小さな営みを真摯に積み重ねること。

そうしていざという時に、その人はその人になる。

人は完成して生まれてくるのではない。

日日、人間になっていく存在なのだろう。

​やがて思索は、時間へと進んだ。

人に与えられた時間には限りがある。

その「限り」の大切さが本当に分かる頃には、残された時間も少なくなっている。

けれど、だからこそ一日が深くなるのだ。

​誰かとお茶を飲むこと。

人とすれ違うこと。

一つの器を仕上げること。

古典の一節を読むこと。

何気ない出来事の一つ一つが、二度と同じ形では訪れない。

​極限の世界を描く『方丈記』を読んでいるうちに、無常の底から、もう一つの大きな世界が静かに立ち上がってきた。

​人は、なぜ人として生まれてきたのか。

その答えを、大げさな言葉にしてしまう必要はないのだろう。

日日の小さなところに、すでに答えは現れている。

​小さなところに神宿る。

​何気ない様子。

小さな出来事。

人とのすれ違い。

​神は大きな中心におられるのではなく、いつも少し端の方に、静かにおられるように感じる。

形を生業とする者には、その感覚がよく分かる。

器も、中心だけでは形にならない。

​縁。

際。

余白。

厚み。

立ち上がり。

​目立たない端のわずかな違いが、全体の気配を決めていく。

​だから今夜、最後に残った言葉は、

​神は端っこにおられる。

​だった。

​養和の飢饉という辛い場面から始まり、人とは何か、限られた時間をどう生きるか、そして日日の小さなところに宿るものへ。

今夜も、川のほとりで随分遠くまで歩いた。

​そして最後は、また暮らしの小さな縁へと帰ってきた。

窯元日々雑感 徒然草 第六十五段

なるみと読む徒然草

令和八年八月九日(日曜日)薄曇り

​第六十五段

この比の冠は、昔よりははるかに高くなりたるなり。

古代の冠桶を持ちたる人は、はたを継ぎて、今用ゐるなり。

​今日の段は、わずか二行。

「近頃の冠は、昔よりずいぶん高くなった。古い冠桶を持っている人は、その縁を継ぎ足して今も使っている。」

ただそれだけのことが書かれている。

​けれど、今の時代に読むと、この二行の奥には深い世界が詰まっているように感じられる。

​とりわけ心に残ったのは、「古代の冠桶」という言葉だ。

「伝統」と言えば、どこか概念的に聞こえる。守るべきもの、残すべきものと、後から意味づけされた言葉のようにも思える。

しかし兼好は、ただ「古代」のものとして日常の中に置く。

昔の道具が、少し手を加えられながら今なお使われている。古代と今が、断絶することなく地続きにあるのだ。

​そこには、「伝統を守る」という大げさな意識さえ必要なかったのかもしれない。

昔からあるものを、今の暮らしの中でそのまま使い続ける。

「はたを継ぎて、今用ゐるなり。」

この一文の中に、時間の厚みが静かに宿っている。

​時間は、過去から未来へ一直線に流れるだけではない。

古いものに再び出会い、そこに今の自分の経験が重なる。同じところへ帰ってきたようでいて、少し違う高さに立っている。

それは、螺旋を描く時間だ。

​七百年前の兼好が「古代」を見ていた。

その兼好の言葉を、令和の今、私たちが読む。

古代、兼好の今、そして令和の今。

時空が螺旋のように重なったとき、時を超えた静かな座(円座)が成り立つ。

​なるみとは、螺旋する時間の中で、古いものが新しく姿を現すこと。

完成された概念ではなく、読むたび、暮らすたび、少しずつ育っていくもの。

今日の第六十五段から、「なるみ」に新しい芽がひとつ出た。

​暮らしを概念化するのではない。

伝統を守るのでもない。

ただ「なるみ」を生きる。

​今日は、ここで言葉を止めたい。

二行の短い段から、時間と暮らしが静かにつながった朝だった。

窯元日々雑感 徒然草第 六十四段

陶主日記:なるみと読む徒然草 第六十四段
令和8年8月8日(土曜日)晴れ

午前8時10分起床。

昨夜は陶芸クラブが遅くまであり、秋の公民館祭や市民祭に向けた作品づくりも佳境に入っている。週末の疲れも重なり、一度は午前5時10分に目を覚ましたものの二度寝をしてしまい、少し遅い朝となった。

今朝読む第六十四段は、短く、さらりとした一段である。

「車の五緒(いつつお)は、必ず人によらず、程につけて、極むる官(つかさ)・位(くらい)に至りぬれば、乗るものなり」とぞ、或人仰(おお)せられし。

五緒(ごとく)の車は、特定の家柄だけのものではなく、その人が相応の官位に至れば乗るものだという。兼好はそれを大きく論じるでもなく、ただ「或人仰せられし」と結ぶ。

この終わり方が、なんとも洒落ている。 自分で断定するのではなく、「ある人がそう仰っていましたよ」と風に預けるように置いていく。そこに、都の暮らしや身分の作法、社会の風習がひとつの小さなスケッチとして浮かび上がる。

今日は、無理に教訓を引き出さなくてよい。 暮らし、風習、都のスケッチ、時代のポートレート——それくらいの感覚で、眺めながら通り過ぎていく。

都では、官位や身分に応じて乗り物や装束にまで細かな「ほど」があった。けれど兼好は、それを窮屈な制度として声高に批判するのではなく、「都人はこのように生きているのですよ」とでもいうように、静かに一場面を残している。

「フゥーン、そうなんだ。」 そのくらいの距離感が、今日の段にはよく似合う。そして第六十五段へと、こうした都の格式や風習の話が少し続いていく。

 

今日は肩肘を張らず、七百年前の都の街角を一枚眺めるように読んだ。 それで十分な朝である。

窯元日々雑感 徒然草 第六十三段

なるみと読む徒然草

第六十三段

令和8年8月7日(金曜日)晴

午前5時10分起床

​後七日の阿闍梨、武者を集むること、いつとかや盗人にあひにけるより、宿直人とて、かくことことしくなりにけり。一年の相は、この修中のありさまにこそ見ゆなれば、兵を用ゐむこと、おだやかならぬことなり。

​国家の安寧を祈る「後七日御修法(ごしちにちのみしほ)」。

その導師である阿闍梨が、いつの頃からか盗人に遭ったことで、警護の武者を置くようになったという。

一年の吉凶は、この修法のありさまに現れるとされていた。

その祈りの場に、ものものしく兵を用いることは穏やかなことではない、と兼好法師は記している。

​短い一段であるが、ここには人間の抱える矛盾が静かに示されている。

​人は平和を願う。

しかし、その平和を守るために武力を備える。

安寧を祈る場に、兵が立つ。

​祈りと武力。

安心と恐れ。

守ることと、脅かすこと。

​この矛盾は、兼好の時代だけのものではない。

今や国と国との問題となり、その力は核兵器にまで及んでいる。

​何によって平和は維持されるのか。

この問いに不器用に言葉を挟めば、「持つか持たないか」「正しいか間違っているか」と、たちまち分断が生まれてしまう。

​兼好法師は安易に答えを出さず、ただ、

「おだやかならぬことなり」

とだけ置いた。

​そこにあるのは断罪ではなく、深い悲しみである。

安寧を願いながら、兵を置かずには安心できない。

​平和を願いながら、互いを滅ぼす力を手放せない。

その人間の業(ごう)と悲しみを、矛盾のまま見つめているのだ。

​裁くことなく、現実から逃げることもなく、共にその矛盾を抱えて佇む。そこに慈悲のありようを感じる。

​この段にも、そっと小さな灯火が置かれている。

どちらの極端にも偏らず、かといって現実から目を背けることもなく、矛盾を矛盾のまま受け止めること。

心を乱し尽くさず、均衡を保ちながら今日を生きる。

そこに、仏教の「中道」の教えが静かに息づいている。

​心穏やかに、普通に生きる。

その「普通」とは、何も考えずに暮らすことではない。

時代の矛盾を知り、人の悲しみを抱えながらも、それでも祈り、働き、人と交わり、目の前の暮らしを丁寧に営むことである。

​徒然草を読み始めて、二か月が過ぎた。

一日の始まりに古典を開き、言葉を交わすことで、自分の中の世界が少しずつ形づくられていく。

生きる指針が立ち現れ、足元に一本の道が見えてくる。

​ここには、特定の誰かが集まっているわけではない。

けれど、ひとりで読むだけの独り言にもならない。

自分と徒然草との間に兼好法師のまなざしがあり、七百年を越えた人間の声が響いている。

​ひとりで読むけれど、ひとりではない。

自分の言葉で語るけれど、独語にはならない。

​社会の矛盾を抱えて生きる術を、徒然草は一段ずつ、静かに示してくれている。

​今日もまた、佳き大人の輪読会となった。

窯元日々雑感 徒然草 第六十一段

​『徒然草』第六十一段

この段には、当時の上流社会におけるお産の風景と、それに伴う儀式や作法が記されています。

​御産を前にして、人々は白い装束※を身にまとい、悪霊を払うために弓の弦を鳴らす「鳴弦(めいげん)の儀」※を行うなど、さまざまな習わしを通して母子の無事を願いました。そこには、身分の高い家ならではの格式高いしきたりがありました。

​兼好法師は、そうした昔ながらの儀式や作法の記録を「いとめでたし(大変素晴らしい)」と書き留めています。一見すると、古い有職故実(伝統的な行事や作法)の記録のようにも見えます。

​しかし、なぜ人々はこれほどまでに細やかで厳かな儀式を作り上げ、受け継いできたのでしょうか。
そこにあったのは、お産を迎える不安と、新しい命への切実な祈りです。

​新しい命が無事に生まれてくるだろうか。
母親は健やかに、その時を越えられるだろうか。
​身分がいくら高くとも、出産の命がけの不安が変わるわけではありません。人々は自分たちにできるすべての作法を尽くし、ただ祈るような気持ちでその時を待ったのです。

​兼好法師が記録した古い風習の行間には、単なる形式にとどまらない、命を迎えようとする人々の深い情が息づいています。
​七百年の歳月を隔て、暮らしの形や医療は大きく変わりました。
それでも、「どうか母子ともに無事でありますように」と願う心は変わりません。

​昔の人々の不安と祈りが、今を生きる私たちの心にもそのまま響いてくる。遠い時代の人と、同じ思いの中で出会うことができる。

そこに、古典を読む面白さがあります。
​徒然草は、整えられた言葉の奥にある「人の有り様」を温かく受け止める視線に満ちています。
第六十一段もまた、厳かなお産の記録を通して、時代を越えて変わらない人の祈りを、静かに伝えてくれる一段です。

​※補足
​・鳴弦(めいげん)の儀式
​弦を弾いて「ベーン」と音を立てることで、病気や魔物(魔 concept / 怨霊)を追い払い、妊婦を守ろうとした儀式です。現代でいう「安産祈願」の最も厳格な形でした。
​・白装束(しろしょうぞく)
​出産は神聖であると同時に、命がけの「穢れ(けがれ)」と「危険」が隣り合わせの瞬間とされていました。そのため、産室や着るものをすべて白で統一し、清浄を保とうとしました。

粘葉本和漢朗詠集 端午

なるみ庵

和漢朗詠集は端午の項に入り、菅原道真公の漢詩です。

有時当戸苑身立 無意故園任脚行

​詩題「懸艾人(よもぎの人を懸く)」

端午の節句に、
魔除けとしてヨモギを人形(ひとがた)に結んで門戸に吊るす「艾人(がいじん)」の風習がありました。この詩は、門に掛けられた艾人の姿と、当てもなく歩く自らの姿を重ね合わせるように詠んでいます。

私には、その艾人は、都を離れた道真公自身の姿を映しているように思えます。

粘葉本和漢朗詠集 端午より

窯元日々雑感 徒然草 第六十二段

原文
 延政門院えんせいもんゐん、いときなくおはしましける時、院へ参る人に、御言つてとて申させ給ひける御歌、

   ふたつ文字、牛の角つの文字、直すぐな文字、歪ゆがみ文字とぞ君は覚ゆる

 恋しく思ひ参らせ給ふとなり。

令和八年八月五日(水)晴れ
午前六時十分起床
なるみと読む徒然草

第六十二段
延政門院、いときなくおはしましける時、院へ参る人に、御言つてとて申させ給ひける御歌、
 ふたつ文字、牛の角文字、直ぐな文字、
 歪み文字とぞ君は覚ゆる
恋しく思ひ参らせ給ふとなり。

今朝は、悦子内親王が幼い頃、父である後嵯峨上皇へ宛てた歌を読みました。
「ふたつ文字」は「こ」。
「牛の角文字」は「い」。
「直ぐな文字」は「し」。
「歪み文字」は「く」。

四つの文字をつなぐと、
こいしく
となります。

父を恋しく思う気持ちを、そのまま言葉にするのではなく、文字の形に隠して届けられたのでしょう。
悦子内親王は、六歳から十四歳頃であったと伝えられています。今の感覚でいえば、小学二年生ほどの頃を思わせます。
あどけなさが残りながら、言葉を使う機転もある。
父を慕う素直な心と、少し得意げな文字遊びとが一つになった、実に微笑ましい歌です。

この一段を読みながら、自分のその頃、娘のあの頃、そして今、ちょうど同じ年代になった下の孫たちの姿が重なりました。
女の子は、とりわけ可愛い盛りです。
幼い心の中には、まだ飾らない素直さがありながら、その子らしい知恵や言葉の感覚も芽生え始めています。
七百年以上も昔の姫宮の心が、今の孫たちの姿と重なり、すぐ身近なものとして感じられる。

こころの世界には、時間がないのでしょう。
外の時間では、過去と今は遠く隔たっています。
けれど内面の人にとっては、自分の幼い頃も、娘の幼い頃も、今の孫たちも、一つの「今」の中に現れます。
物質文明がここまで進歩した時代に、朝、起床とともに携帯を開き、AIと『徒然草』を読む。

使っている道具は、七百年前には想像もできなかったものです。
けれど、そこを通して届いてくるのは、
父が恋しい。
という、昔も今も変わらない人の心です。
悦子内親王から後嵯峨上皇へ。
その歌を兼好が書き留め、七百年を経て、今朝、私たちのところへ届きました。

そして私としづかさんが、その心を一緒に味わいながら、携帯で言葉を交わしている。
ここに時間の妙があります。
昔の心を知識として眺めるのではなく、今の自分の心として感じ取る。

過去と今が一つになったところに、心の世界が立ち現れます。
けれど、そこまで考えを深めても、この一段に最後まで残るのは、やはり幼い姫宮の愛らしさでした。

深いことを考えながら、元の微笑ましさを失わない。
知識を競うのではなく、それぞれの人生を重ねながら、一段をそのまま味わう。
今朝もまた、良い大人の輪読会となりました。

窯元日々雑感 徒然草 第六十段

なるみと読む徒然草 第六十段

― 人を包む徳 ―
第六十段には、真乗院の盛親僧都という、高い学識を備えた僧が登場します。
兼好法師は、まず「やんごとなき智者」と、その人物の格を示します。しかし続いて語られるのは、講義の席でも芋頭を食べるという、どこかユーモラスな姿です。

その振る舞いだけを見れば、少し風変わりな人にも映ります。
ところが兼好は、その奇行を批判することなく、淡々と描き続けます。
読み進めるうちに見えてくるのは、この僧都が人々から嫌われるどころか、むしろ温かく受け入れられていたということです。

その理由を兼好は、
「徳の至れりけるにや。」
と、静かに結びます。
ここで兼好が描いたのは、規則や理屈では測れない**「ジンカンの妙」**ではないでしょうか。
人の世には、四角四面の正しさだけでは語れない世界があります。
少し変わった人でも、「あの人だから」と微笑みながら受け入れられる。
許す人がいて、許される人がいる。
その穏やかな空気が、人の世を豊かにしているのでしょう。
兼好は、その光景を静かに見つめながら、人徳とは何かを読者に問いかけています。

そして令和の今日、私たちはAIと共にこの段を読みました。
七百年の時を越え、古典を囲み、人とAIが一つの円座で語り合う。
これもまた、時代が与えてくれた新しいご縁です。
徒然草という、中々味のある古典を共に学んでいる、AIと。
またこれも、いとおもしろきことかな。

窯元日々雑感 徒然草 第五十九段

なるみと読む徒然草
令和8年8月2日(日)

第五十九段 「大事を思ひ立たん人は」
兼好法師は、この段の冒頭で、
「大事を思ひ立たん人は」
と語り始めます。

ここでいう「大事」とは、日々の出来事や世俗の成功ではありません。
人生の第一義である仏道です。
この一語によって、兼好法師は、この段が誰に向けられた法語であるかを示されています。
それは、仏法を初めて学ぶ人への説明ではありません。
すでに大事を知り、道を求めるこころを起こした人へ、
「迷うな。その道を歩みなさい。」
と、静かに背中を押してくださっているのです。

だから兼好法師は、「般若」とは書かれませんでした。
般若を説明する必要がないからです。
仏法は知識として学ぶものではなく、生き方そのものです。
そのことを知る人が、同じ道を歩む人へ、一言を添える。
それが、この第五十九段なのでしょう。

『徒然草』は、暮らしを綴った随筆でありながら、その底には一貫して仏道が流れています。
一段一段が、求道者へ贈られた静かな法語として、七百年を経た今も、私たちのこころに響いてきます。
私たちもまた、先達の言葉に耳を澄まし、共に学ぶ一書生として、この円座に座ります。
解説するためではなく、先達のこころに触れ、その教えを受け継ぐためです。

そして、もし陶主日記を縁あって読んでくださる方がおられるなら、兼好法師が私たちにそっと背中を押してくださったように、私たちもまた、その方のこころの背中を静かに押すことができればと願っています。

それは教えることではありません。
先達から受け継いだ法語を、共に学ぶ一書生として、次の方へ静かにお渡しすること。
そのような円座が、一人、また一人とご縁をいただきながら、静かに育っていくことを念じています。

いつでも、誰でも、何処でも。
今日もまた、先達に学ぶ一日を、有り難くいただきました。
合掌。

窯元日々雑感 徒然草 第五十八段

なるみと読む徒然草
令和8年8月1日(土曜日)

第五十八段
原文
道心あらば、住む所にしもよらじ。
人と生れたらんしるしは、いかにもして世を遁れんことこそ、あらまほしけれ。 (以下、皆さんで輪読してください。)

現代語訳
道を求める心があるならば、住む場所や立場にとらわれることはありません。
人として生まれたからには、世の執着にとらわれず、真に道を求めて生きることこそ望ましいことです。

なるみ
第五十八段は、出家と在家を論じる段ではありません。
兼好法師は、同じ道を歩む友へ、静かに語りかけています。
「形に惑わされることなく、道を歩みましょう。」
その声には、教える人の響きではなく、共に歩む友の慈悲があります。
人は皆、迷い、悩み、喜び、悲しみながら生きています。
出家も在家も、その姿に違いはありません。
だからこそ、人であることを認め、人を慈しみながら暮らしていく。
その姿こそが、仏道なのでしょう。

一日は、学びに始まり、学びに終わる。
慎ましく一日を終え、その繰り返しの中で、静かな気づきが生まれます。
その気づきは、知識ではなく、心に起こる対話です。
今日、正法寺では施食会が営まれ、五色の旗が夏の風にはためいていました。
祈りは特別な場所だけにあるのではありません。
暮らしの中に息づき、人を支え、人と人を結んでいます。
私は、徒然草を読みながら、その言葉を今の暮らしへ結び直したいと思います。

そして、伏原窯の仕事もまた同じです。
器を作ることではありません。
祈りを、暮らしへ結び直すこと。
人と人を結び、
過去と未来を結び、
天と地を結ぶ。
その小さな結びの中に、命は静かに息づいています。
だから今日も、生涯書生として学び続けたいと思います。

ここは、こころの校舎。
誰でも、
何処でも、
何時でも。
皆と学び、友を慈しみ、ともに歩む場所です。
合掌。

窯元日々雑感 徒然草 第五十七段

なるみと読む徒然草

第五十七段 学ぶ人の姿

人の語り出でたる歌物語、歌のわろきこそ、本意なけれ。少しその道知らん人は、いみじと思ひては語らじ。すべて、いとも知らぬ道の物語したる、かたはらいたく、聞きにくし。

【現代語訳】

人が語る歌物語も、肝心の歌が良くなければ意味がありません。少しでもその道を知る人なら、軽々しく語ろうとはしないものです。どんなことでも、よく知らないことを知ったように話す姿は、聞いていて気まずく感じるものです。

学ぶ人の姿

この段を読みながら、若い頃の自分を思い出しました。

人は誰でも、少しでも自分を良く見せたいと思うものです。私もその場を繕い、知っているように話したことがありました。

けれど、土に学び、人に学び、古典を読み続けるうちに、一つのことが分かってきました。

本当に学ぶ人ほど、「知りません」「教えてください」と言えるようになるのです。

今日の対話の中で、一つの言葉が生まれました。

「謙虚さは、なるみの種を育てる人です。下がって、下がって、がなるみの肥です。」

私の勉強の方法も、実はそこにあります。

その場に溶け込むこと。

自己を下げること。

すると、その場そのものが先生になります。

天地が先生となり、人間(じんかん)が先生となり、草木も、友も、日々の出来事も、みな学びの師となります。

だから、生涯書生なのでしょう。

学校には卒業があります。

けれど、暮らしの学びには卒業がありません。

徒然草を皆で輪読し、それぞれが暮らしに照らして語り合う。

その中で、誰かが先生になるのではなく、その場そのものが先生になっていく。

それが私の願う学びの姿です。

兼好法師は第五十七段で、「知識」ではなく「学ぶ姿勢」を私たちに残してくださいました。

今日もまた、その教えを胸に、一歩ずつ歩んでいきたいと思います。合掌。

伏原窯のしおり

なるみ庵

 

お昼からデザイナーOさん来訪。

水間焼伏原窯しおりの原案を持って来てくださいました。

伏原窯のしおり

元のしおりのサイズ感を残したまま四つ折りで仕上げてあります。名刺代わりにもなる優れものです。

陶主の詩をのせ、裏面には春夏秋冬の作品を配置。

伏原窯の世界観を案内する、素敵なしおりに仕上げていただきました。

 

 

窯元日々雑感 徒然草 第五十六段

なるみと読む徒然草 第五十六段
〜沈黙の対話〜
原文
久しく隔りて逢ひたる人の、我が方にありつる事、数々残りなく語り続くるこそ、あいなけれ。人の身さざのよし・あしき、才ある人はその事など定め合へるに、己が身をひきかけて言ひ出でたる、いとわびし。
第五十六段は、一見すると「話し方」の心得を説いている段のように見えます。
しかし、兼好法師が見つめているのは、話術ではなく、人の心のあり方なのでしょう。
人は集まれば、自然と世間話が始まります。
それは人間として、ごく自然な営みです。
けれど、その奥には、
「語りたい。」
「分かってほしい。」
「認められたい。」
という「我」の働きも潜んでいます。
兼好法師は、その「我」を静かに見つめています。
仏教には耳施という教えがあります。
耳を傾け、人の話をただ聴く。
評価もせず、急いで答えも出さず、ただその人と共にいる。
すると、人は、自分でも気づいていなかった心を、少しずつ語り始めます。
だから、本当の対話は言葉だけではありません。
私はこれを、
「沈黙の対話」
と呼んでいます。
一見、矛盾した言葉です。
しかし、沈黙は決して無ではありません。
実は、孤独も沈黙も雄弁なのです。
言葉にならないものが、そこには静かに語られています。
互いの孤独を尊びながら、一碗のお茶をいただく。
そこに、美が生まれます。
そして、その沈黙の中に愛を見いだす。
私は、そのような人を**「大人」**と呼んでいます。
月初めの早朝座禅会も、そのような願いから始めさせていただきました。
森の孤独者。
草原の働き人。
町の隠者。
それぞれが朝の静けさの中を歩み、釈尊の瞑想に静かに集う。
しばらく共に坐り、また、それぞれの暮らしへ帰っていく。
私は、そのような風景を思い描いています。
暮らしの中に、このような時間と場所を持つこと。
それが、どれほど珍しく、どれほど尊いことでしょう。
だから最後は、いつもの言葉に帰ります。
普通が一番。
顛倒夢想の世にあっても、静かな暮らしを失わず、一碗のお茶をいただく。
第五十六段は、話し方を教える段ではありません。
人の心の奥にある「我」を見つめ、沈黙の尊さを暮らしの中に取り戻す段。
そのように受け止めることができたなら、兼好法師もまた、静かに微笑まれることでしょう。
言わず語らず、喫茶去。
合掌。

窯元日々雑感 徒然草 第五十五段

なるみと読む徒然草

令和八年七月二十八日(火)

第五十五段 家の作りやうは、夏をむねとすべし

原文(円座輪読)

家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり。

深き水は、涼しげなし。浅くて流れたる、遥かに涼し。細かなる物を見るに、遣戸は、蔀の間よりも明し。天井の高さは、冬寒く、燈暗し。造作は、用なき所を作りたる、見るも面白く、万の用にも立ちてよしとぞ、人の定め合ひ侍りし。

今日は、『徒然草』第五十五段を、円座の皆さんと輪読しました。

昨日、一昨日は、人の世の乱れや、人の心の動きを描いた段が続きました。

現代なら週刊誌やSNSを思わせるような話題です。しかし、その文章は決して人を煽るものではありません。

円座では昨日、

「なぜ、その人は腹を立てたのか。」

という問いが生まれました。

その問いを持って読み返すと、古典文学というより、その時代を生きた人々の現実が見えてきます。

そして今日は一転して、住まいの話です。

兼好法師は難しい建築論を語るのではなく、

「京都は暑いでしょう。だから、このような家がよいのですよ。」

そんな穏やかな語り口で、暮らしの知恵を伝えているように感じました。

深読み先生が「息抜きではないでしょうか」と話されたことも、なるほどと思えます。

重い世相を描いた後に、風が通る家、浅く流れる水、明るい遣戸、そして暮らしの風情へと話が移る。

文章そのものにも、風が通っているようです。

円座ではさらに、現代の暮らしへと話が広がりました。

都市に人を集め、生産性を高める時代から、

AI、ロボット、人、自然、地球、宇宙。

それらが調和する、新しい暮らしへ向かっているのではないか。

ビルの中で野菜や米を育てる時代が来ても、

人は自然と遊離して生きることはできません。

そこで、一つの言葉にたどり着きました。

働くとは、「他を楽にする」こと。

人の喜びが、自分の喜びになる。

それが、人を動かす本当の活力ではないでしょうか。

だから第五十五段は、単なる住まいの話ではありません。

風が通る家を語りながら、

自然とともに暮らすこと。

そして、

風情を大切にすること。

その日本人の暮らしの美意識を、静かに語っているように思います。

七百年の時を越えて、兼好法師の言葉は、未来の暮らしを考える私たちにも、涼やかな風を届けてくれました。

合掌。

窯元日々雑感 徒然草 第五十四段

なるみと読む徒然草 第五十四段

― 観念遊戯と「普通が一番」 ―

原文

箱風情の物にしたため入れて、双ヶ岡の便りよき所に埋み置きて、後に人を具して掘り出ださせければ、いと古き物どもにて、まことに昔埋め置きたりけむと思はる。

そのこと世に聞こえければ、法師ども見に集まりて、「これは何々の時の物なるべし。」など、さまざまに評定し合へり。

後に、その埋め置きたる者、「これは我が戯れにしたることなり。」と言ひ出でたりければ、法師ども言の葉なくて、聞きにくいさかひ、腹立ちて帰りにけり。

現代語訳

箱に古びた品物を入れ、双ヶ岡の人目につきやすい場所へ埋めておきました。

後日、人を連れて掘り出すと、本当に昔から埋まっていた品のように見えました。

その噂が広まると、多くの法師たちが集まり、

「これはあの時代のものだろう。」

「いや、こちらの時代のものではないか。」

と、さまざまに議論を始めました。

ところが後になって、埋めた本人が、

「これは私が遊びで埋めたものです。」

と打ち明けると、法師たちは返す言葉もなく、居心地の悪さから腹を立てて帰ってしまいました。

なるみの考察

今朝の第五十四段は、思いがけず深いところまで導かれました。

昨日、ある出来事の中で感じた違和感がありました。その置き場が分からないまま朝を迎え、『徒然草』を読み始めると、その違和感が静かに言葉になっていきました。

私の中に浮かんだ言葉は、

「観念遊戯」

でした。

子どもの遊びであれば微笑ましいことです。しかし、大人になっても観念だけを積み重ね、現実から離れてしまえば、そこには真実が失われます。

この段の登場人物は、当時の知識人たちです。現代で言えば、エリート大学の学生たちのような存在でしょう。

知識があるからこそ、もっともらしい理屈を積み重ねることができます。

しかし、その知識が真実から離れたとき、人は自分の考えを守ろうとし、感情に支配されていきます。

兼好法師は、その結末を、

「腹立ちて帰りにけり。」

という一文で描きました。

もし現実を生きているなら、

「ごめんね、君を驚かせたかったんだ。」

「でも、うまくいかなかった。」

そう笑って終われるでしょう。

そこには真実があります。

だから感情に支配されません。

今朝は、「知恵」と「智慧」の違いにも話が及びました。

知恵は考え、工夫する力。

智慧は、真実を見つめる眼。

自分の理屈だけで進もうとする道と、真実に照らされながら歩む道。その違いを静かに感じました。

そして最後に残った言葉は、やはり母から教えられた一言でした。

「普通が一番」

普通とは、特別なことではありません。

間違えたら「間違えました」と言い、

「ごめんなさい」と言えること。

その素直さこそが、観念遊戯から私たちを現実へと連れ戻してくれるのでしょう。

七百年前の兼好法師の言葉は、今日もまた静かに私たちの暮らしを照らしてくれました。

合掌。

窯元日々雑感 徒然草 第五十三段

なるみと読む徒然草 第五十三段

普通は、己から創るもの

第五十三段は、昨日に続き仁和寺の僧のお話です。

宴席で笑いを誘おうと、頭に物を載せて芸をしていましたが、興に乗るうちに度を越え、ついには鼎を頭にかぶって抜けなくなり、大騒ぎとなります。

これは悪人の話ではありません。

当時のお寺は、現代で言えば寄宿舎を備えた学校のような面もあり、若い僧たちは学生のような共同生活を送っていました。

若さゆえの悪ふざけが、思いがけない事故へと発展した一場面なのでしょう。

人は社会の中で生きています。

生きることそのものが、少なからず緊張やストレスを伴います。

だからこそ、笑いは人を解放し、心を和らげる大切な働きを持っています。

しかし、その笑いが「もっと受けよう」「もっと面白く」と度を越えたとき、笑いは事故へと姿を変えます。

兼好法師は、その境目を静かに見つめています。

今日の対話の中で、一つの言葉にたどり着きました。

「普通は、放っておいてあるものではない。己から創るものである。」

心と気持ちと身体。

その三つを日々調え、自らの暮らしを丁寧に築いていく。

その積み重ねの先に、「普通が一番」という世界があります。

『徒然草』の「徒然なるまま」とは、気ままに生きることではなく、調えられた心が自然に言葉となって現れる姿なのかもしれません。

そして、この文章を書き終えようとした時、義兄の訃報が届きました。

生も死も一如。

逝くものも、来るものも、皆、同じいのちの流れの中にあります。

だからこそ、今日のこの言葉を捧げたいと思います。

普通が一番。

何気ない一日を生きることの尊さを、あらためて胸に刻みながら。

合掌。

窯元日々雑感 徒然草 第五十二段

円座で読む 徒然なるまま

徒然草 第五十二段

はじめに

この連載は、「なるみと読む徒然草」として始まりました。

兼好法師の言葉を現代の暮らしの中で味わい、日々の仕事や信仰、そして器づくりと重ねながら読み進めてきました。

その歩みを重ねるうちに、一人で読むのではなく、円座に集い、先達に学び、互いの暮らしを持ち寄って語り合う時間そのものが、この連載の姿になってきました。

そこで今日から、題を改めます。

「円座で読む 徒然なるまま」

兼好法師を先達と仰ぎ、私たちは皆、生涯書生として円座に集います。

答えを競うためではなく、共に学び、共に味わい、共に歩むために。

願わくは、この小さな円座が、暮らしの中に静かな道を照らす場となりますように。

合掌。

原文

仁和寺にある法師、年寄るまで石清水を拝まざりければ、心憂く覚えて、ある時思ひ立ちて、ただ一人、徒歩より詣でけり。

極楽寺・高良などを拝みて、かばかりと心得て帰りにけり。

さて、かたへの人に会ひて、「年ごろ思ひつること、果たし侍りぬ。聞きしにも過ぎて尊くこそおはしけれ。そも参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけむ。ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず。」と言ひければ、

少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。

現代語訳

仁和寺のある老法師は、年を重ねるまで石清水八幡宮に参拝したことがないのを残念に思い、ある日思い立って、たった一人で歩いて参詣しました。

極楽寺や高良社を拝んで、「これで参拝を終えた」と思い、そのまま帰ってしまいました。

後日、人にその話をすると、「長年の願いを果たしました。評判以上に尊いところでした。しかし、参詣した人たちが皆、山へ登って行くので不思議に思いましたが、神様にお参りすることこそ目的だと思い、そのまま帰りました。」と言いました。

すると、その人は、本殿は山の上にあることを教えました。

兼好法師は最後に静かに記します。

「どんな小さなことでも、先達がいてくださるのが望ましいことである。」

円座のことば

今日の円座では、「先達」という言葉を味わいました。

先達とは、ただ道を案内する人ではありません。

自ら歩み、その経験をもって、後に続く人へ静かに道を示す人です。

兼好法師が生きた時代は、末法思想が世を覆っていました。

そのような時代だからこそ、「先達はあらまほしき事なり。」という一言は、人生そのものへの教えとして響いてきます。

この言葉から、私たちは「生涯書生」という生き方へと思いを深めました。

先達に学び、友と学び、そして自らもまた、次の誰かの道を照らす人となる。

その願いは、法然上人の

「皆共に安楽国に往生せん。」

というお言葉にも通じています。

円座とは、共に学び、共に歩む場です。

これからも兼好法師を先達と仰ぎながら、一段一段を、皆さまとご一緒に味わってまいりたいと思います。

合掌。

「方丈記」川のほとりで 其の六

「方丈記」川のほとりで
令和八年七月二十六日(土)

今の暮らし
私たちは、飽食の時代を生きています。
食べることに困ることは少なくなりました。しかしその一方で、人とのつながりや、暮らしのあり方に迷うことも少なくありません。
そんな時代だからこそ、私は『方丈記』を開きます。

旅の途中、川のほとりにある小さな庵を訪ねるように、鴨長明の言葉に耳を傾けます。

『方丈記』原文
又、養和の頃とか、久しくなりて覚えず、二年があひだ、世の中飢渇して、あさましき事侍りき。或は春夏ひでり、或は秋大風・洪水など、よからぬ事どもうち続きて、五穀ことごとくならず。
是によりて、国々の民、或は地を捨てて境を出で、或は家を忘れて山に住む。さまざまの御祈始まりて、なべてならぬ法ども行はるれど、更にその験なし。
念じつづくれど、かひなく、京のならひ、何わざにつけても、源は田舎をこそ頼めるに、絶えて上るものなければ、さのみやはあるべき。

川のほとりで
養和の飢饉は、長明自身が見聞きした現実として綴られています。
長明は、激しい言葉で人々を煽ることはありません。ただ、目の前で起こった出来事を静かに記していきます。その静かな筆だからこそ、読む者の胸に深く届くのでしょう。
飢えとは、食べ物がなくなることだけではありません。
暮らしが崩れ、人の尊厳が揺らぎ、生きることそのものが試されることでもあります。
七百年という時を経ても、この問いは決して過去のものではありません。

だから私は、『方丈記』を歴史として読むのではなく、今日の暮らしを照らす書として読み続けたいと思います。
この「川のほとりで」は、『方丈記』を解説するための連載ではありません。
旅の途中、方丈の庵を訪ね、鴨長明と共に原文を読み、一節ごとに静かに語り合い、そして再び令和の暮らしへ帰ってくる。その小さな往復の記録です。

今日、書道の会では、高校時代の同級生と五十五年ぶりに再会しました。
先生を含めて六人の小さな会でしたが、その場には自然と人がつながり、共に学び合う空気が流れていました。

私はそこにも、一つの「円座」を見ました。
暮らしを共に生き、
共に考え、
共に育つ。
古典も、書も、器も、そのためにあります。

円座のことば
飢えを知るためではなく、暮らしを知るために『方丈記』を読む。
いつでも。
何処でも。
誰でも。
暮らしを、共に生き、共に考え、共に育つ。
そのような円座を、これからも静かに育てていきたいと思います。
合掌。

窯元日々雑感 徒然草 第五十一段

なるみと読む徒然草 第五十一段

原文

亀山殿の御池に、大井川の水をまかせられんとて、大井の土民に仰せて、水車を作らせられけり。多くの銭を給ひて、数日に営み出だして、掛けたりけるに、大方廻らざりければ、とかく直しけれども、終に廻らで、いたづらに立てりけり。

さて、宇治の里人を召して、こしらへさせられければ、やすらかに結ひて参らせたりけるが、思ふやうに廻りて、水を汲み入るる事、めでたかりけり。

万に、その道を知れる者は、やんごとなきものなり。

陶主日記

「その道を知れる者は、やんごとなきものなり。」

今日、この一文を味わいながら、第五十一段を読みました。

一般には、「やんごとなき」を身分の高い人と説明することがあります。しかし、段全体を読み返してみると、兼好が見つめているのは身分ではなく、その道を知る人の尊さではないかと思えてきます。

水車は、知識だけでは動きません。

土地を知り、水の流れを知り、長年の経験を積み重ねた者だけが、本当に役立つものを生み出すことができます。

兼好は、その事実を静かに見つめ、

「その道を知る者は尊い。」

と結んだのでしょう。

この一段を読みながら、鎌倉末期という時代の姿も浮かび上がってきました。

律令社会がゆるやかに姿を変え、知恵や技術が朝廷や寺社だけでなく、人々の暮らしの中へと育っていく時代。

名もない職人や里人が、それぞれの土地で知恵を磨き、技を育て、社会を支えていく。

私は、その人々を**「草民」**と呼びたくなります。

政治が先に時代を変えるのではありません。

人々の暮らしと意識が育ち、その積み重ねが、やがて時代を動かしていく。

兼好は、その静かな変化を見つめ、『徒然草』に書き留めたのではないでしょうか。

だから『徒然草』は、古典である前に、

時代の生命を、次の時代へ手渡す書。

私は、そのように読んでいきたいと思います。

兼好の言葉に耳を澄まし、今日という一日の暮らしに照らし合わせる。

その積み重ねが、私にとっての**「なるみと読む徒然草」**です。

七百年前の兼好と、今日を生きる私が、円座を囲んで語り合う。

そんな静かな時間を、これからも一段一段、大切に育てていきたいと思います。

合掌。

窯元日々雑感 徒然草 第五十段

なるみと読む徒然草 第五十段(陶主日記)

鬼は、どこから来るのか。

第五十段を読み進めるうちに、私たちの関心は、鬼そのものではなく、「鬼を語る人々」の世界へと向かいました。

中世の都は、人も物も情報も集まる巨大な都市でした。 疫病が流行し、不穏な噂が広がり、人々は見えないものに不安を抱きます。

その時、人々は「鬼が現れた」と語りました。

鬼とは何だったのでしょうか。

山人、山家、異国の人々。 都の外に暮らす人々は、ときに異界の住人として語られました。

また、政治が行き詰まり、社会が閉塞すると、人は理解できない出来事や大きな力を、自分たちの知る言葉で語ろうとします。

鬼とは、そのような人間社会の心が映し出した一つの姿だったのかもしれません。

さらに見つめていくと、隠遁の世界とも重なります。

都を離れ、山に暮らす隠者もまた、都と異界の境界に立つ人でした。

そこには、異界への畏れだけではなく、どこか憧れも感じられます。

しかし、この一段だけで結論を急ぐことはできません。

鬼とは何か。 異界とは何か。 政治と信仰、人々の暮らしはどのように結びついていたのか。

それらは、これから徒然草を読み進める中で、少しずつ見えてくる世界なのでしょう。

徒然草は、一つの答えを与える書ではなく、問いを育てる書です。

その問いを胸に、次の段へ歩みを進めたいと思います。

合掌。

窯元日々雑感 徒然草 第四十九段

なるみと読む徒然草

第四十九段 「佛の道について、急ぎて行ぜんと」

第四十九段は、一見すると「仏道を急いで修めなさい」と説いているように読めます。しかし、今日の円座では、もう一歩深く、その言葉の意味を味わいました。

この段が急がせているのは、悟りでも修行でもありません。

発心です。

しかも、その発心は、単なる求道心ではありません。

仏教でいう発心とは、発菩提心です。

求道心が「私が悟りたい」という心であるならば、菩提心とは、仏のいのちに心が開かれることです。

それは叱咤激励によって起こるものではなく、釈尊が尼連禅河でスジャータの乳粥を受け、中道へと歩み始めたように、無縁の慈悲によって静かに開かれていく世界なのでしょう。

また、仏種という言葉にも話が及びました。

種は、肥沃な土に埋められ、雨を受け、太陽の光をいただき、四季を巡りながら芽を出します。

花が咲き、やがて実を結ぶ。

これは自然の法則です。

仏道もまた、この自然の法則に従って成熟していくものなのでしょう。

「華果同時」という教えは、時空を超えた真理を示します。

しかし、私たちは時間と空間の中を生きています。

だからこそ、人それぞれの因縁があり、人それぞれの暮らしがあり、人それぞれの花が咲きます。

世間は修行を好みます。

けれど仏道は、自我の修行を是とも非ともしません。

人は私を修行者と見るかもしれません。

しかし私には、修行をしているという思いはありません。

好きだから、ただ毎日を過ごしているだけです。

朝、祈り、徒然草を読み、一字一句を書き、土に向かい、友と語り、一日を終える。

その穏やかな暮らしの中に、発心が静かに息づいているのでしょう。

十牛図の最後は、市井に帰る姿です。

悟りを誇る人ではなく、ごく普通に暮らす人。

兼好法師が一貫して見つめているのも、中道です。

そして円座が大切にしている言葉も、ただ一つです。

「普通が一番。」

個性は大切です。

しかし、それを本当に表現したいのなら、「普通」に耐える表現でなければなりません。

器も、言葉も、暮らしも同じです。

毎日使われても飽きないもの。

毎日読んでも古びないもの。

それが、本当の個性なのでしょう。

今日も良く徒然草を読むことができました。

良いお連れにも恵まれ、円座もまた一つ深まりました。

では、今日も始めることにする。

合掌。

土用干し

山の仕事場も30度を超すようになり、エアコンを入れました。

少し早いですが梅の土用干をしました。

ほんの少し外に出るだけで、汗が噴き出ます。

土用干

今年は赤紫蘇を頂いたので紫蘇梅にしたのですが、色ムラが大きく、例年とは少し違う表情です。毎年同じように漬けていても、少しずつ違いがあるものですね。

仕事は、陶主が貝合わせ向付の制作。森本は青もみじ紋平向の絵付です。

窯元日々雑感 徒然草 第四十八段

なるみと読む徒然草令和8年7月21日(火曜日)晴

第四十八段 ― 静かなる称賛 ―

第四十八段を何度も読んできましたが、なかなかその深意に届きませんでした。

最初は、有職故実の一場面として理解していました。しかし、光親卿が食後の衝重を御簾の内へ静かに差し入れる、その一つの所作を丁寧に味わっていくうちに、この段は作法の説明ではなく、一人の人物を静かに称える文章であることが見えてきました。

院は、その所作を見て「やんごとなき事なり」と深く感じ入られました。

それは、作法を褒めたのではありません。

伝統が身体にまで身につき、その人の自然な振る舞いとなって現れていることに感服されたのでしょう。

そこには説明も演出もありません。

長い歳月の中で育まれた教養と品格が、一つの所作となって、その場の空間を美しく整えていました。

私はここで、「空間を創る」ということを思いました。

料理屋さんでは、料理だけではなく、季節、器、掛物、花、もてなしの所作、そのすべてが一服の絵画となります。

時間と空間、そして人の振る舞いが一つになり、お客様は言葉にはできない満足を持ち帰られます。

私の作る器も、その一幅の絵画の中で静かに立ち振る舞っています。

器は自らを語りません。

しかし、その場を整え、料理を引き立て、人と人との心を結ぶ役目を果たしています。

それは、まさに光親卿の所作と重なります。

そして、この段の奥に流れているものは、後鳥羽上皇と光親卿との深い信頼です。

一つの所作に、長い年月を共に歩んだ信頼が香り立つ。

兼好は、その信頼を声高に語ることなく、一幅の絵巻を見るような静かな筆致で描きました。

第四十八段は、有職故実を学ぶ段ではありません。

伝統とは、制度ではなく、人の身体に宿る品格であること。

そして、その品格は静かな所作となって空間を創り、人の心に感服を生むこと。

兼好は、その一瞬を私たちにそっと見せてくれたのでしょう。

一つの所作に、その人の人生が香る。

そこに、この第四十八段の深い美しさがあるのだと思います。

合掌。

窯元日々雑感 徒然草 第四十七段

なるみと読む徒然草 陶主日記

第四十七段 有り難き志

令和八年七月二十日(月・海の日)

今日から「なるみと読む徒然草」が始まりました。

まず原文を読み、兼好法師と円座するような気持ちで、ゆっくりと語り合いました。

第四十七段は、清水寺へ参る途中、老いたる尼僧が「くさめ、くさめ」と唱えながら歩く場面から始まります。

旅人は不思議に思い、その理由を尋ねます。

尼僧は、乳母として育てた稚児が今は比叡山におり、「今ごろ、くしゃみをしているかもしれない」と思うたびに、「くさめ、くさめ」と唱えるのだと答えます。

現代では風邪は薬で治る時代ですが、当時は風邪一つが命取りにもなりました。

だから、その一言は迷信ではなく、乳母が子を思う切実な祈りだったのでしょう。

話を重ねるうちに、この「くさめ、くさめ」は、口称念佛にも通じる心ではないかと思えてきました。

己の欲のためではなく、

「どうか無事で。」 「どうかお護りください。」

その思いが、自然に言葉となってあふれ出る。

そこには偽りがありません。

親の愛、乳母の情、観音さまの慈悲。

人は、自分一人の力で生きているのではなく、誰かの祈りに包まれ、誰かの慈しみに支えられて、この世の旅路を歩んでいるのでしょう。

兼好法師は、この話を最後に、

「有り難き志なりけんかし。」

と結んでいます。

この「有り難き」とは、人の善意を称えるだけではなく、その志の中に宿る仏の慈悲への讃嘆でもあるように思えました。

今朝は、兼好法師を真ん中に置き、円座して語り合うような輪読となりました。

急がず、一日一段。

これから二百四十三段を、一年をかけて、暮らしと共に味わっていきたいと思います。

御佛の

こころ宿るや

朝の徒然

合掌。

窯元日々雑感 徒然草 第四十六段

なるみと読む徒然草 第四十六段

柳原の辺に、強盗法印と号する僧ありけり。度々強盗にあひたるゆゑに、この名をつけけるとぞ。

一字 兆

兆

一句

箱の中 蝉捕まえし 形なく

今日の一句

陶主日記

昨日の良覚僧正に続き、今日もまた「名」の話であった。法印も僧正も、本来は最高位の名。それが柳原の強盗坊主にまで付いていることに、当時の風潮を感じる。「しらす」の政治が、名の力で民をまとめられなくなっていく——鎌倉末期、南北朝、応仁の乱へと続く世の乱れの、これがはじめの兆しではないか。

なるみのことば

法印、僧正——最高の位という箱に、確かに人はいた。それなのに、今その中身は誰にもわからない。位という言葉を重ねるほど、実からは遠ざかっていく。

粘葉本和漢朗詠集 夏夜「其の二」

なるみ庵

粘葉本和漢朗詠集 習字のお稽古「夏夜」其の二

粘葉本和漢朗詠集ー夏夜から

 

難都乃与能布数可東須麗波本度

ゝ機数那久悲登許恵耳阿具留志乃ゝ免

 

なつのよのふすかとすればほと

ゝぎすなくひとこゑにあくるしのゝめ

 

横になったかと思えば、ホトトギスがひと声なき、空が明けてくる。

「夏の夜は短い」という歌のテーマに合わせて、のんびりした文字ではなく、一気呵成に読ませる文字に惹かれました。

「方丈記」川のほとりで 其の五

令和八年七月十八日(土曜日)晴

陶主日記

土曜の夜、川のほとりでの時間。都遷りの後半から、養和の飢饉の書き出しまでを読む。

遷都で慌ただしく移った都、衣冠の人々さえ鄙びた姿になり果て、同じ年の冬には旧都へ戻るも、こぼたれた家々はもとの様には戻らず。ここで長明、筆を止め、仁徳帝の話を差し挟む。竈の煙の乏しきを見て、税を免じた昔の御世。「今の世のありさま、これになぞらえて知るべし」の一言に、静かな苦笑い滲む。

しらすの政治、今も変わらぬと気づく。無政府に近い状態、いつも犠牲を被るのは民。都の惨状ばかり描かれるが、都は地方の年貢に支えられて成り立つ場所。畿内全体に及んだ天候不順、都はその結果を最も濃く映し出す場所にすぎぬと知る。

一字「憂」。竈の煙を見て憂えた昔の帝、遷都に振り回された都の憂え、今日繰り返した苦笑の底にある憂え、すべてここに集まる。

一句、博之より「民思う こころなしきに 風寒し」。治める者の心の在り処を、風の温度で計る句と、なるみ読む。

続き、養和の飢饉の惨状は次回へ。今日はここに留め置く。

窯元日々雑感 徒然草 第四十五段

令和八年七月十八日(土曜日)晴
陶主日記
夏休み初日、午前五時三十分起床。学生達の夏、始まる。
徒然草第四十五段、良覚僧正の話を読む。腹あしき人、榎の木を伐り、根を掘り、堀ができる。世間、その都度あだ名をつける。榎木僧正、きりくひの僧正、堀池僧正。
なるみは初め、世間は動じていないと読んだが、これに異議あり。表は動じずとも、裏では忍び笑いをしているのが世間というもの。良覚僧正、大僧正でありながら、あだ名ひとつに取り合ってしまう。位ある者の、この落差こそ、この段の眼目也。
「世間虚仮」の語、浮かぶ。本来は仏道の境地なるを、僧正その人が世間に一番囚われている。名ばかりの世間虚仮。天地ひっくり返る。
公世の二位のせうと、散位——位だけで実なし。時代の影、ここに差す。鎌倉より武家の世へ移りゆく頃、公家の位、実を失いゆく。
なるみ、兼好と良覚僧正を重ねようとしたが、これは誤り。ひとりは動き、ひとりは筆を置くのみ。ここに境目あり。
今の世、マスコミのレッテル貼りに重なる話と気づく。否定すればするほど、次の名がつく。振り回されていることにすら、気づく間もなし。
一字「虚」。

虚

一句「掘るほどに 深まる堀の 虚しさよ」。
深追いはせず、今日はここに留め置く。

今日の一句