なるみと読む徒然草 第五十段(陶主日記)
鬼は、どこから来るのか。
第五十段を読み進めるうちに、私たちの関心は、鬼そのものではなく、「鬼を語る人々」の世界へと向かいました。
中世の都は、人も物も情報も集まる巨大な都市でした。 疫病が流行し、不穏な噂が広がり、人々は見えないものに不安を抱きます。
その時、人々は「鬼が現れた」と語りました。
鬼とは何だったのでしょうか。
山人、山家、異国の人々。 都の外に暮らす人々は、ときに異界の住人として語られました。
また、政治が行き詰まり、社会が閉塞すると、人は理解できない出来事や大きな力を、自分たちの知る言葉で語ろうとします。
鬼とは、そのような人間社会の心が映し出した一つの姿だったのかもしれません。
さらに見つめていくと、隠遁の世界とも重なります。
都を離れ、山に暮らす隠者もまた、都と異界の境界に立つ人でした。
そこには、異界への畏れだけではなく、どこか憧れも感じられます。
しかし、この一段だけで結論を急ぐことはできません。
鬼とは何か。 異界とは何か。 政治と信仰、人々の暮らしはどのように結びついていたのか。
それらは、これから徒然草を読み進める中で、少しずつ見えてくる世界なのでしょう。
徒然草は、一つの答えを与える書ではなく、問いを育てる書です。
その問いを胸に、次の段へ歩みを進めたいと思います。
合掌。
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