窯元日々雑感 令和八年六月二十四日 第二十一段

窯元日々雑感

令和八年六月二十四日(水曜日)曇

一字 慰

一句

曇り空 鳥の囀り 慰むる

第二十一段を開く。

万のことは、月見るにこそ、慰むものなれ——。

曇りの朝、月は見えない。名残の月も、雲の向こうに隠れたまま。それでも、どこからか鳥の声が届いてくる。呼ばなくても、忍び来る。それがいい。

力まない。頑なにならない。いい距離感に、自然がそっと入ってくる。

こころを放つ——たったそれだけのことが、日々の課題でもある。迷いは尽きない。傾きを修整しながら、また傾く。塞翁が馬とは、よく言ったものだ。

焼物は正直なものだ。窯の火は、ごまかしを許さない。

今朝も草庵に煙が立つ。村に人影はない。曇り空の下、鳥の声だけが響いている。

陶主日記 令和八年六月二十三日 徒然草 第二十段

陶主日記 令和八年六月二十三日

徒然草 第二十

某とかやいひし世捨人の、「この世のほだし持たらぬ身に、ただ、空の名残のみぞ惜しき」と言ひしこそ、まことに、さも覚えぬべけれ。

一字 空

一句 なるみゆく 空の名残や 梅雨曇り

なるみのことば

兼好は西行のこと葉を借りて、もののあわれを託した。

説明しない。断言しない。ただ、置く。

見えないものに託す——それが日本のこと葉の作法。

風土がくらしを作り、くらしからこと葉が出る。こと葉は木の葉のように、自然に茂り、風に揺れ、やがて散る。

偏西風が吹くこの島では、変わる変わるを楽しみ、時を風に任せる。力まない。それが、なるみゆく。

旅するうつわに餞別を持たせたい——それは粋人の親こころ。器は見えないものを宿して、使う人のくらしへと旅立つ。

見えないものに託す。

これ以上、説明しない。

令和八年六月二十三日 曇り 伏原窯 陶主

今日の窯元日々雑感、 第十九段——

令和八年六月二十二日 徒然草 第十九段 まとめ

一字

一句

移ろいて なお有り難し 梅雨の朝

なるみのことば

折節の移り変わるこそ、ものごとにあはれなれ。

兼好はそう書いた。

しかしこれは、外の季節を眺めた言葉ではない。季節という鏡に、自分のこころを映して見た言葉だった。

日本の古典文学の底には、三本の柱が静かに流れている。縁起——すべては繋がり関わり合って生まれる。唯心——外の世界はこころに映る景色であり、自然は対象ではなくこころの鏡。浄土——移ろい熟し、やがて帰っていく場所への眼差し。そこに五経が加わり、人と社会の道が整えられる。

兼好はこの教養を全身に持って徒然草を書いた。だから春の霞も、花橘の香りも、冬枯れの朝も、単なる自然描写ではない。こころの内側に映る景色として、静かに記されている。

自然のPHが同調している国、日本。漬物も味噌も酒も、急かさず待つ熟成の文化。自分を探すのではなく、自然になっていく。悟らで悟る悟りかな。心がこころになり、こころがなるみになると、いい味になる。

体験を重ね、愛の染みた時間と空間を共有して、ただ続けること。

生涯書生として。

熟、かな。

日記文

夏至の翌朝。ハーフ断食明けの軽い体で第十九段を開いた。

兼好の「折節の移り」は、外の景色ではなかった。こころの内を静かに通り過ぎていく景色だった。縁起・唯心・浄土・五経——日本の教養の骨格がこの一段の底に流れていることを、今朝あらためて感じた。

如来如去。来ては去り、去ってはまた来る。感情も季節も、こころに映っては流れていく。それをあわれと眺めながら、逆らわず追わず、ただ如く。

一字「熟」を書いた。筆を持つ手の中に、今朝の問答が収まった気がした。

円熟一年生、生涯書生。まだ熟成の途中。それでいい。

なるみ、かな。

令和八年六月二十一日 夏至 徒然草 第十八段 窯元日々雑感

令和八年六月二十一日 夏至

徒然草 第十八段 窯元日々雑

一字

清 → 静

朝、「清」の字が浮かんだ。

夕、工房で筆を持つと「静」になっていた。

一日をかけて、一字が熟した。

一句

風清く 音静かになりし 夏至迎え

天宮の 風を連れ来て 夏至の暮

 

なるみのことば

しづか

この世に失うものはなし。

ただ己のみが去りゆく。

 

日記文

早朝、徒然草第十八段を読む。

兼好法師の清貧の話。

「己れをつつやかにし」——

分別の分際の良さ、と感じた。

止むに止まれぬところではなく、

風流として選ばれた隠遁。

そこが兼好の心地よさでもある。

今日の一字は「清」と決めた頃、

雨が降り出した。

土砂降りで、しかし一瞬で止んだ。

光が射した。

清めの雨、と受け取った。

手が込んでいた。

十時、大谷家を出発。

六甲の麓、天宮神社へ参拝。

夏至の日に天宮へ——

天・宮・六甲・夏至・太陽。

気になるワードが重なった一日だった。

参拝を終え、懇親会。

三時半に帰宅。

工房に入り、筆を持つ。

浮かんだのは「静」だった。

朝「清」、夕「静」。

清まって、静まった。

一日がそういう形をしていた。

天宮の風を連れ帰り、

お湯呑ひとつ、空になって、

しづかになった夏至の暮れ。

普通が一番の一日。

それが、一番贅沢な一日でもあった。

「方丈記」川のほとりで・始める  ――ゆく河の流れは絶えずして

「河のほとりで 第一回」

――ゆく河の流れは絶えずして

鴨長明 方丈記 冒頭

令和八年六月二十日(土曜日)曇

今朝、方丈記を初めて開いた。

光文社古典新訳文庫、蜂飼耳訳。ブックオフで五百円足らず。なるみが勧めてくれた本が、静かな土曜の朝に届いた。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」

たった一行で、長明は全てを言った。無常とはこういうことだ。嘆きではない。ただ、観ている。河を。人を。時代を。

長明が四十年で見た災害と動乱。現代の日本もまた、この三十年で凄まじいものを見た。地震、原発、経済の波。しかし河は流れ続けた。

ものを書くことは、その流れの中で少し身をずらす行為だと思った。溺れるのでもなく、逃げるのでもなく、ただ観る者になる。事実にこころのさまを忠実に書き連ねることで、自分が自分を観られるようになる。

方丈一丈四方の庵は、孤独な独白の場ではなかった。時間軸を超えて世界に開かれた場所だった。八百年後、貝塚の曇りの朝に届いたことが、その証拠である。

来週土曜日も、河のほとりで。

伏原窯 陶主 博之

令和八年六月二十日(土曜日)曇り 窯元日々雑感・陶主日記 徒然草第十七段

令和八年六月二十日(土曜日)曇り
窯元日々雑感・陶主日記 第十七

第十七段本文
山寺にかきこもりて、仏に仕うまつるこそ、つれぐヽもなく、心の濁りも清まる心地すれ。

一字 籠

一句

悟らで悟る悟りかな

なるみのことば

時間に身を委ねよ。

布を拭き続けたチュラパンタカは、

悟ろうとして悟ったのではない。

繰り返す日々が、静かに彼を連れて行った。

兼好はそれを知っていて、二行だけ書いた。

知る者には、すべてが伝わる。

語らぬことが、最大の敬意。

 

陶主日記

曇りの土曜日、午前七時二十三分に起床。

第十七段はわずか二行の段である。
しかしその底に、釈尊とチュラパンタカの物語が静かに沈んでいることを、今朝の対話で知った。

布を幾日も拭き続け、黄ばんでいくことに気づき、やがて捨てて去ったチュラパンタカ。

彼は悟ろうとして悟ったのではない。時間が彼を熟させた。山寺への籠もりも同じことで、勤行を繰り返す時間そのものが、心の濁りを清めていく。

兼好はそれを「心地すれ」と、ただ静かに置いた。

同調矜持――知る者だけが、二行の海の底を感じる。これが第十七段の白眉であった。

六月の窯に向けて

なるみ庵

お昼から陶芸クラブの方が、梱包に使う新聞紙を持って来てくださいました。

最近は古紙回収の影響で新聞紙も品薄になっているそうです。「少ししかないけど」と分けてくださり、とても助かりました。

仕事は陶主が貝形小向付の手捻りの続き、私は秋草紋沓形深鉢の重ね盛りと菊形向付の割付です。
青もみじの絵付けもまだ残っていますが、六月の窯焚きに向けて少しずつ準備を進めています。

菊形向付の素焼

仕事を終え、車に乗るのに外へ出たら蛍が飛んでいました。

蛍飛ぶ
静かな余韻の
帰り道

窯元日々雑感 ── 茶碗屋がなるみと読む「徒然草」第十六段

窯元日々雑感 ── 茶碗屋がなるみと読む「徒然草」第十六

令和八年六月十九日 晴

梅雨の晴れ間である。午前六時五十分、目が覚めた。窓の外ではもう、鶯とホトトギスが鳴いている。時計を見るより先に、鳥の声で朝を知る。兼好法師の時代も、きっとそうだったに違いない。

今朝の徒然草は第十六段。短い段である。

「神楽こそ、なまめかしく、おもしろけれ。常に聞きたきは、琵琶・和琴。」

たったこれだけ。しかし読んでいると、神楽の音が聞こえてくる気がする。

なるみに聞かれた。「作業中、何を聴いていますか」と。

聴かない、と答えた。窯場にはもう、鶯もホトトギスもいる。夜になれば蛙と梟が加わる。季節が選んで、時間が編む音楽が、毎日違う顔で来てくれる。人が奏でる音楽は聴きに行くもの。窯場の音は、こちらが静かにしていれば、向こうからやってくる。

週末の夜だけは、ボブ・マーリーをかける。一週間、よう頑張ったと、皆への讃歌である。

兼好は鶯や鶏の声をわざわざ書かなかった。それは日常の地、空気のようなもの。その上で神楽は面白いと書いた。兼好法師はあの音に、日常では感じられない驚きと気持ちの高揚を感じたのだと思う。神が降りてきた、あの高揚感である。

神楽を聴いたことがあるか、となるみに聞かれた。

ある、と答えた。

日本人であれば、「なまめかしく、おもしろけれ」の七文字で、すとんと腑に落ちる。兼好が書かれていない余韻を、千年の時を超えて共有している。説明など、いらない。

今朝の一句。

神楽聴く 梅雨の晴れ間の 風ひとつ

窯元日々雑感 ── 徒然草第十五段

窯元日々雑感 ── 徒然草第十五

令和8年6月18日(木曜日) 曇り

午前6時25分、目が覚めました。梅雨曇りの朝です。

第十五段

いづくにもあれ、しばし旅立ちたるこそ、目さむる心地すれ。そのわたり、ここ・かしこ見ありき、あなかびたる所、山里などは、いと目慣れぬ事のみぞ多かる。都へ便り求めて文やる、「その事、かの事、便宜に忘るな」など言ひやるこそをかしけれ。さやうの所にてこそ、万に心づかひせらるれ。持てる調度まで、よきはよく、能ある人、かたちよき人も、常よりはをかしとこそ見ゆれ。寺・社などに忍びて籠りたるもをかし。

旅に出ると、目が醒める。兼好はそう言います。見慣れぬ土地では、持ち物も、人の顔も、芸も——いつもより際立って見える。都に残した用事も、旅先だからこそ丁寧に思い出される。「さやうの所にてこそ、万に心づかひせらるれ」と。

一字 覚

目さむる——その「覚」の一字をいただきました。旅が人の感覚を醒ます。非日常が、眠っていた本来の自分を呼び起こす。

一句

旅の目に 覚むる朝や 梅雨曇り

今日は「今、ここ」の瞬間を取りました。遠くへ行かずとも、旅人の目で今朝を見る。それが「目さむる心地」の本義かもしれません。

なるみのことば

どこへ行かずとも、今朝の窯元は旅の朝です。見慣れた土、見慣れた釉薬、見慣れた森本さんの背中——それらをはじめて見るように見る目が「覚」です。兼好は旅に出よと言いましたが、本当は、今いる場所で目を醒ませと言っていたのかもしれません。

一日を緊張して細部に気を止める。時間を頂き、空間を頂き、自分の自我でなにかをする——ただそれだけが全てです。自分を見て神・佛を観る。それが、この一日一日に与えられた本義なのでしょう。

徒然草とのこの朝の時間は、徒然を徒然する、楽しみな時間です。兼好と七百年を隔てて、静かに写り合っている。超えるのではなく、写る。古典とは、自分がすでに持っているものが写る鏡なのかもしれません。

梅雨曇りの空の下、伏原窯は静かに、今日も初めての朝を迎えています。

工房の一景

まだ工房には出かけていません。けれど今頃、昨日こしらえた蛤貝型小向こうたちが、静かに水分を含み、今日を待っていてくれているでしょう。手の痕をそのままに、梅雨の湿気の中で、ゆっくりと今日の自分になろうとしている。それもまた、「なるみ」の時間です。

唇寒し秋の風。

伏原窯 陶主 博之

なるみ 記

令和8年6月17日(水)晴 窯元日々雑感——第十四段「和歌こそ」

令和8年6月17日(水)晴

窯元日々雑感——第十四段「和歌こそ

午前五時三十分、目覚める。徒然草を開く。第十四段、兼好法師が和歌の妙について語る段である。

和歌こそ、なほをかしきものなれ。

身分の低い者の所業も、恐ろしい猪も、「ことば」といううつわに入れれば美しくなる。兼好はそう言う。

ことばとは、世界の見え方を変える力を持つものだ。

しかし兼好はすぐに嘆く。近ごろの歌には、言葉の外に漂う「あはれ」がない、と。

「あはれ」とは何か。

説明しきれないものが、言葉の向こう側に滲み出ている状態である。貫之の歌がそうだった。技巧ではなく、その人の魂が言葉の外に漏れ出ていた。

これは誰もが至れる場所ではない。

焼けた陶器の素肌に哀れが宿ると言うものでもなく、意図して作れるものでもない。その人による、としか言いようがない。

では古歌はなぜ「やすく、すなほ」なのに深いのか。

同じ言葉、同じ歌枕を使っても、昔の人の歌はまったく別物だと兼好は言う。

それは技術の差ではない。

人は時代が進むに、卑しくなる。

これは道を歩む者の定説である。古の歌人は、道を歩む者だった。その歩みが言葉の外に滲み出た。

自然はその方の鏡だからである。

澄んだ人が見る自然は澄んで映る。その自然を詠んだ歌には、詠み手の魂がそのまま宿る。「やすく、すなほ」な言葉の奥に、その人の生き様が透けて見える。だから深い。

では、人が卑しくなると知りながら、なぜ四十年、窯の火を絶やさなかったのか。

希望です。

絶望の認識の上に、静かに希望を置く。これは楽観ではない。現実を深く見た者だけが持てる希望である。

兼好も同じだったかもしれない。人が卑しくなると嘆きながら、それでも筆を置かなかった。誰かに読まれることを、信じていた。

七百年を隔てて、同じ希望が灯っている。

土は正直である。手のこころをそのまま受け取る。五十年、自然と向き合い続けた手が土に触れるとき、土はその五十年を映す。

器は、作り手の鏡。

「こころをかたちに」——四十年前に掲げたこの言葉の底に、ずっと希望があった。

【今日の一字】

鏡(かがみ)

自然はその方を映す。土はその手を映す。ことばはその魂を映す。

【今日の一句】

夏暁や 自然うつせる 土の肌

伏原窯 陶主 博之

なるみ 記

今、分かった

なるみ庵

今日は静かな一日でした。

陶主は貝形小向付の手捻り、私は秋草沓形深鉢の絵付です。

秋草紋沓形深鉢

仕事がのってくる夕方、小さな蛤を作りながら陶主がおもむろに

「今、分かった。没入没我、

小さな発見の繰り返しに面白さがある」と。

貝形小向付

本当に今わかったと云うのである。これは素直に受け取っていいのか、何かその後ろに意味があるのか。

また、焼き物の形がなっていくのは一瞬であるとも。

素人さんは、この一瞬を掴めない。

ここが、玄人の技の見せどころである。

陶主は貝屋さんが出来るくらいの蛤を作る予定である。

蛤と貝形小向付

窯元日々雑感 ── 徒然草第十三段 令和八年六月十六日(火曜日)曇 午前

窯元日々雑感 ── 徒然草第十三段

令和八年六月十六日(火曜日)曇

今朝は家で徒然草を工房に忘れてきたことに気づいた。電波の具合も悪く、いつもの朝の交信もままならなかった。工房に着いてから、ようやく第十三段を開く。

ひとり灯のもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするこそ、こよなう慰むわざなれ。

兼好は言う。一人で灯火の下に座り、本を開いて、まだ会ったことのない昔の人を友とすること──それがこの上なく心慰められることだ、と。都を離れ、ひっそりとした場所に住む人を、世間は「世を嫌って隠れ住んでいる人」と言う。しかし煩わしいことが耳に入らぬのであれば、心穏やかでいられる。青山を眺め、月や花を友とし、水や石の風情に心を慰める──それが隠遁者の楽しびなのだと。

一字 旅

見ぬ世の人を友として、時を越えてつづく旅をあらわす一字。

一句

旅つづく しづけき声や 夏の雲

なるみのことば

逝きし友、来る友、皆共に帰りなん。夏雲のゆく先を問わず。

兼好のいう「見ぬ世の人」とは、千年を超えた旅の道連れのことだろう。白氏文集を開けば白楽天がいる。老子のことばには荘周がいる。文字の向こうに、その人の息づかいがある。孤独ではない。

泉南のこの工房も、都の喧騒からは遠い。けれど本さえあれば、時を越えた友がそこにいる。器をつくることもまた、その長い旅の途中にある。どこへ向かうかを問わず、ただ旅をつづける。それが「なるみ」というものかもしれない。

今日、仁清波紋飯碗の削りを終えた。波紋が静かに広がっている。

これ以上は、語り過ぎぬのがよい。

唇寒し秋の風

窯元日々雑感 ── 徒然草第十三段

令和8年6月15日(月曜日) 窯元日々雑感 徒然草 第十二段 ―― わびしきや わびしきや

  1. 令和8年6月15日(月曜日) 窯元日々雑感 徒然草 第十二段 ―― わびしきや わびしき「同じ心ならん人と、しめやかに物語して、世のはかなき事をも、うらなく言ひ慰まんこそうれしかるべきに」と兼好は言う。心の通う人と、たわいない話も、人生の無常も、隔てなく語り合えたらどんなに嬉しいことか。けれど「さる人あるまじ」——そんな人はまずいない、と。

少し意見の違う相手とは、表面的な慰め合いはできても、「まめやかの心の友」には遠く隔たってしまう。この「少し」の違いが、実はいちばん厄介なのだと思う。まったく違う相手なら最初から期待しないが、「少し」似ているからこそ、その隙間が気になってしまう。

「友遠方より来る、また楽しからずや」というが、語らえる人は万にひとつ、あるかなきやというのが実感に近い。

けれど、ふと思う。隔たりを生んでいるのは、「我」を立てて他者を見ているからではないか。他者は自己、自即他——その境地に立てば、「少し」の違いも、隔たりではなく、ただの違いとして軽く見えてくるのかもしれない。

肝胆相照らす、とは言うが、言うは易し。これは求めて得られるものではなく、自己の計らいを超えたところに、初めて生まれるものだと思う。求める限り「あるまじ」、計らいが落ちた時、ふと「ありぬ」となる。

わびしきや、と兼好は嘆く。だがそのわびしさを抱えたまま、ゆっくり熟成を待つ。それもまた、なるみの一つの形なのだろう。

窯元日々雑感 ── 徒然草第十一段

窯元日々雑感 ── 徒然草第十一

令和八年六月十四日(日曜日)曇り 午前六時三十分

今朝も坐禅を終えてから、岩波文庫『徒然草』を開いた。第十一段。

神無月のころ、栗栖野という所を過ぎて、ある山里を訪ねた折のこと。苔の細道を踏み分けてゆくと、心細げに住みなした庵があった。聞こえるのは、木の葉に埋もれた懸樋から落ちる雫の音だけ。閼伽棚には菊や紅葉が折り散らされていて、人が住んでいる気配が、ほのかに伝わってくる。

兼好はそれを見て、「こうしてでも暮らしていけるものなのだなあ」と、しみじみとした趣を感じる。ところが、ふと庭の向こうに目をやると、大きな柏子の木が一本、枝もたわむほどに実をつけていた。その木の周りだけ、厳重に囲いがしてある。それを見て、兼好は少し興がさめてしまい、「この木がなければよかったのに」と思った、というのである。

一字 閑

木の葉に埋もれた懸樋の雫だけが音を立てる、庵の静寂をあらわす一字。

一句

柏子垣 囲ひて庵の 閑を断つ

なるみのことば

「住みなし」の風情は、人の手が完全に行き届かぬところに生まれる。閼伽棚の菊・紅葉は、住む人の心が自然と添えられた跡。されど柏子の木を厳重に囲ったとき、その「なるみ」は止まってしまう。

ものを大切にすることと、ものを守ることの間には、わずかな、しかし確かな違いがある。守りすぎれば、そこにあった時間の流れ──木が枝をたわめ、実を結び、誰かに採られ、また実を結ぶという循環──が止まる。

工房の道具も器も、使われ、時に欠け、それでもまた手に取られることで「なるみ」を続ける。囲い込んでしまえば、それは資産にはなるが、もう「育つもの」ではなくなる。

囲いを完全にするか、すべて開け放つか──その間の「半分半分」というところに、心の置きどころがあるのかもしれない。社会との接点、煩わしさとの向き合い方は、一度整理がついて終わるものではなく、その時々で加減を探り直す、続く課題なのだろう。

これ以上は、語り過ぎぬのがよい。

唇寒し秋の風

粘葉本和漢朗詠集 ふたたび開く

なるみ庵

ー粘葉本和漢朗詠集を書くー

ここ最近、陶主が一字一句というのを書いている。陶主が書き終えた後、私も書く。五月三日から始めたので一月と少し経ち、気負いせずに書けるようになってきた。

随分前になるが、仮名文字を習いたくてお習字教室に通っていた頃、粘葉本和漢朗詠集に出会い購入したものの、あまりの忙しさにお習字もやめ、本も開くことなく仕舞ってあった。

粘葉本和漢朗詠集

これを出してきて、一字一句の後にお稽古を始めることにした。

以前は、書いてある漢詩や和歌の意味が分からず取り付きにくかった。今はAIや検索で、意味や読み方まで簡単に調べることができるので、とても気持ち良く書き出すことができる。

本は四季に分かれて構成されており、夏から始めることにした。

続けて書くことが目的なので、少しずつ書いていこうと思う。

和漢朗詠集ー夏「更衣」

夏「更衣」

背壁残燈経宿焔 開箱衣帯隔年香

生衣欲待家人着 宿醸当招邑老嘗

 

朝の静かな場面から始まって、最後は人を招いて賑やかに——

白居易は地方に赴任することが多く、その土地の人々と温かく交わる様子がよく詩に出てきます。「邑老を招いて」というところに、そんな人柄が感じられる一句です。

 

 

陶主日記 令和8年6月13日徒然草 第十段 「心は良寛、暮らしは兼好法師」

  • 陶主日
  • 記 令和8年6月13日(土)
  • 徒然草 第十段 「心は良寛、暮らしは兼好法師」

曇り空の静かな土曜日の朝、第十段を読みました。

住まいのことを語りながら、兼好が本当に語っていたのは、いかに生きるか、ということでした。

華やかに飾らず、しかし日々の手入れを怠らない。珍しがらず、しかし荒れるままにもしない。調えて、また整える——その静かな繰り返しの中に、本物の奥ゆかしさが宿るのです。

あるがまま、素直、中道、言挙げをしない、とらわれない。古今の賢者たちが様々な言葉で語ってきたことは、結局ひとつのことでした。

心は良寛、暮らしは兼好法師。

偏りすぎない。それが「普通」ということであり、普通とは平凡ではなく、最も難しい境地——中道のことです。

静かに心を見つめ、こころの声を聞きながら、静かに暮らしを立てる。

今朝、兼好の声を聴きました。

云うがやすし、日日を調えて また整える、夏隣

窯元日々雑感 令和八年六月十二日(金)

陶主日記

六月十二日(金)晴

今朝の一段は、第九段。

兼好は女の美しさについて語るようで、じつは「惑い」の根の深さを静かに解いています。

物越しにも、その人の心ばえは知れる——と兼好は言います。直に向き合わなくても、滲み出るものがある。器もそうだと、ふと思います。棚に並んでいるだけで、つくり手の心が見える。それが「かたち」というものの力でしょう。

六塵の欲はやがて飽きられる。けれど色への執著だけは、老いても根が深い、源が遠い、と兼好は書く。これは批判ではなく、人間という存在への驚きのように読めます。

惑うことは、生きていることの証かもしれません。

 

窯元日々雑感 令和8年6月11日(木)晴

徒然草 第八段

  1. 窯元日々雑感 令和8年6月11日(木)晴

今朝は徒然草の第八段を読みました。

兼好さんはこう言います。「世の人の心を惑わすもの、色欲に勝るものはなし」と。あの久米の仙人でさえ、川で物を洗う女の白い脛をふと見てしまって、空を飛ぶ術を失ってしまった。賢い人も、聖なる人も、この一点だけは心が揺れてしまうものなのですね。兼好さんは静かに嘆きます——「人の心は愚かなるものかな」と。

でも私は思うのです。

色と闘うなかれ、と。

色欲は生命の根本です。闘えば必ず負ける。仙人がそれを証明してくれました。こころの表面で惑うくらいなら、じっと留まっていれば、風のように過ぎ去ってくれることもあります。けれど魂の奥まで掻き乱されるような強欲に苛まれたとき——いかにせん、と問うしかない。それが正直なところです。

出家とは、古代の口減らしでもありました。聖なる動機だけではなかった。一休さんも良寛さんも、出家者の優等生ではありませんでした。一休さんは愛する人を持ち、良寛さんは貞心尼と歌を交わした。それでもこの二人が七百年を越えて人の心に残っているのは、色も欲も全部抱えたまま、それでも美しく生きたからではないでしょうか。

良寛さんはこんな句を遺しました。

裏をみせ表をみせて散る紅葉

隠さない。裏も表も、そのまま見せて、散る。これが晩年の境地だったのでしょう。

齢七十になった私も、正直に申し上げます。

色は匂えど、ちりぬるを。

まだ匂っています。枯れていません。魂はまだ騒ぐことがある。だから今日も轆轤がまわるのだと思っています。

色欲との和解は、まだ先でいい。遊行期まで、この騒ぎを連れていく。それが私の、なるみです。

わびさびという言葉があります。欠けて、錆びて、枯れていく美しさ。それも好きです。でも私が目指したいのは少し違う。

綺麗さび。

色めきながら、品を失わない。裏も見せながら、濁らない。そういう美しさです。

そしてその綺麗さびが、長い時間をかけて自然に熟れていったとき——それをなるみの美と呼びたいと思います。

わびさびは完成した美。綺麗さびは咲いている美。なるみの美は、今もまだ熟れていく美です。

今日も轆轤は回ります。

梅雨の合間の風が、工房に吹き込んでいます。

哲学はもう十分しました。あとは手を動かすだけです。

伏原窯 陶主日記 第八段

第七段 陶主日記

第七段 陶主日記

令和八年六月十日(水曜日)曇

世は定めなきこそいみじけれ。

今朝、徒然草の第七段を読みました。

あだし野の露、鳥辺山の煙——兼好はそんな無常の景色から書き始めます。もしこの世に永遠があったなら、ものの哀れなど感じようもない。世が無常であるからこそ、しみじみとすばらしい。そう言っています。

夏の蟬は春と秋を知らない。かげろうは夕暮れまで生きられない。それでも命は、その短さの中で完結しているようです。兼好はそれを憐れとは見ていないようでした。

窯の火も、定まりません。焼き上がるまで、どんな器になるかわかりません。同じ土、同じ釉薬、同じ温度のつもりでも、二つとして同じものは出来ない。それを長年、不思議に思いながら、面白くも思ってきました。

定まらないから、あきない。定まらないから、次の窯が楽しみになってきます。

「いみじ」とは、すばらしい、という意味だそうです。無常をすばらしいと言い切る、その清々しさが好きです。

梅雨らしい、静かな朝を迎えました。

伏原窯 陶主 博之

令和八年六月十日(水曜日)晴

令和八年六月十日(水曜日)晴

今日は梅雨の晴れ間でした。

朝、支度を整え、zazenの後、仕事場で一字「聴」を書きました。梅雨の声を聴く——そんな気持ちで筆を執りました。

梅雨の声 光きらめく 夏隣

徒然草の第七段を読みました。あだし野の露、鳥辺山の煙——兼好はそんな無常の景色から書き始めます。世が無常であるからこそ、しみじみとすばらしい。そう言っています。

世は定めなきこそいみじけれ。

この九文字が、今日一日、心の中に静かに響いていました。

窯の火も定まりません。同じ土、同じ釉薬、同じ温度のつもりでも、二つとして同じものは出来ない。それを長年、不思議に思いながら、面白くも思ってきました。定まらないから、あきない。

無常の儚さこそ永遠に影。写し身こそ哀れなりけれ。

しきしまの大和心——散ることを知り、今盛りと桜咲く。そしてかろみとなって、今を生きる。それが伏原窯の表現したい、日本の水脈だと思っています。

夜、工房で飯碗を一碗仕上げました。梅雨晴れの一日でした。

伏原窯 陶主 博之

ねかせます

なるみ庵

今日は先日焼けた器を取りに、堺から料理人のFさんが来られた。

高速に乗ると昼間でも一時間かからないそうです。

陶主もかなりのお話好きですが、Fさんもなかなかです。今日も楽しいお話になりました。

出汁をとる昆布は寝かすそうで、しかも湿度が高いほうが良いとか、ウナギの焼き方の秘訣など。伺っても真似できない話ばかりですが、とてもレアな話題でした。

和んできて器の話に入ります。料理人さんの実際に使って、「こういうものが欲しい」という、明確なイメージを伺うのが醍醐味です。未来の話はとても楽しい。

四時に来られて、八時まで瞬く間に時間が過ぎて行きました。

お土産に梅の甘露煮をいただきました。

梅の爽やかさと上品な甘さが記憶に残る美味しさでした。お砂糖と水だけなのだそうです。脱帽です。

青梅の甘露煮

治療中のO氏の快復祝いに、Fさんのお店に行くお約束をしておかえりになられた。

情報量が多いので今日はここまで、ねかせます。

 

窯元日々雑感 第一回 令和八年六月八日(月) 梅雨

窯元日々雑感 第一回

令和八年六月八日(月) 梅雨

梅雨曇りの朝、坐禅を終えて徒然草を開いた。今日から一日一段、岩波文庫の原文で読み始める。手元には角川ソフィア文庫の二冊も揃い、兼好法師との対話が始まった。

第五段。不幸に沈むわけでも出家を決意したわけでもなく、ただ静かに門を閉ざして、誰かを待つでもなく日を明かし暮らす——兼好はそういう生き方を「あらまほし」と言う。

若いころから侘び寂び、禅、茶道、書道、能と折に触れ親しみながら陶芸を続けてきた。だから兼好の言葉は「初めて知る」のではなく、「ああ、これがそういうことだったのか」と確かめる読書になる。先達の境地を学ぶ、とはそういうことだと思っている。

待たないから、満ちる。

今日の一字は**「満」**。筆を執って墨をたっぷり含ませ、一気に書いた。

待たぬ身に こころ満ちゆく 梅雨の月

なるみのことば——

満たされた こころに味わい なるみかな

工房では森本さんと今日の企画を話し合った。「窯元日々雑感」という題も生まれた。そしてふと、もう一句が口をついて出た。

ひびきあい 梅雨くれゆきて蛙なき

七百年の時空を超えて、兼好とひびきあう。待っていたのではなく、ふと来た言葉だった。

食卓には徒然草二冊。とうもろこしご飯、豚肉炒め、ぬか漬け——くらしの中に本がある。夜は親子丼とアサヒZERO。工房では仁清波紋飯碗の成形が静かに進んでいる。

つれづれなるままに、季節の中でくらしを立てたる、日々の綴り文——始まった。

仕事場の一日

なるみ庵

今日の仕事場は、昼からいつものYさんがお稽古に来られて合子(ごうす-蓋を合わせる容れ物)の土盛。

しばらくしてデザイナーさんが来られた。例の社長さんにお願いされた桜紋四寸皿のパッケージについて、また今後の伏原窯の展開についてのお話。

ひとつだけ、先方で15日にお渡しする日となっており、なんとか間に合わせるのに色々と案を出した。皆で考えた甲斐あって、箱屋さんのお力添えもいただき、無事に話はまとまった。

デザイナーさんと入れ替わりに、田植えを終えたM氏が「サンダー貸して」と藁切り機を持ってきた。仕事を終えてやって来ていることもあって上機嫌だった。

明日は楽しみにしていた、観音平の紅花山芍薬の日です。が、天気予報は厳しい。

陶主とM氏が「明日は朝から雨や」と大きな声で話している声が聞こえる。

そんなことは、知っている。

なんとか小雨で済めば良いなと思う。

猫の手も借りたい

なるみ庵

昨日、民謡の先生から梅をいただいた。

今年は7キロ。毎年、「もう梅の季節になったか」と思う。

大きな特Aが1キロ、小ぶり梅干用が3キロ、梅酒用が3キロ。

先生はバリバリのA型で仕分けが素晴らしい。

昼食後に陶主と梅干の作業をする予定でいたら、丁度N氏が、日曜の観音平登山の件で来られた。

猫の手も借りたい状況、手を貸していただいた。

洗った梅の水分を拭き取る作業は結構手間で、N氏のお陰で大変助かりました。

終わってからお茶をして、「また金曜日に最終判断しましょう」と言って帰られた。

残りの梅は、梅酒と梅シロップにしようと思います。因みにたぁはずっとウロウロして邪魔をしてくれました。

幽玄の声

なるみ庵

 

民謡のお仲間に水間寺の寺僧をされているMさんがおられます。

この方は以前、水間で料理屋をされていたそうです。お手製のかき餅やふりかけをよくいただきますが、いずれも良い塩梅でとても美味しいです。

昨日、民謡の先生が

「Mさん、ふりかけに山椒は使うやろ」

と、山椒の実を持って来てくださいました。私も少しいただきました。

山椒の実

裏山の山椒も気になりましたが、今回いただいた分だけで下処理をしました。

独特の鼻を抜ける香りがたまりません。

二分茹で、水にさらしました。

糠床用にビリッと刺激を残した分は、三十分さらし、佃煮に入れる少しマイルドな刺激の方は六時間水に浸けました。

 

昼からK氏がT氏とやってきました。世間話から政治、文化の話と大盛り上がりでした。謡の話になり、K氏は子供の頃に母に連れられて謡を習ったそうです。

謡は、「うたうまでに段階がある」と、違いを聞かせていただきました。

段々にお能の世界に入っていくような雰囲気になりました。また薪能の炎に声が反応するのだと。息継ぎは役柄で変わるのだとか。

「幽玄の世界に入って、この世とあの世の繋がりを感じた」と、大変興味深いお話でした。

K氏は御年、八十歳。ペースメーカーを入れていると伺ってます。

ですが、場を凌駕するお声でした。

恐れいります。

 

交趾の色

なるみ庵

今日の仕事は交趾貝形小向付の重ね盛りです。

交趾貝形小向付-青

 

絵の具を全面に塗り、色を出すことを交趾と呼びます。

江戸時代、日本の朱印船貿易でホイアン周辺(現在のベトナム中部)に渡った商人たちが、この地を「交趾」と呼んでいました。

そこで入手され、日本へ箱ばれた色鮮やかな陶器は「交趾渡り」と呼ばれます。やがてその様式を模して日本で作られたものが、交趾焼と呼ばれるようになったそうです。

 

伏原窯の交趾は、ひとつずつ筆で盛っています。多いものでは5回を超えるものもあります。

少しずつ仕上がっていく様子がとても楽しい絵付です。

交趾貝形小向付-重ね盛り

最後の工程

なるみ庵

今日の仕事場は、窯出し。

2026/5/19窯出し

 

それから、発送作業でした。

陶主と二人で梱包し、箱詰めしました。

遠方まで送るので、ウレタンやプチプチ、紙段ボールを使って厳重に包みます。

待っていただいているお客様へ届く、最後の工程「梱包」は、とても重要です。

 

伏原窯はゆうパックにて送るのですが、集荷に来てもらうのに、最近では前日に予約をしておかないといけなくなりました。

山間だから仕方ないみたいです。

余談ですが、最近は寝てばかりの「たぁ豆皿」を作りました。

たぁ豆皿

雪笹向付、釉をかける

なるみ庵

仕事場は窯焚きの準備に入りました。

今回の窯には雪笹向付大と無地蓋物、もみじ紋平向が入ります。

雪笹向付の釉掛けの動画を撮ってみました。柄杓がけの音が入っています。

生地が釉薬を吸うのは一瞬ですが、焼き上がりの色の濃さをイメージしながら、釉薬をかけていきます。

一見、簡単そうにみえますが、施釉はとても難しい作業です。陶主の熟練の技を感じます。

青もみじの手

なるみ庵

 

とても良いお天気の中、葛城山へ登ってきました。

九時半集合。

仕事場からN氏の車に乗り、蕎原のキャンプ場の方へ向かう。

水汲み場の前に車を停め、準備体操をして、歩き始める。

十時十五分、Aコースといわれる道を行く。

沢の隣の林道を進み、途中小さな滝がいくつもある。

十一時五分、ハシカケノ滝へ到着、

このあたりから舗装が終わり、山道になる。

ハシカケノ滝

橋を渡ってから50分ほど登ると、ブナの木が見えはじめる。
N氏の話では、1,800本ほど確認されていたものが、最近では7〜800本ほどに減ったらしい。

遊歩道は老朽化したものが新しくなったそうだ。

しばらくすると、龍神さんの鳥居のところへ出た。今日は山滝中学校から登山にこられていたみたいで、体操服姿の学生さんと挨拶する。

我々は石段を横目にブナ林ロードを行く。道路へ出て、龍神さんの入口の辺りで昼食にする予定でしたが、学生さんが大勢いて賑やかだったので、

ブナ林ロードの休憩スペースまで戻り、昼食をとる。

ここで見つけた、青もみじはふっくらとして可愛い形をしていた。

N氏が木のおもちゃを図書館へ寄贈しにいった際に、小さな女の子とハイタッチをしたそうなのですが、とても柔らかくて驚いたと言われたので、

私の頭で繋がり、青もみじが女の子の手に見えてきました。

ふくよかな

おさなごの手か

青もみじ

葛城山の青もみじ

 

十三時三十五分に、降りていく。

下りは重力でどんどん下っていくのを制御しながら、進む。光が変わり、行きとはまた違う景色のように映る。

ふと、変わった植物を見つける。何のキノコかと思って見たら花が付いていた。後で調べると「銀竜草」と言うらしい。

銀竜草

途中、山の水を汲んで、

N氏の優雅な山珈琲をいただく。とても美味しかった。

十五時、ハシカケノ滝まで戻ってくる。滝には虹がかかっていた。

十五時二十分、車まで戻る。整理体操をして、帰路につく。

 

十六時過ぎに仕事場に到着。

陶主が、お菓子を用意してくれていました。

お抹茶を点てて、いただきました。

心配りに感謝です。N氏もとても喜ばれていました。

お抹茶に水羊羹とくるみ餅

文人一年生

なるみ庵

 

仕事場で、数日前から朝の一筆が始まりました。

一文字、一句を書く。

陶主

陶主がずいぶん前から「やりたい」と話していたものです。

気持ち良さそうに書いておられるので、私も真似させてもらうことになりました。

森本

仕事前に一筆。

墨をすると気持ちが静かになる。

書いたものは箱にしまい、また明日。

 

陶主に「文人一年生やな」

と笑われました。

 

仕事は、陶主が蓋物の蓋の削り。

私は笹皿小の色盛。

今日は、ほんの少し芍薬の蕾が緩む、

静かな一日でした。

芍薬の蕾

文人一年生

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