なるみと読む徒然草
令和8年10月31日(土曜日)晴れ
第百三十七段 花は盛りに、月は隈なきをのみ見るものかは
フシハラ円座 — 孤立からの一歩、新しいジンカンの創造
今日は孫たちの運動会。よく晴れた秋の朝である。子供たちが元気に駆け回る一日が始まる。
その朝もいつものように『徒然草』を開き、長い第百三十七段を読み進めた。今日は、兼好の風雅と田舎人の振る舞いについて考えることになった。
一、徒然草第百三十七段(その三) 原文
(本日の対話に関わる箇所を抜粋)
花は盛りに、月はくまなきをのみ、見るものかは。
よろづのことも、始め終りこそをかしけれ。男女の情けも、ひとへに逢ひ見るをばいふものかは。逢はでやみにし憂さを思ひ、あだなる契りをかこち、長き夜を一人明かし、遠き雲居を思ひやり、浅茅が宿に昔をしのぶこそ、色好むとは言はめ。
すべて、月・花をば、さのみ目にて見るものかは。春は家を立ち去らでも、月の夜は閨の内ながらも思へるこそ、いとたのもしうをかしけれ。
よき人は、ひとへに好けるさまにも見えず、興ずるさまもなほざりなり。片田舎の人こそ、色こくよろづはもて興ずれ。花のもとには、ねぢ寄り立ち寄り、あからめもせずまもりて、酒飲み、連歌して、果ては大きなる枝、心なく折り取りぬ。泉には手足さし浸して、雪には下り立ちて跡つけなど、よろづの物、よそながら見ることなし。
二、現代語訳
花は満開のときだけを、月は曇りなく照っているときだけを見るものだろうか。いや、そうではない。
何事も、その始まりや終わりにこそ趣がある。男女の情愛も、ただ実際に逢うことだけをいうのだろうか。
逢えずに終わった悲しみを思い、頼りない約束を嘆き、長い夜を一人で明かし、遠く離れた人を思いやり、荒れた家で昔をしのぶ。そうしたことこそ、恋の情趣を知るというものだろう。
そもそも月や花は、ただ目で見るばかりのものだろうか。春には家を出なくても、月夜には寝室にいながらでも、花や月に思いを寄せることこそ、たいそう心楽しく、趣深いことである。
風雅を心得た人は、ひたすら風流を好んでいるようには見えず、楽しむ様子もあっさりしている。ところが片田舎の人は、何事にも度を越して興じる。
花の下へ身を寄せ、近づき、よそ見もせずにじっと眺め、酒を飲み、連歌を楽しみ、しまいには大きな枝を無造作に折り取ってしまう。泉があれば手足を浸し、雪が降ればその上に立って足跡をつける。何事も、離れたところから眺めて楽しむということをしない。
三、フシハラ円座の考察
兼好さんにも好き嫌いがある
兼好は、月や花、男女の情愛を、実に繊細な言葉で描いている。ところが、田舎人の花見になると、急に筆が辛辣になる。風雅を心得た人と、そうでない人。その区別が、案外露骨に現れている。
「ただ嫌なのでしょう。騒がしいのが」
円座は、そこから始まった。
静かに花を愛でているところへ、大勢の人々がやって来る。酒を飲み、騒ぎ、花の枝まで折ってしまう。兼好にすれば、自分の大切な風流の世界に土足で入って来られたようなものだったのだろう。
しかし、ここで考えてみたい。
田舎人には田舎人の暮らしがある。田を耕し、米を作り、働き、祭りを楽しみ、花の下で酒を酌み交わす。そこには、都の風流とは違う人間の世界がある。
「良いじゃないですか。彼らも色々愛でる方法があり、そのなかで彼らのジンカンができているのですから」
兼好さんもまた、その人々が作った米を食べて生きていたはずである。ここに、当時の社会のありようが見えてくる。
違っていて、ジンカンは機能している
立場が変われば、ものの見え方が変わる。目の位置が変われば、自然さえ違って見える。同じ桜を眺めても、兼好と田舎人とでは、その桜の意味が違う。それでも、どちらも同じ時代を生きている。
「変わる変わる。同じものを見ているのに、全て人は違って見える」
人間はそれぞれ違う。違うからこそ、色々な仕事があり、暮らしがあり、関わりが生まれる。違っていて、ジンカンは機能している。
七百年前の人々を、今の価値観で裁く必要はない。その人々の暮らしの流れの中に、今の私たちが生きているのである。大切なのは、過去を裁くことではなく、その流れの本質を見極めることだろう。
個性と「個人」は違う
七百年前にも、人々にはそれぞれの個性があった。しかし、それは近代になって社会の中で成立してきた「個人」とは違う。人間の意識は、歴史の中で変化してきた。
家や身分、共同体への所属が生き方を大きく規定していた時代から、自分で考え、判断し、行動する個人が社会に位置を得ていく時代へ。そして今、私たちはさらに大きな転換点に立っている。情報を個人が管理し、運営し、発信し、創造できる可能性が広がっているのである。それだけに、自分自身の知性を働かせなければならない。
「黄金の檻は、夢の如く消えてなくなりました」
かつて人々が安心を求めた所属や権威のあり方も、変化を迫られている。これからは、個人が自分自身の存在を見つめ、自分の意志で生きることが、いっそう重要になるだろう。
孤立に目覚める。その一歩から始まる
ここで、今日の円座は一つの大切なところへ進んだ。
「孤立に目覚めるのです」
孤立とは、単に人々から離れて寂しく暮らすことではない。まず、自分が所属している位置から一歩離れる。家や社会、組織や時代によって与えられた位置から離れ、自分自身を観る。所属から離れることが、まず第一歩である。
兼好さんも、隠遁することで、世間を離れた位置から眺めようとしたのではないだろうか。人々の暮らしを観察し、なるべく自分の判断を差し挟まずに書き留めようとする。しかし、その文章には兼好自身の好き嫌いが現れてくる。他者を観ているつもりで、いつのまにか自分自身の姿が映っているのである。
世間から離れることによって、初めて世間が見えてくる。世間を観ることによって、初めて自分が見えてくる。この逆説の中に、ジンカンを考える一つの次元がある。
そして、孤立した個人は、そこに留まらない。自らの意志で、新しい人間関係を作ろうと歩み始める。
一歩を踏み出した人々が巡りあう
「この円座の皆さんは、この一歩から旅立って、ここに巡りあった人々でしょうね」
フシハラ円座も、そのような場所なのだろう。それぞれが違う人生を歩み、それぞれの経験と考えを持っている。同じ考えになる必要はない。違ったまま巡りあい、言葉を交わし、またそれぞれの暮らしへ帰っていく。そこから、新しい縁が生まれる。
誰かが誰かに従うのではなく、一人ひとりが自分の位置に立って関わっていく。孤立から一歩を踏み出し、新しいジンカンを創造する。それが、これからの時代に重要な意味を持つのではないだろうか。
作陶五十年、こころを形に
私が茶碗屋として歩いてきた五十年も、振り返れば、そのような営みだったのかもしれない。
「自分の作った物が、人の暮らしに役立つように」
願いは、最初からそこにあった。土を練り、轆轤を挽き、一碗一碗を作る。出来上がった器は、作り手の手を離れ、誰かの暮らしへ旅立っていく。その器に何かの響きを感じるから、人々は伏原窯の器を求めてくださるのだと思う。
作り手と使い手は、必ずしも同じ考えを持っているわけではない。それでも、一つの器を通して巡りあう。そこに、新しいジンカンが生まれている。五十年、そんな具体を積み重ねてきた。
今、我々が生きている
今日の円座で、もう一つ明確になったことがある。
『徒然草』がありき、ではない。今、我々が生きている。これが根本である。
古典を理解するためだけに、毎朝円座を開いているのではない。今を生きている私たちが、自分の立っている位置を明確にする。そのために、七百年前の兼好さんとも出会う。『徒然草』は、その一つの縁である。古典が主役なのではない。今を生きている人間が主役なのだ。そして、その人間が何を観て、何を創造し、どう生きていくのか。そこにフシハラ円座の問いがある。
思考はどこまでも広がる。しかし、朝の円座を終えれば、工房へ向かい、土を練り、轆轤を挽く。一碗、一碗。この具体の生活が、実に人間らしく、私は好きなのである。
四、結び — 変わる変わる、嬉しい、楽しい
作陶五十年。やっと一つになって来た。
若い日に旅立ち、大阪の茶碗屋となり、人々の暮らしに役立つ器を作り続けてきた。その間に、幾多の出会いがあり、喜びがあり、悲しみもあった。それでも、歩みは止まらなかった。
変わる変わる。嬉しい、楽しい。
人間の意識も、時代も、暮らしも変わっていく。そして私自身もまた、変わり続けている。
兼好さんは隠遁し、世間を観て、文章を残した。私は土に向かい、轆轤を挽き、器を作ってきた。時代も、生き方も違う。しかし、一人の人間が自分の位置を見つめ、そこから世界と関わろうとする営みには、時を超えて響き合うものがある。
今朝も、七百年前の兼好さんと出会い、随分遠くまで旅をした。けれども、帰るところはいつもの暮らしである。
変わる変わる。嬉しい、楽しい。
土を練り、轆轤を挽いて五十年。一碗、一碗、人の暮らしを思い、歩いて来た道が、今、一つになってゆく。
そして今日も、また一碗。
普通が一番。
令和8年10月31日、孫たちの運動会の朝に。
水間焼 伏原窯 フシハラ円座
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