なるみと読む徒然草:第九十四段
令和8年9月8日(火)晴れ、のち雨
◆原文
常盤井相国、出仕し給ひけるに、勅書を持ちたる北面あひ奉りて、馬より下りたりけるを、相国、後に、「北面なにがしは、勅書を持ちながら下馬し侍りし者なり。かほどの者、いかでか君につかうまつり候ふべき」と申されければ、北面を放たれにけり。
勅書を馬の上ながら捧げて見せ奉るべし。下るべからずとぞ。
◆現代語訳
常盤井相国が出仕なさった時、勅書を持った北面の武士が相国にお会いして、馬から下りた。相国は後に、「あの北面某は、勅書を持ちながら下馬した者である。これほどの者が、どうして君にお仕えできようか」と申されたので、その北面は職を解かれてしまった。
勅書は馬の上に乗ったまま、両手で高く捧げて見せ申し上げるべきものであって、下馬してはならないのだという。
◆陶主日記
今朝は林屋辰三郎『南北朝』を読み、その熱の冷めやらぬまま『徒然草』第九十四段を開いた。
ある日、北面の武士が勅書を携え、常盤井相国の前へ現れる。武士は相国を前に、馬から下りた。一見、上位の者への自然な敬意の表れに見える。
だが、問題の本質はそこにはない。
勅書を奉じる者は、個人としてそこに立っているのではない。天皇の命——君命とその権威——を背負った「使者」である。その使者が相国の前で下馬するとは、結果として「勅書(君権)よりも相国個人を上に置いた」ことにほかならない。
相国もまた、これを見過ごせない。不問に付せば、今度は自分が「勅書を軽んじ、私的な敬意を優先させた」と疑われかねぬからだ。だからこそ武士を処分する。これは礼儀作法の些細な咎めではなく、故実——儀礼の規律——を守り、国家の秩序を保つための、厳格な危機管理だったのだろう。
世の上下が揺らぎ、武士の勢力が伸長し、古い秩序が崩れゆく時代。だからこそ相国は、曖昧な妥協を許さなかった。一人の武士を厳しく処すことで、「まだ故実は生きている、規律は崩れていない」と世に示さざるを得なかった。兼好はその、緊張感あふれる一瞬の空気を書き留めたのではないか。
ここで大切なのは、この話を安易な「礼儀作法の教訓」として片付けないことだ。
まず兼好が描いた現場を、そのまま客観的に見つめる。そこへ『南北朝』のような歴史書の客観を重ね合わせる。歴史の大きなうねりと、『徒然草』が切り取った現場の小さな一瞬——二つの視点が重なる時、人物の所作の向こうから、当時の息づかいと張り詰めた時代の気配が立ち上る。
今日の輪読で見えてきたのは、「客観に客観を重ねて読む徒然草」の面白さである。
兼好の文章を、後世の道徳的教訓集としてではなく、あの混乱の時代を生きた人々をリアルに拾い上げた「優れたジャーナル」として読む。すると、何気ない古典の一場面が、俄然、生々しく動き始める。
第九十四段は、まさにその醍醐味を教えてくれる一章だった。
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