川のほとりで「方丈記」 其の四

川のほとりで「方丈記」 其の四

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川のほとりで — 治承四年、福原遷都の段
読んだ場所

方丈記、治承四年みな月の比、俄かに都うつり侍りき——福原遷都の一節。四百余歳を経た都が、たやすく捨てられる無常。淀川に浮かぶ材木、畑となる地、なすすべもなく流される人々。

今日たどった道筋

「にはかに」の一語に宿る、予告のなさの恐ろしさから話が始まった。現代なら幾月も前から知らされる事が、あの時代は一日にして起こる。そこに政治の不在を見た——民草からすれば、意図なき恐怖政治の亜種ではないか、と。

そこから、唯心縁起の話へ。心の乱れが縁起となり、天災も人災もそこから生まれる。集団心理の受け止め方、処理の仕方によって、現れる現象が変わる、という博之さんの立場。

方丈記の記述の質そのものにも話が及んだ。日付の明確さ、具体的な数字、目撃者としての筆致——これは完全なルポルタージュではないか。そこから開高健へ。戦場という唯物の淵に自らを置き、なお言葉という唯心の営みに昇華させた作家。同じ大阪人としての誉れ。

そして、方丈記全体を貫く「しづか」へとたどり着いた。外の無常も、内の無常も、拒まず、逃げず、静かに受け入れる。その「しづか」は諦めではなく——希望である、と。

無常を「さみしい、あはれ」と教える読み方には、後世の何らかの意図が働いていたのではないか、という問いも生まれた。

今日の一語

しづか