なるみと読む徒然草 第六段
――隙間に吹く風の音
【原文】
わが身のやんごとなからんにも、まして、数ならざらんにも、子といふものなくてありなん。
前中書王・九条太政大臣・花園左大臣、みな、族絶えんことを願ひ給へり。
染殿大臣も、「子孫おはせぬぞよく侍る。末のおくれ給へるは、わろき事なり」とぞ、世継の翁の物語にはいへる。
聖徳太子の、御墓をかねて築かせ給ひける時も、「ここを切れ、かしこを断て。子孫あらせじと思ふなり」と侍りけるとかや。
現代語訳
たとえ自分が高貴な身分であったとしても、まして取るに足らない身分であったとしても、子というものは、いない方がよいのではないか。
前中書王、九条太政大臣、花園左大臣も、みな一族が絶えることを願われたという。
染殿大臣も、「子孫がおられないのは、かえってよいことだ。末の世まで子孫が残るのは、よろしくない」と、『大鏡』の世継の翁の物語には書かれている。
聖徳太子も、生前に自らの墓を造らせた時、「ここを切れ、あそこを断て。子孫を残すまいと思うのだ」と言われたという。
今日の円座
第六段は、現代の感覚で読めば、ずいぶん思い切ったことを言っています。
「子などいない方がよい」
しかし、兼好の生きた時代を考えなければ、この一文は読めません。
寿命は今より短く、子供の死亡率も高かった時代です。家を継ぎ、子孫を残し、暮らしを次代へ渡していくことは、生きる上での大きな課題でした。
私自身も伏原家を継いで生きてきました。
家を守る責任を感じ、ご先祖様に日々ご加護を祈ります。
ですから、家を守ることそのものを否定する気持ちはありません。
一方、兼好は出家者です。
徒然草の底には、仏教の無常観が流れています。
家も、名も、財産も、子孫も、いつまでも自分のものとして残せるわけではない。
そこへの執着を離れてみよ。
第六段には、そんな出家者の眼があるのでしょう。
ただ私は、兼好を仏教の教義として読むより、
「仏教文学の人」
として読んでいます。
出家して一人を唱えても、人は本当に一人では生きられません。
誰かが米を作り、誰かが衣を織り、誰かが暮らしを支えている。
人は人との繋がりなしには生きられない。
しかし、近づき過ぎれば人のアクで世界が濁る。
離れ過ぎれば孤独になる。
その間。
難しく言えば、
中道。
暮らしの言葉で言えば、
隙間に吹く風の音。
なのかもしれません。
その隙間を情報で埋め尽くさない。
テレビやスマホや「次は何が儲かる」という欲望だけで満たさない。
何もない時間に空を感じる。
無を思う。
風の音を聴く。
そして、自分へ帰る。
そこに、お湯呑ひとつあればいい。
人と人との間に置かれたお湯呑は、何も語りません。
しかし、時には言葉以上のことを語る。
沈黙の雄弁者。
へへへ。
もっとも、そのお湯呑をひっくり返せば、裏にはしっかり「フシハラ」と書いてあります。
茶碗屋ですから。
令和の第六段
今日、堺から若い料理人の藤原さんが工房を訪ねてくださいました。
雪笹向こう付けを受け取り、さらに箸置きや新しい器の注文へ話が広がりました。
若い料理人が、自分の店に納得できるオリジナルの器を揃えていく。
その夢を、齢七十、円熟一年生の茶碗屋が土で手伝う。
私には、それが嬉しい。
自分の家を大きく残したいわけでも、自分の栄華を残したいわけでもありません。
次の世代が夢を持ち、
料理人も、 作り手も、 お客様も、
みんな嬉し楽しい。
それでいいのです。
兼好が「何を残すのか」と問うた第六段。
令和の私は、
何かを自分のものとして残すより、
喜びが人から人へ巡っていけばいい。
そんなふうに読みました。
そこから今日、こんな言葉も生まれました。
うつわ一つ
夢一つ
なるみゆく
今日の一字
間
人と人との間。
言葉と言葉との間。
日日の暮らしの間。
その隙間に風が通れば、人は自分へ帰ることができる。
今日の一句
大空も
お湯呑ひとつに
収まりぬ
空だ、無だ、中道だと大きなことを考えても、最後は日日の暮らしへ帰ってくる。
そして茶碗屋の手元には、自分で作ったお湯呑が一つ。
大空まで、その中に収まってしまいました。
これくらいが、ちょうどいい。
普通が一番。
――令和八年六月九日
フシハラ円座
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