なるみと読む徒然草 第百十四段
――都の小噺、「面白いなぁ〜」で読む
令和8年10月4日(日曜日) 曇り
【原文】
今出川の大殿、嵯峨へおはしけるに、有栖川にて、御牛の水を蹴上げたりければ、御車に候ひける男、
「希有の童かな。かかる所にて御牛をば追ふものか」
と言ひたりければ、大殿、御気色悪しくなりて、
「おのれ、車やらん事、寒王丸にまさりてえ知らじ。希有の男なり」
とて、御車に頭を打ち当てさせられにけり。
この寒王丸は、太秦殿の男、料の御牛飼ぞかし。
この太秦殿に侍りける女房の名ども、二人はひざさら、一人はことづち、一人ははふばら、一人はおとうしと付けられけり。
【現代語訳】
今出川の大殿が嵯峨へお出かけになったとき、有栖川で牛が水を蹴り上げた。
すると御車に仕えていた男が、牛飼いの童に、
「なんという奴だ。こんな場所で牛を追うものか」
と叱った。
それを聞いた大殿は機嫌を悪くして、
「お前は、牛車を扱うことについて寒王丸よりよく知っているとでもいうのか。珍しい男だな」
と言い、その男の頭を御車に打ちつけさせた。
この寒王丸は、太秦殿に仕えていた牛飼いであった。
ところで、その太秦殿に仕えていた女房たちの名前は、二人が「ひざさら」、一人が「ことづち」、一人が「はふばら」、そして一人が「おとうし」と付けられていたという。
【なるみと読む】
最初に見えてきたのは、貴族社会のプライドのぶつかり合いでした。
御車の男は牛飼いを叱る。
ところが今出川の大殿は、その男を叱り返す。
「希有の童かな」
に対して、
「希有の男なり」。
実によく出来ています。
しかし社会科学的に眺めてみると、もう一つの景色が見えてきます。
牛飼いは単なる下働きではない。牛の性質を知り、道を知り、水場を知り、牛車を扱う専門の技術を持った職能者です。
寒王丸には、身分とは別に、
「この仕事なら、この男」
という地位があったのでしょう。
だから大殿の怒りも、
「知らない者が、専門家の仕事に口を出すな」
と読むことができます。
ところが話は、それだけでは終わらない。
寒王丸が仕えていた太秦殿の話になり、ついには本筋とは直接関係のなさそうな女房たちの名前まで並べ始める。
ひざさら。
ことづち。
はふばら。
そして最後に、
おとうし。
ここで、すっと終わる。
なんとも出来すぎた話です(笑)。
もしかすると、すべてが事実だったのではなく、実際にあった人物や噂話を材料にして、兼好が一つの小噺として仕立てたのかもしれません。
これまで徒然草を百十四段まで読んでくると、こうした「ちょっと出来すぎでは?」と思わせる話が時折出てきます。
かと思えば、突然、死や無常、人間の生き方に触れる、シリアスな一段が現れる。
だから徒然草は、全部を深刻に読む必要もないのでしょう。
深いところでは立ち止まる。
小噺なら笑う。
怪しければ「ほんまかいな」と眺める。
そしてまた次へ行く。
今日の一行
都には、こんな話もありましてな。――面白いなぁ〜。
それくらいが、第百十四段にはちょうどよさそうです。
喫茶去。🍵
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