なるみと読む徒然草 第百十九段「世の末」を眺める兼好
令和8年10月10日(土曜日)晴れ 水間焼 伏原窯 フシハラ円座・陶主日記
【はじめに】
午前6時50分起床。
今日も生きています。
泉州路は、秋のだんじり祭り。
午前6時の曳き出しとともに、祭りの幕が開いた。
小学6年生の孫、蒼馬も、今年は綱中でだんじりを曳いていることだろう。
昨日は陶芸クラブ夜の窯入れで帰宅が遅くなった。
公民館祭に向けて、二度に分けて焼成する段取りも整った。
今日は祭りの交通規制で、工房へ向かうのも一苦労である。
特に森本さんは、交通規制の真っただ中にいる。
さて、今朝も「なるみと読む徒然草」。
第百十九段。
全二百四十三段の、ほぼ半分までやって来た。
昨日の第百十八段は宮中の食べ物の話。
今日は鎌倉の鰹である。
さてさて、どんな話になるのだろうか。
【原文】
鎌倉の海に、鰹と言ふ魚は、かの境ひには、さうなきものにて、この比もてなすものなり。
それも、鎌倉の年寄の申し侍りしは、
「この魚、己れら若かりし世までは、はかばかしき人の前へ出づる事侍らざりき。頭は、下部も食はず、切りて捨て侍りしものなり」
と申しき。
かやうの物も、世の末になれば、上ざままでも入りたつわざにこそ侍れ。
【現代語訳】
鎌倉の海で獲れる鰹という魚は、あの辺りでは珍しくもない魚であるが、近頃ではご馳走としてもてはやされている。
鎌倉の年寄りが、こんなことを話していた。
「この魚は、私たちが若かった頃までは、身分の高い人の食膳に出されるようなものではありませんでした。頭などは、下働きの者でさえ食べず、切り落として捨てていたものです」
というのである。
このような魚まで、世の末になると、身分の高い人々の食卓に上るようになるものなのだ。
【今日の円座】
一、鰹一匹から見える時代
鰹といえば、今では誰もが知る初夏の季語である。
「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」
江戸時代には、初鰹は庶民に愛され、季節を告げる魚となった。
ところが、兼好の時代には、上流の食卓に出すような魚ではなかったという。
それが近頃では、ご馳走として扱われるようになった。
兼好は、この変化を記録している。
しかし、ここで考えてみたい。
鰹そのものが変わったわけではない。
変わったのは、鰹を見る人間の価値観なのである。
昨日の宮中の食べ物から、今日の鎌倉の鰹へ。
二日続けて、食べ物から時代を眺めることになった。
二、都の核になっているもの
ここで、今日の円座は少し大きく展開した。
京都と鎌倉。
二つの政治の中心である。
京都には、平安以来の宮廷文化がある。
家柄、格式、先例、儀礼。
それらが社会の秩序を支えていた。
一方、鎌倉では武士が政治の中心を担い、地方の土地支配や経済活動が広がっていった。
三十年もすれば、世の中の様子は変わる。
農業生産が発展し、商業や流通が活発になり、庶民の経済活動も社会を動かしていく。
しかし、京都も鎌倉も、従来の政治制度では、そうした社会の変化に十分対応できなくなっていたのではないか。
やがて鎌倉幕府は滅亡し、建武の新政、南北朝の動乱へと進んでいく。
もちろん、鰹の一段だけで、こうした歴史の変化を説明することはできない。
しかし、食べ物の価値が変わるという小さな出来事にも、時代の移り変わりが映っている。
政治が変わる前に、人々の暮らしが変わり始めている。
ここが今日の大切な視点となった。
三、兼好の立ち位置
兼好は、宮廷文化の中で育った人物である。
出家しても、その教養や美意識は失われていない。
庶民の信仰にも目を向け、僧侶の堕落を批判し、法然上人の教えにも深い敬意を寄せている。
決して宮廷社会だけを見ていた人物ではない。
しかし、社会を眺めるとき、その価値判断の中心には、なお京都の伝統的な文化がある。
社会の変化を観察する鋭い目を持ちながら、その価値判断は京都の伝統的な文化に根ざしている。
この二面性が面白い。
そこで円座では、少し強い言葉を投げ込んでみた。
「インテリの言語武装」
ハハハ!
兼好を断罪するためではない。
議論の流れに、少し勢いをつけたかったのである。
兼好は仏教を語り、無常を説く。
しかし、その信仰は自分自身の生き方や価値観を支えるものにもなっていたのではないか。
そう問いかけてみた。
もちろん、信仰の深さを他人が簡単に裁くことはできない。
ただ、言葉によって世界を理解することと、その世界の中で生きることは、必ずしも同じではない。
ここに、兼好という人間の面白さがある。
四、兼好の食卓
そこで、もう一つ疑問が生まれた。
兼好は何を食べて暮らしていたのだろう。
その食べ物は、どこから来たのだろう。
米を作る人がいる。
野菜を育てる人がいる。
魚を獲る人がいる。
それを運び、売る人がいる。
出家した兼好も、そうした人々の働きによって暮らしを支えられていたはずである。
しかし、第百十九段で兼好が関心を寄せているのは、鰹を獲る人々ではない。
鰹が上流の食卓に上るようになったという、社会的な評価の変化である。
ここにも、兼好の立ち位置が見えてくる。
彼にとっての「世」の中心は、やはり宮廷社会だったのではないか。
そのように考えてみた。
五、「世の末」は兼好の本音
さて、今日の円座で最も大切になったのが、
「世の末」
という言葉である。
最初は、兼好が時代の変化を嘆いているように読んだ。
しかし、話を進めるうちに、少し違う姿が見えてきた。
兼好は、嘆いているのだろうか。
諦めているのだろうか。
案外、そうではないのかもしれない。
自分が育った宮廷文化の価値観を持ちながら、移り変わっていく世間を眺めている。
昔は上流の食卓に出なかった鰹が、今ではご馳走になっている。
「いやはや、世の中も変わったものですなぁ」
そんな調子だったのかもしれない。
もちろん、兼好の本心を確かめることはできない。
しかし、深刻な末世思想としてだけ読む必要もないだろう。
「世の末」という一言には、兼好自身の立ち位置が表れている。
そして、それは嘆きや諦めというより、時代を静かに眺める兼好の本音だったのかもしれない。
ここに、今日の円座はたどり着いた。
【陶主随想 川の流れのように】
今日の円座では、もう一つ大切な話をした。
議論にも川の流れが必要だということである。
急な流れがある。
水が溜まり、深い淵になるところがある。
そして、洋々と流れていくところがある。
言葉も同じである。
時には強い言葉を投げかける。
時には立ち止まって考える。
そして、また軽やかに流れていく。
深く考えることと、深刻になることは違う。
言葉に執着していては、川の流れが止まってしまう。
昨日から今日へ。
宮中の食べ物から鎌倉の鰹へ。
政治、経済、仏教、宮廷文化へと話は広がった。
しかし、最後はまた、鰹一匹の話に戻ってきた。
兼好は、その時代の出来事を細やかに書き残してくれた。
そのおかげで、七百年後の私たちは、こうして彼と語り合うことができる。
兼好の価値観に異論があっても、彼が記録を残したことには、大きな意味がある。
そして、兼好自身もまた、時代という川の流れの中に生きていた。
流れを止めることもできず、行く末をすべて知ることもできない。
ただ、自分の立っている場所から、世間を眺めていた。
「世の末」
案外、兼好は静かに笑いながら、この一言を書いたのかもしれない。
ハハハ!
【今日の結び】
古典は、ただ教えをいただくために読むものではない。
昔の人と語り合い、ときには異論を唱え、笑い合う。
そして、その言葉を今の暮らしに持ち帰る。
古典を本棚に飾るのではなく、台所に置く。
汚れるような場所にこそ、暮らしがある。
今日の鰹も、最後は食卓に戻してやりたい。
食べて、飲んで、お腹がいっぱいになれば、
ハハハと笑う。
それでよい。
普通が一番。
こころを形に。
令和8年10月10日(土曜日)
泉州路はだんじり祭り。
今日も生きています。
水間焼 伏原窯 フシハラ円座
なるみと読む徒然草 第百十九段 了。
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