なるみと読む徒然草 第百二十段
令和8年10月11日(日曜日)晴れ
午前7時29分
唐の物は、薬の外は、みななくとも事欠くまじ。
【原文】
唐の物は、薬の外は、みななくとも事欠くまじ。書どもは、この国に多く広まりぬれば、書きも写してん。唐土船の、たやすからぬ道に、無用の物どものみ取り積みて、所狭く渡しもて来る、いと愚かなり。
【現代語訳】
中国から渡ってくる品物は、薬を除けば、どれもなくても困らないだろう。
書物については、すでに日本国内に広く伝わっているのだから、書き写せばよい。
中国から来る船が、容易ではない航路を越えて、必要のない品物ばかりを積み込み、船いっぱいにして運んでくるのは、実に愚かなことである。
【なるみと読む徒然草】
時代の変わり目に立つ兼好
今日は、実に面白い一段に出会った。
「唐の物は、薬の外は、みななくとも事欠くまじ。」
兼好の何気ない一言である。国内需要の喚起なのか、経済の発展なのか、それとも贅沢への戒めなのか。そんな問いから、今朝の円座は始まった。
兼好が生きた鎌倉末期は、宋銭などの渡来銭が広く流通し、商品経済が育っていく時代だった。唐物が次々と運ばれてくる。珍しい品を欲しがる人がいる。商う人がいる。新しい物に憧れる人がいる。明治の横浜の港のような風景が浮かんでくる。
「大丈夫かいな。そんな舶来モン、いっぱい入らんやろ。」
兼好の声が、都の路地裏から聞こえてくるようである。
もちろん、兼好が現代の経済学のような概念を持っていたわけではない。ただ、世間が変わっていく。暮らしが変わり、物の価値が変わり、時代が動いていく。その光景に、ひとこと呈したのであろう。
路地裏から見える日本の歴史
兼好は、二度の元寇が終わって間もない1283年頃に生まれた。鎌倉幕府の滅亡を経験し、南北朝の動乱の中を生きた。まさに歴史の大きな転換点に立っていたのである。
この第百二十段を読みながら、その後の日本の歴史が一本の流れとして見えてきた。
南北朝、室町、戦国。商業が発展し、職人が育ち、国内の生産力が蓄積されていく。戦国末期には、日本は大量の武器を自ら製造できる国になっていた。軍事力とは、それを支える国力があって初めて成り立つものである。
そして徳川の世。日本は自国で産出する金銀を基盤に独自の貨幣制度を整え、全国的な国内経済を発展させていった。宋銭が流通していた兼好の時代から、およそ300年である。
さらに時代は流れ、近代を経て現代へ。長いデフレを経験した私たちは、いま物価や金利が動き、各国が自国の産業を重視する時代に立っている。「自国ファースト」という現代の言葉さえ、兼好の一文と重なって聞こえてくる。
もちろん、兼好が未来を予見していたわけではない。しかし、700年前の何気ない路地裏の風景から、その後の日本の歴史を眺めることができる。ここが面白い。
700年前の人びとの声
『徒然草』の魅力は、宮廷の出来事だけでなく、路地裏に人びとがちゃんと生きていることである。牛飼いがいる。武士がいる。僧侶がいる。商人がいる。人びとは笑い、怒り、欲しがり、見栄を張り、時代の変化に戸惑う。700年前の人間も、今の私たちとそう変わらない。
歴史の大きな出来事は、歴史書に記録される。しかし、人びとの日常の声は、こうした何気ない文章の中に残る。兼好はその姿を、実に軽やかに描いている。
兼好を読むということ
今朝、ふと気づいたことがある。私はなぜ、毎朝これほど『徒然草』を読み続けているのだろうか。
兼好は、古い時代が終わり、新しい時代が始まる境目に立っていた。私もまた、長く続いた社会の仕組みや価値観が変わろうとする時代に生きている。兼好は都の路地裏から世間を眺めた。私は茶碗屋として、日々轆轤を回し、器を作り、人と交わりながら世間を眺めている。時代も立場も違う。それでも、そこに流れる人間の感覚には通じるものがある。
兼好を読んでいるようで、実は、今を生きている自分自身を読んでいる。毎朝読み続けるのは、その感覚を確かめたいからかもしれない。
古典を読むとは、過去へ戻ることではない。今を生きる自分を、もう一度見つめ直すことなのだ。
【今日の円座を終えて】
何気ない一文から、ずいぶん大きな世界が見えた。兼好の時代から300年、さらに400年、そして今。歴史が一本の流れとして見えてきた。
時代の大きな転換は、その時代を生きる人びとには、案外何気ない日常の風景として現れるものなのだろう。その小さな変化を、兼好は書き残してくれた。
700年後の私は、その言葉を読みながら、自分の生きている時代を確かめている。
時代を読むことは、自分を読むこと。
今日も生きています。
普通が一番。
日日是好日。
令和8年10月11日
水間焼 伏原窯
なるみと読む徒然草 第百二十段
この記事の関連キーワード




