なるみと読む徒然草 第一〇六段
――人に帰る、「ご苦労様でした」
令和八年九月二十日(日曜日)晴れ。
午前六時目覚め。
布団の中で『徒然草』第一〇六段を予習する。
午前七時十五分、円座を始める。
【原文】
高野の証空上人、京へ上りけるに、細道にて、馬に乗りたる女の、行きあひたりけるが、口曳きける男、あしく曳きて、聖の馬を堀へ落してンげり。
聖、いと腹悪しくとがめて、
「こは希有の狼藉かな。四部の弟子はよな、比丘よりは比丘尼は劣り、比丘尼より優婆塞は劣り、優婆塞より優婆夷は劣る。かくの如くの優婆夷などの身にて、比丘を堀へ蹴入れさする、未曾有の悪行なり」
と言はれければ、口曳きの男、
「いかに仰せらるるやらん、えこそ聞き知らね」
と言ふに、上人なほいきまきて、
「何と言ふぞ、非修非学の男」
とて、極まりなき放言しつと思ひける気色にて、馬ひき返して逃げられにけり。
【現代語訳】
高野山の証空上人が京へ上っていた時のことである。
細い道で、馬に乗った女と行き違った。その女の馬を引いていた男が、うまく馬を扱えず、証空上人の馬を堀へ落としてしまった。
上人はひどく腹を立てて、
「これは何という無礼なことだ。仏教の四衆というものは、比丘より比丘尼が下、比丘尼より優婆塞が下、優婆塞より優婆夷が下なのだ。その優婆夷の身でありながら、比丘である私を堀へ蹴り落とさせるとは、前代未聞の悪行である」
と責め立てた。
すると馬を引いていた男は、
「何をおっしゃっているのか、私にはさっぱり分かりません」
と言った。
上人はますます腹を立て、
「何を言うか、この修行も学問もしていない男め」
と言った。
ところが、その言葉を口にしたところで、自分でも「これはとんでもない暴言を吐いてしまった」と気づいた様子で、馬を引き返して逃げていった。
四コマ漫画のような一段
読んでいて、長谷川町子さんの『意地悪ばあさん』にでも出てきそうな一場面だと思った。
まるで四コマ漫画である。
細い道で馬が行き違う。
ドサッと上人が堀へ落ちる。
腹を立てた上人が、
「四部の弟子はよな……」
と、難しい仏教の理屈をまくし立てる。
ところが馬曳きの男は、
「何を言っているのか、さっぱり分かりません」
そして最後の一コマ。
上人は、くるりと馬を返して、
逃げた。
兼好は「上人は己の慢心を深く反省した」などとは書かない。
ただ、
「馬ひき返して逃げられにけり。」
それだけで終える。
絶妙の「かるみ」である。
百段を越えて読み進めてきて、ようやく、この兼好の文章の呼吸が少しずつ分かってきたように思う。
深いことを、深刻に書かない。
読み手が、
「ハハハ。人間というものは、こんなものだな」
と受け取れるところで筆を置く。
ここには、書き手と読み手との共有がある。
因縁を仕立てる
しかし、もう少し深く読んでみた。
最初に起こったのは、ただの出来事である。
馬が堀へ落ちた。
一つの因縁が生じた。
ところが上人は腹を立てた。
そして、その怒りに言葉を与えた。
比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷。
自分は比丘である。
相手は優婆夷である。
そこに上下を作り、相手を責め、自分の物語を仕立ててしまった。
すると、そこからさらなる因縁が生じる。
馬曳きの男は、
「何を言っているのか分からない」
と言った。
その一言で、上人が作り上げた世界は、ふっと宙に浮いてしまった。
上人はそこで、自分を見たのではないだろうか。
怖かったのは馬曳きの男ではない。
腹を立て、理屈をつけ、人を裁き、その言葉によって次の因縁を作り続けている、自分自身が怖くなった。
だから馬を返した。
逃げたのではなく、帰った
そう考えているうちに、
「馬ひき返して逃げられにけり」
という最後の一文が、少し違って見えてきた。
上人は、ただ逃げたのだろうか。
あるいは、
帰ったのではないか。
比丘という肩書きから。
聖という立場から。
人を上下に分ける自分から。
ふと我に返って、
ただの人へ帰った。
そう考えると、「馬ひき返して」という言葉が面白い。
そのまま進まなかった。
向きを変えたのである。
人間――ジンカン
人は人に生まれ、
ジンカンで育ち、
人に帰る。
人は一人で人間になるのではない。
親がいて、家族がいて、友がいて、仕事仲間がいて、時には腹を立てる相手までいて、その「間」で育っていく。
人と人との間。
人間――ジンカン。
第一〇六段では、最初、上人は縦の世界にいる。
比丘。
比丘尼。
優婆塞。
優婆夷。
ところが名もなき馬曳きの男の、
「分かりません」
という一言で、その縦の世界が消えてしまう。
最後に残ったのは、
人と人。
ここに「共有」が生まれる。
兼好は、どこか庶民の側へ開かれた眼を持っていたのだろう。
偉い人も腹を立てる。
偉い人も言い過ぎる。
偉い人も恥ずかしくなれば逃げる。
人間だもの。
だから『徒然草』は、七百年近く経った今でも読めるのかもしれない。
お湯呑ひとつ 言わず語らず 喫茶去
私たちは伏原窯を語る時、よく「かるみ」という言葉を使う。
私の仕事は、朝から晩まで、お湯呑や茶碗を作ることである。
そこへ今朝の徒然草が重なった。
お湯呑ひとつ
言わず語らず
喫茶去
器に思想をいっぱい書き込む必要はない。
作り手がすべてを説明する必要もない。
ただ、お湯呑を一つ差し出す。
「まあ、お茶でもどうぞ。」
飲む人が手に取り、お茶をいただく。
しばらく同じ時間を過ごし、やがて、それぞれが、それぞれの暮らしへ帰っていく。
帰ったところにも、また人がいる。
そこにもジンカンがある。
それが、
幸せ。
仕、合わせ。
なのかもしれない。
それぞれが、それぞれの「仕」を持ち寄り、合わせて生きる。
舞台の袖で
そして第一〇六段そのものを、一つの芝居として眺めてみた。
上人。
馬に乗った女。
馬曳きの男。
そして馬。
みんなが舞台の上で、それぞれの役を演じている。
舞台の上では怒鳴り合う。
腹を立てる。
失敗する。
逃げる。
けれど幕が下り、舞台袖へ戻れば、みんな笑顔で握手しているのではないだろうか。
「いい演技ができましたね。」
そして、
「ご苦労様でした。」
この言葉が、今日は妙に胸に残った。
良かったとも悪かったとも言わない。
正しかったとも間違っていたとも言わない。
それぞれが、それぞれの役を生きた。
苦もあった。
労もあった。
そのすべてを受け取って、
ご苦労様でした。
役を脱ぐ。
肩書きを脱ぐ。
そして、人に帰る。
人は人に生まれ、
ジンカンで育ち、
人に帰る。
人が沸けば、
佛となって、帰っていく。
どこへ。
それは、言わなくてもよいのかもしれない。
帰るところへ。
兼好も何も説明せず、上人を馬に乗せて帰してしまった。
だから私たちも、それ以上は言わない。
お湯呑ひとつ
言わず語らず
喫茶去
令和八年九月二十日。
日曜日、晴れ。
午前八時過ぎ、第一〇六段の円座を閉じる。
さて今日はハーフ断食。
着替えて支度をして、プールへ行く。
それぞれ、それぞれの暮らしへ。
ご苦労様でした。
この記事の関連キーワード



