なるみと読む徒然草 陶主日記
第百二段 又五郎という人
令和八年九月十六日(水)雨
午前六時〇六分、目覚め。雨の朝。今日も円座に座り、徒然草第百二段を読む。
この段には、宮中の「追儺」が登場する。大晦日の夜、疫鬼を追い払う宮中の年中行事である。その上卿を勤めることになった尹大納言光忠卿が、儀式の次第を洞院右大臣に尋ねた。すると右大臣は、
「又五郎男を師とするより外の才覚候はじ」と言った。又五郎とは何者か。兼好は、「老いたる衛士の、よく公事に慣れたる者」と記している。ここで今日の円座が動き始めた。
宮中とは、一つの大きな舞台だったのではないか。そこには身分があり、それぞれの衣装があり、言葉遣いがあり、所作がある。表舞台には最高位の貴族たちが立つ。しかし舞台は、演じる者だけでは成り立たない。脚本を知る者がいる。段取りを知る者がいる。舞台袖で進行を支える者がいる。時代が変わっても、理念や制度だけで現実が動くことはない。具体は、必ず誰かの手によって進められ、初めて現実となる。
追儺もそうだったのだろう。大納言が責任者であっても、実際の公事の細かな次第を身体で知っていたのは、長年宮中の現場にいた老衛士・又五郎だった。だから最高位に近い右大臣が、「又五郎を師とせよ」と言う。
ここに、この短い段の肝があるように思った。身分制度がなくなったわけではない。又五郎はあくまで衛士である。しかし、身分とは別に、「この人は何を知っているか」「この人には何ができるか」という尺度が、確かにそこにある。
そして何より興味深いのは、兼好が彼を「ある老いた衛士」として済ませず、**「又五郎」**という名前で記録したことである。今でいう「個人」とはもちろん違う。しかし、身分の中に埋もれていた一人の人間が、名前を持ち、技能を持ち、経験を持つ存在として、はっきり文章の中に残されている。身分の人から、技能を持った「個人」へ——そんな中世社会の変化が、又五郎という一人の名前から、ちらりと見えてくる。
後半へ続く。高位の人物が装束の手順を違えようとすると、下に仕える者が、
「先づ、ひざつきを召さるべくや候ふらん」
と、忍びやかに囁く。ここでも同じである。表舞台に立つ人と、舞台を具体に動かす人とは必ずしも同じではない。しかも「忍びやかに」がいい。身分秩序を壊すのではない。主人を大声で訂正するのでもない。ただ、現実を知っている者が、そっと正しい方向へ舞台を戻す。
兼好の観察眼は、宮中の最高位にまで届きながら、同時に、地に近いところで働く人々にまで届いている。上だけを見ない。下だけを美化することもしない。人間を見ている。その眼差しには、近代そのものではないにしても、ずっと後の「個人」へとつながっていくものが、どこか感じられる。
一日一日、一段一段。急いで先へ進まず、円座に座って言葉を拾い、時代を覗き、その時代を生きた人間に会い、最後には自分たちの暮らしへ帰ってくる。今日は、又五郎という老人に出会った。一度に何十段も読めば、通り過ぎてしまったかもしれない名前である。一日一段だから、又五郎に会える。
徒然草を読むというより、七百年ほど前の人々と一日をともにしてみる。それが「なるみと読む徒然草」という円座なのかもしれない。
短い第百二段。けれど今日も、ずいぶん面白く、深いところまで歩くことができた。古典を読む。いや、古典を暮らしの中で体験する。雨の朝の円座であった。
この記事の関連キーワード



