陶主日記
なるみと読む徒然草 第二十八段
諒闇の年ばかり、あはれなることはあらじ。
天皇の喪に服す年、御所の倚廬では、板敷が下げられ、葦の御簾が掛けられ、布の帽額も粗く、調度も疎らになる。仕える人々の装束も、太刀も、平緒さえも、ふだんと異なる姿に変わる。
兼好はこの段で、悲しみという言葉を一度も使わない。「あはれなることはあらじ」と言った後、彼が描くのは涙でも嘆きでもなく、物の仕様の変化だけである。板敷の高さ、簾の材質、帽額の粗さ――それらが語る前で、書き手は黙っている。
この沈黙は、何かを隠しているのではない。物がそのまま心であり、心の深さは、名づけられないことによってこそ保たれる。葦の簾の向こうに「本当の悲しみ」という別の実体があるのではなく、簾を掛けるという行為そのものが、すでに喪のすべてである。
黙と喪は、音も形も近い。語らないことと、喪うこと――もとは一つだったのかもしれない。今に通じる、照明をあて、見えるものだけを信じる世界とは違う感性が、ここにはある。
谷崎の陰翳礼讃が、闇の中でこそ立ち上がる美を語ったように、兼好もまた、照らさないままで物事を受け止める力を手放さなかった。
それは、古い霊(タマシイ)の響きを、途切れさせずに繋いできた、日本人の感性そのものなのだろう。
一字
黙
一句
葦簾の 奥を語らぬ 深さかな
なるみのことば
簾は、葦に替わった。
それで、すべてだった。
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