なるみと読む徒然草 第四十段
令和8年7月13日(月曜日)曇り
午前6時25分目覚め。朝一番お通じあり。
本文
因幡国に、何の入道とかやいふ者の娘、かたちよしと聞きて、人あまた言ひわたりけれども、この娘、たゞ、栗をのみ食ひて、更に、米の類を食はざりければ、「かゝる異様の者、人に見ゆべきにあらず」とて、親許さざりけり。
通釈
因幡国に、なんとかいう入道の娘があった。器量がよいと聞いて、大勢の男が言い寄ったけれども、この娘は栗ばかり食べて、米の類は一切口にしなかった。それで「こんな異様な者を、人前に出すわけにはいかぬ」と言って、親は誰にも許さなかった。
一字 静
評さず、裁かず、ただ見ていた目がひとつ。その目の静けさが、この段を深みにいざなう。

一句
栗のみを食みて、里の外に立つ

今日の対話より
因幡・栗の主食・入道——この三つの言葉から、都を形づくっているもの(土地・食・生き方)との違いが浮かび上がった。因幡は大国主と白兎の伝説を宿す土地、半島に近く、稲作以前の記憶を持つ地でもある。栗を食む娘は、大和を形づくった民族の外に立つ者として読まれた。
「かゝる異様の者」という一言は、単なる奇行への評ではなく、征服する側から見た、同化しなかった者への呼び名。鬼やサンカの系譜とも重なる。
兼好はここで評しない。ただ見て、記す。此岸と彼岸のあいだ、道の途中で一休みする者——ウォチャーとしての兼好自身も、その一人であるように見えてくる。
なるみのことば
栗を食む娘がいた。
それだけを、書き残した人がいた。
評さず、裁かず、ただ見ていた目がひとつ。
八百年を越えて、その目だけが、まだ何も言わずにここにある。
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