「方丈記」川のほとりで 第三段
令和8年7月4日(土)夜
方丈記・辻風の段。治承四年卯月、中御門京極のあたりに起こった大きなつむじ風。三、四町を吹きまくり、桁と柱だけを残して家々を吹き放ち、塵を煙のように空へ巻き上げた。長明はこれを「彼の地獄の業の風」と記し、人々はただ事にあらず、何かの諭しではないかと受け止めた。
科学が進んだ今も、畏敬の念は消えない。説明できることと、畏れなくなることは別のことである。むしろ量子の世界が示す、観測者と対象を切り離せない不確定な相は、じんかん——人を関係の中の存在として見る古い思想と、遠く呼応している。個という近代の枠組みが確立する以前、長明や兼好が生きた時代は、個の薄さゆえに、かえって縁起の相を直に見ていたのかもしれない。
近代が確立した個を、AIという最先端の技術によって古典に問い直す。これもまた一つの逆転現象である。
なるみのことば
風はただ吹いたのではない。じんかんが震えたのだ。
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