- 陶主日
- 記 令和8年6月13日(土)
- 徒然草 第十段 「心は良寛、暮らしは兼好法師」
曇り空の静かな土曜日の朝、第十段を読みました。
住まいのことを語りながら、兼好が本当に語っていたのは、いかに生きるか、ということでした。
華やかに飾らず、しかし日々の手入れを怠らない。珍しがらず、しかし荒れるままにもしない。調えて、また整える——その静かな繰り返しの中に、本物の奥ゆかしさが宿るのです。
あるがまま、素直、中道、言挙げをしない、とらわれない。古今の賢者たちが様々な言葉で語ってきたことは、結局ひとつのことでした。
心は良寛、暮らしは兼好法師。
偏りすぎない。それが「普通」ということであり、普通とは平凡ではなく、最も難しい境地——中道のことです。
静かに心を見つめ、こころの声を聞きながら、静かに暮らしを立てる。
今朝、兼好の声を聴きました。
云うがやすし、日日を調えて また整える、夏隣
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