陶主日記 徒然草第二十五段
令和8年6月28日(日曜日)曇り
一字 律
一句
変わりゆく こころがうつる 梅雨の空
飛鳥川の淵と瀬は、いつのまにか入れ替わる。栄華を誇った京極殿も、いまは跡のみ。兼好はそれを嘆かない。ただ、懐かしむように、愛おしむように、筆を走らせる。
誰もが変転の中に生きている。嬉しいことも、悲しいことも、流れ流れてゆく。それでも川は流れ続ける。世にはそういう律がある。
嘆いていい。心が動いていい。それもまた、人として当然のことだから。ただ、嘆きの向こうに、川はいつも流れている。
雨の朝、空を見上げる。灰色の雲が、ゆっくりと流れてゆく。心もまた、それにつられるように、静かに動く。
嬉しいことも、悲しいことも、みな空の雲のように過ぎてゆく。それでも今日も、窯に煙が上がり、土は手の中で息をする。
暮らしとは、そういうものかもしれない。変転の中に、ひとつひとつの日常がある。そしてその日常の中に、律は静かに息づいている。
なるみのことば
変転の中に律あり。律は語らずとも、暮らしの具体が、静かに伝えてくれる。
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