陶主日記
六月十二日(金)晴
今朝の一段は、第九段。
兼好は女の美しさについて語るようで、じつは「惑い」の根の深さを静かに解いています。
物越しにも、その人の心ばえは知れる——と兼好は言います。直に向き合わなくても、滲み出るものがある。器もそうだと、ふと思います。棚に並んでいるだけで、つくり手の心が見える。それが「かたち」というものの力でしょう。
六塵の欲はやがて飽きられる。けれど色への執著だけは、老いても根が深い、源が遠い、と兼好は書く。これは批判ではなく、人間という存在への驚きのように読めます。
惑うことは、生きていることの証かもしれません。
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