令和八年六月二十六日(金曜日)
窯元日々雑感 徒然草第二十三
「なほ、九重の神さびたる有様こそ、世づかず、めでたくこそ聞ゆべし」
末法の世ゆえに、神気はかえってあらわになる。
荒廃の中にこそ、見える美がある。御鈴の音が最も澄んで響くのは、静寂が深まった、その時だった。満ちているときは、神気は日常に埋もれる。末法だから、剥き出しになる。
兼好はそれを知っていた。だから嘆かなかった。衰退の世を、澄んだ眼で、静かに見ていた。
神さぶ、神さびたる——七百年の言葉の水脈は、今朝の雨の中でも、流れ続けている。
神さむい
山野ふもとや
時鳥
雨音に
静寂みゆる
夏隣
一字 氣
台風の雨、大いに降る朝。
令和八年六月二十六日 貝塚 伏原窯にて。
この記事の関連キーワード



