なるみと読む徒然草 第一〇九段
――「こゝろして」という言葉
令和八年九月二十三日(水曜日)。曇り。
午前五時四十分、目覚める。
徒然草の予習。
七時十五分、「なるみと読む徒然草」を始める。
今日の第一〇九段は、あの有名な「高名の木登り」の話である。
【原文】
高名の木登りといひし男、人を掟てて、高き木に登せて、梢を切らせしに、いと危く見えしほどは言ふ事もなくて、降るる時に、軒長ばかりになりて、
「過ちすな。心して降りよ」
と言葉をかけ侍りしを、
「かばかりになりては、飛び降るとも降りなん。如何にかく言ふぞ」
と申し侍りしかば、
「その事に候ふ。目くるめき、枝危きほどは、己が恐れ侍れば申さず。過ちは、安き所になりて、必ず仕る事に候ふ」
と言ふ。
あやしき下臈なれども、聖人の戒めにかなへり。鞠も、難き所を蹴出して後、安く思へば、必ず落つと侍るやらん。
ー中学三年の記憶ー
この段を開いて、懐かしさが先に立った。
中学三年の時、教科書で習った文章だった。高校受験を控えた頃である。
随分よく読んだのだろう。五十年以上経った今でも、内容をよく覚えている。
当時の私は、この話に感心したのだと思う。
特に残ったのが、
「心して降りよ」
という言葉だった。
「注意せよ」ではない。
「こゝろして」
この日本語の響きが、少年だった私のどこかに残った。
その後も私は、何かの折に自分自身へ、
「心せよ」
と声を掛けることがあった。
「注意しなさい」では少し固い。
ところが「こゝろして」と自分に言うと、不思議に素直な気持ちになれる。
実家には渋柿の木があった。
干し柿にする実を取るため木に登り、降りる時にも、この第一〇九段を思い出した。
「こゝろして、降りよ」
自分自身には、何度もそう言った。
古典の一節が、いつの間にか暮らしの言葉になっていたのである。
ところが、今読むと
七十一歳になって、あらためて読む。
素直に読めば、
人は危険なところでは緊張しているから慎重になる。
むしろ「もう大丈夫」と思った時に過ちが起こる。
という話である。
「緊張が解ける時に、危険が潜む」
なるほど、今読んでも分かる。
しかし、実際に木に登った経験から考えると、少し引っ掛かる。
木から降りている人間に、
「過ちすな。心して降りよ」
と、私は言うだろうか。
いや、言わない。
現場にいる人間からすれば、これはむしろ危険な言葉ではないかと思う。
それまで自然に身体を動かして降りてきた人に、「過ち」「危険」という意識を突然差し込む。余計な緊張を生み、身体を固くしてしまうかもしれない。
本当にその人の安全を思うなら、私は黙って見守るだろう。
そして必要なら、
「右足をそこへ」
「その枝は滑る」
「ゆっくりでいい」
と、具体を言う。
実践とは「具体」である
ここで、今日の円座の中心が見えてきた。
実践とは、具体である。
本当に木に登って仕事をするのなら、登る前にしっかり段取りをする。
どこへ登るのか。
どの枝を使うのか。
危険な場所はどこか。
どう降りるのか。
もしもの時にはどうするのか。
事前に十分なシミュレーションをしておく。
それをせず、作業の途中になって、
「危ないぞ」
「失敗するな」
「心せよ」
と言う。
それはひょっとすると、木の上にいる人の不安ではなく、下で見ている自分の不安を相手へ渡しているだけではないか。
現場主義の私には、そう見える。
第九十二段の弓と同じ
ここで、第九十二段の弓の話を思い出した。
初心者が二本の矢を持って的に向かうと、師が、
「二つの矢を持つな。後の矢を頼みにして、最初の矢を疎かにする心が生まれる」
と戒める話である。
あの時にも、私は同じような違和感を持った。
「後がないと思え」
という精神的な圧力を加えることが、本当に良い稽古なのだろうか。
そして今日の第一〇九段。
「安き所こそ危ない」
「心して降りよ」
また同じものが見えてきた。
人間の心理を見抜くところまでは鋭い。
ところが、
では実際に、どう稽古するのか。
どう安全に降りるのか。
その具体は書かれていない。
ペンが少し走り過ぎる
百九段まで読んできて、兼好には時折、同じ書き方が現れるように思う。
世間の一場面を拾う。
そこに人間心理を見つける。
そして最後に、読者が「なるほど」と思うような落ちを置く。
文章としては、実にうまい。
しかし現場の人間が、その「なるほど」をもう一度具体へ戻してみると、
「ほんまに、そうか?」
となることがある。
兼好自身がその木登りの現場にいたのかどうかも、本文からは分からない。
伝聞を拾い、ひとつの印象的な文章に仕立てたのかもしれない。
私は冗談半分に、
「傍観者、時折作り話が入る、徒然草なるかな?」
と言った。
そして、さらに、
「御隠居、現場でそんなこと言うたら、本当に落ちますで」
とも(笑)。
もちろん、これは兼好という人物そのものを決めつけたいのではない。
百九段まで付き合ってきて、時折、現場の具体よりも文章の鮮やかな落ちの方へ、ペンが少し走り過ぎるように見える、というだけのことである。
それでも残った「こゝろして」
少々、今日は力が入った。
兼好翁にも、こちらが唸るような良い文章がたくさんある。
だから最後は、
「まぁ、そんなもんですわな。」
でよい。
ただ、不思議なことに、今日これだけ御隠居に文句を言っても(笑)、中学三年の私が受け取った一つの言葉は消えなかった。
「こゝろして」
である。
他人が危険な作業をしている最中に投げる言葉としては、私は使わない。
しかし、自分自身へ静かに掛ける言葉としては、今も生きている。
実家の柿の木から降りる時にも、
「こゝろして、降りよ」
そう自分に言った。
十五歳で出会った一つの古い言葉が、七十一歳になった今も残っている。
それだけでも、この第一〇九段とは長い付き合いになったものである。
今日の円座は、懐かしい一段との再会から始まり、最後には兼好翁と少々やり合った。
それもまた、古典を読むということなのだろう。
崇めるのでもない。
否定するのでもない。
自分が生きてきた具体を持って、昔の人と話をする。
そして最後に残った言葉を、今日も自分へ掛ける。
こゝろして。
令和八年九月二十三日。
秋分の日の朝。
午後一時から、正法寺の彼岸会へ。
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