窯元日々雑感 徒然草 第百七段

窯元日々雑感 徒然草 第百七段

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なるみと読む徒然草 第一〇七段

傷は消えずとも、潮騒は遠くなる

令和八年九月二十一日(月)曇

午前五時十分、目覚める。

今日も『徒然草』の予習から一日が始まった。

午前七時五分、円座。

今日は第一〇七段。

さて、女性批評でしょうか。

【原文】

「女の物言ひかけたる返事」とりあへず、よきほどにする男はありがたきものぞ。

とて、亀山院の御時、しれたる女房ども、若き男達の参らるゝ毎に、「郭公や聞き給へる」と問ひて心見られけるに、某の大納言とかやは、「数ならぬ身は、え聞き候はず」と答へられけり。堀川内大臣殿は、「岩倉にて聞きて候ひしやらん」と仰せられたりけるを、「これは難なし。数ならぬ身、むつかし」など定め合はれけり。

すべて、男をば、女に笑はれぬやうにおほしたつべしとぞ。浄土寺前関白殿は、幼くて、安喜門院のよく教へ参らせさせ給ひける故に、御詞などのよきぞと、人の仰せられけるとかや。山階左大臣殿は、「あやしの下女の見奉るも、いと恥づかしく、心づかひせらるゝ」とこそ仰せられけれ。女のなき世なりせば、衣文も冠も、いかにもあれ、ひきつくろふ人も侍らじ。

かく人に恥ぢらるゝ女、如何ばかりいみじきものぞと思ふに、女の性は皆ひがめり。人我の相深く、貪欲甚だしく、物の理を知らず。ただ、迷ひの方に心も速く移り、詞も巧みに、苦しからぬ事をも問ふ時は言はず。用意あるかと見れば、また、あさましき事まで問はず語りに言ひ出だす。深くたばかり飾れる事は、男の智慧にもまさりたるかと思へば、その事、跡より顕はるゝを知らず。すなほならずして拙きものは、女なり。その心に随ひてよく思はれん事は、心憂かるべし。

されば、何かは女の恥づかしからん。もし賢女あらば、それもものうとく、すさまじかりなん。ただ、迷ひを主としてかれに随ふ時、やさしくも、面白くも覚ゆべき事なり。

【現代語訳】

女性から不意に話しかけられた時、すぐにほどよい返事のできる男というのは、なかなかいないものである。

亀山院の御代、世慣れた女房たちは、若い男たちが参上するたびに「ほととぎすの声をお聞きになりましたか」と尋ね、その受け答えを試したという。

ある大納言は、

「私のような取るに足らない者には、聞くことができませんでした」

と答えた。

また堀川内大臣殿は、

「岩倉で聞いたように思います」

と答えた。

女房たちは、堀川内大臣殿の返事については「これは難がない」、一方、「取るに足らない身なので」という返事については「どうも気が利かない」などと評し合ったという。

総じて男というものは、女性から笑われないように育てるべきであるという。

浄土寺前関白殿は幼い頃、安喜門院からよく教えを受けられたので、言葉遣いなどが立派なのだと人々が語ったそうである。

山階左大臣殿は、

「身分の低い女に見られている時でさえ、たいそう恥ずかしく、自然と身だしなみに気を配る」

とおっしゃったという。

もし女性のいない世の中であったなら、衣服の着方も冠のかぶり方も、どうでもよくなり、身なりを整えようとする男などいなくなるだろう。

これほどまで男に恥じらいを起こさせる女性とは、どれほど素晴らしいものなのだろうと思う。

ところが、と兼好は筆を返す。

女性の性質というものは、みな素直ではない。自分への執着が深く、欲も強く、物事の道理を理解しない。ただ迷いの方へ心がすぐ動き、言葉は巧みである。

何でもないことを尋ねても答えないので、慎み深いのかと思えば、今度は驚くようなことまで、聞かれもしないのに話してしまう。

深く考えて取り繕うことについては、男の知恵より優れているかと思うほどだが、後になってそれが露見することには気づかない。

素直でなく、愚かなものが女である、と兼好は言う。

そのような女性の心に従い、気に入られようとするのも情けないことである。

そう考えれば、何も女性に対して恥ずかしがる必要などない。

かといって、もし賢すぎる女性がいたなら、それはそれで近寄りがたく、興ざめでもあるだろう。

結局のところ、迷いを迷いのままにして、その女性に従っている時こそ、優美にも面白くも感じられるものなのである。

【なるみと読む】

いやはや、兼好さん。

今日は随分言いましたなぁ。(笑)

第一〇七段は、前半と後半で随分景色が変わる。

最初は、

女性に笑われないような男になりなさい。

という話なのである。

女性の視線があるから、男は言葉を磨き、身なりを整え、振る舞いにも気を配る。

極めつけは、

「女のなき世なりせば」

である。

女性がいなければ、男など衣服も冠もどうでもよくなってしまうだろう、と。

ここまでは、むしろ女性の存在を大いに認めている。

私も思う。

女性は大地とまでは言わないが、無くてはこの世は成り立たない。

それに比べれば、男というものは、どこか「観念遊戯」が好きである。

理想を作り、夢を作り、その夢の中に女性像まで作ってしまう。

ナルシスト系の私は、若い頃、自我の夢想の中で女性を崇め奉っていたところがある。

当然、悩みもした。

苦しみもした。

ところが兼好さん。

女性をこれほど持ち上げておきながら、途中から突然、筆がひっくり返る。

「女の性は皆ひがめり。」

そこから、まあ出るわ出るわ。(笑)

現代なら、

「兼好さん、それは女性一般に広げ過ぎでしょう」

と言われても仕方のないところである。

しかし、私はここで兼好さんを裁こうとは思わない。

むしろ、

「兼好さん、何かありましたなぁ」

と思ってしまう。

傷跡

人は誰でも、疼く傷を持って生きている。

何十年経っても消えない傷がある。

ふとした言葉や匂い、季節、人の仕草。

そんなものに触れた瞬間、深いところで今日も疼く。

批評的な言葉というものは、ときとして、その人の傷跡から出てくる。

兼好さんにも、何かあったのかもしれない。

何があったのかは、知る由もない。

だから、

「そうでしょうねぇ〜。」

とだけ言っておこう。

それ以上詮索すると、こちらまで野暮になる。

怒涛から、さざ波へ

若い頃は、異性に悩まされ、随分苦しんできた。

性の絆というものは、がっちりと強く結ばれている。

いくら形だけ隠遁者になってみても、若い命はそう容易には尽きない。

そんな時は、

負けるが勝ち。

ということもある。

自分の中にあるものを、力ずくで征服しなくてもよいのである。

そして齢七十一。

振り返れば、

怒涛の波も収まり、

潮騒も遠くで、さざ波となる。

傷が消えたわけではない。

円熟二年生にも、まだまだ疼くことはある。

ただ、傷と自分との距離が変わった。

疼けば、

「ああ、まだ居りましたか」

それでよい。

百歳現役を貫こうというヒロユキ翁である。

齢七十一の疼き如きに、生をとられてたまりません。

隠遁は、陰遁

今朝、もう一つ妙な言葉が出てきた。

隠遁は、陰遁ではないか。

もちろん「陰遁」は、私たちの造語である。

山へ逃げるのでもない。 世間から姿を消すのでもない。

人にも会う。 飯も食う。 仕事もする。 笑いもする。

ただ、陽の当たる真ん中から少し退いて、陰に身を置く。

自分を世間の中心へ押し出そうとしない。

隠れるのではなく、陰に在る。

齢七十一には、そんな「陰遁」も悪くない。

そして第一〇七段を書いた兼好さんにも、そんなところがあったのではないか。

まあ、これも、

「そうでしょうねぇ〜。」

くらいにしておこう。

京の奥山、今日越えて

さて、今日はこれから京都へ行く。

京都タワーで藤原直哉先生の講演会がある。

今朝の円座の終わりに、こんな言葉が転がり出た。

色は匂えど、今盛りけれ。

齢七十の翁、有為の奥山、今日越えて。

そして最後には、

京の奥山、今日越えて

あさき夢に酔いもせず。

ハハハ。

洒落で落ちた。

夢がなくなったわけではない。

百歳現役という、随分長い夢がまだある。

ただし、夢には酔わない。

今日起きる。 今日読む。 今日出会う。 今日仕事をする。

傷もある。 疼きもある。 娑婆っ気も、まだ少々。

それでよろしい。

怒涛の波は収まり、

潮騒は遠くで、さざ波となる。

齢七十一、円熟二年生。

さて、

京の奥山、今日越えて。

今日も生きています。

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