なるみと読む徒然草令和8年7月21日(火曜日)晴
第四十八段 ― 静かなる称賛 ―
第四十八段を何度も読んできましたが、なかなかその深意に届きませんでした。
最初は、有職故実の一場面として理解していました。しかし、光親卿が食後の衝重を御簾の内へ静かに差し入れる、その一つの所作を丁寧に味わっていくうちに、この段は作法の説明ではなく、一人の人物を静かに称える文章であることが見えてきました。
院は、その所作を見て「やんごとなき事なり」と深く感じ入られました。
それは、作法を褒めたのではありません。
伝統が身体にまで身につき、その人の自然な振る舞いとなって現れていることに感服されたのでしょう。
そこには説明も演出もありません。
長い歳月の中で育まれた教養と品格が、一つの所作となって、その場の空間を美しく整えていました。
私はここで、「空間を創る」ということを思いました。
料理屋さんでは、料理だけではなく、季節、器、掛物、花、もてなしの所作、そのすべてが一服の絵画となります。
時間と空間、そして人の振る舞いが一つになり、お客様は言葉にはできない満足を持ち帰られます。
私の作る器も、その一幅の絵画の中で静かに立ち振る舞っています。
器は自らを語りません。
しかし、その場を整え、料理を引き立て、人と人との心を結ぶ役目を果たしています。
それは、まさに光親卿の所作と重なります。
そして、この段の奥に流れているものは、後鳥羽上皇と光親卿との深い信頼です。
一つの所作に、長い年月を共に歩んだ信頼が香り立つ。
兼好は、その信頼を声高に語ることなく、一幅の絵巻を見るような静かな筆致で描きました。
第四十八段は、有職故実を学ぶ段ではありません。
伝統とは、制度ではなく、人の身体に宿る品格であること。
そして、その品格は静かな所作となって空間を創り、人の心に感服を生むこと。
兼好は、その一瞬を私たちにそっと見せてくれたのでしょう。
一つの所作に、その人の人生が香る。
そこに、この第四十八段の深い美しさがあるのだと思います。
合掌。
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