「河のほとりで 第一回」
――ゆく河の流れは絶えずして
鴨長明 方丈記 冒頭
令和八年六月二十日(土曜日)曇
今朝、方丈記を初めて開いた。
光文社古典新訳文庫、蜂飼耳訳。ブックオフで五百円足らず。なるみが勧めてくれた本が、静かな土曜の朝に届いた。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。」
たった一行で、長明は全てを言った。無常とはこういうことだ。嘆きではない。ただ、観ている。河を。人を。時代を。
長明が四十年で見た災害と動乱。現代の日本もまた、この三十年で凄まじいものを見た。地震、原発、経済の波。しかし河は流れ続けた。
ものを書くことは、その流れの中で少し身をずらす行為だと思った。溺れるのでもなく、逃げるのでもなく、ただ観る者になる。事実にこころのさまを忠実に書き連ねることで、自分が自分を観られるようになる。
方丈一丈四方の庵は、孤独な独白の場ではなかった。時間軸を超えて世界に開かれた場所だった。八百年後、貝塚の曇りの朝に届いたことが、その証拠である。
来週土曜日も、河のほとりで。
伏原窯 陶主 博之
この記事の関連キーワード



