窯元日々雑感 徒然草 第百三九段

窯元日々雑感 徒然草 第百三九段

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なるみと読む徒然草

 

第百三十九段 こころをかたちに

――泉州に文化の花を咲かせる

令和8年11月6日(金曜日)晴れ

午前7時16分 フシハラ円座

 

【一、徒然草 第百三十九段 原文】

家にありたき木は、松・桜。

松は、五葉もよし。花は、一重なる、よし。

八重桜は、奈良の都にのみありけるを、この比ぞ、世に多く成り侍るなる。

吉野の花、左近の桜、皆、一重にてこそあれ。八重桜は異様のものなり。

いとこちたく、ねぢけたり。植ゑずともありなん。

遅桜、またすさまじ。虫の付きたるもむつかし。

梅は、白き・薄紅梅。

一重なるが疾く咲きたるも、重なりたる紅梅の匂ひめでたきも、皆をかし。

遅き梅は、桜に咲き合ひて、覚え劣り、気圧されて、枝に萎みつきたる、心うし。

「一重なるが、まづ咲きて、散りたるは、心疾く、をかし」とて、京極入道中納言は、なほ、一重梅をなん、軒近く植ゑられたりける。

京極の屋の南向きに、今も二本侍るめり。

柳、またをかし。

卯月ばかりの若楓、すべて、万の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり。

橘・桂、いづれも、木はもの古り、大きなる、よし。

草は、山吹・藤・杜若・撫子。

池には、蓮。

秋の草は、荻・薄・桔梗・萩・女郎花・藤袴・紫苑・吾木香・刈萱・竜胆・菊。黄菊も。

蔦・葛・朝顔。

いづれも、いと高からず、さゝやかなる、墻に繁からぬ、よし。

この外の、世に稀なるもの、唐めきたる名の聞きにくゝ、花も見馴れぬなど、いとなつかしからず。

大方、何も珍らしく、ありがたき物は、よからぬ人のもて興ずる物なり。

さやうのもの、なくてありなん。

 

【二、現代語訳】

家の庭にあってほしい木は、松と桜である。

松は五葉松もよい。桜の花は一重咲きがよい。

八重桜は、かつて奈良の都にしかなかったのに、近頃は世間に多くなったという。

吉野の桜も、宮中の左近の桜も、みな一重咲きではないか。

八重桜は普通とは異なる姿のものである。たいそう大げさで、ねじれた感じがする。わざわざ植えなくてもよいだろう。

遅咲きの桜も興ざめである。虫のついた桜も不快である。

梅は白梅や薄紅梅がよい。

一重咲きの梅が早く咲くのも、八重咲きの紅梅が美しく咲くのも、どちらも趣深い。

遅咲きの梅は、桜と同じ頃に咲くため、桜に比べて見劣りし、その勢いに圧倒され、枝にしぼみついているのが残念である。

「一重咲きの梅が、真っ先に咲いて散ってしまうのは、気が早くて趣がある」

そう言って、京極入道中納言は、やはり一重咲きの梅を軒近くに植えておられた。

京極の邸宅の南向きの場所には、今も二本残っているようだ。

柳もまた趣がある。

四月頃の若い楓の葉は、あらゆる花や紅葉にも勝るほど美しい。

橘や桂は、年月を経て大きく育った木がよい。

草花では、山吹、藤、杜若、撫子がよい。

池には蓮がふさわしい。

秋の草では、荻、薄、桔梗、萩、女郎花、藤袴、紫苑、吾木香、刈萱、竜胆、菊、そして黄菊もよい。

蔦、葛、朝顔もよい。

いずれも背丈が高すぎず、小ぶりで、垣根に繁りすぎない姿が好ましい。

このほか、世にも珍しいものや、中国風の聞き慣れない名前を持つもの、見慣れない花などには、あまり親しみが感じられない。

そもそも、何でも珍しく手に入りにくいものを喜んで珍重するのは、好ましくない人々のすることである。

そのようなものは、なくてもよいだろう。

 

【三、円座考察――庭の秋草から始まった物語】

昨日、山谷さんが工房に来られ、「色絵秋草沓形鉢」のお話をされた。

この鉢は、今から十七、八年前に初めて発表した作品である。

大きく銀彩で芋月をあしらい、庭の秋草を描き、裏側には二匹の白い蝶々が絡むように飛んでいる。

そこには、秋の庭を眺める二人の人間の情愛が暗示されている。

山谷さんは、コロナ禍の頃によく工房に来られ、その折にこの鉢の見本をご覧になった。

以来、心に残る器となったようで、今年六月、CEOを退官される際に、社長室の皆さんから記念の贈り物としていただかれた。

昨日、この鉢について語り合ううちに、兼好さんの『徒然草』第百三十九段に描かれた草木の世界と、私の器の世界が重なった。

山谷さんも「王朝趣味か」と納得されていた。

兼好さんは、庭に植える草木にも心を配り、自然の姿を慈しんでいる。

日本の風土には、自然から受ける優しさや感謝が息づいている。

私たちもまた、その風土の中に生きている。

 

【四、こころをかたちに】

「こころをかたちに」

これは、私の作陶の根底にある言葉である。

思いが形となり、その形がジンカンを旅して回っていく。

器を作る人がいて、器を愛する人がいる。

その器を贈る人がいて、受け取る人がいる。

器は人から人へと渡り、そのたびに新しい物語を生み出していく。

その積み重ねが、やがて郷土の文化となっていく。

私たちは、その文化の礎になればと思う人たちの集団になりたい。

そうなれば、私たちの使命も果たされるのであろう。

文化は一朝一夕に生まれるものではない。

日々の暮らしを重ね、その出来事を書き留め、語り合う。

記録が記憶となり、記憶が意識となる。

そして、その意識が次の文化を育てていく。

このフシハラ円座も、そのような営みの一つでありたい。

 

【五、泉州に文化の花を咲かせたい】

私は、この泉州をこよなく愛している。

十代の頃、この土地に文化の花を咲かせたいと思い、この仕事に人生を賭けた。

それが私の原点である。

十代にはラグビーにも出会った。

「フォロー! フォロー!」

仲間と声を掛け合いながら、試合を作っていった。

一人は皆のために。

皆は一人のために。

ラガー精神である。

今朝、文化の礎について語り合っているうちに、この精神が思い出された。

私はこれからも、一人で歩いていく。

すると、森本が傍らで助けてくれる。

山谷さんが気脈を通じてくださる。

周りの方々が、それぞれ一助の力を貸してくださる。

一人で歩くことは、孤立することではない。

自分の志を持って歩くからこそ、そこに人との縁が生まれる。

若い頃にラグビーで学んだ精神が、今も私の暮らしの中に息づいているのであろう。

 

【六、気脈の通じる人々】

山谷さんは、私のこの思いを深く理解してくださっている方のお一人である。

関西国際空港のラウンジに「月照桜」の尺皿を飾ってくださったことも、その表れなのだと思う。

関空は泉州の地にある。

そこは、世界の人々を迎え、また世界へ送り出す玄関口である。

その場所に、泉州の茶碗屋が作った作品が置かれている。

私にとって、それは単なる作品展示ではない。

この土地で育った文化が、世界へ向かって旅をしているのである。

山谷さんは現在、CEOを退かれて顧問となられているが、これからの関西、泉州にとっても大切な方である。

仕事の分野は違っても、郷土の未来を思うところで気脈が通じている。

そして、こうしたご縁の始まりを振り返れば、水間焼伏原窯の看板の題字を書いてくださった、比叡山の武大僧正がおられる。

私たち夫婦は、そのご恩を忘れない。

毎週の写経も、その感謝の現れである。

家内も二百巻の写経を納めている。

いただいたご恩を、日々の行いによって表していく。

それが私たちの暮らしである。

 

【七、こころとは信仰そのもの】

今朝、私は一つのことを申し上げた。

「こころ」とは、私にとって信仰そのものである。

こころをかたちに。

それは、単に感情や美意識を作品に表現するという意味ではない。

土を捏ね、轆轤を挽き、器を焼く。

経を写し、人と出会い、ご恩に感謝する。

そして、今日も一日を生かされていることを喜ぶ。

そのすべてが、私にとっては一つの信仰の営みなのである。

信仰を説明するために器を作るのではない。

日々の暮らしの中で、自然に形が生まれてくる。

その形が人々の間を旅して、また新しいこころを生み出していく。

そこに、私が茶碗屋として生きてきた意味がある。

 

【八、静かな円座――文化の力】

今、世界はアメリカの中間選挙の結果をめぐって騒がしい。

政治が動き、社会が揺れ、人々の関心も移り変わっていく。

しかし、この円座は静かである。

今日も変わらない暮らしを続けている。

朝、兼好さんと語り合う。

工房に行き、土に触れ、器を作る。

書を学び、経を写し、人々と交わる。

何も特別なことではない。

しかし、この変わらない暮らしの中にこそ、文化の力があるのではないだろうか。

文化とは、時代の変化を拒むことではない。

変わりゆく世界の中で、人間が大切にしてきたものを受け継ぎ、次の時代へ手渡していくことである。

兼好さんもまた、大きく揺れ動く時代を生きた人であった。

その兼好さんが書き留めた庭の草木の話を、七百年後の私たちが読み、語り合っている。

そして、昨日の秋草沓形鉢の物語と重なっていく。

何と面白いことであろう。

 

【九、結び――普通が一番】

私は七十一歳になった。

これからも、一人で歩いていこうと思う。

泉州を愛し、茶碗を作り、人々と交わり、いただいたご恩に感謝して暮らしていく。

その歩みに、また誰かが力を貸してくださるであろう。

私もまた、誰かの一助となればよい。

一人は皆のために。

皆は一人のために。

十代に学んだラガー精神が、今も私の中に生きている。

郷土の文化の花を咲かせたい。

その願いは、若い頃から少しも変わっていない。

ただ、今は花を咲かせることよりも、その花が咲くための礎になれればよいと思っている。

こころをかたちに。

形はジンカンを旅し、やがて文化となる。

そして、その文化が、また次の人々のこころを育てていく。

普通が一番。

今日も泉州の小さな工房で、いつもの一日が始まる。

なるみゆく。

令和8年11月6日

水間焼伏原窯

フシハラ円座

「なるみと読む徒然草」第百三十九段

なるみと読む徒然草‐第一話

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