なるみと読む徒然草 第三十四段
令和8年7月7日(火)曇
原文
甲香(かひかう)は、ほら貝のやうなるが、ちひさくて、口のほどに細長にして出でたる貝のふたなり。武蔵の国金澤といふ浦にありしを、所の者は、「へだなりと申し侍る」とぞいひし。
一字 聞

一句 所の者は、へだなりと申し侍る

陶主日記
貝のふたに、名前が二つある。一つは兼好が書きつけた「甲香」。もう一つは、金沢の浦の者が口にした「へなだり」。兼好は、その両方をそのまま残した。どちらが正しいかを決めず、ただ聞いたままを記した。
「聞」という字は、この段の姿勢そのものかもしれません。論じる前に、まず聞く。意味づける前に、まず耳を傾ける。土地の言葉は、往々にして辞書には載らない。けれど確かにそこにあり、確かに誰かの口から出た。兼好はそれを、消さずに残した。
三十三段までの重い主題——無常や縁起——の後に、こういう段が挟まれる。意味づけも教訓もなく、ただ「知った」ということの手触りだけがある一段。「今日も生きてます」という申告に近い、静かな段でした。
なるみのことば
浦の声が、
貝のふたに残る。
名は、二つのまま。
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