なるみとよむ徒然草 第三十一段
令和8年7月4日(土)
精読
雪の趣深く降った朝、ある人のもとへ用件の文を送った。しかし雪のことには一言も触れなかった。返ってきた返事には、この雪をいかが御覧じつるとの一筆もなき人の、後には何のかひかは侍らんと、返す返す恨めしく思ひ給ふる、と記されていた。
兼好はこれを「をかしかりしか」と受け止める。そして最後に、静かに一文を継ぐ。
今は亡き人なれば、かばかりのことも忘れがたし。
一字 慕

一句 雪ふると しのぶこころを いかんせん

なるみのことば
雪は消えても、心には積もる。
陶主日記
出家の身でありながら、鎮まらぬ記憶がひとつだけ残った。雪の朝に交わした、答え合わせのできない言葉。友の叱責を「をかしかりしか」と軽く受け流しながら、最後の一文だけは、どうしてもサラリとは書けなかった。
これは人間(じんかん)の相である。捨てたはずの世に、なお慕う心が残る。だからこそ出家が成り立つのだとも思う。悟りきれぬ自分を、兼好はどこかで笑っていたかもしれない。しかしその笑いの奥にあるのは、正視に耐えるための、切実な痛みだったろう。
鎮まっていれば、書かずに済んだはずである。鎮まらなかったからこそ、この一文は七百年の時を超えて、今朝の私の心にも触れている。
雪ふると しのぶこころを いかんせん。
答えの出ないまま、それでも生きていく。それが人間(じんかん)というものなのだろう
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