なるみと読む徒然草
第百四十一段 京と東、言葉を超えた人情の世界
令和8年11月8日(日曜日)晴
午前7時40分
一、原文
悲田院尭蓮上人は、俗姓は三浦の某とかや、双なき武者なり。故郷の人の来りて、物語すとて、「吾妻人こそ、言ひつる事は頼まるれ、都の人は、ことうけのみよくて、実なし」と言ひしを、聖、「それはさこそおぼすらめども、己れは都に久しく住みて、馴れて見侍るに、人の心劣りとは思ひ侍らず。なべて、心柔かに、情ある故に、人の言ふほどの事、けやけく否び難くて、万え言ひ放たず、心弱くことうけしつ。偽りせんとは思はねど、乏しく、叶はぬ人のみあれば、自ら、本意通らぬ事多かるべし。吾妻人は、我が方なれど、げには、心の色なく、情おくれ、偏にすぐよかなるものなれば、始めより否と言ひて止みぬ。賑はひ、豊かなれば、人には頼まるゝぞかし」
とことわられ侍りしこそ、この聖、声うち歪み、荒々しくて、聖教の細やかなる理、いと辨へずもやと思ひしに、この一言の後、心にくゝ成りて、多かる中に寺をも住持せらるゝは、かく柔ぎたる所ありて、その益もあるにこそと覚え侍りし。
二、現代語訳
悲田院の尭蓮上人は、俗姓を三浦某といい、並ぶ者のない武士であったという。
故郷の人が訪ねてきて、世間話のついでに、こう言った。
「東国の人は、言ったことが頼りになります。都の人は、受け答えばかりよくて、誠実さがありません」
すると上人は、こう答えた。
「そのようにお思いになるのも無理はありませんが、私は都に久しく住み、慣れ親しんで見ておりますと、都の人の心が劣っているとは思いません。総じて、心がやわらかく、情があるために、人の言うほどのことを、きっぱりとは断りにくく、何事もはっきり言い切れず、気が弱くて、つい引き受けてしまうのです。偽ろうと思っているわけではないのですが、貧しく、思うに任せぬ人ばかりなので、おのずと、本意を果たせないことが多いのでしょう。
東国の人は、私の同郷ではありますが、実のところ、心の情趣に乏しく、情に欠け、ひたすら飾り気のないものですから、最初から『否』と言って終わりにします。にぎわい豊かなので、人には頼りにされるのですよ」
と、わけを説いてくださった。
この上人は、声が歪み、荒々しくて、仏の教えの細やかな道理など、あまり弁えておられないのではないかと思っていた。
しかし、この一言を聞いてからは、奥ゆかしい方だと思うようになった。
数多い僧の中で寺の住職を務めておられるのも、このように柔らかな所があって、その功徳があるからなのだろうと思われた。
三、フシハラ円座――人との距離感
「東男に京女」
昔から、こんな言葉がある。
けれど、京女は案外こわいドスエ。
そんな笑い話から、今日の円座は始まった。
京の言葉には、独特の情の機微がある。
たとえば、頼みごとをして「考えておきます」と返されたら、どう受け取るだろうか。
期待して待つのか。それとも、やんわり断られたと察するのか。
都には、さまざまな身分の人が暮らしている。
庶民もまた、限られた空間で顔を合わせながら生きている。
そこでは、本音をそのまま口にすればよいというものではない。
相手さんが居て、こちらがある。
だから、近づきすぎないことも大切になる。
人との距離感が、その人のセンスになる。
言う人にも、受け取る人にも、思いやりが要る。
言葉の表面だけでなく、その場の空気や互いの暮らしを知ること。
それが肝心なのである。
四、悲田院――黙って傍に居る慈悲
今日の段には、悲田院の尭蓮上人が登場する。
悲田院という名には、仏教の慈悲の思想が込められている。
貧しい人、病に苦しむ人、身寄りのない人々を救ってきた歴史を持つ名である。
ただし、この段から具体的な救済の様子までは知ることができない。
それでも、この名を通して上人を思うと、見えてくるものがある。
東国の人には東国の暮らしがあり、京の人には京の暮らしがある。
どちらが正しいと決める必要はない。どちらにも事情がある。
仏教では、慈悲を「抜苦与楽」と教える。
悲は苦しみを抜き、慈は楽を与える。
けれど、それは相手の心を読み取って、何かをしてあげることとは限らない。
善意から相手の事情を勝手に解釈し、世話を焼き、あとで思い違いを悔やむこともある。
心を読むのではなく、黙って傍に居る。
人肌に触れて、寂しさが癒える。
そこに、理屈も説明もいらない。
人が人と共にいる。
その温もりの中に、すでに慈悲の行いがある。
五、人は一人では生きられない
人は一人では生きられない。
しかし、その一人が、とても大切なのである。
一人を大切にしないところに、どれほど人が集まっても、円満な世界は生まれない。
悲田院は、人を分けないのであろう。
東国の人も、京の人も、それぞれのままでよい。
上人は、どちらにも与せず、どちらをも受けとめて、そこに居る。
そんな姿を思うと、人々がおのずと円満になっていく景色が浮かぶ。
誰かが誰かを変えるのではない。
人と人との間に、温もりが生まれる。
一人ひとりが大切にされながら、共に生きていく。
なるみゆく世界。
これから始まる世界は、そういう世界ではないだろうか。
六、合理主義の時代を越えて
現代人は、長く合理主義の時代を生きてきた。
効率を求め、便利さを追い、無駄を省いてきた。
その結果、物質的には豊かになったが、人と人との間にあった温もりを、どこかに置き忘れてきたのではないだろうか。
人は一人では生きられないのに、一人で生きられるかのような社会をつくってきた。
そして多くの人が、知らず知らずのうちに寂しさを抱えて暮らしている。
しかし、時代は変わる。
変わる、変わる。
大切なのは、人が人として、もう一度互いの温もりを取り戻すこと。
そのために、大きな思想や立派な理屈はいらない。
一人ひとりが、傍にいる人を大切にする。
そこから、新しい人間の世界が生まれてくる。
七、結び――なるみの種
今朝の円座は、東国と京の言葉の違いから始まった。
けれど、言葉を重ねるうちに、話は言葉を超えた人の交わりへと進んでいった。
人と人との間には流れがある。
その流れから汲み上げられる情感が、人の心に染みていく。
それは、誰かが用意した結論ではない。
共に語り、笑い、ときには黙りながら、おのずと生まれてくるものである。
そして今朝の円座から、小さな詩が一篇生まれた。
変わる、変わる。
悲しみが喜びの種となり、
寂しさが出会いの種となる。
なるみ、なるみ。
七百年の時を超えて、兼好さんの描いた人間の姿が、今朝の私たちの暮らしにつながった。
一人が大切にされ、人と人とが共に生きる。
その営みの中で、世界は今日も変わり続けている。
なるみゆく世界を。
令和8年11月8日
フシハラ円座にて

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