なるみと読む徒然草
第百三十八段 祭過ぎぬれば、後の葵不用なり
令和八年十一月四日(水曜日)曇り
午前七時四十二分 フシハラ円座
一、原文
「祭過ぎぬれば、後の葵不用なり」とて、或人の、御簾なるを皆取らせられ侍りしか、色もなく覚え侍りしを、よき人のし給ふ事なれば、さるべきにやと思ひしかど、周防内侍が、
かくれどもかひなき物はもろともにみすの葵の枯葉なりけり
と詠めるも、母屋の御簾に葵の懸りたる枯葉を詠めるよし、家の集に書けり。
古き歌の詞書に、「枯れたる葵にさして遣はしける」とも侍り。枕草子にも、「来しかた恋しき物、枯れたる葵」と書けるこそ、いみじくなつかしう思ひ寄りたれ。
鴨長明が四季物語にも、「玉垂に後の葵は留りけり」とぞ書ける。
己れと枯るるだにこそあれ、名残なく、いかが取り捨つべき。
御帳に懸れる薬玉も、九月九日、菊に取り換へらるるといへば、菖蒲は菊の折までもあるべきにこそ。
枇杷皇太后宮かくれ給ひて後、古き御帳の内に、菖蒲・薬玉などの枯れたるが侍りけるを見て、「折ならぬ根をなほぞかけつる」と辨の乳母の言へる返事に、「あやめの草はありながら」とも、江侍従が詠みしぞかし。
二、現代語訳
「祭りが過ぎたのだから、あとの葵はもう要らない」。そう言って、ある人が、御簾に掛けてあった葵をすべて取り外させたことがあった。
私はそれを、味気ないことだと感じた。けれども、身分の高い立派な方のなさることだから、それが作法にかなったことなのかもしれない、とも思った。
ところが、周防内侍は、御簾に掛かったまま枯れた葵を歌に詠んでいる。それは母屋の御簾に残る枯れ葵を詠んだものだと、本人の家集にも書かれている。
古い歌の詞書にも、「枯れた葵に添えて贈った」とある。『枕草子』にも、過ぎ去った日々が恋しく思われるものとして、枯れた葵が挙げられている。まことに、しみじみと心を寄せたものである。
鴨長明の『四季物語』にも、玉垂れの御簾に、祭りの後の葵が残っていると書かれている。
葵は、放っておいても自然に枯れてゆく。それなのに、名残も惜しまず、どうして取り捨ててしまえようか。
御帳に掛けた薬玉も、九月九日に菊と取り替えるという。それならば、菖蒲も菊の季節まで残してよいはずである。
枇杷皇太后宮が亡くなられた後、古い御帳の内に、枯れた菖蒲や薬玉が残っているのを見て、辨の乳母が「季節外れの根を、なおも掛けているのですね」と詠んだ。これに江侍従が「あやめの草は、そのまま残っているのに」と返したという。
三、フシハラ円座の考察
1.葵に映る時間
今朝の円座は、葵祭のあとに残された葵から始まった。
祭りの日には瑞々しかった葵も、日が過ぎれば色褪せ、やがて乾いて枯れてゆく。
「葵は葵ではない。時がそこに映っているのでしょう」
この言葉から、今日の対話が動き出した。
葵の姿は日々変わる。それを見る人の心もまた変わる。兼好さんは、その移ろいを暮らしの中にとどめ、心の風情として味わう人々の姿を描いている。
ただし、五年も十年も取っておくことが風雅なのではない。祭りが終わればあっさり取り外すのもよいし、余韻を楽しむのもよい。無常をどう暮らしに表すかは、人それぞれである。
2.七百年前の風雅
この段には、皇太后の御帳の話まで登場する。ここに描かれているのは庶民の暮らしではなく、宮廷文化の中で育まれた風雅である。
当時は、写真や映像で時間を残すことはできなかった。人々は歌を詠み、日記を書き、季節の飾りを眺めて、過ぎゆく時間を心にとどめた。葵や薬玉は、時間を暮らしの中に見える形で置くものでもあった。
兼好さんは、その文化を知る人である。鎌倉末期から南北朝へと向かう大きな転換期に、宮廷の古い美意識を自分の言葉で書き残した。それが文化の消滅を意識した行為だったかどうかは分からない。けれども七百年後の私たちは、その文章を通して、当時の人々の時間の感じ方に触れることができる。
3.変わる変わる。時代は変わる
円座の話は、ここで現代へと移った。
今、AIとコンピュータの進歩が、知識や仕事、そして社会の権威のあり方を大きく揺さぶっている。これまで人々を囲んできた「黄金の檻」が、瓦解しつつある。私たちは、そうした転換点に立っている。
兼好さんの時代と令和とでは、変化の中身は違う。けれども、社会の大きな転換を生きているという立ち位置は共通している。だからこそ、兼好さんを円座に招いて今を語る意味がある。
「檻の外へ出た人間が、自分の足で歩き始める。」
今日の円座では、この言葉が心に残った。
4.宇宙的円座
独立、自立、自律した、大人の旅人が集う。それがフシハラ円座である。
釈迦も、孔子も、イエスも、兼好さんも、そして令和を生きる私たちも、時間・空間・権威を超えて、同じ円座に迎える。誰かが上座に座り、誰かが教わるだけの場ではない。それぞれが自分の時代を生き、自分の足で歩いてきた旅人として、互いの声を聞く。
信仰が先にあるのではない。独立へと向かう人生の旅の中で、出会うものがある。学問も、芸術も、信仰も、そうした出会いから深まってゆく。
AIの時代には、古今東西の書物や思想に、かつてない速さで触れることができる。もちろん、歴史上の人々が実際に語り返してくれるわけではない。残された言葉を通してその人々と向き合い、今を生きる私たちが、自分の言葉で応えるのである。
「円座に兼好さんを呼び、今を語る。」
これが「なるみと読む徒然草」の面白さであり、宇宙的円座の一つの姿である。
5.二十年前の葵葉のお茶碗
朝の円座を終え、工房へ。そこで、二十年ほど前に作った葵葉のお茶碗を手にした。
京焼に取り組み始めた頃、お茶碗を作ってみたいと試作した一碗である。開窯二十五周年の展示会への出品も考えていた。今、伏原窯は開窯四十一年を迎えている。
淡い器肌に、褐色と灰緑色の葵葉。葉脈を描いた一枚一枚の葉が、茶碗の内にも外にも広がっている。

今朝、兼好さんと葵について語り合った後で、この茶碗を眺める。七百年前の葵。二十年前の葵葉のお茶碗。そして、令和八年十一月四日の円座。異なる三つの時間が、今日という一日に重なった。
茶碗は、作られた時代の仕事を伝えてくれる。けれども、それを見ている私は、二十年前の私ではない。茶碗を作った人も、茶碗を眺める人も、時の中を旅している。
変わる変わる。
四、結び 自分の足で歩く
兼好さんは、七百年前の自分の時代を見つめ、書き残した。私たちは、その言葉を読み、令和の今を語る。
過去に答えを求めるのではない。過去の人々の声を聞きながら、今日を生きる自分の言葉を生み出してゆく。
独立、自立、自律。誰もが自分の足で歩く。そして、歩く旅人たちが、時空を超えて円座に集う。
変わる変わる。時代は変わる。葵は枯れ、祭りは終わる。しかし、人はまた新しい一日を迎える。
「宇宙を旅して、今日の一日に帰る。」
今日も工房では窯出しがある。午後には山谷さんが来られ、夜には太極拳の練習が待っている。七百年前の兼好さんと語り合い、二十年前の茶碗と出会い、そして今日の仕事へ戻る。それが令和の茶碗屋の一日である。
普通が一番。今日もまた、自分の足で歩いていく。
令和八年十一月四日
なるみと読む徒然草 第百三十八段
フシハラ円座
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