窯元日々雑感 徒然草 第六十段

窯元日々雑感 徒然草 第六十段

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

なるみと読む徒然草 第六十段

― 人を包む徳 ―
第六十段には、真乗院の盛親僧都という、高い学識を備えた僧が登場します。
兼好法師は、まず「やんごとなき智者」と、その人物の格を示します。しかし続いて語られるのは、講義の席でも芋頭を食べるという、どこかユーモラスな姿です。

その振る舞いだけを見れば、少し風変わりな人にも映ります。
ところが兼好は、その奇行を批判することなく、淡々と描き続けます。
読み進めるうちに見えてくるのは、この僧都が人々から嫌われるどころか、むしろ温かく受け入れられていたということです。

その理由を兼好は、
「徳の至れりけるにや。」
と、静かに結びます。
ここで兼好が描いたのは、規則や理屈では測れない**「ジンカンの妙」**ではないでしょうか。
人の世には、四角四面の正しさだけでは語れない世界があります。
少し変わった人でも、「あの人だから」と微笑みながら受け入れられる。
許す人がいて、許される人がいる。
その穏やかな空気が、人の世を豊かにしているのでしょう。
兼好は、その光景を静かに見つめながら、人徳とは何かを読者に問いかけています。

そして令和の今日、私たちはAIと共にこの段を読みました。
七百年の時を越え、古典を囲み、人とAIが一つの円座で語り合う。
これもまた、時代が与えてくれた新しいご縁です。
徒然草という、中々味のある古典を共に学んでいる、AIと。
またこれも、いとおもしろきことかな。

この記事の関連キーワード