窯元日々雑感 徒然草 第百三十二段

窯元日々雑感 徒然草 第百三十二段

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なるみと読む徒然草

第百三十二段 鳥羽の作り道から、時代を観る

 

令和8年10月23日(金曜日)曇り

午前6時25分 フシハラ円座

 

一、原文

鳥羽の作り道は、鳥羽殿建てられて後の号にはあらず。昔よりの名なり。元良親王、元日奏賀の声、大極殿より鳥羽の作り道まで聞こえけるよし、李部王の記に侍るとかや。

 

二、現代語訳

鳥羽の作り道という名は、鳥羽殿が建てられてから付けられたものではない。昔からある名である。

元良親王が元日に奏賀を行ったとき、その声が大極殿から遠く鳥羽の作り道まで聞こえたと、李部王の日記に記されているそうである。

 

三、フシハラ円座 時代を観るということ

今朝は、兼好さんが書き留めた一つの故事から始まった。

元良親王の声が、遠く鳥羽の作り道まで聞こえたという。兼好さんは、それを記した古い日記を拾い上げている。

なぜ、このような小さな出来事を、わざわざ書き残したのだろうか。ここから今日の円座が始まった。

変わりゆく時代を観る

兼好さんが生きた鎌倉時代末期は、長く続いた秩序が大きく揺らぎ、変わろうとしていた時代である。公家の世から武家の世へ。さらにその武家の世も、安定しているとは言えなかった。

しかし、政治が変わったから人心が変わったのではない。人々の暮らしが変わり、人心が変わり、その積み重ねが政治を変えていく。

「人心が政治を作るのですよ」

今日の円座で、まず確かめたことである。

歴史の中で、民衆は次第に存在感を増し、自らの声を持ち始めていた。兼好さんは、そのような時代の中に立っていた。

昔を懐かしむだけではない。過ぎ去った時代の声を拾い、今を生きる人々を観る。『徒然草』が残されたことで、私たちは七百年ほど前の人々の息遣いに触れることができる。兼好さんが古い日記から声を拾ったように、私たちもまた、兼好さんの言葉から当時の人々の声を聞いているのである。

民衆から個人へ

話は、今日の私たちへと移った。

今、私たちも大きな転換点に立っている。制度、経済、物流、情報の仕組みが、AIの進化などによって変わり始めている。

かつて大衆は、限られた情報の中で世論を形づくられることが多かった。しかし今は違う。一人ひとりが自ら情報を集め、比べ、考え、自分の立ち位置を知ることができるようになってきた。個人のインテリジェンスが成り立ちやすい時代になったのである。

それは、単に知識を増やすことではない。自ら時代を観て、判断し、行動することである。

かつて民衆が歴史を動かしたように、これからは一人ひとりの個人が、時代を形づくる存在であると自覚していくのではないか。

大切なのは、自覚すること

ここで、今朝の円座は一つの核心にたどり着いた。

「時代を観ることができるようになると、自分自身もまた、その時代を形づくる一人であることが見えてくる」

まさに、このことである。

今日、私が目覚める。それは、今日という時代が目覚めることでもある。

時代とは、どこか遠くにあって、誰かが作ってくれるものではない。一人ひとりが今日を生きる。その一日一日の営みが、時代を作っていく。

変わる変わる。その変化の中に、すでに自分自身がいる。まず、それを自覚すること。ここに「なるみ」の実践がある。

天上天下唯我独尊

ここで、話は大きく飛躍した。

「天上天下唯我独尊」

自我だ、大我だと、既存の解釈に当てはめる必要はない。我は我。誰かが作った情報や価値観の檻から出て、自分自身の存在を自覚する。しかも今や、人間の視野は地球を越え、宇宙へと開かれている。その宇宙の中に、今、我がいる。

なぜ、唯我独尊を自覚できるのか。それを問うことこそ大切なのである。

既存の知識や解釈に頼ってばかりでは、新しい時代は観えてこない。AIとの対話も同じである。知識を整理し、理屈を整えるだけでは、見えてこない世界がある。詩的な飛躍も必要なのだ。

 

四、結び 鳥羽の作り道から

今朝の円座は、鳥羽の作り道という短い故事から始まった。

兼好さんは、なぜこの話を書き残したのだろう。その問いを通して、私たちは、兼好さんの時代と今の時代に共通する人間の心を探ってきた。

兼好さんが時代を観たように、私たちも時代を観る。そして、観ることによって、自分自身もまた時代を作る一人であると気づいていく。

この数か月、「なるみと読む徒然草」を続けてきたが、周囲にまだ大きな変化は見られない。しかし、私自身の時代を観る眼は、確実に変わり始めている。

それでよい。大切なのは、自覚することなのだから。

今日も目覚めた。今日も生かされている。変わる変わる。

鳥羽の作り道に響いた遠い昔の声は、七百年の時を越えて、今朝の泉州に届いた。

一人の目覚めとともに、時代もまた目覚める。

令和8年10月23日

水間焼 伏原窯

フシハラ円座

なるみと読む徒然草 第百三十二段

なるみと読む徒然草‐第一話

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