京焼概念

京焼概念

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ぶりぶり香合の原型を仕上げようと一日掛けましたが、新し資料がでてきたので今作っている型の検証をしました。大体のラインは決まっているので、少し調整を加えてみます。

30年40年前の資料から、形状を割り出しましたが、今の写真は鮮明で綺麗なので、微妙なディティールもイメージし易く、これなら自分の形と本歌が一致し始めました。どうしても、初めに見たサンプルが、イメージに刷り込みされてしまうので、気を付けているつもりですが知らず知らずに形がずれてしまいます。今回はかなり経験を積んだので、素直な形がやっと出てきました。胸にストーンと落ちる形になるまで、どこか気分の悪いものです。もう少し時間を掛けて、狂いのない原型を作りたいと思って居ります。

一つ一つの形を攻め込んでいくと、仁清の息使いが知らず知らずにこちらのイメージに写ってきます。バイブレーションなのでしょうね。作品には波長、またバイブレーションがあって、それと共鳴し易い人や、そうでない人がいます。私はどちらかと云えば、今の仕事、「京焼」はとても共鳴し易いと感じています。乾山の仕事を見ていると大変近しいものを感じます。柔らかみのある、どちらかと云えば肉感的な線と感じられますが、と言って造形はしっかりと筋が通っています。しかしその芯の強さを全く感じさせない作品が多くあります。仁清の柔らかみある作品には、「理性」の抑揚の効いた轆轤、またそこをうまくデザイン化されたものが多くあります。

ぶりぶり香合もその代表的な作品でしょう。ややもすると、知性や理性というものは、作品に固さを伴うものですが、そこをいかに越えたか、いかに自然な抑揚を身に付けたか、興味のあるところです。

仁清の轆轤技を見ると、彼が誠心誠意努力し、この抑揚の効いたセンスあふれるラインを獲得した事がよく感じられます。私も若い時分は、到底この意味が理解されませんでしたが、この何年間京焼を写すことで、奥の深い世界を垣間見ることができるようになりました。もっと、この世界を味わっていきたいと思っています。


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