第七段 陶主日記
令和八年六月十日(水曜日)曇
世は定めなきこそいみじけれ。
今朝、徒然草の第七段を読みました。
あだし野の露、鳥辺山の煙——兼好はそんな無常の景色から書き始めます。もしこの世に永遠があったなら、ものの哀れなど感じようもない。世が無常であるからこそ、しみじみとすばらしい。そう言っています。
夏の蟬は春と秋を知らない。かげろうは夕暮れまで生きられない。それでも命は、その短さの中で完結しているようです。兼好はそれを憐れとは見ていないようでした。
窯の火も、定まりません。焼き上がるまで、どんな器になるかわかりません。同じ土、同じ釉薬、同じ温度のつもりでも、二つとして同じものは出来ない。それを長年、不思議に思いながら、面白くも思ってきました。
定まらないから、あきない。定まらないから、次の窯が楽しみになってきます。
「いみじ」とは、すばらしい、という意味だそうです。無常をすばらしいと言い切る、その清々しさが好きです。
梅雨らしい、静かな朝を迎えました。
伏原窯 陶主 博之
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