六月父の日特集にエールコメント

6月に入って今年はすでに近畿地方に梅雨入り宣言がでました。衣替えで半そでの白いセーラー服がまぶしい気節ですが、今日は肌寒く雨が降っています。

HPで「父の日」の特集を打っています。マグやカップ、今までに無かった色使いの作品を出して見ました。祥瑞の大きなマグカップは色々な図柄が豊富に取り揃えて居ります。色祥瑞は珍しいでしょう。呉須の色合いが微妙に違っています。濃いもの、淡いもの、図柄によって変えています。丹念に書き込んでありますが、一つひとつの「線」が一定の力と柔らかさを均一な関係で保ちつつ描き切るのはなかなかのものです。

我々の特徴の一つに、一見あまり目を引くという特殊性は感じられない様にわざわざ仕上げてあります。

東京のある工芸店に、染付の仕事を見せた事がありますが、なんと、そこの店主はこの染付を見て印判ものかと聞いたぐらいですから、驚きました。あまりにも楽々と仕事がされていて取ってつけた様なイビツな線が一つもないから、手描きと思わなかったのでしょう。普段使いの食器にここまでの描き込みをした作品は実はどこにもないのです。

今、皆さんにお見せしているこのカップは、まぎれもない世界でひとつのカップです。大ぶりですが驚きの軽さです。この写真を撮って頂いたカメラマンの方もこの作品の「かろみ」をどのように撮ろうかと大変苦労されていました。

「かろみ」食器にとって一番重要な要素です。そこが出来てはじめて文化といいたいですね。

一度手にしてこの感覚を味わって下さい。ビールが入ればビールの重みを、飲み終えた後はカップの心地いい重みを感じて頂きたいものです。

ウェブ上では感じられにくい世界を言葉で表現してみました。

私たちは器の奥深い世界を普段使いの食器に託しています。

2008年5月の焼き上げ作品

京焼き杜若紋大皿京焼色絵杜若紋大皿

尺一寸の大皿に杜若をデザインしました。宗達の屏風に杜若がありますが、ヒントをもらいました。金の使い方で面白い表現ができました。昨年は七寸の平皿に描きましたが原型はこの大皿です。やはりのびのびとして6月の風を感じることが出来ます。
まずまずの仕上がりで満足しています。

 

京焼き四方藤紋小皿藤の四方絵皿が焼けました。

もう季節が終わってしまいましたが10枚焼き上がりました。小さい房は金で描いています。思ったより手間が掛かってしまいました。
買われる方は大変お得ですね。

これからは杜若、芙蓉と続きます。四方の絵皿がラインナップされて面白くなってきます。お楽しみにしてください。

京焼四方絵皿

一昨年から続いている四方絵皿の新しいデザインが焼き上がりました。季節ごとの組み合わせが楽しみな絵皿です。

椿と瓢箪の間を埋める季節ものということで、藤、杜若、芙蓉をデザインしました。シリーズですので同じ調子のリズムで描いてみました。


四方皿三点見本

出会い銀ラン

銀蘭何か予感が有ったのでしょうか。いつもの様に朝の散歩ですが、その日は何か進路を変えてみようかなという思いがしたのでいつもの反対の道を行くことにしました。

5月半ばヤブデマリ、ヤブ紫陽花など白い花がたくさん咲くようになってきました。樫や椎の花があの独特のにおいをはなって、むせかえります。

この時期はまだ田圃に水は入っていませんが、農家の庭先には苗しろが用意されて田植の準備は着々と進んでいます。

もうこの道を何年歩いているのでしょうか?この時期になぜいままで見つけられなかったのでしょうか?

 

銀ランです。確かに銀ランでした。少し時期は過ぎていますがまだなんとも言えない涼やかな凛とした姿にこころが洗われます。

この出会いで私は一瞬にして何かが変えられたように感じました。

言葉での説明は難しいのですが今までの自分が一気に上昇された様な思いでした。

それは一瞬の出来事ですがパッと心が胸が開いたようで何とも清々しい軽やかな思いがされました。そしてもう後戻りが出来ない新しい世界に入ったような思いがされました。

シンプルisベスト

五月は作品作りに専念することを位置づけています。

いよいよ方向もはっきりしてきました。考えがシンプルになってきたのは、今までのいろいろな出来事一つに纏まってきたせいでしょう。まだまだやることの多さは変わりませんが、手ごたえを感じてきたのは、大変勇気づけられると伴に嬉しいことです。

ミヤコワスレこつこつと少しずつですが積み上げていくことの楽しみはどの仕事も変わりません。自分たちをあまり規定しないように、軽く自由にと思いますが心身のバランスを崩していたりすると、ついついあせって次の一手が遅れて悪循環になってしまいます。

振り返って思うにいつもの事ですが何かが変わろうとする時、そのきっかけはいろいろな要因が重なって、自分ではどうにもならない状態に落ち込んでいくものですが、その時こそが自分は何をしたいのか!が心底から思わされる状態だと思います。そこが、その想いが本当の自分だと思います。願いがはっきりするまで苦しんでしんでいくのでしょうね。
シンプルイズベスト!が信条です。複雑な今の世にこれで生きていくのは至難の技かもしれませんが、生涯を通じてシンプルライフを生きたいと思います。

朝の出会い

ゴールデン・ウイークも終わり、山にいつもの静寂が戻って来ました。朝の散歩も今が最高のいい気持ちになります。

山に目を凝らすと此処かしこに白い花を見つけることができす。今時分から6月初旬まで私の好きなホウの花を山々の場所によっても違いはあるのですが見つけるのが楽しみになっています。

五月の風にゆらゆら揺れるホウの花をみると、「おーい、」と声を掛けたくなります。朝の楽しみの一つです。

金蘭が咲きました。昨年、思いがけずに出合ったものですから、自宅の庭にと移してきました。

 

移してしばらくは咲いていたのですが、どうもおかしくなったようで、枯れたのか、病気になったのか、大変心配していたのですが、この春、元気に芽が出てきてくれたので、家内ともども大喜びでした。

 ネイチャー金蘭

金蘭の咲くわきには銀蘭が咲くと云われていますが、この辺では銀蘭は見かけたことはありません。

一度北陸でいたときの事ですが、銀蘭の群生を見たことがあります。その時には、金蘭を見ることはできませんでした。

朝の散歩で出会う花々に、こころがときめき、一日中幸せを感じさせてくれます。

源の力

五月に入って山の緑がまぶしいくらい鮮やかになって来ました。陽気と伴に何か慌しく周辺が変わろうとしてきました。

仕事も6月に向けて大変忙しくなってきました。このHPで父の日特集を打ってみようなんて考えています。なんせ、色んな事が初めてなもんで、ばたばたとしてまとまりのつかない状態ですが、一つひとつやって行くばかりでしょうか。

ここ3年個展をしないで卸に精を出してきましたが、ぼちぼち周りから展示会の催促がきて、うーんと、うなっています。

正直自分の中からも表現のエネルギーを大いに感じているので、よーし、やるぞお!とは思っているのですが、後もうひとつ何かが足っていないなあとも感じています。

今日も整骨院の先生に診てもらいました。体調はだいぶん回復して来たのですが、完全復活までにはまだ4合目、5合目かな?ということらしいです。

そうとう身体を酷使してきたのですねえ、自分では気づかないのですが。

でも、エネルギーの源のところまでやっと治療が出来るようになったということらしいので、徐々に源からの本来の力が出てくる様になると思っています。

まだ、気と心と体がひとつになっていない様に感じています。それが今の自分の周りの状態に反映されています。

ひとつに纏まる力が今後の大きなステップになっていくことも、今大いに感じています。後、もう少しだと思っていますので、宜しくお願いいたします。

2008年4月の焼き上げ作品

京焼桜紋くみ出し

一昨年の8月に新作としてお出ししたものです。4寸皿に続き、お湯呑、くみ出しと続くシリーズものです。はんなりと焼きあがった上品なくみ出し。大変手間の入った極上の一品です。全ての縁描きに金盛りを施した大変贅沢なくみ出しになりました。青い桜が古清水の配色の特徴です。

京焼桜汲み出し京焼桜汲み出しスタイル1

京焼 色絵毬紋5寸皿色絵毬紋5寸皿

ひな祭りの取り皿です。丁寧に書きこまれた毬紋に色々な小紋がちりばめています。

梅田に有ります工芸店ようびさんからの注文で作っております。少しずつしか作れませんが徐々に人気がでて参りました。

小紋は伏原窯の得意とする技法のひとつです。これからも最新の作品をお見せいたします。

画期の4月

4月23日(木)昨日から用意した木積の宮下さんの筍をお土産に久ぶりに曽根崎にある工芸店ようびに行きました。

三時近くに着きましたが、いつも止める駐車場が改装か、ひょっとすればつぶれたのか?昨年末にプリペードカード一万円を買ってしまったので、え!という思いです。悔しいです。
先客さんが居られましたが、懐石料理店の今村さんでした。お会いするのは初めてですが、筍の件で宮下さんのルートをお世話させてもらいましたので、いきなり親しく真木さんから紹介されました。

本年の筍はこの20日からの一週間が最盛期で今が最高のものだそうです。なかなかこのタイミングで持って来れないのですが、本年は一番いい物を持って来れました。
真木さんも今村さんも大変お喜び下さいました。今度今村さんのお店に連れて行って下さるそうで、楽しみが増えました。

大阪はおいしい物がおおくて食に関してはやはり日本一と感じています。口の肥えた方々が多く、お金を出したら出したなりに、また安くても味は落ちないお店でないとやっていけない土地柄ですね。
小さい頃から父によく難波に連れていってもらって、ここはおいしいのどこのお店は安いのとうまいもん巡りを楽しんだものです。
大阪で独立した限りはうまいもん食べさすお店に食器をつこてもらいたいと思ったもんです。

ようびさんはそんな食器一筋に生きてきたお店で大阪ならではの文化だと思います。

仕事の話になりますが乾山陶器の方向に行こうというお話になってきました。古清水の写しや仁清ものを3年やってきました。がいよいよ乾山陶器に入っていこうとなり、土のテストからやって行こうと思います。
乾山展を観てこの3年積み重ねてきた物がいい勉強になっていることを実感しています。
新たに挑戦する意欲がふつふつと出て参りました。陶芸は一朝一夕に思ったようにはなかなか行かないものですが、こつこつ積み上げていくと色んな出会いや発見があって楽しいもんです。まあ、これが私の人生でしょうか。

面白いので伏原窯奮闘記乾山写しなるものでも連載いたしましょう。

乾山展に行ってきました。

京都文化博物館の「乾山の芸術と光琳」展を観て来ました。

緒方乾山が京都 仁和寺の奥、鳴滝泉谷に窯を築いたのは、元禄10年(1699)のことです。昭和初期にその窯跡が発見されて以来、正式な発掘調査はされることはなく全容は長く謎のままでした。
平成12年(2000)に発掘調査団が結成され、5年間に及ぶ科学的調査がされ、結果予想をはるかに上回る種類の遺物が採取されたそうです。

今回の展示はその成果を踏まえ、新しく浮かび上がってきた「乾山焼」を提示する事が目的だそうです。

私は今回のこの展示会で色々な疑問が少しつですが分かってきました。展示会場にかなりの数の陶片が置かれてありました。また、乾山が使用したとされる窯が再現され、また焼成のビデオも流されていました。大変興味深いものでした。

乾山陶器のナイーブなマチュールやディティールがどの様にして出てくるのかが垣間見れたように思いました。
最高の文化ネットワークを持ち、陶画一等の世界に果敢に挑戦していった芸術エネルギーを、こんなにも香雅で日本の美を余すところなく表現出来た陶芸は奇跡のようにも思えるのでした。
驚くほどに小さい窯(錦窯)で丹念に焼上げたのでしょう。それは焼物という物ではなく、土の造形を借りてそこに絵画を転写した立体絵画の様にも思えるのでした。

kenzanten2.jpg用から離れても書、絵画を重んじそれを楽しんで受け入れていく土壌があったればこそだと痛感しました。

 

日本古来の伝統文化に新しい花が咲いた瞬間を見たようにも思えました。

三条川端から西に、久し振りに歩いてきました。さすが京都です、多くの着物をめした女性を目にしました。少し花冷えの一日でした。

桜のこころ

山桜が色とりどりの姿で咲き誇っています。これから1週間はみごろですねえ。店長日記を読まれた方は、どうぞ御越し下さい。

年々この付近の桜は美しさを増しています。渓谷に咲く桜は、こんなに種類があるのかと驚きます。山桜はソメイヨシノと違って葉と伴に花も咲かせますが、葉の色が大変豊富で濃い海老茶もあれば、うすき色もあり、また花の形も個性的一つとして同じ形はありません。またソメイヨシノは咲いたかと思えば散り際が早く、それに比べこの山桜はまだ長く咲いていてくれます。

 

私も桜が本当に好きになったのも、だいぶん歳を重ね鑑賞できるようになってからです。
花冷えと云いますが春の嵐がやって来ると、こんなにも待ち遠しくやっと咲いたぞという喜びも束の間、この一塵の風と共にすっかり散ってしまうのですから。
あまりにも儚く、時の移ろいにこころが追い付かぬまま、桜は散ってしまいます。

遠い昔この様なお話を聴かせて頂いたことがあります。「諸法実相の舞い」と題された法話ですが、少し紹介いたしましょう。

 昔、中国の楚の国の山奥に一人、庵を結んで住む僧がいました。朝昼夜と一切経を紐解く毎日でした。或夜、「法華経」を読誦していると、人のいない山中に人の気配がします。表に出てみたが誰もいません。そのことが二夜続いた。三日目の夜、僧の前に美しい女人が現れました。彼女はじぶんが草木の精であることを仄めかし、経を聞いた礼を述べて、僧の前で次の詩(うた)を謡い、舞った。

「それ、非情の草木と雖も、真は無相真如の体なり。一塵法界の心地の上に、雨露霜雪を見ずとも一念一枝の花を献げ、御法(みのり)の色を現わす時、一華開ける春の朝(あした)より、日輪月輪の時を超え、終わりなき色に染める心まで、諸法実相の隔てなし。」

なんとも美しい光景でしょうか。春の夜のかがり火に舞う能のようで、幽玄な世界に誘われます。

春、桜を観るとこの情景が脳裏に現れ、時の移ろいの中でしか見せない「諸法実相」の真の姿が感じられます。