震災15年を思って
こんばんは。一月も早半ばを過ぎました。各地に大雪をもたらした寒波も東に去り、今日は一日穏やかな日曜日になりました。暦を見ていると二十日が大寒ということで、寒さの一番底ですね。この冬予報では暖冬ということでしたが、昨年末から集中豪雪の様相です。夏と云い冬と云い寒暖の差が激しく、人の世もまた激変の大波にさらされています。
今年は阪神淡路大地震から15年ということです。1995年は、日本国が「地割れ」をしたという印象をもった一年でした。オーム真理教の地下鉄サリン事件。宗教という蓑に隠れた国家テロに対する恐怖。政府の危機管理の曖昧さ。等々が露呈された一年でした。戦後築いてきた「神話」が、まるで旧約聖書のバベルの塔のように、われわれの心から崩れ去って行ったように思われます。あのときから長く日本は彷徨ってきたように思われます。
21世紀に入り間もなくアメリカの同時多発テロが起こりました。貿易センターが崩れる様子は、この世のものとは到底思えない光景でした。その後、アメリカは一方で莫大な戦費を使い中東に戦争を仕掛け、国内ではサムプライムという誰が考えてもおかしな投機に、なだれを打ってばく進していきました。そして一昨年、アメリカ発経済危機を起こす羽目になりました。そしてオバマ大統領の誕生となるのですが、、、、、、。
この15年を振り返れば、何か5年置きぐらいに大きな節目がある様に思えます。国内では昨年ようやく政権が交代しました。新年明日から国会が始まりますが、民主党は小沢疑惑事件でどのような国会運営をするつもりなのでしょうか。小沢さんがあれほど強く言い切るには、よほどの覚悟があるのでしょうか。田中ロッキード事件の怨念とも受け取られていますが。説明責任を果たしていないとかなんとか言いますが、真相は実はどうにでも解釈されるようなことではないのかとも思います。民主党大会の鳩山首相の発言も尋常でないように思いますが。もっとドシッとした国家ビジョンを見せてほしい。その様に願っているのですが、どうもワイドショウ的で、軽々しく思えてなりません。
工房は今日はお休みですが、先週色々な食器を轆轤挽きしたので、写真で紹介するつもりでしたが、つい色々と書き始めるとこんな風になってしまいました。今年のテーマは「原点回帰」より多くの食器を提供できるよう頑張っていきたいと思っています。
ぐい呑みの削り
こんな過疎の村にブロードバンドがやってくるということで、その説明会が会館で行われました。11年に地デジが始まるというのに、ここはその対象外の地域でした。大阪府下でこの地域だけが光ファイバーから見放されていましたが、ようやくその整備に予算が付き、この3月にはとうとう入ってくることになりました。もちろんこの村でHPを持ってウエブを活用しているのは私ところ一軒なのですが、いくら光がやってきてもその恩恵を十分活用するにはかなりの知恵が必要になってくると思いますが。たとえインフラが整備されても、時代について行けなくてはどうしようもありません。テレビだけを見るのに60何チャンネルも必要ないし、それよりも経費がかかり負担になってくるのでしょう。地域によっては高齢の方々でもPCを活用し、自分たちの生活の活路を開いているという報道を見聞きしますが。変化について行けない方々のほうが圧倒的に多いのでしょう。
考えさせられます。
今日の工房はぐい飲みを削り仕上げしました。ざっくりと土味を表現することが出来、気分上々です。微妙なタイミング要求される仕事ですが、このタイミングこそがこのぐいのみの全てです。出来る限り柔らかい状態で削るのですが、その道具は木へらであったり、軟鉄であったりと土の状態によって変えるのですが、その道具の接点、摩擦によって色々土の顔が違ってきます。その道具を発明するのも陶芸家の自然に対する観察力だと思います。色々な土があり、色々な道具があり色々な表現が生まれると思います。
「モノ言う作り」
工房は今年になって「原点回帰」をテーマに仕事をしています。目標300アイテムをホームページに掲載しようと頑張っています。
今日は昨日から続いている土で、ぐい呑みを作りました。久しぶりに轆轤で「モノ言う作り」にしてみましたが、かなり気分が入らないと続かない轆轤です。沓型の大きなぐい呑みになりました。面白く挽けたので、今度は徳利に挑戦してみたいと思いす。新酒のおいしい季節、我が家も色々と地方のお酒を頂き、ちびりちびりと徳利で燗をして頂いています。冷で頂くお酒もいいのでしょうが、私は大吟醸といえども少し燗をするほうが気持よく頂くことができるように思います。
明日は片口や徳利を挽いてみましょう。たのしみですね。
本年工房は「原点回帰」
ここ4,5年は工芸店との付き合いの中、仕事を進めてきました。色々なことを学ばせて頂き、特殊な焼き物を作り続けて参りました。古清水を中心に仁清、乾山と進めて来ました。が、乾山の山を登るには今一つルートを考え直さなくてはならないように感じ始めました。
この辺りはかなり作り手の個人的資質にかかわる問題と思っているのですが、もう一度食器を作る楽しさを取り戻したいと考えました。あまりにこのような「奥の細道」の世界を歩いていると「食器のための食器」にいるように感じています。それはそれでいいのでしょうが、富士の裾野が広大なように、高い山を築くのは土台を大きくとる必要があります。
仁清にしろ、また乾山にしても、彼らの文化意識はあまりにも深く、日本文化の根幹に達しています。単に形を写したところで、そのエッセンスが匂い立つまでには私はまだまだ研鑽をつむ必要を感じました。
しかし決して登れない山だとは感じていません。もっと周辺を眺め、愛でたり楽しんだりする必要を改めて痛感しています。
原点回帰とは私たちが従来持っていた「牧歌的」「民芸的」焼き物をもう一度考えていこうということです。日々の食器からふつふつと湧き出て来る生活の楽しみを、今一度取り戻すことだと思いました。
本年も皆様よろしくお願いいたします。
残すところ数時間、一年を振り返って
こんばんは。2009年も後数時間となりました。忙しさにかまけて陶主日記を長らくお休みしていました。最後の一日を締めようと思いきや刻々と時間が過ぎて参りました。工房で原稿を書いていますが、まだまだやり残した仕事が山の様に積み上げられています。
毎年のことですが前のめりになりながら大晦日に突入し、何とか掃除と締め縄を玄関に掛けるところまでやってきて、「ま、後はなるようになるわ。」と諦めながらお正月を迎えます。一年の計は元旦にありといいますが、あれだけ引きずっていた色んな思いが、元旦の朝日とともに雲散霧消し、新鮮な無垢な一日でスタートを切れるのは、いったいどれだけの浄化力があるのか、感心いたします。
不思議なものでこの時期になって初めて一年を振り返ることが出来ます。後数時間となったこのタイミングでこの一年を思うと、ぎっしり詰まった一日の積み重ねが思われてきます。父や母の介護、仕事との両立。ハリケーンが一年の時空を駆け巡ったようでした。振り返ると大変なエネルギーだったと思われます。今は全体が落ち着くところにあるという状態で、少し平安が感じられます。
時代も大きく変わったようです。来年は政権交代の姿がはっきりとしてくることでしょう。特にお金の流れが今までになく変化します。その変化の結果は一年後のこの時期の反省になるのでしょう。皆さん一年頑張りました。私も頑張りました。どの様な状態でも一年を過ごさせて頂いたことに感謝し、くる年の寿ぎを敬虔な気持ちでお迎えしたいと思っております。本年有難うございました。
日常即宇宙
どうも私は昔から天気予報が好きで、自然の変化に大変興味を覚えます。今年はいつ鶯が鳴いたか?いつ春ゼミが鳴いたか、ここにホタルフクロが咲くといつ川に蛍が飛び始めるか、365日自然は止まることなく変化をしていきます。細かな観察が出来ると自然はどんどん広がっていきます。そのことが堪らなく面白く魅力的です。
ある植物の根を調べると長さが地球を一周することが分かったと云うお話を聞きました。始めその感覚が掴めなかったのですが、根を拡大すればするほど無限と思えるほどの毛根があることが分かってくると、その細かな根の長さを測れば、それも無限と思えるほどの長さになることが認識することができました。
私は美の世界に住んでいるのですが、先ほどの話はこの世界と大変共通しています。細やかな世界が認識されてくるとどんどん新たな世界が展開されてきます。宇宙の神秘ですね。食器という日常をテーマに仕事をしていますが、この日常という世界ほど千差万別、個人的なものはないでしょう。
食器一つに宇宙があることが面白いと思うのですが。買ってくださる方々の世界に、私たちの食器が万華鏡のように展開することを望んでいます。使えば使うほど魅力を増すことを、作り手は望むものです。
細やかな繊細な意識を時間を掛け丁寧に作り込むことが、私たちが興味の尽きない面白い世界と思っています。
お盆の窯
工房は今日ミンミン蝉が鳴き始めました。季節がはっきり変わりました。夜になってコオロギの声も聞こえてきました。梅雨が立秋の日に明けたのですから夏がないのは当然なのですが、どうも調子が狂ってきます。
涼しい風が吹き始めると私たちはどうもそわそわします。年末の仕事に時間が追われ出します。今年はどの様な食器を作ろうか?いろいろ考えます。乾山陶器に移行しています。型ものが多く今回もそのような楽しい食器を作っていきたいと思っています。
今日は明日窯焚きをする「四方小皿」の薬掛けをしました。細かな作業が続きますがコツコツと仕上げて参ります。とうとう予定していたようにお盆の窯焚きになってしまいました。慎重に進めていきたいと思います。
夏休み
この時期高校野球がこんなにも人気なのは全員が坊主頭だからでしょうか?その事がこの季節独特のイメージに重なり繋がって行くからなのでしょうか。
日本は不思議な国です。そのように思うのです。詳しい表現は避けますが、21世紀になり益々使命感を帯びているように感じています。
これから原爆の問題が重要性を増してくるでしょう。隣の国が核保有国になったことで大きな危機感を感じています。長く仮想敵国とされ、今唯一残っているその国がミサイルをこの国に向けています。
今回の選挙で戦後続いてきた体制が大きな転換期を迎えています。この8月に総選挙があることも因縁のように感じています。しかしどうも深くえぐった論戦が聞こえてこないのが不安です。
工房はやはり盆とは関係なく仕事が進んでいます。15日に窯を焚くようになってきました。休みをなかなかもらえません。気を付けて頑張りましょう。
露光する光
とらえ難い夏ですね。今回の選挙もこの様な感じがします。なかなか気持ちを載せていけない。確実に政権交代はしなければならない。今までの長い政権下で隠されていた多くの情報と金を政権を交代させることで表に出す、ここが一番大事なところだと思うのです。55体制の総括をしなければいけないと思うのです。
今地球を覆っている光(?)波動の方が伝わるのでしょうか、その様な物を感じるのですが、それは今まで隠されていたものがよくも悪しくも表に出てくる、それも今までよりかなり早いように感じます。故に変化も速いですよね。かなり気持ちをタフに持たないとやっていけませんよね。
最近芸能界の薬物事件が世間を騒がしました。これもあぶり出されてきた結果のように感じています。個人レベルも国家レベルも同じ様に隠れたところがどんどん出てきそうに思います。新しい世界に移行するにはどうしても通っていかなければならないと思います。
今個人はかなり厳しい現実を体験していると思います。どうでしょうか?それで、そのことで何を希求しますか?この願いが次の世界なんでしょう。その願いを実現したいと思う強さが、今を生きる力だと考えています。
今日は火曜教室が有りました。お盆なので二人の方がお休みになりましたが、じっくりゆっくり手の仕事を楽しまれていきました。
秋草紋湯呑の轆轤挽き
ここの特産ですが「水ナス」が思うように育たないようです。日照時間が足りないようです。病気や害虫で薬を撒きなかなか収穫に結び付かないようです。北陸や東北各地でお米の被害も出始めているようです。気が付けばすでにお盆もまじかで、このまま夏が終わりそうです。
今日は広島原爆祈念日でした。戦後64年が過ぎ時代もかつてない変化の時を迎えています。この夏日本が大きく変わるかも知れない選挙を控えています。
私は地割れがする位の変化変革を求めています。しかしそのことに自分が耐えられるのか疑問です。
工房は今月の締めに間に合わせたい秋草紋湯呑の轆轤挽きをしました。十草紋飯椀、四方小皿、と秋草紋湯呑。時間が足らないと云いながら別の仕事を入れてしまいました。すたっふMさんの奮闘を期待しながら、こちらはお盆も返上で仕事になるようです。さすが窯は焚けないと思うのですが、計算上どうも盆に掛かりそうです。地獄の釜が開くといわれているのに、何もこちらも合わせて窯を焚かなくてもいいと思うのですが。
この一週間が今年の一つ山場と感じています。今私たちの意識は年末商戦に向けてどのような形で向っていくか、ということです。一言、がんばろう!ですか。






















