発送方法について

ご自宅用

梱包方法

商品は薄葉紙で包装し、ウレタンフォームで包んであります。
個数や大きさにより段ボール箱が異なります、あらかじめご了承くださいませ。




包装例贈答用

化粧箱(有料)に梱包し、水間焼伏原窯オリジナルの包装紙で包みます。
箱の用意に二週間ほどお時間をいただいております。箱をご入用の方はお早めにご注文くださいませ。



包装紙オリジナル包装紙

色にこだわりを持つ伏原窯では包装紙にもこだわりました。
ワインレッドの紫は葡萄で染めており、茶はじゃが芋で染めたものです。
通常の包装は紫を使用します。
茶は冠婚葬祭用に作ったものですが、ご希望がありましたら、お知らせくださいませ。

化粧箱

桐箱

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はじめてのお客様へ

伏原博之 はじめまして、水間焼陶主、伏原博之です。

大阪南部に位置する貝塚市、和泉葛城山の麓で開窯して25年。一貫して「暮らしの器」を作って参りました。

故郷でもある泉州で作陶活動を志して以来修行時代も含め35年になりました。数々の器を作り、また多くの皆様との交流を通じ、色々な食器を生み出すことができました。


大阪府下では唯一の工芸としての「器工房」だと思います。

地域の歴史伝統を踏まえ、尚且つ今という時代の器を提供して参りました。

私たちの作る器は、今を生きる器だと思って居ります。器の特徴として、「かるみ」を重要視して居ります。ただ単に不自然な軽さではなく、器として用の美しさを追求してたどり着く「かるみ」まで作りこんできました。

例えば私は日本人の心の器の原点は、両手を拡げた形だと思いっています。その掌にそっと水を汲んで飲んだ時の感覚が、器と体と水が一つになったシンプルなこれこそ器の究極の形だと思います。

私たちが日々心がけている事は、生活とひとつになった器作りです。

一つ一つの工程にこのこころを込めて作り上げています。

どうか私たちのこころが届きますように、これからも一層の御ひいき承り、愛される器作りを志して参ります。今後とも宜しくお願い致します。

水間焼伏原窯のあゆみ

1985年10年の陶芸修行を終え、泉州貝塚大川の地で窯を築く。
古く地元にあった水間焼の復興にかける。
延暦寺別格本山水間寺管主 武覚円大僧正より、水間焼伏原窯の看板を頂く。
1986年阿倍野近鉄百貨店にて、初窯展
大阪市立東洋陶磁美術館研究会員になり、古典の研究に努める。
1990年貝塚市山手公民館開館に伴い陶芸クラブ講師に就く。
1993年貝塚市コスモスシアターオープンに伴い展示会を行う。
1994年「三国の土 交流の壺」制作(日本、韓国、北朝鮮の土)
*アジアの交流、平和を考える集い講演三木睦子氏(三木元総理夫人)に制作の壺を贈る。
1998年延暦寺別格本山水間寺客殿にて展示会
泉佐野市町屋 新川家にて展示会
1999年泉佐野市、泉の森ホールにて展示会
大阪府勤労者憩いの家「かいづか山荘」にて講演
2000年有形重要文化財指定記念 新井邸にてこけら展示会(第一回創陶展)
2001年陶芸クラブ有志を組織し、穴窯(たんだ窯)を築窯し、初窯を焚く。
万国食の博覧会「伝統の粋 日本料理」に器を提供する。
2002年貝塚文化協会展「序」
国宝願泉字本堂にて、初代院主卜半斉了珍没後400年記念
2003年

第3回新井邸創陶展、会場にてフルート、ギターのデュオコンサートを開催する。

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水間焼と京焼

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水間焼伏原窯 水間焼という名称は古く文献にも登場するのですが、水間焼伏原窯は昭和60年に貝塚市大川村にて私、伏原博之が開窯しました。その際に、自らの氏名を取り命名したものです。
昭和5年頃に水間の中野氏が私財を投じて水間焼を起した事がありますが、しかし窯を営んだ期間は極短く、また残る作品も少なく、今では大変希少なものとされています。

私は10年の陶芸修行を経てここ貝塚に築窯した際、古くからある「水間焼」をやらないかとのお誘いを受けました。
正直私は考えました。何故か。この地元の名を付けることで、個人作家としての活動に大きな制限を受けるかもしれないこと。地元に縛られること。水間焼の由来の説明が必要なこと。多くのハンディを考えるとはたしてどうか?とも思いました。
しかし自分が独立する際に考えていたことは、地元に帰って来てここでしかない焼き物を表現したい、みんなに見てほしい、そして使ってもらいたい。この地を代表する焼き物を作っていきたい。。。。ここで自分が考えたこと、感じたことすべてを器にもっていこうと思い立ちました。よし水間焼伏原窯という看板を背負って行けるところまで歩いていこうと決心しました。

これが「水間焼伏原窯」の原点です。

伏原窯は開窯以来25年になろうとしています。25年の歩みの中で伏原窯の作品は一年一年変化し続けて来ました。それがまたこの窯の特徴だと考えています。10年前の作品を今作ることは不可能です。その時どき出会った人たちに、その時生まれた作品が手渡されていきました。多くの人たちに多くの作品が使われております。


毬紋皿伏原窯は平成17年春、大阪曽根崎にある工芸店ようび店主真木啓子さんとの出会いから、古清水をベースにした食器を作り始めました。
古清水といっても一般の人たちにはあまり馴染みがありませんが、古く17世紀、18世紀に京都で栄えた焼き物の総称です。
この古清水をベースにした食器で、今いいものが見当たらない。伏原窯の技巧ならやっていけるのでは、と真木さんは仰います。大変精緻な、また手間暇のかかる焼き物ですが、大いに遣り甲斐のある仕事です。

従来の伏原窯の作品とこの古清水をベースにした作品とが、今混合してHPに掲載されています。今後の活動はこの古清水をベースにした作品が中心となってくるでしょう。
ここで従来の作品との区別から「伏原窯の京焼」という名称にして作品を紹介しております。これから多くの作品が生まれてくるでしょうし、多彩に変化していくと考えて居ります。
どうぞ、今後とも水間焼伏原窯をお引き立てください様、重ねてご愛陶よろしくお願い申し上げます。


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