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水間焼と京焼

水間焼と京焼

水間焼伏原窯水間焼という名称は古く文献にも登場するのですが、水間焼伏原窯は昭和60年に貝塚市大川村にて私、伏原博之が開窯しました。その際に、自らの氏名を取り命名したものです。
昭和5年頃に水間の中野氏が私財を投じて水間焼を起した事がありますが、しかし窯を営んだ期間は極短く、また残る作品も少なく、今では大変希少なものとされています。

私は10年の陶芸修行を経てここ貝塚に築窯した際、古くからある「水間焼」をやらないかとのお誘いを受けました。
正直私は考えました。何故か。この地元の名を付けることで、個人作家としての活動に大きな制限を受けるかもしれないこと。地元に縛られること。水間焼の由来の説明が必要なこと。多くのハンディを考えるとはたしてどうか?とも思いました。
しかし自分が独立する際に考えていたことは、地元に帰って来てここでしかない焼き物を表現したい、みんなに見てほしい、そして使ってもらいたい。この地を代表する焼き物を作っていきたい。。。。ここで自分が考えたこと、感じたことすべてを器にもっていこうと思い立ちました。よし水間焼伏原窯という看板を背負って行けるところまで歩いていこうと決心しました。

これが「水間焼伏原窯」の原点です。

 

 

毬紋皿伏原窯は開窯以来25年になろうとしています。25年の歩みの中で伏原窯の作品は一年一年変化し続けて来ました。それがまたこの窯の特徴だと考えています。10年前の作品を今作ることは不可能です。その時どき出会った人たちに、その時生まれた作品が手渡されていきました。多くの人たちに多くの作品が使われております。
毬紋皿伏原窯は平成17年春、大阪曽根崎にある工芸店ようび店主真木啓子さんとの出会いから、古清水をベースにした食器を作り始めました。
古清水といっても一般の人たちにはあまり馴染みがありませんが、古く17世紀、18世紀に京都で栄えた焼き物の総称です。
この古清水をベースにした食器で、今いいものが見当たらない。伏原窯の技巧ならやっていけるのでは、と真木さんは仰います。大変精緻な、また手間暇のかかる焼き物ですが、大いに遣り甲斐のある仕事です。

従来の伏原窯の作品とこの古清水をベースにした作品とが、今混合してHPに掲載されています。今後の活動はこの古清水をベースにした作品が中心となってくるでしょう。
ここで従来の作品との区別から「伏原窯の京焼」という名称にして作品を紹介しております。これから多くの作品が生まれてくるでしょうし、多彩に変化していくと考えて居ります。
どうぞ、今後とも水間焼伏原窯をお引き立てください様、重ねてご愛陶よろしくお願い申し上げます。